628手目 女子の部2回戦 高崎〔藤花〕vs来島〔市立〕
※ここからは、来島さん視点になります。2回戦開始時点に戻ります。
やらいでか。1回戦シードで、気力も体力も十分。
高崎さんは、
「おッ、先輩、めっちゃヤル気出てますね」
と笑った。
「高崎さんも、なんか気合い入ってるね」
「バスケと違って、新鮮味がありますから」
そういうものかな。
私はいろんなゲームで団体戦も個人戦もやるから、平常運転。
振り駒をする。私の後手。
「準備はいいですかぁ?」
よし。
「それでは、始めてくださ~い」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いしまーす」
7六歩、8四歩、2六歩、8五歩。
【先手:高崎伊織(藤花) 後手:来島遊子(市立)】
高崎さんは、
「めっちゃシンプルですねえ」
と言いながら、7七角と上がった。
3四歩、6八銀、7七角成、同銀、2二銀、4八銀。
このあたりは、速い。
6二銀、4六歩、3三銀、9六歩、7四歩、7八金、9四歩。
高崎さんは、
「ふっつぅの腰掛け銀かな、こりゃ」
とつぶやいた。
情報を落とすのはマイナスだと思うけど、まあこのレベルなら。
3六歩、6四歩、6八玉、1四歩、3七桂、3二金。
こちらも合わせていく。
1六歩、6三銀、4七銀、6二金。
「ほい、5六銀」
先手、ほんとになんの工夫もなく、腰掛け銀。
7三桂と跳ねて、4八金に5四銀と出ておく。
高崎さんは、
「もしかして、4四を突かないのが工夫ですか?」
と言ってから、6六歩と突いた。
8一飛、2九飛、4二玉。
私は4四歩を保留し続ける。
高崎さん、手がストップ。
「……4五歩」
伸ばしてきた。
いったん3一玉と戻って、7九玉に6五歩。
こちらから開戦。
高崎さんは、
「市立、研究家多いなあ」
と嘆息。
格下の自覚があるからね。
おのれを知れば、だよ。
高崎さんは、このあとの展開を、特に考えていなかったらしい。
だけど、長考することもなくて、アドリブで指してきた。
同歩、7五歩、6九飛。
ん、2五桂じゃ、ないのか。
それなら7六歩と取り込む。
同銀、8六歩、同歩、同飛、8七銀、8一飛、8六歩。
変わったかたちになった。
けど、これは部室で研究していたとき、ちらっと出たように思う。
私は記憶をたぐる──8五歩だったかな?
たしか、このまま攻め込んで、よかったはず。
「8五歩」
匕首を飛ばす。
同歩、9五歩、同歩、9七歩。
「一方的にはさせませんよッ! 7四歩ッ!」
狙ってくるよね、という感じ。
ただ、8四角~7四歩のほうが、厳しかったんじゃないかな。
これはパッと見で打った、という印象を持つ。
8五桂と跳ねて……8二歩と叩かれた。
7一飛と寄る。
「2五桂」
ここで跳ね、か。後手も、だいぶ気持ち悪くなった。
4二銀は消極的過ぎるというか、6六角と打たれて困る。
2四銀と前に出るのも、同様。
というわけで、攻め合う。
私は9八歩成とひっくり返した。
同香、9七歩、同桂、同桂成、同香で清算して、8五桂。
高崎さんは、
「攻め合い上等ッ! 8四角ッ!」
と言って、角を放った。
5二金は7三歩成が決まるから、縦に……あ、ちょっと待って。
6三金でも、7三歩成が効く?
同金に8一歩成で困る。
(※図は来島さんの脳内イメージです。)
んー、ちょっとミスした?
7三歩成は取れないのか。
私は、高崎さんをちらりと見た。
高崎さんもこちらに気づいて、ニヤリと笑った。
どうですか、先輩、というメッセージ。
……………………
……………………
…………………
………………売られた喧嘩は買う。
「6三金」
勢いよくあがる。
そうこなくっちゃ、という感じで7三歩成。
取らない。9七桂成。
踏み込む。
6三の金は、すぐに取れない。8七成桂がある。
もちろん、高崎さんはこれを読んでいた。
7二歩と止めた。
選択問題──6一飛と逃げるか、7三金と取るか、8七成桂と取るか。
6一飛は消極的過ぎる。7六銀と逃げられたあと、手が続かない。
7三金は角当たり。だけど、同角成のあと、飛車が封じ込められる。
となれば、一択。
8七成桂と、強く取った。
同金、6一飛。
「このまま殴り合い、といきたいですが、いったん深呼吸しますね」
パシリ
? ……王様を逃げた?
