598手目 オープンキャンパス
※ここからは、香子ちゃん視点です。
真夏日の昼下がり、私は新幹線の車窓から、富士山をながめていた。
んー、これが広告なんかでよく見かける、例の風景ですか。
これが修学旅行だったら、とっくにわいわいやっている頃だろう。
だけど、観光気分は、半分くらい。
今回の旅行は、東京の大学のオープンキャンパスに参加するため。
目指しているのは、品川駅だった。
日日杯も終わったから、荷物をまとめて、移動中。
とちゅうで駅弁も食べたし、あとちょっと。
私は眠くなるのを我慢しつつ、ひさびさの長距離移動に、胸をふくらませていた。
《間もなく、品川です》
新幹線独特の音楽とともに、アナウンスがあった。
ほかの乗客も、移動を始める。
私はキャリーケースを引いて、出入り口で待機。
ドアが開いたら、そのまま下車。
むッ……暑い。
しかも、なんだか独特の匂いがする。
これが東京か。
私はアーケードの下を移動して、乗り換え。
品川から目黒へ、目黒から武蔵小山へ。
改札を出ると、そこまで大きくない街に出た。
駒桜よりは都会だけどね。東京の中心から外れてる感はある。
私はもらった住所を頼りに、移動。
大きな商店街を抜けて、しばらく歩いていると、左手に民家を発見。
2階建ての建物で、地方とくらべたら、すらりとしている感じ。
小さな庭があって、花が植えられていた。
インターホンを押す。
「……」
《はーい》
「H島の裏見香子です」
《あ、香子ちゃん、ちょっと待ってね~》
ドアがひらいて、中からショートヘアのおばさんが出てきた。
お母さんのお姉さん、つまり、伯母さん。
顔は、私にちょっとだけ似てる……かも。
前迫美花さんという名前だった。H島だと、たまに見る苗字。
下の名前は、私のお母さんといっしょで、花の文字が入っていた。
地元のH島で結婚したあと、仕事の関係で、こちらへ引っ越したらしい。
「香子ちゃん、おひさしぶり~小学生のとき以来かな?」
「おひさしぶりです。今回は泊めていただいて、ありがとうございます」
「いいのよ。うちはもうこどもが出てっちゃって、空いてるんだから。疲れたでしょ。なにか食べたいものがあったら、言ってちょうだい。お寿司でもなんでもいいわよ」
とりあえず、上がらせてもらう。
靴を脱いで、廊下に足を乗せる。ひんやり。
すると、奥からちょこちょこと、ちっちゃな白い犬が出てきた。ふさふさ。
「あ、かわいい~」
私が手をふると、犬はきょとんとした。
そして、またちょこちょこと歩いて、奥に帰って行った。
「ごめんなさい、ハッちゃんは人見知りタイプなの」
「そうですか。驚かせないように、気をつけます」
2階の部屋に案内される。
部屋がふたつあって、奥のほうへ通された。
ドアを開けると、最近までだれかが使ってました、という雰囲気。
ここがこども部屋だったんでしょうね。ちょっと男物っぽい印象を受けた。
「シャワー浴びたかったら、自由に浴びてね。お買い物はこれからだけど、なに食べたい?」
私は、なんでもだいじょうぶです、と答えた。
でも、私の食べたいものを~、という話になったから、ちょっと考えて、
「お蕎麦でも、いいですか?」
と答えた。
「あら、そんなのでいいの?」
「はい、東京のお蕎麦は、おいしいと聞いたので」
「じゃあ、出前にしようかしら。お惣菜だけ買って来るわ」
おかまいなく、と答えておく。
そのあと私は、無事到着したことを、家族MINEに報告。
それから顔を洗って、休憩。
おばさんは買い物からすぐに帰ってきて、キッチンから音が聞こえた。
私は机にむかって、勉強。
日日杯で、だいぶ時間を取られちゃった。挽回しないと。
6時には、おじさんも帰ってきた。
メガネをかけた中年男性で、なんかお疲れ気味。
あいさつする。
「おひさしぶりです、裏見香子です」
「いやあ、香子ちゃん、だいぶひさしぶりだね。おぼえてる?」
「たしか、お寺でお会いしたと思います」
「うんうん、美花のおじいさんの七回忌ね。あれが最後だったかな」
おじさんは、お風呂に入ると言った。
「あなた、香子ちゃんを先に入れてあげてください」
「あ、そうか、香子ちゃん、先に入っといて」
順番に入って、それからお食事。
お蕎麦は、近所の有名なお店のものらしく、すごくおししかった。
それに、お惣菜の天ぷらをつけて食べた。
けっこうお腹いっぱいに。
夜はベッドに横たわって、足をぶらぶらさせながら、スマホをいじったり、参考書を読んだり。おじいちゃんは、孫娘の一人旅だから、だいぶ心配しているらしい。まあまあ、じつは頼もしい助っ人がいるんですよ。明日、合流の予定。
あ、松平じゃないわよ。
その夜は、ぐっすりと眠った。
○
。
.
