594手目 披露宴
駒込がやって来たのは、約束の時間よりも10分だけ遅かった。
先に食べてなくて、よかったぜ。
甘田が、どうせ遅刻だ、と言って、少し待っていた甲斐があった。
全員、テーブルにつく。
木原とみっちーが、部屋の奥側に座る。
オレたちは、それをぐるっと囲んだ。
オレの左どなりは駒込、右どなりが甘田。
スタッフのひとが、配膳を始めた。
まずは、食前の飲み物。
ノンアルコールのシャンパンが運ばれてきた。
それと、小さな皿に乗った……んー、なんだ、これは?
クッキー(?)でできた小さな器に、白いなにかが盛りつけられていた。
貝かな……ドレッシングオイルが、かけられているみたいだ。
花びらもついてる。食用ギク? あれは刺身か。
ジロジロ観察していると、千駄が立ち上がった。
「それでは、はなはだ僭越ではありますが、ご指名を頂戴しましたので、乾杯の音頭を取らせていただきます。自己紹介とかは、もういいよね? というわけで、皆さま、乾杯のご唱和をお願いします。おふたりの前途と、ご両家のますますの繁栄をお祈りしまして、乾杯!」
かんぱーい。
ぐびぐびぐび──ぷはぁ、生き返る。道中、くっそ暑かったからな。
それじゃ、このよくわからないものを食べるぜ。
もぐもぐ──うまいッ! ホタテか。おかわりが欲しい。ダメ?
次に、白い皿が運ばれてきた。
これは知ってる。オードブルってやつだろ。
メインは海老で、それに……この黒いのは、なんだろ。
魚の卵? ……あ、キャビアか。
いろいろなハーブが添えられている。種類はわからない。
一個一個がちっちゃいから、気をつけて食べる。
レモンかかってるっぽい。ちょっと酸っぱい。
ふだんは、牛丼をかきこむとか、ハンバーガーにかぶりつくとか、そういう食べ方。ナイフとフォークは、肩が凝る。箸で食べたい。
なーんて思ってたら、駒込が、
「お箸ください」
と言ってくれた。ナイス。
会話もだんだん盛り上がってくる。
もともと友だちだしな。
お次は、スープ。
緑色……ほうれん草?
スプーンですくって、飲む。
「……なんだこれ?」
ほうれん草っぽくない。
なんというか、けっこう薄味だった。
オレのつぶやきに対して、甘田は、
「豆じゃない?」
と言った。
「お、そうなのか、よくわかったな」
「メニューカードに書いてあるよ」
甘田はそう言って、目の前にあるカードをゆびさした。
くッ、オレとしたことが。
とりあえず食べるぜ。
スープが終わると、魚料理。
これがメインディッシュか?
白身魚で、半身より小さい。
皮がなくて、その代わりに茶色いものが塗られていた。
謎料理。
カードを見る──プロヴァンス風スズキのタプナード焼き
プロヴァンスって、なんだ? 料理人の名前?
タプナードもわかんねえ。
とりあえず、食べる。問題は味だよ、味。
オリーブオイルの香り。そのあとに、表面のサクッとした食感。
ふーむ……おいしい、が、塗ってあるものの正体がわからない。
食べ終わると、シャーベットが出た。
こういう会食は、がっつり食べる流れじゃ、ないわな。
スプーンですくって、ぺろり。オレンジ味。
オレは、
「そういや、藤井と佐川がいないな」
と言った。
みっちーは、
「藤井は地元に残ってるから、別のパーティーに呼んだ。佐川は用事で来れない」
と答えた。
オレは、
「佐川は仕方がないとして、藤井はこのメンツに会いたかったんじゃね? スネ夫の同校なんだし」
と言って、スネ夫のほうを見た。
スネ夫は、
「どうだろうね。彼は将棋部だったけど、駒北以外のメンバーとは、そんなに絡んでなくない?」
と答えた。
たしかに、あいつと大会以外でつるんだこと、あんまないな──ん?
