641手目 悪手のオンパレード
※ここからは、葉山さん視点です。
はいはーい、というわけで、感想戦後の感想戦。
今回はY口県だぜぇい、いえーい。
ノリノリな気分で、ものつくり高校に集合。
Y口県選手、土曜日に全員集まってくれて感謝。
萩尾さん、長門さん、嘉中くん、毛利先輩、松蔭先輩の5人。
移動が大変だったと思う。交通費は、もちろん囃子原グループの負担だけどね。
記者は、私と犬井くん。
ものつくり高校のパソコンルームを借りて、大型モニタで棋譜並べ。
現代的。
私は教壇であいさつを済ませてから、
「それでは、どなたからですか?」
とたずねた。
向かって右手前に座っていた萩尾さんは、
「学年順でよくない?」
と提案した。
すると、奥にいる嘉中くんは、椅子にのけぞって笑いながら、
「いやいや、萌ちゃんがトリでしょ」
と言った。
「ボクはそれでもいいけど、トップバッターが決まらないままじゃん」
と指摘した。
嘉中くんは、
「たしかに……じゃあ毛利先輩で」
と勝手に指名した。
おいおい。
とはいえ、毛利先輩は毛利先輩で、あんな感じだから、
「ん、私か、いいぞ」
と気楽に引き受けた。
私は、
「では、毛利先輩、前へどうぞ」
と案内して、教卓のパソコンを操作してもらった。
「ファイルはどこだ?」
「そこのフォルダです」
毛利先輩は、ポチポチとクリックした。
アプリが起動される。
【先手:毛利輝子(Y口県) 後手:大谷雛(T島県)】
私は、アレっと思った。
「那賀さんとの対局じゃないんですか?」
私の質問に、毛利先輩は、
「指定があったか?」
と返した。
「いえ、そういうわけじゃないんですが……勝った対局かな、と思っていたので」
私が弁明すると、毛利先輩は、
「すみれがかわいそうだと思ってな」
と答えた。
んー、そういう気の遣い方、どうなの?
私が納得しない顔をしていたのか、毛利先輩は、
「とりあえず見てくれ。これはけっこう白熱した対局だった。手数が長かったから、はしょって説明するぞ。まず、ここだな」
と、解説を始めた。
【38手目】
だいぶはしょった。
私は、窓際に座ってる犬井くんに目配せした。
犬井くんは、いいよ、という感じでうなずいた。
毛利先輩は、どんどんしゃべった。
「ここで、ひよこは4六銀と出てきた。カニカニ銀だ。まさか日日杯でカニカニ銀が見られるとは思っていなかったので、なんだか驚いてしまった」
たしかに、これはちょっと話題になったかな。
でもこれって、AIで調べても、4六銀が最善っぽいんだよね。
私は、
「毛利さんは5四歩としましたが、そのあたりの感触は?」
とたずねた。
「5五銀の筋を警戒したのだが、あまり意味はなかった。右桂が出遅れる原因になった」
ふむ、反省してるのか。
5四歩、私から見たら自然なんだけど。
毛利先輩は、マウスを動かしながら、
「というわけで、カニカニ銀になったのだが、開戦は3筋からだ。3五歩からごちゃごちゃやって、2四角と出られた瞬間、私がポカをした」
【55手目】
「ここで2七歩だった」
私は、
「打たなかった理由は、ありますか? 本譜は2三歩ですが?」
とたずねた。
見落としかな、と思ったけど、毛利先輩は、
「2七歩、3八飛、3五歩のあとが、よくわからなかった。7五銀、同銀、同歩、7六歩が第一感だったのだが、6五桂と跳ねられるのが不気味だった」
と漏らした。
【参考図】
ふーむ……次の5三桂不成が痛いか。
だけど、本譜で同じ筋が出ちゃったよね。
そのあたりの関係は、どうなんだろ。
あとでAIチェックしておこう。メモメモ。
私は先をうながした。
毛利先輩は、またマウスをスクロールして、