翌日、私は朝ご飯を食べて、制服に着替えた。
おじさんは、先に出社。
私はおばさんにあいさつをして、10時頃に家を出た。
武蔵小山から目黒、目黒から新宿へ。
新宿駅は、めちゃくちゃ複雑らしい。でも、今回は楽ちん。
JRからJRへの乗り換えだからね──ん? あれ?
この階段じゃ、なかったかな。
えーと、えーと。
「裏見殿、こちらだ」
うわ、びっくりした。
ふりかえると、セーラー服姿の神崎さんが立っていた。
「神崎忍、見参」
「神崎さん、待ち合わせは国立じゃなかった?」
「ふふふ、裏見殿のことだ、このあたりで迷っていると思ってな」
どうもありがとうございます。
じつは、神崎さんといっしょに回る予定なのだ。
就職の関係で、上京しているのだとか。
ヘタに男子と回るよりも、心強い。
なんて思っていると、チャラそうな男に、いきなり声をかけられた。
「このへんじゃ見ない制服だね。迷子かな? 案内するよ?」
ビシッ
神崎さんの手刀が決まった。
失神したお兄さんを、壁のすみっこに置いておく。
中央線の下りのホームへ。
「神崎さん、このへんには詳しいの?」
「所用で何度か来たことがある」
じゃあ、とにかくついていきましょう。
オレンジ色の快速電車に乗って、GO!
下りだから、比較的空いていた。
とちゅうの駅で各停に乗り換えて、国立駅で下車。
ほぉ、ここが国立ですか。
これまた、品川とも武蔵小山とも新宿とも、全然ちがう街だった。街そのものは、そんなに大きくないっぽい。だから、品川や新宿とちがって、ザ・都会という感じじゃなかった。一方、武蔵小山は駅前がすでにごちゃっとしてたけど、ここは広場になっていて、そこから大きな道路が南に向けてずっと続いていた。区画整理が、行き届いている。
私たちは道路を南へ進んだ。すると、大学のキャンパスが見えてきた。八ツ橋大学だ。八ツ橋のキャンパスは、道路で東西に分離されていた。
「どちらだ?」
「えーと、西キャンパスのほう」
地図を頼りに、会場をさがす。
あ、それっぽい高校生の集団を発見。
ついていけば、よさそう。
その生徒たちは、ちょっと大きめの建物に吸い込まれていった。
建物の入り口のところでは、おそろいの赤いシャツを着たひとたちが、
「オープンキャンパスの受付は、こちらになりまーす」
と言って、案内をしていた。
私は受付を済ませる。
在校生と思しきお姉さんが、布製のバッグをくれた。
八ツ橋大学のロゴ入りで、パンフレットがいっぱい。
「次のかた、どうぞ」
神崎さんは、ん、と言って、
「入場には受付が必要なのか?」
と返した。
「あ、はい……登録なさっていませんか?」
「いや、していない」
お姉さんは、となりのひとと相談を始めかけた。
けど、それよりも先に、神崎さんは、
「拙者はここを受けるわけではない。特例は遠慮しておこう」
と言った。
「そ、そうですか……では、次のかた」
私たちは、横へよけた。
「神崎さん、いいの? ばらばらになっちゃうけど?」
「かまわん」
そっか……まあ、受けない大学の話を聞いても、しょうがないものね。
私たちは、そこで別れた。
玄関から入って、経路案内に従う。
比較的大きめの部屋に出た。
椅子がいっぱい並んでるし、黒板があるから、これが講堂ってやつかしら。
私は真ん中の列の、やや右のほうに座った。
太陽の光が、あんまり入って来ないエリア。日焼けしちゃうものね。
もらったバッグを開けて、中身を確認する。
えーと、大学案内、学部案内、アンケート用紙、記念の筆記用具──
「ほぉ、そういうものが入っているのだな」
うわ、びっくりした(本日2度目)
顔をあげると、神崎さんが仁王立ちしていた。
「けっきょく受付したの?」
「このような施設にもぐりこむなど、お茶の子さいさい」
不法侵入でしょッ!
私が突っ込みを入れていると、会場がさわがしくなった。
マイクが入る。大学生らしきスタッフが、あいさつをした。
《はーい、みなさん、おはようございます。開始までまだお時間があります。お手洗いなどは、早めに済ませておいてください。休憩時間は混み合います。また、手荷物は、必ず身につけて移動してください。それでは、もうしばらくお待ちください》




