612手目 心理実験
うむむむ……逃げ方によっては、簡単に詰みますよね。
5四馬、7三玉、8六歩、6九成銀、同玉、5八金に同玉なら、4八飛、6九玉、5七馬で詰みます。しかし、5八金に7九玉だと、詰まないかも?
この順がよくわかりません。
長手数だと詰むような、詰まないような。
7九玉、6九飛、7八玉、6八飛成、8七玉……切っても詰まないですよね? 8八龍……これ、9五に桂馬を打てたら、詰み……あ、わかりました。8七歩と叩けば詰みますッ!
(※図は赤井さんの脳内イメージです。)
ということは、5八成銀は詰めろですッ!
最悪ですッ!
ピッ
しかも1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「ご、5四馬」
とりあえず王手。
いざというとき、寄せられるかたちにしておきます。
駒込くんは、ノータイムで7三玉。
私は6八金と受けました。
同成銀、同飛、5九銀──受けがないような。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
6五桂。
もう寄せるしかありません。
駒込くん、小考。
効いてますか?
1分して、同歩。
6四銀、8二玉、7三銀打、同金、同銀成、同玉、6三金、8三玉。
ぜ、全然ダメですね。
一応、最後まで粘りましょう。
7八金、6八銀成、同金。
駒込くん、ここで最後の時間を投入しました。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
つ、詰んだっぽいです。でないと、こんな捨て方しないですから。
でも具体的な手順が見えないので、はっきりするまで進めます。
同玉、8七飛成、同玉、9五桂。
あ、はい。
「負けました」
「ありがとうございました」
チェスクロを押して、感想戦。
「6三玉は罠でした?」
私の質問に、駒込くんは、
「んー……5五銀、同香、同馬、6六銀よりは安全かな、と思った」
と言って、その順を示してくれました。
【検討図】
「これも安全に見えますが……本譜のほうが安全でしたか?」
「6六銀に3七馬と戻ったら、5五桂があるよね。これは6三に利くから、王様の逃げ場所が狭くなる。6六同馬も自信がなかったし、3三馬、同馬、同金で消すのも微妙かな、と思った」
いろいろ比較してたんですね。
私は、
「6三玉の局面って、先手がいいですか?」
とたずねました。
「どうだろう……8五桂って打たれたら、困ってたかも」
【検討図】
「この手の意味は?」
「8六飛の防止」
あー、そう言われてみると、そうですね。
8六飛からの攻めが振りほどけなかったので、有力ですか。
「しかも攻防です」
「僕は5四銀の予定で、同香、同金で金は助かるけど……やっぱり5五銀で良かったな。6三玉は考え過ぎだった。8五桂だと、予想以上に困ってたっぽい」
どうやら、金の放置で罠を張ったわけじゃ、ないみたいです。
となると、駒込くんの単なる読み間違いですか。
こういうときにきちんと対応できるようにしないと、いけませんね。
そのあとは、仕掛けのあたりを調べて、終わりに。
飛瀬先輩から、休憩の合図がありました。10分。
私はあずささんといっしょに、お手洗いへ。
「もみじちゃん、どうだった?」
「途中は互角だったんですが、駒込くんのミスを咎めきれなかったです」
これを聞いたあずささんは、
「もみじちゃん、もっと堂々と指してみたら? 自信なさげに指してると、相手が気楽になって、プレッシャーかからなくない?」
と言いました。
「どうでしょう、そういうことで棋力差は埋まらないと思いますが……」
「いやいや、プレッシャーがあるかないかは、大きいよ」
そうですかね──おっと、あずささん、なんですか、その目は。
「悪いことをたくらんでいる目ですね」
あずささんは、むふふふ、と笑って、
「ひとつ実験をしてみよう」
と言いました。
「実験?」
「もみじちゃんが強いひとに変装して、相手の反応を見るんだよ」
ええッ!?
「こ、この場でそういうことは、ちょっと……」
あずささんは両手を後頭部にあてて、そっぽを向きました。
「そっか、残り5分じゃ変装できないもんね」
そんなわけないでしょうッ!
