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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第8局 熱血!春の団体戦(1日目・2015年5月10日日曜)
99/686

87手目 3回戦 松本〔升風〕vs裏見〔駒桜市立〕

※ここからは香子きょうこちゃん視点です。

挿絵(By みてみん)


 2回戦は、なんとか勝てたわね。この調子で行くわよ。

裏見(うらみ)先輩、このオーダーでいいですか?」

 来島(くるしま)さんが、オーダー表をこっそりみせてきた。

 私に相談しないでくださいな。どれどれ……。

 

 福留 裏見 飛瀬 馬下 来島

 

 いたって普通。

「そう言えば、升風(ますかぜ)ってどうなったの? 2連勝?」

「いえ、2回戦で清心(せいしん)に負けました」

 あらら、意外。これは優勝争いが面白くなってきたんじゃないかしら。

(つじ)先輩の体調が悪いみたいなので、チャンスだと思います」

 なるほど、体調不良か。スポーツもそうだけど、自己責任だ。

 病気の程度によっては、来島さんでも一発入るかもね。

「了解。私は獅子戸(ししど)くんになりそう? どういうタイプ?」

馬下(こまさげ)さんの話だと、居飛車のオーソドックスな攻め将棋らしいです」

 ほほぉ、私と似てるわけですか。かかって来なさい。

「3回戦を始めます。オーダー交換をしてください」

 よし、出動。私たちは、対局席に集合した。

 相手方は、たまに見かけたことのある男子。

「こっちからでいいですか?」

 相手が女子チームでも、ゆずらないスタイル。

「どうぞ」

 相手の少年はオーダー表をひらいて、ゆっくりと読み上げた。

「升風、1番席、副将、曲田(まがた)

駒桜(こまざくら)市立(いちりつ)、大将、福留(ふくどめ)さん」

「2番席、三将、松本(まつもと)

 は? 来島さんも、一瞬読み上げが遅れた。

「2番席、副将、裏見(うらみ)さん」

 いきなり外れてるんだけど。

「3番席、四将、獅子戸」

「3番席、五将、飛瀬(とびせ)さん」

「4番席、五将、蔵持(くらもち)

「4番席、七将、馬下さん」

 え? おかしくない? 葛城(かつらぎ)くんとつじーんが残ってるわよ?

「5番席、七将、葛城」

 そこで来島さんは、本格的に読み上げが止まった。

 相手の男子は、怪訝そうに顔を上げた。

「5番席、葛城ですよ? そっちは?」

「あ、はい……5番席、来島です」

 そうそう、オーダー交換は、ちゃちゃっと……ん、なにこの空気。

 なんだか、室温が2度くらい下がったような気がする。空調?

「外されちゃったね……」

 飛瀬さんは、来島さんに話しかけた。

「……そうだね」

 来島さんは、オーダー表の欄を埋めながら、低い声で答えた。

 うーん、そこまで深刻に考えなくても……とはいえ、こっちが不利か。

 っていうか、つじーんどこに行ったの? 外された?

「私が獅子戸くんとか……」

 飛瀬さんは、ファイルを抱きしめた格好で、私のほうへ向き直った。

「獅子戸くんって、棋力はどれくらいなの?」

「誘拐して分析してないから、よく分からないです……」

 また宇宙人ネタかい。後輩に気味悪がられるわよ、まったく。

「ここはひとつ……捨神(すてがみ)くんに指導してもらった成果を見せたいと思います……」

 そうそう、積極的にね。気持ちで負けちゃダメ……ん? 今、なんて言った?

「それでは、着席してください」

 私たちは、それぞれ着席する。

 松本くんって言うのは……ああ、やっぱり、さっきオーダー表を読んだ少年だ。

 前髪がナチュラルな感じに流れてる、特徴のあんまりない子。

「あ、裏見先輩、はじめまして、松本です」

 どうもどうも、ご丁寧に。

「いやあ、あの有名な裏見さんと指せるなんて、うれしいですね。お手柔らかに」

 おほほほ、それほどでも。ぼこぼこにしてさしあげますわ。

 私たちは駒を並べる。

「ひとつ、訊いてもいいかしら?」

「はい、なんでしょうか?」

「辻くんは?」

 さっきから、ギャラリーにもいない。

 ああ、それですか、みたいな反応を松本くんはした。

「辻先輩は、風邪が悪化して帰りました」

 なんじゃそりゃ。熱でもあるのかしら。お大事に。

 私もあとで、うがいしなきゃ。

「振り駒をお願いします」

 1番席で、福留さんが振り駒。

「市立、奇数先」

「升風、偶数先」

 私が後手か。戦法、なんにしましょ。

「対局準備の整っていないところはありますか?」

 ありません。

「それでは、対局を始めてください」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 私がチェスクロを押すと、松本くんは7六歩。

 んー……棋風を確認してない。獅子戸くんと当たる予定だったのよね。

 ちょっと失敗したかしら。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「8四歩」

 いきなりの角交換だけ避けときましょ。

 6六歩、3四歩、6八飛(ノーマル振り飛車党だったか)、6二銀、7八銀、4二玉、3八銀、3二玉、5八金左、5四歩、4六歩。


挿絵(By みてみん)


 藤井システム調かぁ……これはイビ穴を誘われてるのかしら?

