蠱毒(4)我が家へ
水に打たれ、火にあぶられ、煙に燻され、経文を浴びせ掛けられる。自分の為とわかっていても、なかなか辛いものがある。清めの水は夏だというのにしびれるほど冷たく、護摩壇の炎は水膨れができそうなほどに熱く、香の煙は咳と涙が止まらない。それらでいい加減ボーッとなったところに正座で長時間お経を聞かされるのだ。わかっていても、辛いものは辛い。
それら一連の儀式からようやく解放されて、やっと、ホッと息がつけた。
すぐに津山先生達に保護され、神殺しの印が付いていたので、祟り避けの儀式を行って、殺した神を再度祀り上げたのである。心の底から面倒臭い。
それもこれも、この、蠱毒を仕掛けたバカのせいだ。会ったら、文句を言わずにはおれない。
それに、巻き込まれて亡くなった長井さん達霊能者の事を思えば、殴ってしまいそうだ。
のんびりと、僕、兄、直、津山先生は、食料調達にかかっていた。
「蠱毒をしかけた沢尻は、捕まえたで」
池で釣り糸を垂れながら、事件の顛末を聞いていたのだ。突然僕が消えて、兄や直ならずとも、相当慌てたらしい。それでも、すぐに何があったかを突き止め、結界の位置を特定し、綻びやすそうな所を探し、どうにか内部と水鏡という手段で繋いだそうだ。
そして他の流派とも連携して犯人を特定、捜索、確保したという。
「無事で良かった。けど、怖い思いさせてもうたなあ」
津山先生は申し訳なさそうに言った。
「いえ、僕の不注意です。こちらこそ、お騒がせしました。
それより、あの手毬はどういう物なんですか」
糸に、ピクッとアタリが来て、すぐに、ググッと引き込まれる本当たりになる。そこをすかさずフッキングし、リールを巻いて、手前に寄せてきてタモですくう。38センチのマスだった。
「これみたいなもんや。たまたま食いついた人間を結界に送る、その仕掛けや。
悔しいけど、沢尻の作った仕掛けは上手なもんやったし、誘いも上手かったっちゅう事やな」
そう言われると、リリースしてやりたくなってきた。
「この池見たら、真水やと思うやろ、普通は。海が近いわけでもあらへんし、薄いいうても塩水が湧くなんか、この辺で他にはあらへんからな」
「はい」
この池は薄い塩分濃度の塩水が湧き出してできたものらしい。清さんに聞いていた。
「スズキの泳いどるんが海か汽水域やと知っとったら、とりあえずは、あれぇ、思う。思ったら、調べたらええ。
一緒や。色々知っといたら、おかしいもんにも危ない事にも対処できる。怜はもっと、知らなあかんな。結界やら色んな術やら。京香の尻叩いとくけど、いつでも、ここ来たらええで。怜は、ここの子ぉやからな」
「ありがとうございます」
津山先生は好々爺然として笑い、「おっ」と真剣な様子でやり取りをして、70センチのスズキを釣り上げた。
「フッフッフッ。わしの勝ちやな」
子供みたいに、ニカッと笑う。
「それにしても、司君も直君も、大したもんやな。神さん殺して別もんになりかけとったんを、水鏡越しに呼びかけて、呼び止めたんやからなあ。絆が深うないとでけへんし、恐れとか疑念があってもでけへん」
「おそれいります」
兄は言って、かかった魚を釣り上げた。63センチのスズキだった。
「自慢の、兄と相棒なんです。本当に感謝してます」
言うと、
「怜だって同じだよ。あと、これとそれを取り換えてくれたら、もっと感謝する」
と、直はリリースサイズのマスを釣り上げ、笑ってみせた。
何か所か観光をして、また釣り大会をする約束をし、僕らはJR京都駅に来た。お土産も買い足さないといけない。乾燥湯葉と鯖寿司は買った。兄の職場への葛餅と、心霊研究部への水羊羹、自分家用におたべ。
次に駅弁だ。たくさんあって、悩ましい。
京香さんは、地ビールコーナーに直行した。
「ブレないねえ」
「全くだな」
僕、直、兄は、それを見て清々しさすら感じていた。
「兄ちゃんも今晩飲む?今日は呼び出しもないんでしょ?あっちで食べた湯葉巻き揚げ作ろうかな。えびを巻いたのとか、ああ、あんかけもいいな」
「怜も今日はゆっくりしたらどうだ。夕飯は、外食でも出前でも総菜でもいいから」
「せっかくニジマスもらったし、ベーコン巻いてスモークしたら、お酒にも合いそうだよ」
それに、電話でしか知らない声が混ざる。
「旨そうだなあ」
「え、あ、蜂谷――?」
兄と直が、身を固くした。
「へえ。ますます面白い事になってるなあ、怜君。しばらく飽きそうにないわ」
僕を見て、ニヤニヤと笑う。こっちは全く面白くない。
「何の用だ」
「ああ、お兄さん。そんなに警戒しないで下さいよ。ちょっと、顔を見に寄っただけだから。直君も」
「信用できるか」
「あれえ、悲しいなあ。そんなに信用ないかなあ」
ニヤニヤと返すのがまた腹が立つ。
「あると思いますか」
「うん、ないね」
自覚あるんじゃないか。
「沢尻のヤツも、えらく大掛かりな事をやったもんだよ。余計な事をしてくれて、ばかが。
でも、まあ、坊やを巻き込んで面白くしてくれたのでチャラか」
「面白くないし、坊やじゃないです」
「神さん殺し、興奮した?」
「!」
「おお、こわ。退散、退散。
あ、今度俺にもごちそうしてよ。じゃあねえ」
ヒラヒラと後ろ手に手を振って、緊張感の欠片もない様子で離れて行く。
「あれが、蜂谷か」
兄が、厳しい目で呟く。
「蜂谷が、余計な事をしてくれてって言ってたの、あれ、何だろうね」
直も、難しい顔で考え込む。
わからん。わからんものは、わからん。
「もう、今はいいや。京都旅行もこれで終わりなんだから、忘れよう」
言っていると、京香さんが重そうな小さい箱を嬉しそうに下げて戻って来た。
「あ、御崎さん。京都ブルワーズはお勧めですよ、ふふふ」
いつも通りで、ある意味ホッとする。
「牛すじのトロトロ煮込みとか、唐揚げとか、チキン南蛮とか」
「はいはい」
「でも夏はダイエットもしないといけないわね」
面倒臭いな、もう!




