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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第54局 再来!秋の個人戦(1日目・2015年9月6日日曜)
640/686

628手目 女子の部2回戦 高崎〔藤花〕vs来島〔市立〕

※ここからは、来島くるしまさん視点になります。2回戦開始時点に戻ります。

 やらいでか。1回戦シードで、気力も体力も十分。

 高崎たかさきさんは、

「おッ、先輩、めっちゃヤル気出てますね」

 と笑った。

「高崎さんも、なんか気合い入ってるね」

「バスケと違って、新鮮味がありますから」

 そういうものかな。

 私はいろんなゲームで団体戦も個人戦もやるから、平常運転。

 振り駒をする。私の後手。

「準備はいいですかぁ?」

 よし。

「それでは、始めてくださ~い」 

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしまーす」

 7六歩、8四歩、2六歩、8五歩。


【先手:高崎たかさき伊織いおり藤花ふじはな) 後手:来島くるしま遊子ゆうこ市立いちりつ)】

挿絵(By みてみん)


 高崎さんは、

「めっちゃシンプルですねえ」

 と言いながら、7七角と上がった。

 3四歩、6八銀、7七角成、同銀、2二銀、4八銀。

 このあたりは、速い。

 6二銀、4六歩、3三銀、9六歩、7四歩、7八金、9四歩。


挿絵(By みてみん)


 高崎さんは、

「ふっつぅの腰掛け銀かな、こりゃ」

 とつぶやいた。

 情報を落とすのはマイナスだと思うけど、まあこのレベルなら。

 3六歩、6四歩、6八玉、1四歩、3七桂、3二金。

 こちらも合わせていく。

 1六歩、6三銀、4七銀、6二金。

「ほい、5六銀」


挿絵(By みてみん)


 先手、ほんとになんの工夫もなく、腰掛け銀。

 7三桂と跳ねて、4八金に5四銀と出ておく。

 高崎さんは、

「もしかして、4四を突かないのが工夫ですか?」

 と言ってから、6六歩と突いた。

 8一飛、2九飛、4二玉。

 私は4四歩を保留し続ける。

 高崎さん、手がストップ。

「……4五歩」

 伸ばしてきた。

 いったん3一玉と戻って、7九玉に6五歩。


挿絵(By みてみん)


 こちらから開戦。

 高崎さんは、

「市立、研究家多いなあ」

 と嘆息。

 格下の自覚があるからね。

 おのれを知れば、だよ。

 高崎さんは、このあとの展開を、特に考えていなかったらしい。

 だけど、長考することもなくて、アドリブで指してきた。

 同歩、7五歩、6九飛。

 ん、2五桂じゃ、ないのか。

 それなら7六歩と取り込む。

 同銀、8六歩、同歩、同飛、8七銀、8一飛、8六歩。


挿絵(By みてみん)


 変わったかたちになった。

 けど、これは部室で研究していたとき、ちらっと出たように思う。

 私は記憶をたぐる──8五歩だったかな?

 たしか、このまま攻め込んで、よかったはず。

「8五歩」

 匕首あいくちを飛ばす。

 同歩、9五歩、同歩、9七歩。

「一方的にはさせませんよッ! 7四歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 狙ってくるよね、という感じ。

 ただ、8四角~7四歩のほうが、厳しかったんじゃないかな。

 これはパッと見で打った、という印象を持つ。

 8五桂と跳ねて……8二歩と叩かれた。

 7一飛と寄る。

「2五桂」


挿絵(By みてみん)


 ここで跳ね、か。後手も、だいぶ気持ち悪くなった。

 4二銀は消極的過ぎるというか、6六角と打たれて困る。

 2四銀と前に出るのも、同様。

 というわけで、攻め合う。

 私は9八歩成とひっくり返した。

 同香、9七歩、同桂、同桂成、同香で清算して、8五桂。


挿絵(By みてみん)


 高崎さんは、

「攻め合い上等ッ! 8四角ッ!」

 と言って、角を放った。

 5二金は7三歩成が決まるから、縦に……あ、ちょっと待って。

 6三金でも、7三歩成が効く?

 同金に8一歩成で困る。


挿絵(By みてみん)


 (※図は来島さんの脳内イメージです。)


 んー、ちょっとミスした?

