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32研究馬鹿

 コトリとサヨが帰っていった。昼餉の給仕当番があるらしい。女官か下働き女のような仕事にも関わらず、コトリにそれを気にした様子は無い。カケルはそれを好ましく思った。


 もちろん、王女としてのコトリも素晴らしい。咲きかけの花の蕾のような愛らしさと、匂い立つ気品。クレナ国王はとりわけ美形というわけでもないため、おそらく母親似なのだと思われる。


 これまで、他の近隣諸国の姫君の話も聞いたことがあるが、身分と金に物を言わせる振る舞いや、横暴さが目に余る者ばかりらしい。きっと彼女達であれば、市井に降りてもコトリのように順応して生きていくことはできないだろう。


 もちろん、コトリの場合は自ら選んで身分を隠しているということもある。だが、それでも強い、とカケルは思う。まず、王宮とは環境があまりにも違いすぎる。口さがない人も多いだろうに。


 今の彼女を支えているものは何なのだろうか。望まぬ縁談から逃げるため、だけではない何かがあるのだろうか。


 と、王子のくせに他国の商人に化けている自分を棚上げして、コトリの心配ばかりをするのである。


 カケルは、店の裏手で荷受けをしているゴスの元へ向かった。先程コトリとサヨに渡したのは、カケルがゴスに作らせた神具だったのだ。美人二人の笑顔を引き出せたのだから、礼を伝えねばなるまい。


「それは良かったな」


 ゴスは、首からかけた手拭いで汗をぬぐった。


「ゴスのお陰だ」

「お前が考えた神具だろ。ったく、規格外なものばっかり思いつきやがって」


 通常神具は、一つにつき一つの機能しか持たないが、カケルはそれを覆した。元々、ヨロズ屋内で使うために、カケルが趣味で考えたものなのだ。


 まず、消音の機能。これは内密にしたい商談で使う。


 そして、防犯の機能。まだ老舗とは言えないヨロズ屋は、時折ガラの悪い輩から絡まれることもある。武力に任せて、高価な神具を巻き上げるといった類だ。大抵、店にほとんど人がおらず、手薄な時に狙われる。そういった際に、箱の色を変化させて危険が近づいていることを知らせてくれるのだ。


 最後に、連絡の機能。防犯の機能が作動した際に、カケルが持つ元締めの神具が白く変化する。


 いずれも、珍しい神を降ろした上で、神具としての役目を大変細かな記述で制御している。コトリのシェンシャンを作って以来、カケルは一つの神具に複数の神を降ろすことができるようになったため、それを利用したものだ。難解なからくりだ。ゴスもようやく理解し始めたところである。


「これで彼女に何かあれば、次こそ力になれると思う」


 ゴスは、ブレない奴だと内心呆れつつ、その若さを羨ましくも思った。


「研究馬鹿なのも、たまには役に立つな」


 カケルは、それを肯定も否定もせず、片手だけを軽く上げると、店の中へ戻っていった。



 ◇



 このところ、王の下では対ソラの機運が今まで以上に高まっている。ワタリはそれを肌で感じ取っていた。ソラ国は、相変わらず軍事面には力を入れず、呑気に神具ばかりを作っているらしい。王は、ワタリも知らぬ伝手で、常にソラの状況を調べているようだった。


 きっと、ワタリには明かされていない忍びのような存在がいるのだろう。そして、いずれはそれらを自らの手足として使える日が来るのだろうと思うと、体がうずいた。


 しかし、まだ来ぬ先の話を想像して喜んでばかりもいられない。

 

 ワタリは、窮地に立たされているかもしれなかった。


 マツリが、新たな武器を導入し、軍の調練を行っているらしい。マツリは、対ソラを想定して準備しているのだろう。


 もし、マツリがワタリよりも大きな功績を残すことになれば、次期王の座は揺らぐかもしれない。ワタリは、胃のあたりを手で押さえる。最近、薬もほとんど効かなくなった。


 ワタリは、他の兄弟達とは意識的に接触しないようにしている。そうすることで、自らが選ばれた者であり、他が追随できない才を持っているかのような気分になれる。これは孤独ではなく孤高なのであり、栄光への道のりは常に寂しいものなのだと信じ込んでいた。兄弟と協力や情報共有するなど、もってのほかなのである。


 そうしてワタリは、真実に気が付かぬまま、醜い対抗心を燃やし続けるのだ。


 今、ワタリは父である王から、大きな任務を受けている。帝国へ貢ぐための工芸品収集だ。マツリを凌ぐためにも、より良い品を早く手に入れておきたい。


 それだけで良いだろうか。少しでも王の機嫌が良くなるようなことをしておきたい。


 その時、ちょうど神話の間の辺りを通りかかることになった。その広間の天井には、様々な神々が描かれていて、中央にいるのはルリ神である。その手には、やはりシェンシャンがあった。


 ふと、王女を辞めたいなどと血迷ったことを言っていた妹姫のことを思い出す。


 そうだ。あの妹は、あろうことか本当に身分を隠して楽師団に入ってしまったのだ。


 きっと、王も妹の成すことを疎ましく感じているだろう。妹のコトリは、大切な生贄なのだ。本来は、帝国へ宛がう姫として、王宮内に閉じ込めておくのが望ましいはずだ。


 あの日、三人で交わした約体通り、直接的にワタリから庶民のフリをしているコトリの身分を暴くことはできない。だが、抜け穴はどこにでもあるものだ。


 ワタリは、ひっそりと口角を上げた。



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