51手目 高校生女子の部A3回戦 正力vs飛瀬(1)
※ここからは、正力さん視点です。
【第3ラウンド】
インコンパチブル vs Outsiders
Common Sense Girls vs お花と愉快な仲間たち
将棋の女王様 vs 象棋小姐
「それじゃ、おたがいにがんばりましょう。気弱にならないでね」
「うん、がんばろうね」
《これより、午後の部をおこないます。選手は着席してください》
もうアナウンスね。はやく席につかなくちゃ。
……と、自己紹介が遅れたわね。
私は、正力安奈。七日市高校に在籍してるわ。
みんなからは風紀委員って呼ばれてるけど、べつに風紀委員じゃないのよ。
ただのアダ名。そのあたりは注意して欲しいわね。
「さてと、飛瀬先輩は……」
あの、おとなしそうなひとかしら。なかなかキレイね。
私よりさきに着席してるなんて、感心だわ。
学生棋界には、時間感覚のメチャクチャなひとが多いのに。
「こんにちは、あなたが飛瀬先輩ですか?」
少女は、黙ってうなずいた。内向的なタイプみたいね。
よく誤解されてるけど、将棋の女流で内向的なタイプって、めずらしいのよ。どうしても男子のほうが多いから、そこへ飛び込んでいく度胸がないとムリ。
「私は正力安奈。七日市高校の1年生です。よろしく」
年上には、敬意を払わないとね。風紀が乱れるわ。
「よろしく……」
声も小さいのね。
それじゃ、座って駒を並べましょう。
私は椅子を引いて、王将をマスにそろえた。
ピリリリ ピリリリ
あら、だれの携帯?
私が不審に思うと、飛瀬先輩はポケットから、小さなスマホを取り出した。
ずいぶんと、めずらしい形のスマホね。楕円形をしているわ。
「ちょっとごめん……azъfrьtъęsъfrьtrьtъęsъъęzъfrьtsъfъ」
え……? 日本語じゃない……?
「ьtъfъъęzъf」
飛瀬先輩は通信を止めて、スマフォをポケットに仕舞った。
私は気を取り直す。
「飛瀬先輩って、外国語が流暢なんですね」
「んー、外国語っていうか……宇宙公用語……」
……………………
……………………
…………………
………………
え? いま、なんて言ったの?
「ウチュウって、どこの国ですか?」
「宇宙は国じゃない……惑星とか恒星が浮かんでる空間……」
「つまり……宇宙パイロットの公用語?」
「ちょっと違うかな……宇宙連合に所属してる惑星間の共通語……」
……………………
……………………
…………………
………………
な、なんなの、このひと? 自称宇宙人ってこと?
こんな風紀のみだし方は、美沙さん以来だわ。衝撃的。
「おーい、1番席、さっさと振り駒しろ」
楓さんに怒られちゃったわ。こうなったら、平常心でいきましょう。
「飛瀬先輩、どうぞ」
「じゃ、振るね……」
飛瀬先輩は、歩をすこしだけかき混ぜて、盤のうえに放った。
「表が2枚……Outsiders、偶数先」
「インコンパチブル、奇数先」
不正を疑うわけじゃないけど、もっとかき混ぜて欲しかったわね。
これって、練習すれば、故意に先手を引くことも可能なのよ。
《対局準備の整っていないところはありますか?》
ないわよね、そんなところ……あら、となりが騒がしいわ。
「茉白ちゃんたちが来てないアル」
「これ、不戦勝なんとちゃう?」
西野辺先輩たちが遅刻……? それとも棄権?
どちらにせよ、これは風紀取り締まりの対象ね。
ドタドタドタ
あら、間に合ったみたい。飛び込んできたわ。
「ごめんごめん、この髪お化けが、開始時刻間違えててさ」
「どうせなら、あと30秒遅れてくるアル。アタシたちの勝ちだったヨ」
西野辺先輩たちは、さっさと着席して、習先輩が振り駒をした。
《ほかに準備のととのっていないところは、ありますか?》
ないわね。
《では、始めてください》
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします……」
飛瀬先輩がチェスクロを押して、対局スタート。
私は、7六歩と角道を開けた。
飛瀬先輩は、3四歩。居飛車党? 振り飛車党?
