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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第48局 懐かしのメンバー集まれ!(2015年8月8日土曜)
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597手目 悪友たち

 うーん……どれにすっかな。

 オレたち3人は、市内のデパートで、プレゼントを物色していた。

 おしゃれにならんだ生活用品。棚を順繰りに回る。

 だいたいモノは決まってきた。

 さっき見た圧力鍋か、今見てるペアグラス。

 カトラリーは、お気に入りのサイズがわからなかったから、却下。

 スプーンひとつの大きさでも、むずかしいよな、ああいうのって。

 オレは、

「圧力鍋って、便利なの? 使ったことないんだけど」

 と、傍目はためにたずねた。

「便利ですよ。実家では、お芋をふかしたりしてます」

 んー、それって必要か?

 いや、ひとそれぞれなんだろうが、ピンとこないんだよな。

 それに対して、ペアグラスは、なんとなく使い道がわかる。

 値段も、だいたい手頃だった。

 オレは、駒込こまごめにも訊いてみた。

 駒込の回答は、

「1万円未満の圧力鍋って、ほとんどなくない?」

 だった。

「つまり?」

「クオリティが低いんじゃない? 価格帯でかなり下のほうってことでしょ?」

 なるほど、そう言われてみれば、そうだ。

 傍目も、

「安過ぎると、使い勝手が悪いかもしれないですね」

 とつけくわえた。

 よっしゃ、決まりだ。

 オレはゆびを弾いた。

「ペアグラスにしようぜ。可もなく不可もなくだろ」

 あとは、グラスを決めるだけだ。

 ショップのひとに見本を出してもらって、手触りと重さも確認。

 ちょっと重たいやつがいいかね。

 こどもがテーブルにぶつかっても、バランスを崩さないやつがいい。

 最後は、幾何学模様の入ったやつで、意見が一致した。

 あとで計算がめんどくさくならないように、オレが甘田かんだの分を、駒込が姫野ひめのの分を立て替えて、4000円ずつ払う。傍目は2000円。

 レジで支払って、プレゼント用に梱包してもらって終わり。

 オレが抱えて持って帰る。

「いやあ、傍目、悪かったな」

「いえ、この3人で出かけるのも、ひさしぶりなので」

 だよなあ、次はいつになるかね。

 オレたちはあれこれダベりながら、H島駅前へ戻った。

 駒桜こまざくら行きのバスに乗り込む。

 最後尾の座席に座ろうとしたら、向かって左端に、先客がひとりいた。

 白いワンピースを着ている女性で、本を読んでいた。

 4人がけだから、まだ3人座れ……ん?

猿渡さわたり先輩?」

 オレが名前を呼ぶと、女性は顔をあげた。

 メガネじゃなかったけど、まちがいなく猿渡先輩だった。

 藤花ふじはなのOGで、姫野の1コ上だ。

 コンタクトにしたのかね。それともレーシック?

 以前はいかにも委員長って感じだったが、その面影は消えていた。

 猿渡先輩は、本をひらいたまま、

「冴島さんですか、おひさしぶりです」

 とあいさつした。

「おーっす、ひさしぶりですね。帰省ですか?」

「ええ」

「ここ、座っていいですか? 3人なんで」

 どうぞ、と猿渡先輩は言った。

 オレたちは腰を下ろす。

 右のほうから、猿渡先輩、オレ、傍目、駒込。

 バスはすぐに出発した。

 オレは、

「先輩、なに読んでるんですか?」

 とたずねた。

 先輩は、なにも言わずに、表紙を見せてくれた。

「『ツァラトゥストラかく語りき』……小説?」

「強いていえば、哲学書です」

 ほぉん、またむずかしいの読んでるなあ。

「哲学科でしたっけ?」

「いいえ、ちがいます」

 国際人間科学部だと、猿渡先輩は答えた。

「どういう学部です?」

「国際問題やグローバル経済などについて、多角的に学ぶ学部です。冴島さんのご進路は?」

「オレは応援部の推薦で、晩稲田おくてだのスポーツ科学です」

万大ばんだいさんの後輩ですか」

「ですです」

 万大さんは、駒桜こまざくら市立いちりつのOBで、今でもつながりはある。

 ってか、応援部のコネクションって、一生もんなのかもしれないな。

 四十代、五十代のひとでも、OBOG会に平気で来るし。

「先輩、将棋続けてます?」

「趣味では」

 そのパターンか。

「大学に将棋部はあります?」

六甲ろっこうはそこそこ強いです。古都こと申命館しんめいかんには負けますが」

「じゃあ、将棋部以外の部に入ったんですか?」

 オレがどんどん質問していると、先輩はこちらを向いた。

「どうしました? さきほどから質問責めですね?」

 オレは頭をかいた。

 たしかに、立ち入り過ぎた。

 バスでたまたま出会った知り合い同士の、自然な会話じゃない。

 とはいえ、訊いておきたいことがあった。

「大学に行っても、みんな将棋部に入るんだろうな、と思ってたんです。オレの勝手な決めつけだったんですが……でも、小学生のころから、みんな将棋仲間だったわけですよ。中高はみんな将棋部だったし……なんで辞めるのかな、と思って」

