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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第8局 熱血!春の団体戦(1日目・2015年5月10日日曜)
91/686

79手目 1回戦 鞘谷〔藤花〕vs古谷〔清心〕(1)

※ここからは古谷ふるやくん視点です。

 今日は団体戦初日。

 僕ら清心(せいしん)の将棋部員は、駒桜(こまざくら)市の公民館に集合していた。

「おーい、兎丸(うさまる)!」

 いつもの挨拶。虎向(こなた)だ。

「おはよう」

「おはようッ! 今日はふたりで3連勝するからなッ!」

 そう簡単に行くかな? 僕の位置は、オーダー次第では事故がありうる。

 3年生でも、やりたくない面子はちらほらいるからね。

「組み合わせは、まだ発表されてないのか?」

「そろそろじゃないかな」

 っと、噂をすれば、なんとやら。

 箕辺(みのべ)会長と葛城(かつらぎ)副会長が、オーダーをホワイトボードに貼り出した。

「組み合わせを確認してくださぁい」

「よしッ! 兎丸、行こうぜッ!」

佐伯(さえき)主将が運営委員なんだから、確認する必要なくない?」

 僕の指摘に、虎向はちょっとがっかりした。

「心の準備があるだろ」

 虎向って、心の準備をするようなタイプじゃないけどね。

「ふたりとも、朝から元気だなあ」

 うかない顔をした田中(たなか)先輩が、腕組みをしたまま話しかけてきた。

「先輩、顔色が悪いですよ?」

「ちょっと緊張しててな」

「3年生が緊張するんですか?」

「今年は優勝の可能性があるからなあ。去年までは出てただけなのに」

 ああ、そういうことか。優勝の可能性があるチームにいるのと、ないチームにいるのとでは、団体戦の緊張感が違う。ほかの先輩たちも、ちょっとそわそわしていた。

「大丈夫ですよッ! 俺たちに任せてくださいッ!」

 虎向は、右手を振り上げてガッツポーズ。

「ほんと頼んだよ。2−2で俺が決勝卓とか、マジで勘弁だから」

 佐伯主将、僕、虎向が全勝すれば、他が全敗でも優勝。5人制だから当然だ。

 とはいえ、虎向が全勝は難しいと思っている。本人には言わないけど。

 だから田中先輩には、最低でもふたつは勝って欲しい。

「田中先輩の活躍にも、期待してます」

「いやあ、期待されてもなあ」

 僕らがそんな話をしていると、佐伯主将が運営席からもどってきた。

「どうなりましたッ!?」

 虎向が真っ先に食らいついた。

「こんな感じだったよ」

 僕たちは、四方から手帳を覗き込んだ。

 

 1日目1回戦

 清心vs藤花 升風vs天堂 駒桜北vs駒桜市立

 2回戦

 清心vs升風 藤花vs駒桜北 駒桜市立vs天堂

 3回戦

 清心vs駒桜北 升風vs駒桜市立 藤花vs天堂

 2日目4回戦

 清心vs天堂 升風vs駒桜北 藤花vs駒桜市立

 5回戦

 清心vs駒桜市立 升風vs藤花 天堂vs駒桜北


 いきなり藤花か……。

「チャンスとみますか?」

 僕は、佐伯主将に尋ねた。

「チャンスでもあるし、ピンチでもあるよね。オーダーが分からないから」

 そう、お互いにオーダーが分からない。1回戦は事故が多い由縁だ。

「とにかく、フルオーダーだよ。レギュラーのみんな、よろしく」

 佐伯主将は、それだけ全員に含んで聞かせた。フルオーダー、要するに強い順。

 このまえ作ったオーダーだと、田中→新巻→森屋→佐伯→古谷。

「オーダー交換の時間になりました。オーダーを交換してください」

 箕辺会長の指示。僕らは、対局テーブルに向かった。

 相手の部長らしき女子も到着。

「佐伯くん、よろしくね」

「よろしく」

 ふたりは着席して、オーダー表をひらいた。

金子(かねこ)さんからで」

「了解。藤花(ふじはな)女学園、1番席、大将、林家(はやしや)さん」

 へぇ……大将は落語家さんか。これは、奇をてらってきたかな? それとも?