忍術学校主席(変装術のみ)を舐めないでください。
光速メイク、光速ヘアセット、光速着替え。
ちゃっちゃっちゃっ。
ジャ~ン ニセ裏見香子、爆誕
「ふふふ、どうですか、見破れますか?」
「完璧ぃ~、じゃけん、このかっこうで指しましょうねぇ」
あずささんは私の背中を押して、トイレからアウト。
そのまま教室へ連れ込まれました。
みんなが私のほうを見てきます。
来島部長は、
「裏見先輩、こんにちは……どうしたんですか?」
と訊いてきました。
私はとっさに、
「学校に用事があったから、立ち寄ったの」
と、裏見先輩の声で答えました。
私の声帯模写は完璧。だれも聞き破れません。
「そうですか……今、ちょうど練習中です」
「じゃあ、私も一局、指させてもらおうかしら」
「え、いいんですか? 受験勉強で忙しくないです?」
「半日くらい将棋しても、合否は変わらないって」
どうですか、この受け答え。
来島部長も納得したらしく、あずささんのほうへ視線を移しました。
「赤井さんは?」
「もみじちゃんなら、お腹が痛いって言って帰りました」
あ、こら、勝手に帰らせないでください。
無断早退したsみたいじゃないですか。
来島先輩も、なんか微妙な顔。
あとで〆られる流れですか? 勘弁してください。
「ふーん……あ、裏見先輩、手合いはどうします?」
「赤井さんの代わりでいいわよ」
「赤井さんの代打だと、次は巴ちゃんなんですよね」
草薙さんで、いいです。
だけど、来島先輩は、
「馬下さん、裏見先輩と一局いい?」
と、よもぎさんを指名。
駒を並べていたよもぎさんは、顔を上げました。
「はい」
「じゃあ馬下さんと裏見先輩、駒込くんと私で、チェンジね」
あ、あれ、こんなはずでは。
一方、あずささんは、
「いやあ、これはいい心理テストになるなあ」
とニコニコ顔。
あとでこのお礼はさせてもらいますからね。
とりあえず座って、対局準備。
よもぎさんは、
「裏見先輩、振り駒をどうぞ」
とゆずってくれました。
「馬下さんが振って、いいわよ」
「いえ、おひさしぶりですし、どうぞ」
よもぎさん、さすがに律儀ですね。
では、振らせていただきます。
カシャカシャカシャ、ぽい──歩が4枚、私の先手です。
飛瀬主将の確認が入ったあと、すぐに対局が始まりました。
「よろしくお願いします」
7六歩、8四歩。
裏見先輩は二刀流ですが、表芸は居飛車です。
私も居飛車党なので、助かります。
2六歩、8五歩、7七角、3四歩、8八銀、3二金。
またまた角換わり模様に。
4八銀、4二銀。
あ、そっちのパターンですか。
先手から角交換します。
2二角成、同金、7七銀、9四歩、1六歩、9五歩。
端を詰めてきました。
誘ったわけではないのですが、まあしょうがないでしょう。
このあいだに稼ぎます。
3六歩、3三銀、6八玉、3二金。
よもぎさんは、ようやく金を戻しました。
私は2五歩で、飛車先を伸ばします。
6二銀、4六歩、6四歩、3七桂、5二金。
これ、いたって普通ですね。
変わってるのは、端の関係くらいです。
こちらも詰めておきましょう。1五歩、と。
よもぎさんは、先手に身を委ねているのか、受け身な指し方に見えます。
積極的に主導権を取りに行きたいですね。
7四歩、6六歩、4二玉、7八金、7三桂、4七銀。
まだ開戦しません。
6三銀、2九飛、8一飛、5六銀、5一玉。
あ……れ……王様を戻りました。
右玉ですか?
駒込くんはブラフでしたが、よもぎさんは、どうでしょうか。
4八金、4四歩、4七銀、5四歩、5八玉、5五歩。
おっと、中央を伸ばしてきました。
右玉じゃない、ってことですか?
これは独自の構想っぽいですね。警戒します。
ちょっと深読み──こちらから動く筋は、なさそうです。
少なくとも、私の棋力ではわかりません。
こうなったら、こっちもウロウロしましょう。
6八玉、6二玉、5八玉、4二金左、6八玉、5三金直、5八玉。
よもぎさんは、私の態度を見て、時間を使うようになりました。
千日手にするかどうか、考えているのでしょう。
1分して、5四銀。
前に出てきました。
じゃあまた6八玉……じゃなくて、金をウロウロするほうが、いいですか?
6八玉の瞬間に仕掛けられると、戦場に近いような。
私は3八金を選択。
すっごい手数をかけてるわりに、全然進展してません。
将棋は、せっかちなひとには向いていないゲームですね、はい。
6三金、4八金。
よもぎさん、ここで長考。
5四銀型にしたので、攻めてきそうな気配もあります。
6五歩とか。
(※図は赤井さんの脳内イメージです。)
うーん、いかにもありそうです。
この順をよく考えて──あ、よもぎさん、もう決めたんですか?
パシリ
場所:駒桜市立高校将棋部の部室
先手:赤井 もみじ
後手:駒込 歩夢
戦型:居飛車力戦形
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩
▲6八銀 △3二金 ▲3八銀 △4四歩 ▲7八金 △4二銀
▲4六歩 △4三銀 ▲4七銀 △6二銀 ▲6九玉 △7四歩
▲5六銀 △5四歩 ▲2五歩 △3三角 ▲7九玉 △9四歩
▲4八飛 △5三銀 ▲5九金 △7三桂 ▲3六歩 △6二金
▲3七桂 △1五角 ▲3八飛 △6四歩 ▲4五歩 △6五桂
▲6六角 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8一飛
▲4四歩 △同銀右 ▲4五歩 △5五銀 ▲同 銀 △同 歩
▲同 角 △3三角 ▲4四銀 △同 銀 ▲同 歩 △5四銀
▲6六角 △5八歩 ▲6九金 △4七銀 ▲3九飛 △4八銀成
▲2九飛 △1五角 ▲4三銀 △同 銀 ▲同歩成 △同 金
▲1一角成 △3七角成 ▲2一馬 △5二玉 ▲3二馬 △8六歩
▲同 歩 △8七歩 ▲5六香 △6三玉 ▲4三馬 △8六飛
▲7七銀打 △同桂成 ▲同 銀 △8八銀 ▲同 銀 △同歩成
▲同 金 △5九歩成 ▲8七歩 △6九と ▲同 飛 △5八成銀
▲5四馬 △7三玉 ▲6八金 △同成銀 ▲同 飛 △5九銀
▲6五桂 △同 歩 ▲6四銀 △8二玉 ▲7三銀打 △同 金
▲同銀成 △同 玉 ▲6三金 △8三玉 ▲7八金 △6八銀成
▲同 金 △8八金 ▲同 玉 △8七飛成 ▲同 玉 △9五桂
まで114手で駒込(弟)の勝ち




