613手目 アドリブ
パシリ
予想通り、攻めてきました。
でもこれは、そんなに続かないでしょう。
同歩、と。
よもぎさんは同銀、6六歩に5四銀で、引っ込みました。
また3八金。
なんかもう、千日手でいいんじゃないですかね。
裏見先輩の性格には合ってないかもしれませんが、ご愛嬌ということで。
6四金、4八金、5二金、3八金、6三銀。
よもぎさん、あきらめてないっぽいです?
びみょうに組み替えてきてます。
悩んでもしょうがないので、うろうろを継続。
私が4八金と指したところで、よもぎさん、長考。
ここまでの消費時間は、先手が8分、後手が12分。
こちらは王様と金を左右に動かしてただけなので、あんまり使っていません。
間接的な時間攻めになってます。
「……」
「……」
喉が渇いてきました。
私は席を立って、さしいれのペットボトルのテーブルへ。
いろいろな種類の2リットルボトルが、紙コップといっしょに並んでいます。
スポーツドリンクにしましょう。
水分補給は効率ですよ、効率。
コップに注いでいると、そばにいた来島先輩から、ふいに声をかけられました。
「先輩、お茶開けてもいいですよ?」
え……あ、しまった。
裏見先輩、対局のときはいつもお茶を飲んでましたね。
私は、
「たまには気分転換」
と答えて、席へもどりました。
むむむ、まだまだ修行が足りません。
正直、将棋で負けるよりショックなんですが。
よもぎさんは、私が戻ってきたのを見計らって、一手指しました。
あれ? もしかして待っててくれました?
申し訳ないことをしましたね。
それにしても、5四角とは。
どうにも千日手拒否のようです。
こちらからどうこうもできませんし、受動的に動きますか。
3八金、3五歩。
攻めてきました。
2六飛と浮いて、桂頭をガード。
3六歩、同銀、3五歩、4七銀、7五歩。
うわーん、めちゃくちゃアグレッシブです。
同歩、同金に7六歩は、7四金じゃなくて8六歩ですね。
通りますか?
8六同歩、同金、同銀、同飛……あれ? 8七歩に7六角があります?
(※図は赤井さんの脳内イメージです。)
崩壊してますね、これ。
つまり、7六歩はダメってことに。
も、もしかして先手すでに敗勢?
私は読みなおしました。
7六歩の受けはダメ、という結論は変わらず。
となれば、攻め合いでしょう。
私は7五同歩と取ったあと、同金に3四歩と打ちました。
同銀、2二角。
先着です。
1一だけじゃなく、4四にも利いてますから、かなり強力ですよ。
よもぎさんは4三金で、守備を優先。
1一角成、7六歩──これでも、後手の攻めが続きますか。
ひとすじ縄ではいかない模様。
6八銀と一回逃げて……3三桂と跳ねられました。
飛車が馬当たりなので、2二馬と撤退。
よもぎさんは1分考えて、8六歩。
いやあ……ちょっとキツイです。
角成で先行したものの、あとが活かせてません。
攻め合い続けないと、ムリっぽいです。
私は苦心して、攻め筋を考えました。
結論として、8六同金の瞬間、7五香と打ち返すことに。
というわけで、8六同歩、同金、7五香。
右玉の一番薄いところを突いていると思いますが、果たして?
よもぎさんは、この手にちょっと考えました。
予定のルートでは、ないみたいです。
でも、残り時間は後手が10分切っていて、あんまりないですよ。
パシリ
8七金。
強く出てきました。
7三香成、同玉、8七金、同飛成、6五桂。
これで望みを繋ぎましょう。
なんだか第1局とやってることが、変わらなくなってきました。
よもぎさんは8二玉。
7三金と王手して、9二玉、7四歩。
これで次に6三金とできたら、いいんですが。
ダメっぽいですかねぇ。
8九龍。
んー、この龍も邪魔です。
6三金~7三歩成は、全然間に合わない気がしてきました。
時間も余ってますし、ちょっと考えましょう。
6三金、同角、7三歩成の瞬間は、詰めろでもなんでもないです。
だから、後手は当然攻めてきますよね。
ここで一番めんどうなのは、7七歩成だと思います。
(※図は赤井さんの脳内イメージです。)
同銀は詰んじゃいます。
5九金、6七玉、7五桂、7六玉、8五龍まで。
これはさすがに私でもわかります。
しかし、7七歩成を放置もできません。
となると、6三に角を呼び込むのがダメ、と。
「……」
「……」
馬を援軍で呼びますか?
