53手目 高校生男子の部B3回戦 太田vs葛城
※ここからは、葛城くん視点です。
【第3ラウンド】
三匹が指す vs 盤上товарищ
駒桜市幹事会 vs 長距離通学組合@将棋
アキラカ vs あたってくだけろ
瀬戸内将棋愛好会 vs 準レギュラー友の会
桂香3番線 vs 集え!B級将棋指し!
「よーし、順調だな」
たっちゃんは成績表をみながら、小さくガッツポーズ。
「お兄ちゃんたち、すごいね」
ボクのそばで、ひとりの女の子が笑った。
この子が、たっちゃんの妹、箕辺薫ちゃんだよぉ。
たっちゃんと同じで、ちょっとツンツン頭だねぇ。ボーイッシュ。
「そうでもないさ……ふたば、佐伯、このまま優勝を狙うぞ」
「はぁい」
自力みたいだし、チェスクロくらいは持って帰りたいねぇ。
あれって、高いんだよぉ。
「とか言いつつ、私たちのほうも、十分優勝の可能性があるんだけどね」
薫ちゃんは、自慢げに胸を張った。
「マジか?」
「マジマジ。結構、ガチなチーム作ったもん。レモン先輩と鶴子先輩」
「お祭りだから、あんまりガチなチームだと、目を付けられるぞ」
「お兄ちゃんってば、そういうクソマジメなとこ、治したほうがいいよ。彼女ができたら、絶対に困るから。妹からの忠告」
たっちゃん、反論せず……あやしいなぁ。
やっぱり、彼女がいるんじゃないかなぁ……先週の日曜も、練習将棋に誘ったら、断られちゃったし……ほんとに付き合いが悪くなってるよぉ……。
「そうそう、あっちでスイーツ売ってたから、なにかおごってよ」
薫ちゃんは、たっちゃんの腕を引っ張って、その場から連れ去った。
仲のいい兄妹だねぇ。ボクは姉2人で末っ子だから、ちょっとうらやましいよぉ。
「……あッ」
佐伯くんが、いきなり声をあげた。手品のタネでも思いついたのかなぁ?
「どうしたのぉ?」
「箕辺くんに、お金返してなかった」
「お金? お昼ご飯の代金?」
佐伯くんは、首をよこに振った。
「このまえ、アタリーに行ったとき、電車代借りちゃったんだよね」
え? アタリーに……? そんな話、全然聞いてないよぉ。
「たっちゃんと、ふたりで行ったのぉ?」
「全部で8人だったかな。箕辺くん、捨神くん、ポーンさん、大場さん、来島さん、飛瀬さん、僕と、Y県の知らない中学生……うん、8人だね」
え? ……えぇ? な、なんでボクだけハブられてるのぉ?
「ボ、ボクは誘われてないよぉ」
「そうなの? てっきり、用事があって来なかったんだと思ってたよ」
そうなの? じゃないでしょぉ! どういうことなのぉ!
「あ、そう言えば、チケットが8枚しかないって言ってたね」
8枚しかなくても、おかしいでしょぉ!
なんで知らない中学生が呼ばれてて、ボクが呼ばれないのぉ!
「8人でなにして遊んだのぉ?」
返答次第では、怒るよぉ。
「8人だと身動きがとれないから、男女ペアで遊んだよ」
「男女ペア? それじゃまるで……あッ」
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………………
「たっちゃんは、だれと遊んだのかなぁ?」
「箕辺くんは、来島さんと遊んでたよ」
「ふぅん」
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やっと分かったよぉ。
たっちゃんの彼女が、だれなのか。
たっちゃんとボクの友情を壊そうとしてる泥棒ネコさんが、だれなのか。
分かったよぉ。遊子ちゃんだったんだねぇ。
《これより、午後の部をおこないます。選手は着席してください》
たっちゃんが、慌ててもどってきた。
「よし、はりきって……おい、ふたば、どうした? 顔色が悪いぞ?」
「……なんでもないよぉ」
「そうか……気分が悪くなったら、言えよ。体が一番大事だからな」
えへへぇ、やっぱりたっちゃんは優しいねぇ。
ボクはすこしだけ機嫌をなおして、対局テーブルにむかった。
着席して、駒を並べる。1番席がたっちゃん、2番席がボク、3番席が佐伯くん。
相手は、太田くんだねぇ。城南の2年生だったかなぁ。
パシパシと駒を並べながら、ボクの考えは、さっきのところへもどった。憂鬱。
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「……し」
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………………
「もしもーし?」
「ふえ?」
ボクが顔をあげると、太田くんが怪訝そうにこっちをみていた。
「対局、始まってるよ」
え? もう? ……振り駒にすら気づかなかったよぉ。
「ごめんねぇ、ぼうっとしてたよぉ」
盤面をみると、太田くんが7六歩と指したところだった。
「ボクが後手かなぁ?」
「そうだよ」
意識がすっとんでたねぇ。危ないよぉ。3四歩。
将棋に集中しようねぇ。
2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金、2四歩、同歩、同飛。
横歩っぽいねぇ……8六歩。
ボクは飛車先を突いて、チェスクロを押した。ちらりと、たっちゃんのほうをみる。
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………………
やっぱり、赦せないよぉ。なんでボクだけ、ハブられてるのかなぁ。
8六同歩、同飛、3四飛、3三角、5八玉、5二玉。
たっちゃんやつっくんとは、これまで何度もアタリーへ行ってるのに……こんなの始めてだよぉ。たっちゃん、彼女ができて、友だちのことは、どうでもよくなったのかなぁ……。
「9六歩、と」
「そんなのありえないよぉ!」
「うわッ!?」
たっちゃんが、友だちのこと忘れるわけないんだよぉ。
これは絶対、遊子ちゃんのしわざだよぉ。
「あ、あの……9六歩が、どうかした?」
指すから話しかけないでねぇ。7六飛ぃ。
「あ、相横歩?」
相横歩だろうが、片横歩だろうが、どうでもいいよぉ。
ボクはねぇ、ひさしぶりにメラメラしてるんだよぉ。分かるぅ、この怒りの炎?
