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【完結】追放された失格聖女は辺境を生き延びる※ただし強面辺境伯の過保護な見守りつき。  作者: 浅名ゆうな


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40/50

覚悟

 覚悟を込めて伝えた感謝。

 険しい顔で聞き終えたゼインだったが、頑として首を振った。

「フローリア殿、諦めないでくれ」

「領地のみなさんにも、よろしくお伝えください」

「伝えない。戻ってくればいいだろう、また」

「フフ、あまり誘惑しないでください」

「少しも揺らいでくれないのだから、仕方ない」

「揺らげば事件を全力で揉み消しそうな人が、目の前におりますから」

「揉み消しはしない。その代わり、地の果てだろうと共に逃げるまで」

「それでは領地の方々が困るでしょう?」

 険しい顔のまま並べられる甘い誘惑。

 その全てを、フローリアは微笑みさえ浮かべて拒絶した。

「はじめから……それこそ、父がこの件に関わっているかもしれないと聞いた時から、もうずっと決めていたことです」

 もし全ての黒幕がユルゲン帝国ではなく、スレイン公爵だったら。父だったら。

 ギルレイド領でこの疑惑を聞かされた時には、フローリアは覚悟を決めていたのだ。

「私は確かに家族と疎遠でした。けれど、衣食住に困ったことはありません。それがどのようなものであるかも知らず……恩恵を享受していた」

 追放されたとはいえ、スレイン公爵家で育った過去はなかったことにできない。体を流れる血も。

 不意に、幸せだった幼い日を思い出した。

 さっぱりした気性の祖母に、物静かで温厚な祖父。二人がかりで甘やかされた美しい中庭。

 ――お祖母様やお祖父様は、この魔道具の秘密を知っていたのか……。

 魔道具師でもないかぎり、ここまで細かい魔術回路の読み取りはできまい。

 修理に出せばグローグのように気付く機会もあっただろうが、その必要もなかったはずだ。

 何も知らないまま逝けたのだと信じたい。

 フローリアは、あえてゼインを意識から追い出し、体ごとシェルリヒトを向いた。

 この中で最も身分が高く、公爵をも裁くことができる人物。

 ゼインが諦めてくれないなら、彼しか頼れない。きっと公正な判断をしてくれる。

「除名されてこれ幸いと、責任逃れをするつもりはありません。殿下、どうか償いをさせてください」

 深々と頭を下げ、彼の言葉を待つ。

 しばらくの沈黙のあとに降ってきたのは、長い長いため息だった。

「そんな粛々と罪を受け入れられてさぁ……断罪する身にもなってほしいよね……」

 シェルリヒトの声は、あまりにげんなりしていた。フローリアは決死の覚悟をしているのに、深刻な雰囲気など一切ない。

「で、殿下……?」

「しかし何より悲しいのは、頼ってもらえないことだ。寄りかかって構わないと言ったのに、これでは格好つけ甲斐もない」

「王太子ともあろうお方が、減刑をそそのかしてはまずいと思いますよ……」

 シェルリヒトと私的な言葉を交わすのも、これが最後になるかもしれない。

 そんな気持ちから軽口で返したのだが、ヴィユセには驚きだったようだ。背後で小さく息を呑む気配があった。

「え? え? 姉様、王太子殿下とお友達?」

「えぇと、お友達という表現は不敬だと……」

「そうかしら? 私、王太子殿下やゼイン様の気持ち、分かる気がする。姉様はさっき、私がしたことを許してくれたでしょ? 同じように、大切な人だから姉様を許したいのだわ」

「それはちょっと規模が……」

 先ほどまで涙目だった義妹に鼻息荒く諭される。

 何だろう、この状況。緊張の場面だったはずなのに、どんどん空気が緩んでいく。ヴィユセ、やっぱり大物かもしれない。

 その時、扉が外から叩かれた。

 優雅に現れたのはスレイン公爵家の執事だ。

「失礼いたします。旦那様、王宮より使者がいらっしゃいまし――って旦那様!?」

 執事は頭を下げていたから、グローグが気絶していることに気付くのがだいぶ遅かった。

 しかも放置されているのだから、客人の前であろうと素っ頓狂な声を上げてしまうのも無理はない。

 そこに駄目押しとばかり声をかけたのは、王太子であるシェルリヒトだった。

「残念だが、君の旦那様は重罪人だ。休ませる必要はあるが監視はつけさせてもらう」

「だ、ざ、え、王太子殿下ーーー!?」

「ついでに、そこにいるユルゲン帝国の者達も頼もうか。抵抗する者は拘束し、大人しく従う者は最低限の監視をするように。――あぁ、用件を遮ってしまったね。火急の際はこちらに使者を立てるよう手配していたんだ。それで、使者は何と?」

 色々許容量を超えた執事は、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。ちょっと可哀想な気もする。

「使者は……そう、ギルレイド領に大型の魔獣が、出現したと……」

「!!」

 放心状態の執事が告げたのは、処断を待つフローリアとて聞き流せる内容ではなかった。

「大型……魔獣……?」

 呟きが掠れて震える。

 王都の騎士団では、精鋭十人がかりでも討伐が困難だといわれる大型魔獣。しかも騎士団長であるメルエ不在のこの時に。報せを王都に寄越すくらいなのだから、事態は差し迫っているはず。