3一馬とか。
(※図は赤井さんの脳内イメージです。)
これだと、7七歩成に同銀でも、詰みません。
ただ……なんか敗勢っぽいような……。
っていうか、すでに敗勢かもです。
「……」
「……」
すごい手も思い浮かびませんし、指しますか。
3一馬、と。
よもぎさんは7七歩成としました。まあこれはしょうがないです。
同銀、と。
よもぎさん、また長考。
残り時間はどんどん減って、3分に。
パシリ
ん……8筋の防御です……ね。
やけに念入りですが? 8三歩がなくなったのは、ちょっと痛いです。
とはいえ、よもぎさんの長考中に気づいたんですけど、6三金~7五馬って、けっこう厳しいですよね? 龍が8筋にいなかったら、詰みそうです。
私は6三金と寄って、様子を見ることに。
銀があれば、7八龍に6八銀打もできます。
よもぎさん、またまた長考。
表情をちらりとうかがいます──むずかしいと読んでますね、これは。
3一馬は、思ったよりも良かった可能性が。
ピッ
後手は秒読みに。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
さすがに決めにきました。
ここを凌いで7五馬が入れば、なんとか。
身長に逃げます。
3八玉、6三角(詰めろ)、2七金、3六桂。
き、厳しい。
同銀、同歩。
これ詰めろですか?
もうよくわかんなくなってきました。
というか、このままだとジリ貧です。
ピッ
私も1分将棋にッ!
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
7五馬ッ!
とりあえず寄せを見ます。
この瞬間、よもぎさんのオーラに変化が。
表情はほとんど変わってませんが、どこか意表を突かれたようす。
私は突いたつもりがないのですけど。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
……………………
……………………
…………………
………………完封コースですね。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
泣く泣く7六馬。
4九金、同馬、同玉、4七金。
つ、詰みました。
「負けました」
「ありがとうございました」
いやあ、完敗です。
……………………
……………………
…………………
………………あ、私から感想戦をしないといけないですね。
「最後、後手に寄りはなかった?」
よもぎさんは、ちょっと考えてから、
「なかったように思いますが……先手の攻めは不気味でした」
と答えてくれました。
「どう不気味だった?」
「狙いが読めないと言いますか……」
……………………
……………………
…………………
………………これ、悪口では?
攻めが意味不明だったってことですよね。
先輩の手前、あからさまに指摘できなかった、ってオチでしょうか。
私はひとまず、
「3枚でも寄るかな、と思ったけど、端が広かったわね。8一香で寄らなくなった感じ」
と弁明。
「なるほど、先手玉も思ったよりは詰めろがかかりませんでしたし、広さを頼りに、ですか。勉強になります」
私のテキトウ発言で勉強しないでください。
なんだか申し訳ない気持ちに。
そのあとのやりとりも、アドリブ連発になってしまいました。
よもぎさんは、
「そういえば、千日手狙いがあったとお見受けしますが、先手から仕掛ける順はなかったですか?」
と質問。
んー、どうですかね……私の棋力では打開できなかっただけですが……。
「先手からムリに仕掛けるより、そっちのほうがいいかな、と思った」
「たしかに、こちらも特段のスキがあったわけではないですね」
そろそろ解放してください。
というところで、解放されました。
10分休憩。
ハァ、いろいろ疲れました。
ずっと演技してるのといっしょですからね。
しかも、休憩中にやたら話しかけられます。
ヘタなことも言えないので、すごく気を遣うハメに。
ちょうど10分が経過したところで、来島部長から次の指示が。
「それでは、組み合わせを発表します」
場所:駒桜市立高校将棋部の部室
先手:赤井 もみじ
後手:馬下 よもぎ
戦型:居飛車力戦形
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩
▲8八銀 △3二金 ▲4八銀 △4二銀 ▲2二角成 △同 金
▲7七銀 △9四歩 ▲1六歩 △9五歩 ▲3六歩 △3三銀
▲6八玉 △3二金 ▲2五歩 △6二銀 ▲4六歩 △6四歩
▲3七桂 △5二金 ▲1五歩 △7四歩 ▲6六歩 △4二玉
▲7八金 △7三桂 ▲4七銀 △6三銀 ▲2九飛 △8一飛
▲5六銀 △5一玉 ▲4八金 △4四歩 ▲4七銀 △5四歩
▲5八玉 △5五歩 ▲6八玉 △6二玉 ▲5八玉 △4二金左
▲6八玉 △5三金直 ▲5八玉 △5四銀 ▲3八金 △6三金
▲4八金 △6五歩 ▲同 歩 △同 銀 ▲6六歩 △5四銀
▲3八金 △6四金 ▲4八金 △5二金 ▲3八金 △6三銀
▲4八金 △5四角 ▲3八金 △3五歩 ▲2六飛 △3六歩
▲同 銀 △3五歩 ▲4七銀 △7五歩 ▲同 歩 △同 金
▲3四歩 △同 銀 ▲2二角 △4三金 ▲1一角成 △7六歩
▲6八銀 △3三桂 ▲2二馬 △8六歩 ▲同 歩 △同 金
▲7五香 △8七金 ▲7三香成 △同 玉 ▲8七金 △同飛成
▲6五桂 △8二玉 ▲7三金 △9二玉 ▲7四歩 △8九龍
▲3一馬 △7七歩成 ▲同 銀 △8一香 ▲6三金 △5九金
▲4八玉 △6三角 ▲2七金 △3六桂 ▲同 銀 △同 歩
▲7五馬 △8四銀 ▲7六馬 △4九金 ▲同 馬 △4七金
まで120手で馬下の勝ち