「清心高校、1番席、大将、田中」

「2番席、三将、高崎(たかさき)さん」

「2番席、三将、新巻(あらまき)

「3番席、五将、春日川(かすがかわ)さん」

「3番席、四将、森屋(もりや)

「4番席、七将、ポーンさん」

「4番席、六将、佐伯」

 藤女のうしろで、Upsという声が聞こえた。

「5番席、八将、鞘谷(さやたに)先輩」

「5番席、八将、古谷(ふるや)


挿絵(By みてみん)


 これは……。

「悪くないね」

 席を立った佐伯主将は、あっけらかんとそう言った。

「ですね。悪くないです」

 僕も同調した。

「俺はデカ女かぁ」

 高崎さんって、僕や虎向より背が高いんだよね。

 175センチ近いから、ちょっと威圧感がある。

「おーい、バカ(とら)、だれがデカ女だって?」

 虎向は頭をがっしりと掴まれて、左右に揺すられた。

「いててて、暴力反対ッ!」

 虎向は腕を振り払うと、頭を押さえた。

「ちゃんと将棋で勝負しろッ!」

「ああ、してやるよ。さっさと座れ」

 高崎さんは先に着席した。虎向もそれに続く。

「兎丸くん、僕はポーンさんをなんとかするから、鞘谷先輩をよろしく」

「了解です」

 佐伯主将って、ポーン先輩に好かれてること、気づいてるのかな?

 ま、気づいてないよね。

 僕はそんなことを考えながら、5番席に移動した。

「鞘谷先輩、こんにちは」

「あら、兎丸くんなんだ」

 鞘谷先輩は、露骨にイヤそうな顔をした。

 こういうのこそ、将棋指し冥利に尽きるってやつだよ。

「とりあえず、よろしくね」

「先輩こそ、お手柔らかに」

 僕は椅子を引いて、腰をおろした。すぐに駒を並べる。

「対局準備が整い次第、振り駒をしてください」

 と箕辺会長。葛城副会長がレギュラーだから、ひとりで切り盛りが大変そうだ。アシスタントは、葉山(はやま)先輩っていう新聞記者みたいなひと。彼女は事務能力が高いみたいで、ああいうひとはほんと貴重。

「おーい、さっさと振れ」

 2番席の高崎さんは、1番席の林家さんを急かした。

 林家さんは何かごにょごにょと言ってから、振り駒をした。

 田中先輩にゆずらないところが凄い。

「藤花、奇数先」

「清心、偶数先」

 僕が後手だ。2番席の虎向と4番席の佐伯主将は先手。幸先がいい。

 こういうの、関係がないって言うひともいるけど、僕はあると思う。統計的に先手の勝率が高いんだから。将棋指しは嘘を吐いても、数学は嘘を吐かない。

 なんてね。小古堰(ここせ)早乙女(さおとめ)さんなら、そう言いそうだ。

「対局準備の整っていないところはありますか?」

 箕辺会長と葉山先輩が見てまわる。

「ありませんね。では、始めてください」

「よろしくお願いします」

 僕は一礼して、チェスクロのボタンを押した。

「よろしくお願いします」

 鞘谷先輩は7六歩。僕は3四歩と突いて、横歩に誘導する。

 2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金、2四歩、同歩、同飛。

「8六歩です」

 同歩、同飛、3四飛、3三角、3六飛。

 お互いにノータイムの応酬。

「8四飛」


挿絵(By みてみん)


 8五飛型は、あまり見なくなった。戦法の流行り廃りって不思議だ。

 昔は、8四飛型のほうが死滅しそうだったのに。

「どうしようかしら」

 鞘谷先輩は、小考に入った。方針は、いろいろある。

 

 パシャリ

 

 いきなりのシャッター音。顔をあげると、葉山先輩が写真を撮っていた。

 僕はにっこりと笑っておいて、それから盤面に向き直った。

 鞘谷先輩も、真剣に考えていた。

「……2六飛」

 2二銀、8七歩、5二玉。


挿絵(By みてみん)


 これも、昔のかたちとはかなり違う。

 横歩なら、先手中住まいvs後手中原囲いが一般的だった。

 今は相中住まいから、後手は美濃に囲う順も有力。

「5八玉」

 僕は7二銀として、美濃に決めた。

 3八金、9四歩。

「ん? 端?」

 鞘谷先輩はすこし考えてから、4八銀と上がった。

「9五歩」


挿絵(By みてみん)


 この構想、鞘谷先輩は気付くかな?