 7三歩成は取れないのか。

 私は、高崎さんをちらりと見た。

 高崎さんもこちらに気づいて、ニヤリと笑った。

 どうですか、先輩、というメッセージ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………売られた喧嘩は買う。

「6三金」

 勢いよくあがる。

 そうこなくっちゃ、という感じで7三歩成。

 取らない。9七桂成。


挿絵(By みてみん)


 踏み込む。

 6三の金は、すぐに取れない。8七成桂がある。

 もちろん、高崎さんはこれを読んでいた。

 7二歩と止めた。

 選択問題──6一飛と逃げるか、7三金と取るか、8七成桂と取るか。

 6一飛は消極的過ぎる。7六銀と逃げられたあと、手が続かない。

 7三金は角当たり。だけど、同角成のあと、飛車が封じ込められる。

 となれば、一択。

 8七成桂と、強く取った。

 同金、6一飛。

「このまま殴り合い、といきたいですが、いったん深呼吸しますね」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ? ……王様を逃げた?

 高崎さんはチェスクロを押して、コーラを飲んだ。

 この手は……なにか意味があるはず。

 性格からの分析になっちゃうけど、高崎さんが変な三味線をするとは思えない。おそらくは、このコースでいいと思っているはず。

「……」

「~♪」

 高崎さん、鼻歌を歌い始めた。

 そんなに自信があるの? ……たしかに、むずかしい。

 9八角が、思ったよりも効かない。


挿絵(By みてみん)


 (※図は来島さんの脳内イメージです。)


 8六金、6五銀は、同銀じゃなくて7二歩、かな。

 私はもうすこし読んでみた。

 間に合うかも、というルートも、間に合わないかも、というルートもある。

「……」

 あれ? なんかいいこと思いついたかも。

 今の手を改良して、ああして、こうして──成立しそう。

「6五銀」


挿絵(By みてみん)


 この手を見て、高崎さんは、ん?、となった。

 10秒考える。真剣な表情に変わる。

 口もとに手をあてて、考え込んだ。

 これ……けっこうハマったんじゃないかな。

 同銀に7三金が痛い。


挿絵(By みてみん)


 (※図は来島さんの脳内イメージです。)


 いわゆる手順の妙ってやつだよね。

 高崎さん、3分ほど考えて、

「いや、駒渡し過ぎですよ。同銀」

 と、応じる構えを見せた。

 7三金、同角成、6五飛、6七歩。


挿絵(By みてみん)


 私は6六歩で、こじ開ける。

 7六銀、6七歩成、同銀、6六歩、同銀、同飛、6七歩。

 ここで3六飛……あ、ダメか。

 3七金打、3五飛、3三桂成、同桂、3六銀で、飛車が死んじゃう。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………意外と手がない?

 先手玉、形が悪いかと思いきや、意外と固い。

 うーん、楽観しすぎたかも。反省。

 高崎さんも、形勢に自信を取り戻したのか、表情がやわらいでいた。

「……6五飛」

 一回撤退。暴発はしない。

 高崎さんは3三桂成で、反撃に出た。

 同桂──5一馬?


挿絵(By みてみん)


 入ってきた。

 けど、これはそんなに怖くない……かな。

 1三桂と放り込んで、同香に1二銀という手はあるけど、そのまえに先手陣が壊滅すると思う。そこだけ確認しておこう。

 7五桂と打って、1三桂、同香、1二銀……うん、詰みそう。持ち駒がたくさんあるし、さすがに6八の位置だと助からない。

 7五桂、と。

 高崎さんは、7六銀と受けた。

 ん? これって……さっきと似た交換にならない?

 違う受け方をするのかと思ったけど。

「……6七桂成」

 同銀、6六歩、同銀、同飛、6七歩。

 ほら、似たルートになった。

 私は6五飛と引いた。

「こいつは、けっこう自信作ですよ。3五桂」


挿絵(By みてみん)


 ……同歩に3四桂?

 今度は私が考え込む番だった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………成立してるっぽい。

 同歩、3四桂に6六歩と攻めても、4二金のほうが速い。

 2一玉、3二金、1二玉、2二桂成以下、詰んじゃう。

 これより速い攻めはないから、3四桂の時点で負けだね。

 3五同歩とはできない。つまり、この時点で攻めるしかない。

 とそこまで考えて、そうでもないことに気づいた。

 飛車を3六まで回れば、桂馬を抜けそう。

 少なくとも、切るしかなくなる。

「6六歩」

 同歩、同飛、6七歩。

 私は3六飛と回った。

「あー、それはさすがに読んであります」

 高崎さんは2三桂成と捨てて、同金に2五桂と打ち直した。


挿絵(By みてみん)


 これも厳しい。


 ピッ


 私が1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 7六桂と打つ。とにかく攻めるしかない状況。

 高崎さんは、同金、同飛に6七歩と打ちかけた。

「とと、失礼」

 チッ。

 