スタッフのひとが入ってきた。手に皿を持っている。
目のまえへ置かれたそれには、小ぶりなステーキが乗っていた。
駒込は、
「まだあったの? 今デザート食べたのに?」
と言った。
姫野は、
「フレンチのコースで、シャーベットは口直しです。デザートではありません」
と教えてくれた。
ほほーん、なんか得した気分だ。
最後の一個だな、と思って食べたら、もう一個。うれしいよな。
しかも肉だぜ、肉。
いただきまーす。
小さいから、ちょっとずつ……いや、パクリといく。
半分に切って、頬張る。
お、めちゃうま。
こういう上等なやつで焼き肉したら、うまいかもなあ。
あ、白米といっしょに食う味じゃ、ないか。
みんな食べ終わったところで、木原が、
「それでは、デザートで~す」
と言って、店員さんを呼んだ。
ホールケーキが、ワゴンに乗せられて出てくる。
やっぱこれだよ、これ、披露宴と言えば。
全員、起立。
木原とみっちーは、ケーキナイフを持って並んだ。
スタッフのひとが音頭をとった。
「それでは、新郎新婦様によります、ケーキ入刀です。お願いいたします」
入刀ぉ~、パチパチパチ。
木原とみっちーがひとくちずつ食べて、それからみんなでわけた。
イチゴケーキだね。シンプル。
コーヒーも出た。
オレは立食しながら、木原と雑談。
「それにしても、同窓の結婚1号が、木原とはねえ」
「そんなに意外だった?」
「どうだろうな、意外っていうか、なんていうか……」
よくよく考えてみたら、だれが結婚しそうかなんて、考えたことなかった。
今のは失言だ。
オレは話題を変えた。いろいろな思い出話にふける。
高校1年生のとき、木原が将棋部に来たこと。
あのときは、完全に初心者だったなあ。
団体戦のこと、個人戦のこと。
3年生のとき、なんだかんだで、県大会に出られたこと。
昔話のよこで、駒込はカバンから、タブレットを取り出した。
テーブルのうえに置く。
周りの視線を気にせずに、画面へ向かってダブルピースをした。
「いえーい、藤堂、見てるぅ?」
オレは、
「なにしてんの?」
とたずねた。
「将棋部の連中に、パーティーの映像を送ってるの」
意味がわからん。
「なんでそんなことするの?」
駒込によれば、日程が将棋部の合宿と、かぶっていたらしい。欠席させてくれ、と頼んだら、疑われたので証拠を送っている、と。どうなんだ、それ。申命館って、厳しいんだな。ふつうは一発オッケーだろ。
木原はそれを聞いて、
「ぐすん、歩美ちゃんが将棋じゃなくて、こっちを選んでくれるなんて」
と涙ぐんだ。
駒込は、
「私は常識人よ」
と答えた。
どうだろう。来る来ないで、賭けが成立するような。
ま、半分は冗談だ。
オレは、
「トウドウって、だれだ? おまえのカレか?」
とたずねた。
「なに言ってんの、将棋部の先輩」
「だろうな。おまえにカレいるわけないし」
駒込は、わかってないわね、と返した。
「私を惚れさせる男がいないのよ」
「はいはい」
「そもそも、まどかちゃんに言われたくないんだけど」
やめろ、その口撃はオレに効く。
オレは、
「じゃあさ、どういうやつがタイプなの?」
とたずねた。
駒込はあごに手をそえて、無表情に考え込んだ。
「……出会ったときに、わかるんじゃない?」
「あのなあ、好みのタイプの推しとか、いないの?」
「いないわね」
ここで、木原が割り込んできた。
「歩美ちゃんはね、年下のカレシがいいと思うよ」
オレは、
「どこをどう分析したら、年下になるんだよ」
と反論した。
「歩美ちゃんは、お姉さんキャラだから、引っ張って欲しい年下がいいはずッ!」
こいつに引っ張られたら、どこに連れてかれるか、わかんないだろ。
人生、迷子になりそう。
オレは、話題を変えることにした。
「ところでさ、木原とみっちーが付き合うようになった経緯、教えてくれよ」
木原は照れながら、いろいろ教えてくれた。
みっちーと、初めて会ったときのことから。
これがびっくり、将棋の大会かと思ったら、ゲーセンなんだと*。
おどろいたね。
こうしてオレたちは、ふたりのノロケ話を聞きながら、時間を過ごした。
帰るときには、引き出物もくれた。クッキー。
二次会はファミレスへ移動。
さすがに将棋はしない。雑談にふける。
高校生のときにはいられなかった、夜更けまで、高校生の気分で。
*相振り飛車
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