 いや、むしろもう――……。

「大丈夫だ、フローリア殿」

 蒼白になるフローリアの肩を叩いたのは、ゼインだった。大きな手から安心できる温度が伝わる。

「うちの騎士団は強い。彼らを信じているからこそ、俺達は領都を空けられた」

「で、ですが、こちらに報せが届くまでに、どんなに早くても二日はかかっているはずです。ギルレイド領は今どうなっているか――……」

 領都の騎士団が果たして耐え続けられるのか。

 普通に考えて絶望的だ。

 最悪の想定がよぎるも、泰然自若とした声がフローリアに静止をかける。

「問題ありません。青毛豹も手こずりましたが、彼らもあの時と同じ措置をとっているはずですから」

 フローリアに歩み寄ってきたのはコルラッドだった。メルエも一緒に集まってくる。

 ユルゲン帝国の民は、なだれ込んできた公爵家の私兵に任せてきたようだ。にわかに辺りが騒がしくなっていく。

「大型は、できる限り防備を固めて、弱らせる。苛立ちと空腹で、判断力が低下する時が、狙い目」

 メルエの補足説明で、彼らが落ち着いている理由を理解する。

 つまり、まだ戦闘になっていない可能性が高いということだ。一刻も早く戻らなければならないという事実は変わらないが。

 執事らに素早く指示を終えると、シェルリヒトの視線がこちらを向いた。

「この場は僕に任せて、君達は早く戻りたまえ。フローリア嬢もね」

「え……」

 フローリアは、このまま王都で捕縛されるはずだ。いくらギルレイド領が心配でも、行けない。

 シェルリヒトは不敵に目を細めた。

「君の浄化は役に立つ。緊急事態ということで特別措置だ。――ゼイン・フランツ・ギルレイド、並びにフローリア。辺境伯領に出現した大型魔獣を直ちに掃討せよ」

「――はっ」

 王太子としての、高らかな号令。

 王族の命令に反するわけにはいかない。

 フローリアとゼインは揃って礼をとった。

 顔を上げると、いつものいたずらっぽい笑みを浮かべたシェルリヒトに戻っている。

「その代わり、必ず王都に帰ってくるように。とびきりの処分を用意して待っているよ」

 彼一流の激励に面食らい、フローリアは思わず笑ってしまった。

「……はい。必ず」

 その時、おずおずと口を挟んだのはヴィユセだ。

「あの、浄化なら私も……」

 確かに彼女ならば、戦力として申し分ない。何と言っても当代聖女は驚くべき魔力量を誇っている。

 だが、シェルリヒトは頷かない。

「この程度で立てなくなる女性を、大型魔獣と対峙させるわけにはいかないな。ここはフローリア嬢が適任だ。八年前の戦争でも、前線で戦っていた実績があるからね」

「えぇ!? ぜ、前線で……!? 父様と母様から聞いていた話と全然違う……!」

 驚くヴィユセには苦笑するしかない。一体何を聞かされていたのやら。

 そうしている間にも、コルラッドとメルエは手分けして馬や食料の手配について議論している。荷造りをする暇もないのでこのまま出立するようだ。

 ――私もトラウザーズを履いているし、ちょうどいいかも……。

 八年前の戦争でも似たような格好をしていた。あの頃の戦火が甦り、神経が昂る。

 不意に、視線を感じた。

 ユルゲン帝国の民は公爵家の私兵の監視下に置かれているはずなのに、少年がポツリと佇んでいる。

 何か異様さを感じて、フローリアは後ずさった。

「て……帝国の目論見は、潰えました」

 なぜ、子ども相手にこんなことを。

 フローリア自身不思議だった。

 そもそも、魔道具を特権階級が独占しているノクアーツ王国の在り方は、フローリアが変えたいと思っていたものだ。

 誰もが気軽に魔道具を使う世界。

 ユルゲン帝国がそれを叶えてくれるのなら、むしろ歓迎すべきことなのに。

 けれど、頭のどこかが警鐘を鳴らしていた。

 ユルゲン帝国は……この子は危険だ。

 少年は、このような状況にあっても、至極楽しそうに笑っていた。

「そもそもうちも、公爵の企みが簡単に運ぶとは思ってなかったよ。だから最低限の力を貸しただけ」

 フローリアは、一見普通な少年のどこに違和感があるのか、気付いた。

『うち』。……彼は、帝国の上に立つ者の話し方をしているのだ。

「価値のある魔道具を開発できたし、損失は少ない。それに、お姉さんみたいに優秀な魔道具師に会えてよかった。今回はそれだけでも収穫だったよ」

「――そういった裏事情まで知っている君だけは、悪いが逃がしておけないな」

 背後から音もなく忍び寄っていたシェルリヒトが、少年を捕らえようとする。

 ゼインも連携して動き、絶対に逃がさない構え。

「残念、甘いね」

 ところが、少年の姿が掻き消えた。

 信じられない現象だが、フローリアは前例を知っている。急いでメルエに視線で問う。

 彼女も視認できなかったようで、首を振られた。

「体術とは違う。あの動き、そういう域じゃない」

 メルエがそういうのなら、間違いないだろう。では、体術以外の何か――魔術か……。

「魔道具……?」

 ポツリと呟いた憶測に、フローリアは全身の皮膚が粟立つのを感じた。

 ユルゲン帝国は魔術より魔道具が発展している。だから少年が行使したのも魔道具ではないかと思っただけなのだが、もし本当にそうだとしたら。

 ……それは、想像をはるかに超えた技術力だ。




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