高崎さんはチェスクロを押して、コーラを飲んだ。
この手は……なにか意味があるはず。
性格からの分析になっちゃうけど、高崎さんが変な三味線をするとは思えない。おそらくは、このコースでいいと思っているはず。
「……」
「~♪」
高崎さん、鼻歌を歌い始めた。
そんなに自信があるの? ……たしかに、むずかしい。
9八角が、思ったよりも効かない。
(※図は来島さんの脳内イメージです。)
8六金、6五銀は、同銀じゃなくて7二歩、かな。
私はもうすこし読んでみた。
間に合うかも、というルートも、間に合わないかも、というルートもある。
「……」
あれ? なんかいいこと思いついたかも。
今の手を改良して、ああして、こうして──成立しそう。
「6五銀」
この手を見て、高崎さんは、ん?、となった。
10秒考える。真剣な表情に変わる。
口もとに手をあてて、考え込んだ。
これ……けっこうハマったんじゃないかな。
同銀に7三金が痛い。
(※図は来島さんの脳内イメージです。)
いわゆる手順の妙ってやつだよね。
高崎さん、3分ほど考えて、
「いや、駒渡し過ぎですよ。同銀」
と、応じる構えを見せた。
7三金、同角成、6五飛、6七歩。
私は6六歩で、こじ開ける。
7六銀、6七歩成、同銀、6六歩、同銀、同飛、6七歩。
ここで3六飛……あ、ダメか。
3七金打、3五飛、3三桂成、同桂、3六銀で、飛車が死んじゃう。
……………………
……………………
…………………
………………意外と手がない?
先手玉、形が悪いかと思いきや、意外と固い。
うーん、楽観しすぎたかも。反省。
高崎さんも、形勢に自信を取り戻したのか、表情がやわらいでいた。
「……6五飛」
一回撤退。暴発はしない。
高崎さんは3三桂成で、反撃に出た。
同桂──5一馬?
入ってきた。
けど、これはそんなに怖くない……かな。
1三桂と放り込んで、同香に1二銀という手はあるけど、そのまえに先手陣が壊滅すると思う。そこだけ確認しておこう。
7五桂と打って、1三桂、同香、1二銀……うん、詰みそう。持ち駒がたくさんあるし、さすがに6八の位置だと助からない。
7五桂、と。
高崎さんは、7六銀と受けた。
ん? これって……さっきと似た交換にならない?
違う受け方をするのかと思ったけど。
「……6七桂成」
同銀、6六歩、同銀、同飛、6七歩。
ほら、似たルートになった。
私は6五飛と引いた。
「こいつは、けっこう自信作ですよ。3五桂」
……同歩に3四桂?
今度は私が考え込む番だった。
……………………
……………………
…………………
………………成立してるっぽい。
同歩、3四桂に6六歩と攻めても、4二金のほうが速い。
2一玉、3二金、1二玉、2二桂成以下、詰んじゃう。
これより速い攻めはないから、3四桂の時点で負けだね。
3五同歩とはできない。つまり、この時点で攻めるしかない。
とそこまで考えて、そうでもないことに気づいた。
飛車を3六まで回れば、桂馬を抜けそう。
少なくとも、切るしかなくなる。
「6六歩」
同歩、同飛、6七歩。
私は3六飛と回った。
「あー、それはさすがに読んであります」
高崎さんは2三桂成と捨てて、同金に2五桂と打ち直した。
これも厳しい。
ピッ
私が1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
7六桂と打つ。とにかく攻めるしかない状況。
高崎さんは、同金、同飛に6七歩と打ちかけた。
「とと、失礼」
チッ。
……ピッ
高崎さんも1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
桂馬で受けた。
まあそれくらいしかないか。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
8六角と打つ。
詰めろ……かな? 自信がない。
数手の詰みじゃないと思う。
高崎さんも、
「いやあ、どうなんだこれ」
と言って、右手を後頭部に当てた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
3三桂成。
詰めろ。