 種明かしすると、先手が中央を厚くしているあいだに、端攻めの準備。

 敵の薄いところを狙っていくのが将棋だ。

「これは受かるでしょ。7五歩」

 飛車の横利きで受けてきた。さすが鞘谷先輩、得意戦法って感じだ。僕は両腕を十字に組んで、下唇をかるく撫でた。どうするか。あるいは、どうしないか。それが問題だ。

「……7四歩」


挿絵(By みてみん)


「なにそれ? 自分から突いて……あッ」

 取れないんだよね、これ。同歩は同飛で、7六飛と回れなくなる。7四同歩、同飛、3三角成、同桂、8二角は、7三角で消せるから無問題。

 鞘谷先輩は前傾姿勢になって、8筋のあたりを睨み始めた。

 8六飛とぶつける気かな? さすがにそれは僕がいい。

 鞘谷先輩はのこり18分まで考えて、7六飛と先に回った。7五歩、同飛に2四飛と、一回ポイントを稼いでおく。2八歩、8四飛。2筋に歩を使わせた。

「んー、難しくしちゃったか……」

 と言いつつ、すぐに3六歩と突いた。さっきの長考で読んでたみたいだ。

 今度は、僕が考える番。パッと見、8六歩かな。同歩、同飛、8七歩、3六飛。


挿絵(By みてみん)


 (※図は古谷くんの脳内イメージです。)

 

 と、歩をかすめ取りたくなる。

 けど、飛車の位置が、かなり不安定だ。とりあえず、3八の金が浮いてるから、3七歩か3七桂と守るとして……3七歩、3四飛、3三角成、同桂、5六角、8四飛、3六歩かな? 歩を代償に、5六角をタダで打った計算。こっちは有効な手がない。

 だったら、8六歩、同歩、同飛、8七歩に、8八角成、同銀、3六飛。角交換をこちらから挑んで、壁銀にさせる。先手がこれを回避するには、8六歩、同歩、同飛に、8七歩と打たないで、3三角成、同桂、8七歩。ここで3六飛は、さっきのイヤな変化。

 ふんふん、なるほどね。こうなると、3六飛は成立しないわけか。鞘谷先輩がどこまで読んでるかは分からないけど、歩のかすめ取りはない、と。

「8六歩」

 それでも僕は、8筋に歩を置いた。

 鞘谷先輩は、10秒ほど考えて同歩。

「同飛」

「……3三角成」

 やっぱりこっちか。同桂、8七歩、8四飛。

「へぇ、単純に引くんだ……3五歩」


挿絵(By みてみん)


 桂頭を狙ってきた。横歩の常識。

 3四歩、同飛、5六角、8四飛、3四歩は、僕が困る。

「2三銀」

 ちょっと辛抱。

「……」

 鞘谷先輩は両手をこめかみに当てて、テーブルに肘をついた。

 勝負どころと見ているようだ。僕も、そう思う。

 残り時間は、僕が17分、鞘谷先輩が12分。

 鞘谷先輩はちょくちょく時間を使っていた。これも当たり前の話で、横歩は最初から終盤戦。一手ばったりも多くて、時間を惜しんでいては始まらない。

「……7四歩」

 鞘谷先輩は、飛車の横利きを止めた。

 これは……僕に指す手がないという読みかな。実際、9六歩は時期尚早。

 唯一指せそうなのは……7三歩?

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は古谷くんの脳内イメージです。)

 

 3四歩、同銀、5六角なら、4五角と合わせて、同角、同銀。ここで7三歩成と手をもどすのは、同銀で手遅れ。だから先に7三……いや、違う。それも意味はない。

 となると、先手も方針変更せざるをえないはず。例えば……7七桂かな? 6八銀は飛車交換後の8九飛が痛くなるから、やってこないだろう。7七桂、7四歩、7六飛に5四角と打って、こっちが主導権を握れそうだ。端攻めにも弾みがつく。

 僕は歩をつまんで、2度空打ちしてから7三に放り込んだ。

「7三歩?」

 鞘谷先輩は、すこし背筋を伸ばした。

「なにそれ……?」

 どうやら、読んでいなかったらしい。単に9六歩を考えてたのかな?

 時間攻めにもなってラッキーだ。

「これは3四歩……いや、さすがにそれは……」

 鞘谷先輩はしばらく悩んで、7七桂と跳ねた。

 僕はもう一度読み直してから、7四歩。以下、7六飛、5四角、2六飛。

「2五歩」


挿絵(By みてみん)


 さあ、これは8六飛で交換するしかない。でないと一方的な攻めになる。

 鞘谷先輩も、さっきの小考で腹をくくったらしい。すぐに8六飛と寄った。

 同飛、同歩、9六歩。

「くッ……ここで端……」

 8六同歩で、角筋が9八の地点まで通った。狙わない手はない。

 鞘谷先輩は眉間に指を添えて、うーんと考え込んだ。

 でも、あんまり時間がありませんよ?

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