 猿渡先輩は、本を閉じた。

 そうですね、とひとこと言って、沈黙した。

 だんだんと、バスの揺れが大きくなる。

 H島市内を抜けて、山のほうへ向かっているからだ。

 車窓からコンクリートのビルが消えて、緑の木々と、一戸建てが増え始めた。

「たしかに、大学で生活習慣を変えるひとは、多いですね。なぜなのでしょうか。よくわかりません。じつのところ、私はそこまで、将棋に興味がありませんでした」

「将棋部で部長だったのに?」

「興味があったら、B級戦法なんて続けていません。もっとマジメに指します。私が将棋部にいた理由は、上級生から頼まれたことと、もうひとつ、奇抜が王道を破る可能性に、そそられたことです。大学生になった今、私はもっと自由に、いろんなことを試せます。将棋という枠組みで奇をてらわなくても、よくなったのかもしれません」

「はあ……そうですか」

 先輩の言っていることが、オレにはよくわからなかった。

 テツガク? べつに茶化すつもりはない。

 だけど、ほんとによくわかんなかったし、オレはわかった気になるタイプでもない。

「男女混合*を推してたのは、先輩でしたよね?」

「あれは男子の役員に、ひと泡吹かせたかっただけです。姫野さんに実力を発揮してもらいたい、という気持ちもありましたが」

 政治だね、まさに。

 そのあとオレたちは、ありきたりな話をした。

 H島市内でなにしたの、とか、前期の単位どうだった、とか、いろいろ。

 駒込の単位が思ったよりヤバいのが発覚した。

 ま、高校もそうだったし、だいじょうぶだろ。

 駒桜の駅前で解散。

 3人でペアグラスを木原きはらに届けた。めちゃくちゃ喜ばれた。

 家には上がらなかった。新婚さんだもんな。

 オレはそのあと甘田の家に行って、2000円を徴収。

 翌日、八一やいちに寄った。

 ドアを開けると、懐かしい鈴の音がした。

 猫山ねこやまさんが、コーヒーを運んでいるところだった。

「いらっしゃいませ~お好きな席へどうぞ~」

 オレはカウンターに座った。

 マスターにアイスコーヒーを注文する。

 マスターはグラスに氷を入れながら、

「大学のほうは、どうだい?」

 と訊いてきた。

「応援部が忙しくて、高校と変わんないですね」

「ハハハ、歩美あゆみちゃんも、高校とあんまり変わらないって言ってた」

 いや、あいつの場合は、高校と変えてないんだよな、生活を。

 オレが内心つっこんでいると、アイスコーヒーが出された。

 ひとくち飲む。ちょっと苦め。

 その冷たさに満足していると、猫山さんもカウンターの向こうに立った。

「冴島さん、昨日は鍵をひろってくれたそうですね」

 いけね、預けたの忘れてた。

「あ、もう回収しました?」

「はい、久慈くじさんは泣いて喜んでましたよ。アパートの鍵でしたからね」

「そういうのを日傘につけちゃダメですよ」

「ニャハハハ、まったくもってにゃんともかんとも」

 やれやれ、と思っていると、目のまえに皿が置かれた。

 ホットケーキが乗っていた。

 猫山さんは、片目でウィンクして、皿を洗い始めた。

「……あざす」

 ふたりで拾ったのに、オレだけもらっちゃって、悪いな。

 バターを伸ばして、フォークでぱくり。

 うまい。

 もくもくと食べていたら、ドアの鈴が鳴った。

 甘田の声が聞こえてくる。

「あれ、まどかちゃんじゃん」

 オレは口をもぐもぐさせながら、フォークであいさつした。

 甘田は、オレの右どなりに座った。

「あ、美味しそうなの食べてる」

「ひとくち食う?」

 甘田は驚いた。

「え、いいの?」

「なんで驚く?」

「まどかちゃんがシェアするなんて……毒入ってるんじゃない?」

 オレは残りを全部頬張ろうとした。

「待って待って、食べます食べます」

 甘田はひときれ食べて、ほくほく顔。

「うーん、美味しいねえ。あ、マスター、アイスティー」

 注文を終えた甘田は、オレのほうに体を向けて、

「かずちゃん、喜んでた?」

 と訊いた。

「ああ、喜んでたぜ」

「よかったよかった」

 甘田は手を叩いて笑ってから、

「そうだ、一局指す?」

 と誘ってきた。

「将棋?」

「ほかになにがあるの?」

「んー、そうだな……」

 オレは、半分空になったグラスを持ち上げて、氷を揺らした。

 一瞬だけ、七色に光る。

 それは、コーヒーの黒に消えた。

「今日くらい、将棋抜きでやらね?」

「ん? どういうこと?」

「将棋しないと楽しめないわけじゃ、ないだろ」

 甘田は、きょとんとした。

「……まどかちゃん、マジで今日どうしたの?」

 いろいろあるんだよ、いろいろ。

 つーわけで、これからもよろしくな、悪友ともよ。

*33手目 会議する少女

https://book1.adouzi.eu.org/n8275bv/38

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