「本譜は2三歩。ここからだんだん悪くして、62手目に、また疑問手があった。これは飛ばす。80手、90手のあたりは、もう敗勢だった。が、ひよこに悪手が出た」
と、だいぶ先へ進んだ。
【97手目】
「これが意外にも大悪手で、私のほうも指せるかたちになった」
ここで犬井くんが割り込んだ。
「そのあたりは、数手連続で疑問手、という状態だったみたいですね。毛利先輩は対局中、どう評価してましたか?」
私も気になる。
毛利先輩は、
「あまりよく覚えてないのだが、覚えてないということは、不自然には感じなかったのではないだろうか」
と答えた。
犬井くんは、
「逆転したとか、そういう印象も?」
と質問をかさねた。
「ない。そもそも敗勢だと気づいてなかった」
あるあるだね。
勝勢とか敗勢とか、私も対局中はよくわかんないもん。
こっちが詰みそうで相手がZだったら負けかなあ、くらい。
毛利先輩はもっと上のレベルだろうけど、現象としてはいっしょだろう。
犬井くんは、了解です、と言って引き下がった。
毛利先輩は先を続けた。
「3二銀成が悪手で、同飛に3六玉が悪手。つまり、ひよこは2連続悪手だった。次に私が悪手で4七と、これにひよこが3三銀成の悪手返し」
【101手目】
悪手のオンパレード。
私はメモを取りながら、
「今のところ、4七とが疑問手でしたよね。5六龍で角を抜くほうが、自然な気がするんですが」
と、4七との理由をたずねた。
「5六龍、4六金、5三龍のあと、3三銀成、6三角、4五桂で圧殺されると思った」
【参考図】
うわ、凄い局面。
私は、
「3三飛に、同桂成とできなくないです?」
と確認を入れた。
「2四銀打がある」
【参考図】
これまた凄い局面。
初めて見たかたちかも。
「つまり、龍が重荷になる、という考えでした?」
「そうだ。本譜は4七とを入れて、5六龍に4六金とできなくさせた。角を抜くのが目的ではなく、2七玉と下がらせて、逆圧殺狙いだ」
なるほどねぇ、やっぱり深く考えてるんだ。
毛利先輩は、
「しかし、4九金が本当に邪魔だった」
と言って、スクリーンを見た。
これ、解説陣も指摘してたね。
4九金が邪魔だから、1八の王様はかなり安全、と。
以下、先手も反撃に出て、2二銀からバラバラにした。
毛利先輩は、113手目まで飛ばした。
【113手目】
「ここからは、本当によくわからない。2三歩に同玉は、詰む気がした」
私は、
「実際、詰んでます」
と伝えた。
「なら、対局中は勘が当たったな。読み切れなかった。2三同飛以下も、詰んでるような詰んでないようなで、ハラハラした」
ここで犬井くん、再登場。
「先手はずっと詰めろ状態でしたが、これを解除したのが大きかったように思います。毛利先輩のご意見は?」
「うーん……対局中は、いっぱいいっぱいだった」
「事後的には、どうですか?」
毛利先輩は、しばらく考え込んだ。
「……たしかに、3六の銀がいなくなってからは、きついか」
【117手目】
ちょっと誘導気味の取材。
今のは引き出す感じの質問だったね。
私は、
「このあとは、どうですか? 二転三転しましたよね?」
と進めた。
「うむ、ひよこに悪手が2回あった。ひとつは、ここ」
【133手目】
「評価値は、これで互角なった」
つまり、大悪手。だけど──
「しかし、これで互角と言われてもなあ、というのが、正直なところだ。正解は2三金のようだが、1分将棋でどちらがいいのかなんて、判断がつかない」
ですよね。
ひとつ訂正しておくと、互角じゃなくて、先手やや良しだと思う。
毛利先輩が使っているAIは、私たちのものと違うのかもしれない。
「で、もうひとつが、ここ」