 ……ピッ


 高崎さんも1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 桂馬で受けた。

 まあそれくらいしかないか。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 8六角と打つ。

 詰めろ……かな? 自信がない。

 数手の詰みじゃないと思う。

 高崎さんも、

「いやあ、どうなんだこれ」

 と言って、右手を後頭部に当てた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 3三桂成。

 詰めろ。

 もう詰ますしか……あ、でも、同金、同馬から詰ませに行ったほうが、桂馬が1枚多い……けど、3三同金に8七金がある? そのあとがわからない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 詰ます。

 高崎さんはノータイムで5八玉。

 4六桂、4九玉。

 銀4枚でしょ。詰むはず。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 3八銀と捨てる。

 同金、同桂成、同玉。

「3七銀」


挿絵(By みてみん)


 高崎さんは、

「ま、詰みますよね……負けました」

 と投了した。

「ありがとうございました」

 ふぅ、とりあえず勝利。

 チェスクロを止める。

 高崎さんは、

「詰んでるのはわかったんですけど、どうすればいいのかはわかんなかったです」

 と言った。

「私の頓死狙いだった?」

「そうですね。詰めろかけとけば、ワンチャン」

「8七金で、普通に受けたら?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 高崎さんは、

「これは全然ダメです。4六飛と逃げられたあと、8六金と取れないんで。4七に歩も打てないですし、二歩があっちこっちで祟りました」

 と返した。

 なるほどね、7筋でも二歩になりそうだったし。

「でも、こっちのほうが長引きそうじゃない?」

「ノーチャンよりワンチャンですね、オレ的には」

 その感覚、嫌いじゃない。

 私は、

「5一馬と入られたとき、もうちょっとなにかあったかな?」

 と尋ねた。

「あそこの時点で角打ちじゃなかったですか?」

「どこに?」

 8五です、と高崎さんは答えた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 ……そっか、7六銀と打たれても、7五桂と重ねられるのか。

 私はそのことを高崎さんに伝えた。

「ですよね。だからこっちかな、と思って、こっち読んでました」

 そのあとは、中盤を色々調べた。

 6八玉の早逃げが変だったんじゃないか、という意見も出たけど、逃げなかったらもっと早く潰れてたみたい。だったら、私が思ってたより良かったのかも。

 そのうち、葛城かつらぎくんからアナウンスが入った。

「お昼休みの時間でぇす。13時までに、ちゃんと戻ってくださぁい」

 高崎さんは、駒をクルクルさせながら、

「それじゃ、飯にしますか」

 と締めくくった。

「だね。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

場所:2015年度 秋季個人戦 女子の部 2回戦

先手:高崎 伊織

後手:来島 遊子

戦型:角換わり腰掛け銀


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲6八銀 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀 ▲4八銀 △6二銀

▲4六歩 △3三銀 ▲9六歩 △7四歩 ▲7八金 △9四歩

▲3六歩 △6四歩 ▲6八玉 △1四歩 ▲3七桂 △3二金

▲1六歩 △6三銀 ▲4七銀 △6二金 ▲5六銀 △7三桂

▲4八金 △5四銀 ▲6六歩 △8一飛 ▲2九飛 △4二玉

▲4五歩 △3一玉 ▲7九玉 △6五歩 ▲同 歩 △7五歩

▲6九飛 △7六歩 ▲同 銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛

▲8七銀 △8一飛 ▲8六歩 △8五歩 ▲同 歩 △9五歩

▲同 歩 △9七歩 ▲7四歩 △8五桂 ▲8二歩 △7一飛

▲2五桂 △9八歩成 ▲同 香 △9七歩 ▲同 桂 △同桂成

▲同 香 △8五桂 ▲8四角 △6三金 ▲7三歩成 △9七桂成

▲7二歩 △8七成桂 ▲同 金 △6一飛 ▲6八玉 △6五銀

▲同 銀 △7三金 ▲同角成 △6五飛 ▲6七歩 △6六歩

▲7六銀 △6七歩成 ▲同 銀 △6六歩 ▲同 銀 △同 飛

▲6七歩 △6五飛 ▲3三桂成 △同 桂 ▲5一馬 △7五桂

▲7六銀 △6七桂成 ▲同 銀 △6六歩 ▲同 銀 △同 飛

▲6七歩 △6五飛 ▲3五桂 △6六歩 ▲同 歩 △同 飛

▲6七歩 △3六飛 ▲2三桂成 △同 金 ▲2五桂 △7六桂

▲同 金 △同 飛 ▲7七桂 △8六角 ▲3三桂成 △7七角成

▲5八玉 △4六桂 ▲4九玉 △3八銀 ▲同 金 △同桂成

▲同 玉 △3七銀


まで128手で来島の勝ち

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