 私は少し考える。升風の視点に立てば、こっちのオーダーはだいたい見える。2番席が私だということだ。となると、松本くんを当ててきたのは、あちらの計画通り。松本くんが私の棋風に対して無策だと想定するのは危険……と言いたいんだけど、学生将棋でそこまでするかなあ。当て馬できそうな位置に松本くんがいただけかもしれない。

 私はひたいにこぶしを当てて、考える人になった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「8五歩」

「7七角」

 5二金右、3六歩、5三銀、4八玉、3三角、3七桂。

「2二玉」


挿絵(By みてみん)


 素直にクマりましょう。堅さは正義。

 3九玉、4四歩、6五歩、3二金、4七金、4三金右、6七銀、1二香。

 ひと昔まえの将棋になった。

「2五桂」

 これは松尾流を阻止するための常套手段だ。

 2四角、2四角、4五歩、1一玉、4四歩。

「同金」

 罠を張る。

 松本くんは、おやっという顔をした。

「4四金?」

 髪を撫でながら、松本くんは考える。

 そう、一見4五歩としたくなるんだけど(同金と取れないから)、5五金、5六歩のときに6八角成の強襲があって、同角、4五金とすれば、だいたい勝ちなわけですよ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は裏見さんの脳内イメージです。)


 松本くんが気付かなかったら、60手台で終わる流れ。お手並み拝見。

「いやあ、ダメなのか……1六歩」

 ふむふむ、そこまで弱くはないってことか。注意しましょう。

「2二銀、と」

 穴熊完成。この時点で、若干後手がいいはず。

 1五歩、4五金、4八飛、4六歩、3七金、5五歩。


挿絵(By みてみん)


 いけいけどんどん。守りの金で圧殺する。

 松本くん、ここで大長考。先手が悪いのは、さすがに気付いているらしい。

 藤井システムの本は読み込んでるし、適当にやられたら対処できるのよ。

「これもう、指す手がないような……」

 かもね。私だったら……うーん……6六銀なんてされても、なにも怖くない。金銀交換なら、むしろ大歓迎。4二飛か8六歩まで絡めて、大攻勢で穴熊の勝ち。

「……2六歩」

「4四銀」

 5八金、3五歩、4六金、同金、同飛、4二飛。

 私はサクサク指す。

「端攻めに賭けるか……1四歩」

 それ、手抜けるレベルだと思うんだけど。

 私は1分ほど端の攻防をチェックしてから、3六歩と伸ばした。

 これが飛車当たり。先に1三歩成を入れて来るかしら?

「……同飛」

 飛車を逃がしますか。まあ、1三歩成は敵陣も危なくなる一方よね。

 3五銀、6六飛、3七歩、同銀と吊り上げてから、私は1四歩と手をもどした。


挿絵(By みてみん)


 ここで先手にうまい手がなければ、優勢。

「うーん……指す手がない……」

 1三歩、行っちゃう? 行っちゃう?

「3八歩」

 なにそれ? 受けただけ?

 私は30秒ほど確認して、4六銀と出た。

 同銀、同角、4三歩。

 なるほど、同飛、3四銀、4四飛、4五金っぽいわね。これが両取り。

 そう簡単じゃないわけか。こういうところが、将棋は怖い。

 でもでも、これは飛車を渡しても勝ちじゃないかしら? 4三同飛、3四銀、4四飛、4五金に同飛と取っちゃって、同銀、1九角成は、どう?


挿絵(By みてみん)


 (※図は裏見さんの脳内イメージです。)

 

 駒の損得は……飛車と金香交換か。これは穴熊好みだ。

 それに、7七の角と6六の飛車は死んでいる。

 気になるのは……8二飛〜1三歩か。8二飛に金を逃げて……んー、逃げたほうが危ない可能性もあるのか。なにかいい手があればいいんだけど……。

 私は買い直したお茶のペットボトルを開けた。一口飲んでリフレッシュ。

 さてさて、考え直しまして。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ああ、これ行けそう。ああなって、こうなって……対応ミスなら先手即死まである。

 オッケー、これにしましょう。

「同飛」

 3四銀、4四飛、4五金、同飛。

「切るんですか?」

 さいです。切ります。

 松本くんはしばらく唸ってから、同銀と取った。

 切る順を読んでないのは、甘い。

「1九角成」

 松本くんは、すぐに8二飛と下ろした。でしょうね。

 私は歩を何度か空打ちして、指差し確認してから3七歩。


挿絵(By みてみん)