【155手目】
「ここは、3六金が正解らしいが、まったく考えなかった。あ、私は、な」
と金のお尻に、金打ち。
見えづらそう。
これで評価値がだいぶもどっちゃったけど、毛利さんは気づかなかったらしい。
先輩はマウスから手を放して、
「どちらのチャンスも、私は拾えなかった。これ以降は、先手優勢に戻って、それっきりだ。入玉も目指してみたが、ダメだった」
と言い、振り返りを終えた。
私は、
「全体の感想をお願いします」
と頼んだ。
「最初も言ったが、熱戦だった。ひよこが悪手指しまくりなのも、あとから見れば面白かった」
そこはちょっと記事に書きにくい。
もうちょっとぼやかして。
私は、
「エンターテイメント性は、高かったですね。観戦も盛り上がってました」
と、言い換えた。
「終わりよければすべてよし、ということだ」
ふぅむ、出だしから予定外だった。
とはいえ、この局を取り上げてもらって、助かったかも。
記事を書きやすい内容だった。
「ありがとうございました。では、次のかた……」
場所:第10回日日杯 1日目 女子の部 5回戦
先手:大谷 雛
後手:毛利 輝子
戦型:居飛車力戦形
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △6二銀
▲2六歩 △7四歩 ▲2五歩 △3二金 ▲7八金 △7三銀
▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8五歩 ▲3八銀 △4一玉
▲2八飛 △2三歩 ▲2七銀 △4四角 ▲6六銀 △8六歩
▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8五飛 ▲2六銀 △2二銀
▲3六歩 △2四歩 ▲6九玉 △1四歩 ▲5六歩 △6四銀
▲3七銀 △2三銀 ▲4六銀 △5四歩 ▲7九角 △6二角
▲3五歩 △同 歩 ▲7七桂 △8二飛 ▲3五銀 △7五歩
▲3三歩 △同 桂 ▲3四歩 △3五角 ▲同 角 △3四銀
▲2四角 △2三歩 ▲4六角 △7六歩 ▲6五桂 △5五歩
▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三銀 ▲6四飛 △同 歩
▲5三桂不成△3一玉 ▲6一桂成 △7七銀 ▲5三角 △2一玉
▲7七銀 △同歩成 ▲同 金 △7三飛 ▲2四歩 △同 銀
▲同 角 △7七飛成 ▲4一銀 △6八銀 ▲5八玉 △5七金
▲同 角 △同銀成 ▲同 玉 △3一歩 ▲3四銀 △5六歩
▲4六玉 △5七歩成 ▲2三歩 △1三角 ▲3五銀 △6七龍
▲3二銀成 △同 飛 ▲3六玉 △4七と ▲3三銀成 △5六龍
▲2七玉 △2六歩 ▲同 銀 △3六銀 ▲1八玉 △3三飛
▲2二銀 △同 角 ▲同歩成 △同 玉 ▲2三歩 △同 飛
▲3二金 △1三玉 ▲2五桂 △同 銀 ▲3五角打 △2四歩
▲3一角成 △2二銀 ▲同 金 △2七銀 ▲同 玉 △2六銀
▲同 角 △1五桂 ▲同 角 △3六銀 ▲1八玉 △1五歩
▲2六金 △2二飛 ▲2八歩 △4五角 ▲3三銀 △3七銀成
▲2七銀 △2六龍 ▲2二馬 △1四玉 ▲2三銀 △同 角
▲同 馬 △同 玉 ▲2一飛 △3三玉 ▲2二角 △3四玉
▲3一飛成 △4五玉 ▲3七桂 △同 と ▲5五金 △4六玉
▲3八桂 △5七玉 ▲2六桂 △3三歩 ▲同 龍 △2五桂
▲3七龍 △同桂成 ▲5六金 △同 玉 ▲6六飛 △4五玉
▲4六銀 △5四玉 ▲5五角成 △5三玉 ▲6四馬 △5二玉
▲3七銀
まで175手で大谷の勝ち