「正力さん……手袋は外さないの……?」
あら、いきなりそこに突っ込んでくるのね。
なかなか遠慮のない先輩だわ。
「ファッションなので」
「ふぅん……」
ほんとは、手汗がスゴイからなんだけど。
「2六歩」
「8四歩……」
なるほど、居飛車党ね。把握したわ。
そのまま横歩に誘導しましょう。
2五歩、8五歩、7八金、3二金、2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛。
「3四飛」
私は横歩を取って、チェスクロのボタンを押した。
「飛瀬先輩は、駒桜出身ですよね?」
黙ってうなずかれた。3三角。
「裏見先輩とは、同じ部活で?」
裏見先輩も、結構ポッと出らしいのよね。3六飛。
同世代のはずの小誰切先輩が知らないって言ってたから。
「ああ……そういえば、地球で初めて会った将棋指しが、裏見先輩だったかも……」
「そ、そうですか……」
私が呆れるなか、飛瀬先輩は、8四飛と引いた。
最近の流行に合わせてきてるわね。
なぞり将棋なのか、それとも中堅以上の実力があるのか、みていきましょう。
2六飛、2二銀、8七歩、5二玉(ここも最新形ね)、5八玉。
「あ、思い出した……」
「なにかありましたか?」
「うん……やっぱり、地球人と指したのは、裏見先輩が初めてだと思う……たしか、駒桜のレストランで会って……四間飛車vs米長玉だった気がする……私の負け……あのときは、魔法使いっていう設定で挑んだような……」
美沙さんと同類じゃない。どっちかが影響を与えてるの?
「15分30秒だったね……早く指さないと……9四歩……」
3八金、9五歩。
端を詰めてきた?
私は口元に手をあてて、しばらく考え込む。もう蒸れてきちゃった。
……………………
……………………
…………………
………………
「4八銀」
後手に出てもらいましょう。前のめりになったところを叩くわ。
1四歩、7五歩、1五歩。
ほんとに両端を詰めてきたわね。
バランス感覚に自信のあるタイプかしら?
実は初級者? ……美沙さんと静さんに誘われてるなら、それは考えにくいか。
「7七桂」
4二角、6八銀、3三桂、7六飛。
7六飛のところで8六飛のぶつけは、さすがにやり過ぎよね。後手のほうに打ち込み場所があるなら、ともかく。7六飛には、おそらく2四飛と回って……きたわね。
「2七歩」
局面をおさめましょう。
「7筋を押さえられてるから、攻め駒が1枚足らない……」
うふふ、そのための7五歩よ。
7四歩〜7三桂は、さすがに認められないわ。盤上の風紀が乱れるもの。
「ちょっと危ないけど、角も使っていくしかないか……5四歩」
私は8六飛と回って、8二歩を強要する。
「7六飛」
「歩を打たせてもどる……地球人は狡猾……」
ほんとに宇宙人キャラでいく気なのね。ある意味、感心するわ。
「宇宙人の飛瀬先輩は、なんのために地球へ来てるんですか?」
こうなったら、ノリ突っ込みしていきましょう。
「地球の生態系調査……」
5五歩。
「キャトルミューテーションとかですか?」
3六歩。
「生体解剖は、宇宙条約で禁止されてるんだよね……昔はやってたんだけど……」
7四歩。
攻めてきたわね。くだらないおしゃべりは、中断しましょう。
同歩、7五歩までは、確定っぽいわね。飛車を逃げる場所は、3カ所。8六か6六か4六か。6六は角筋にかぶさるから、これは気持ちが悪いわ。8六は相手の角筋……4六しかないみたい。意外と窮屈になったかしら。
想定局面以下、7四飛、3五歩、7六歩、8五桂、8四飛、3七桂。
(※図は正力さんの脳内イメージです。)
このとき、8五飛と取れないのが、3五歩の効果ね。取ったら3四歩だわ。以下、3三歩成〜2五桂の攻めが厳しいから、先手優勢よ。
「同歩です」
「7五歩……」
「4六飛」
私は、飛車を回った。
「そこか……」
今度は、飛瀬先輩が小考。15分30秒だと、長考はさすがに難しいのよね。
いずれにせよ、ここまでうまく指せてるってことは、初級者ではないわね。宇宙人プレイとか、ぶっとんでるけど、あなどれないわ。ますます美沙さんと同類の匂いがする。
「まあ……7四飛だよね……」
私は、すぐに3五歩と伸ばした。
「さきに3五歩か……第一感と違うけど……」
あら、第一感はなんだったのかしら。気になるわね。
「んー、結局はおなじことなのかな……7六歩……」
8五桂、8四飛、3七桂。
「2三銀……」
ん……これは3六飛がみえるけど……なにかあるの?