3三角成、同桂、8四飛、8二歩、3八金、7四歩。
だいたいねぇ、遊子ちゃんとか、どっから出てきたのぉ? いきなり高校の将棋界にあらわれて……あ、もしかして最初から、たっちゃんを狙ってたのかなぁ? 将棋は、たっちゃんに近づくための、口実だった可能性があるねぇ……そんなに強くないし……あれかなぁ、将棋を教えて欲しいって近づいて、放課後ふたりきりとかいう作戦だったのかなぁ。
「うーん、分からん」
「分かんなくないよぉ! 絶対にそうだよぉ!」
「うわあッ!?」
これはもう確定だねぇ。将棋指しの風上にもおけないよぉ。
「す、すんません……って、なんで俺、謝ってるんだ……7七桂」
3六歩、4八銀、3七歩成、同銀、4五桂、4六銀、7五角。
たっちゃんと遊子ちゃん、どっちが告白したのかなぁ……遊子ちゃんだよねぇ、きっと。押し売りしたんだよぉ、そうに違いないよぉ。いつも眠たそうなフリして、わりとやるもんだねぇ。二重人格かなぁ、それとも、普段はネコかぶってるのかなぁ。多分、後者だねぇ。男の娘の勘で分かるよぉ。
そもそもねぇ、遊子ちゃんには、最初会ったときからイヤな予感がしてたんだよぉ。どうみても、普通の女の子じゃないもん。ピ○チュウフード付き改造制服なんか着ちゃってさぁ、センスないよぉ。どこをどうしたら、たっちゃんがOKするのかなぁ。もしかして、色仕掛けかなぁ。おっぱい触らせてあげるとか言ったのかなぁ。
「8五飛、かな」
「いやらしすぎるよぉ!」
「俺の手にイチイチ突っ込まないでください! お願いします!」
「もうバシっと決着をつけるしかないよぉ!」
こんなふうにねぇ!
「ひ、飛車切り……?」
なにを言ってるのかなぁ、ピ○チュウフードを切るんだよぉ。
校則違反だからねぇ。チョキチョキ取っちゃうよぉ。
「あ、うーん……そうか……取れないのか……」
「取れるよぉ!」
「取ったら詰むでしょ、これ!」
ボクと遊子ちゃんの仲が詰もうが詰むまいが、どうでもいいよぉ。絶交ぉ。
7五飛、3六飛、3七歩、7五歩、3六歩。
今日だって、遊子ちゃんは応援に来てないよねぇ。彼氏が大会に出てるのに、ありえないからぁ。きっと、ほかに男を囲ってて、たっちゃんはキープにするつもりなんだねぇ。最低なやり方だよぉ。たっちゃんの性格につけ込んでるねぇ。
こうなったら、幼なじみのボクが、たっちゃんを救出するしかないよぉ。
「それにしても、葛城くん、今日はどうしたの? 興奮してない?」
さっきから、うるさいよぉ! ボクは考えごとしてるんだよぉ!
3七歩!
同桂
同桂成!
同金
2八飛!
3八角
4五桂!
「ご退場いただくか……2九歩」
「退場するのは彼女のほうだよぉおおお!」
「彼女ってだれだよッ!?」
4 九 銀
「……あッ」
まずは、あの泥棒ネコの本性を暴かないといけないねぇ。
まあ、一発で分かるけどねぇ。6九玉、3七桂成。
「まだ時間使い切ってないのに……負けました」
「ありがとうございましたぁ」
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………………
あれ? いつのまにか、将棋が終わってたよぉ?
なんでぇ?
場所:ジャビスコこども将棋祭り 高校生男子の部Bクラス 3回戦
先手:太田 道夫
後手:葛城 ふたば
戦型:相横歩取り
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩
▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩
▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △3三角 ▲5八玉 △5二玉
▲9六歩 △7六飛 ▲3三角成 △同 桂 ▲8四飛 △8二歩
▲3八金 △7四歩 ▲7七桂 △3六歩 ▲4八銀 △3七歩成
▲同 銀 △4五桂 ▲4六銀 △7五角 ▲8五飛 △4六飛
▲7五飛 △3六飛 ▲3七歩 △7五歩 ▲3六歩 △3七歩
▲同 桂 △同桂成 ▲同 金 △2八飛 ▲3八角 △4五桂
▲2九歩 △4九銀 ▲6九玉 △3七桂成
まで52手で葛城の勝ち