「金を見捨てて歩打ち?」

 意外かもしれないけど、これが激痛。

 3二飛成に3一香が詰めろ龍取りなのだ。龍を逃げたら3八歩成で詰み。

 かと言って、2二龍、同玉、3七歩、同香成も先手負け。

 要するに、ここで金を取ったら先手が負ける。

「あ、そっか……そういうことか……」

 松本くんは頭を抱えて、うんうん唸った。

 私はもう一口お茶を飲んで、寄せを確認する。

「……1三歩」

 即負けの順は選ばなかったか。

 4六香(詰めろ)、4七歩、6九金(詰めろ)、4八金、5八銀(詰めろ)。

 詰めろ詰めろで迫る。

「ああ……1二歩成」

 思い出王手、いただきました。

 同玉、2九香、4七香成。


挿絵(By みてみん)

 

 これで必至じゃない?

 3二飛成、4八成香、同玉、4七金、3九玉、3八金。

 龍は詰む詰まないと関係なし。

「負けました」

「ありがとうございました」

 持ち時間を、13分余らせて勝ち。

「どこが悪かったですかね?」

「藤井システムっぽくはなってたけど、手順がおかしいと思うわよ」

 私は藤井システムの出だしを、ちょっとだけ説明した。

 全部は明かさない。手の内だから。

「このレベルだと、付け焼き刃はダメですね。勉強になりました」

 素直でよろしい。

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 私は席を立って、一息つく。

「よう、裏見、早かったな」

 おっと、この声。

松平(まつだいら)、来てたの?」

「ああ、幹事が忙しそうだったからな。手伝いに来た」

 そう言うことか。今だって、箕辺(みのべ)くんと葉山(はやま)さん以外は対局中。

 幹事にレギュラーが集まるって言うのも、あんまりよくないわね。

 スポーツ業界みたいに、運営と選手は分けたほうがいいんじゃないかしら。

「ちなみに、僕も来てます」

 ひょっこりと、生意気そうな男子が顔を出した。

「あら、駒込(こまごめ)くんじゃない。あなたも手伝い?」

「ええ、松平先輩に引きずられて来ました」

 自発的に来なさいよ。

「まあ、どのみち来るつもりでしたけどね、観戦しに」

「対戦表見て、びっくりしたぜ。清心が連勝してるじゃないか」

 そうそう、清心がめちゃくちゃ強い。

 前評判だと、強いのは3本柱だけって話だった。でも、よくよく考えたら、3人が勝ち続けるだけで優勝確定なんだもの。佐伯(さえき)くんも変態将棋に磨きがかかってるみたいだし。

「まあ、裏見は新巻(あらまき)と当たる可能性もあるし、お手並み拝見だな」

「新巻くんって、あの明るい子よね」

「明るいというか、なんというか……っと」

 松平は、思い出したように時計をみた。

「それじゃ、俺は見回りがあるから、またあとでな」

「了解」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 応援しますか。一番肝心なのは……飛瀬さん?

 うちの勝ち筋って、福留●私○飛瀬○馬下○来島●しかないわよね?

 私は飛瀬さんの将棋を観るために、3番席へ移動した。

場所:2015年度春季団体戦 3回戦

先手:松本 尚志

後手:裏見 香子

戦型:先手四間飛車


▲7六歩 △8四歩 ▲6六歩 △3四歩 ▲6八飛 △6二銀

▲7八銀 △4二玉 ▲3八銀 △3二玉 ▲5八金左 △5四歩

▲4六歩 △8五歩 ▲7七角 △5二金右 ▲3六歩 △5三銀

▲4八玉 △3三角 ▲3七桂 △2二玉 ▲3九玉 △4四歩

▲6五歩 △3二金 ▲4七金 △4三金右 ▲6七銀 △1二香

▲2五桂 △2四角 ▲4五歩 △1一玉 ▲4四歩 △同 金

▲1六歩 △2二銀 ▲1五歩 △4五金 ▲4八飛 △4六歩

▲3七金 △5五歩 ▲2六歩 △4四銀 ▲5八金 △3五歩

▲4六金 △同 金 ▲同 飛 △4二飛 ▲1四歩 △3六歩

▲同 飛 △3五銀 ▲6六飛 △3七歩 ▲同 銀 △1四歩

▲3八歩 △4六銀 ▲同 銀 △同 角 ▲4三歩 △同 飛

▲3四銀 △4四飛 ▲4五金 △同 飛 ▲同 銀 △1九角成

▲8二飛 △3七歩 ▲1三歩 △4六香 ▲4七歩 △6九金

▲4八金 △5八銀 ▲1二歩成 △同 玉 ▲2九香 △4七香成

▲3二飛成 △4八成香 ▲同 玉 △4七金 ▲3九玉 △3八金


まで90手で裏見の勝ち

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