もう詰ますしか……あ、でも、同金、同馬から詰ませに行ったほうが、桂馬が1枚多い……けど、3三同金に8七金がある? そのあとがわからない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
詰ます。
高崎さんはノータイムで5八玉。
4六桂、4九玉。
銀4枚でしょ。詰むはず。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
3八銀と捨てる。
同金、同桂成、同玉。
「3七銀」
高崎さんは、
「ま、詰みますよね……負けました」
と投了した。
「ありがとうございました」
ふぅ、とりあえず勝利。
チェスクロを止める。
高崎さんは、
「詰んでるのはわかったんですけど、どうすればいいのかはわかんなかったです」
と言った。
「私の頓死狙いだった?」
「そうですね。詰めろかけとけば、ワンチャン」
「8七金で、普通に受けたら?」
【検討図】
高崎さんは、
「これは全然ダメです。4六飛と逃げられたあと、8六金と取れないんで。4七に歩も打てないですし、二歩があっちこっちで祟りました」
と返した。
なるほどね、7筋でも二歩になりそうだったし。
「でも、こっちのほうが長引きそうじゃない?」
「ノーチャンよりワンチャンですね、オレ的には」
その感覚、嫌いじゃない。
私は、
「5一馬と入られたとき、もうちょっとなにかあったかな?」
と尋ねた。
「あそこの時点で角打ちじゃなかったですか?」
「どこに?」
8五です、と高崎さんは答えた。
【検討図】
……そっか、7六銀と打たれても、7五桂と重ねられるのか。
私はそのことを高崎さんに伝えた。
「ですよね。だからこっちかな、と思って、こっち読んでました」
そのあとは、中盤を色々調べた。
6八玉の早逃げが変だったんじゃないか、という意見も出たけど、逃げなかったらもっと早く潰れてたみたい。だったら、私が思ってたより良かったのかも。
そのうち、葛城くんからアナウンスが入った。
「お昼休みの時間でぇす。13時までに、ちゃんと戻ってくださぁい」
高崎さんは、駒をクルクルさせながら、
「それじゃ、飯にしますか」
と締めくくった。
「だね。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
場所:2015年度 秋季個人戦 女子の部 2回戦
先手:高崎 伊織
後手:来島 遊子
戦型:角換わり腰掛け銀
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩
▲6八銀 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀 ▲4八銀 △6二銀
▲4六歩 △3三銀 ▲9六歩 △7四歩 ▲7八金 △9四歩
▲3六歩 △6四歩 ▲6八玉 △1四歩 ▲3七桂 △3二金
▲1六歩 △6三銀 ▲4七銀 △6二金 ▲5六銀 △7三桂
▲4八金 △5四銀 ▲6六歩 △8一飛 ▲2九飛 △4二玉
▲4五歩 △3一玉 ▲7九玉 △6五歩 ▲同 歩 △7五歩
▲6九飛 △7六歩 ▲同 銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛
▲8七銀 △8一飛 ▲8六歩 △8五歩 ▲同 歩 △9五歩
▲同 歩 △9七歩 ▲7四歩 △8五桂 ▲8二歩 △7一飛
▲2五桂 △9八歩成 ▲同 香 △9七歩 ▲同 桂 △同桂成
▲同 香 △8五桂 ▲8四角 △6三金 ▲7三歩成 △9七桂成
▲7二歩 △8七成桂 ▲同 金 △6一飛 ▲6八玉 △6五銀
▲同 銀 △7三金 ▲同角成 △6五飛 ▲6七歩 △6六歩
▲7六銀 △6七歩成 ▲同 銀 △6六歩 ▲同 銀 △同 飛
▲6七歩 △6五飛 ▲3三桂成 △同 桂 ▲5一馬 △7五桂
▲7六銀 △6七桂成 ▲同 銀 △6六歩 ▲同 銀 △同 飛
▲6七歩 △6五飛 ▲3五桂 △6六歩 ▲同 歩 △同 飛
▲6七歩 △3六飛 ▲2三桂成 △同 金 ▲2五桂 △7六桂
▲同 金 △同 飛 ▲7七桂 △8六角 ▲3三桂成 △7七角成
▲5八玉 △4六桂 ▲4九玉 △3八銀 ▲同 金 △同桂成
▲同 玉 △3七銀
まで128手で来島の勝ち




