表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/214

46酒場の神具師

 その日、ユカリは農家の手伝いで得た作物を、別の村で売って銭にした。その銭を握りしめて、宿を探す。日は陰り始めていた。以前ならば、食べられる物は迷いなく自分の腹の足しにしていたが、今は久方ぶりにまともな場所で眠りたかったのだ。近頃はとみに冷え込むようになったので、体が悲鳴を上げている。


 宿は、豚小屋よりかは少々マシといった程度の手狭な長屋だ。木戸を開けると、中から漂ってくるかび臭さが鼻をつく。ユカリは、再び木戸を閉めると、併設している酒場へ向かうことにした。


 何を注文するでもないが、大勢の人間の側にいれば一人きりではないと思える。その上、火も焚かれているので温かいのだ。冬場は暖を取れるかどうかが命を左右する。ユカリは初めての冬を生き抜こうと必死だった。


 そこへ、一人の老人が話しかけてくる。


「あまり見やん顔やな。どこから来たん?」


 訛りはキツいが、何を言いたいのかはユカリにも分かった。どこへ行っても他所者なので、よくある手合いの話なのだ。


「東から」


 ぶっきらぼうに答えながら、太陽が昇る方角を指差す。ふっと笑って何かを察した老人は、離れた所にいた宿屋の女将を呼んで、酒を一杯注文した。


「これでも飲みなはれ。あったかなるで」


 酒は、ソラに来てから初めて飲んだ。最初は、たまたま居合わせたどこかの村の祭の席だった。不味くはない。そう思っていたが、この日の酒は素直に旨いと思えた。


 舌をチビチビと濡らしながら、こっそり隣の老人を観察する。


 白いボロを纏っていて、身なりは悪い。だが、腰帯からぶら下がる金属製の薄い札だけは丁寧に磨かれていて、何かが刻まれているようだった。

 老人は、ユカリの視線に気づいたらしい。


「これか?」


 老人は、札の表をユカリに見せた。ユカリは目を見張った。


「驚いたか? これでも王家のお抱えなんや」


 そこには、ソラ国王家の紋があったのだ。ユカリは父親の命に従って、いずれは王家と接触することを望んでいる。これは、その足がかりを作る好機と言えた。

 老人は、早速前のめりになるユカリに、世間話でもするような調子で話を続ける。


「そういうわけで、うちもシェンシャン作ってるんやけど、何せまともに弾けるもんがおらんでな。お陰さんで、出来栄えの確認もままならん。あんた、旅してるんやろ? 誰か心当たりおらへんか?」


 ユカリには意味が分からなかった。彼女の身の回りでは、シェンシャンを全く弾けないのは父親ぐらいのものだったからだ。


「私が弾けます」


 今度は老人が目を丸くした。そして、ユカリの姿を改めて見回してみる。


 今のユカリは、体中の脂肪はこそげ落ち、中肉中背となっていた。肌の白さは日差しにたくさん当たって多少損なわれているものの、根っからの農民と比べれば十分に美しい。ソラに入ってからは、痘痕も何故か良くなってきていた。着ている衣もクレナの都で求めたものなので、色はくすんでいるものの、質は悪くない。


 つまり、都から徒歩二日の場所にある片田舎には、不似合いな女なのだ。老人は、貴族崩れかと考えた。


「もしや、罪を犯して逃げているところなのか」

「いえ、私は父に頼まれて都を目指しているだけです」


 その態度に不自然なところは何も無かった。そもそも、この安酒すら慣れぬ手付きで大切に飲むような女が、嘘をつくような器用なことはできそうもない。老人はユカリの言葉を信じることにした。


「それやったら、うちのを弾いてみてくれんかの?」


 老人は、自らの背後から大きな包を押し出してきた。ユカリは、その影形に懐かしい思いが込み上げてくる。中を覗くと、やはりそれはシェンシャンであった。


 ユカリはさっとシェンシャンを構えた。弾片は無いので、爪を使う。四本の弦を一番上から順に鳴らしていくと、だいたい記憶にある通りの音で、改めて調音する必要は感じられない。


「では早速」


 次の瞬間、酒場は一斉に静まり返った。


 ユカリの拙いシェンシャンの音が、しゃらりしゃらりと流れ出ていく。そこに集う者共、さらにはその干からびた土地に、音がじわりと染み込んでいくのだ。


 突然辺りの物音が無くなったので、ユカリは途中で弾くのを止めてしまった。もしかして、聞くに耐えないものだったのだろうか。自分の演奏が下手であることは分かっている。妹のコトリのようにはいかない。


 すると、老人が焦った様子でユカリの腕を引っ張っているではないか。


「分かった、もう分かったから。今夜は帰るで」


 老人は、持っていた巾着から取り出した銭を卓の上にばら撒くと、乱暴にユカリを引きずって酒場を離れていった。ユカリは事態がうまく込み込めないまま、とりあえずついていった。



 ◇



「まさか、あそこまでほんまに弾けるとは思わんかったんや」


 老人は、ユカリを近くの民家に押し込むなり、盛大に溜息をつく。そして少し考えるようにして腕を組んだ後、ユカリの方へゆっくりと向き直った。


「あんた、クレナの人間やな?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『琴姫の奏では紫雲を呼ぶ』完結しました! お読みくださった方は、よろしければアンケートのご協力をよろしくお願いいたします。(Googleフォームです。)
こちらからよろしくお願いします!



小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