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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第47局 決勝トーナメント・決勝(2015年8月4日火曜)
600/686

588手目 すべての結末

※ここからは、吉良きらくん視点です。

挿絵(By みてみん)


 ……入れないよな。

 俺は認めざるをえなかった。

 それでいて、どこかホッとしたじぶんがいた。

 心が入玉したがっていなかった。

 そのことがミスにつながった。

 方針転換を迫られる。

 真後ろには下がれない──捨神すてがみの王様にトライするしかないか。

 同香、同と、8三銀、6三玉、7二銀、5二玉。


挿絵(By みてみん)


 後手玉に即寄りは……ない。

 先手優勢だが、思ったより届かない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 捨神は5三金と打った。

 自玉は寄らないという顔をしている。おそらく正しい。

 俺は同馬。

 同金、同玉、9三飛。


挿絵(By みてみん)


 捨神、俺はうれしいぜ。ここまで熱戦でな。

 ふつうなら、とっくに入れてた。

 それとも、入ろうとした時点で、俺の気合い負けだったか?

 あのときは悩んだんだよ。わかってくれ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「4四玉」

 撤退戦だ。

 7一角、5三香、同角、4五玉、4一玉。


挿絵(By みてみん)


 詰めろをすり抜けられた。

「そうでなくっちゃなッ! 4三金ッ!」

 4四歩、3六玉。

 王様のムーンウォーク。

 仕切り直しだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 5二香。

 詰みはない。

 どう寄せる? 多少駒を渡しても、問題はないが──

 先手に頓死の可能性は、あるか?

 ないと思う。ないように見えるのが罠か?

 捨神のリズムに、俺は迷ってきた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 3二金打、5一玉、4二金寄、6二玉、5二金寄。

 先手は勝ってるはずだ。

 あとは入玉さえ阻止すれば。

 7三玉、5三金寄、7六銀成。


挿絵(By みてみん)


 入りに来た。

 わかってる。おまえは入玉をためらってない。

 ためらってるのは、俺だけだ。

 ちぐはぐな自覚はある。

 俺は捨神と闘ってるのか? それとも俺と闘ってるのか?

 囃子原はやしばらのやつは、おもしろがってるだろうな。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「4六角ッ!」

 ひとまず、大駒の数をそろえる。

 8四玉、7九角、6七成銀、9六香、9五歩。


挿絵(By みてみん)


 止めてみせる。

 同香、同玉、9六飛。

 捨神は、くちびるをむすんだ。

 入玉はさせない。

 俺と勝負しろ。寄せるか、寄せられるかだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 捨神は8四玉と引いた。

 9五金、8三玉、9四金、同飛、同飛、同玉。

「7六角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 どうする、捨神? これでも入玉するか?

 それとも寄せに切り替えるか?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 8五歩。

 軽く受けた。

 俺は6七角で、成銀を払う。

 捨神は、俺の王様に視線をとめた。

 寄せにくるか? ……いや、まだわからない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 寄せ……じゃない。これは一目寄らない。

 同玉に2九飛で、大駒を回収するつもりだ。

 とはいえ、取らない手はない。

 同玉、2九飛、3六玉、2六金、4六玉。

 捨神は7九飛成。

 バランスがもどっていく。

 後手はまだ入玉模様。

 じぶんの実力不足を痛感する。決めきれない。

 なあ、石鉄いしづち、俺はどっかでミスったか?

 先手勝勢じゃなかったのか?

 評価値に差があるだけで、指し続けたら持将棋のパターンか?

 ダンスのときと、同じ不安が起こる。

 うまく踊れてるのか? じつはかっこ悪いんじゃないか?

 気分がノッてるだけで、外野は違う評価をしているかもしれない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 5四金。

 捨神はこの手をみて、なにかを確信したようだった。

 7五龍で、本格的に入玉を再開した。

 俺は腹をくくった。

 飛車を手にする。中指と薬指で、それを支える。

 顔のまえに持っていき、捨神に見せた。

「俺はもう入玉しない。この局で決める。俺が寄せたら勝ち、寄せなかったら負けだ。それでいい」


 パシーン


挿絵(By みてみん)


 時が止まる──ちがう、ずっと止まっていた。

 あの全国大会で、俺とおまえの決着がつかなかったときから。

 だから、ここでつける。

 9三香、9五銀、8三玉、8四銀打、同龍、同銀、同玉。

 後手は大駒が足りなくなった。

 だけど関係ない。ほんとうに入玉するつもりはない。

 4四には上がらない。それで寄せが発生するなら、受け入れる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「9六桂」

 王様が逃げるのは、詰み。

 捨神は同香と取った。

 同飛成、5七角、5五玉、6六銀、同龍、同角成、同玉。

 王様たちが、また邂逅する。8六飛が打たれる。


挿絵(By みてみん)


 5五玉、6六銀、4四玉なら、俺の入玉が確定する。

「……」

 俺は静かに、7六歩と置いた。

 わかってる。

 捨神、おまえはまだ入玉しようとしている。

 それでいい。

 おまえは駒が足りない。角は落ちている。7五桂と打ってこい。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 7五桂が打たれた。

 石鉄、囃子原、観てるか?

 大盤はどうなってる?

 5五玉の筋なんか、解説しないでくれよ。

 おまえたちのことは、信じてるけどな。

 捨神、おまえのことも信じてる。

 気づいてるんだろう? 俺は入玉しなかった。その結末が訪れた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………詰みだ。

「長かったな。これが俺の、最後のステップだ。9五銀」


挿絵(By みてみん)


 時が動き始める。

 3年のあいだ、俺と捨神のあいだで止まっていた時が。

 27手詰め。9五同玉、9六香、同飛、同歩、8四玉、6四飛、7四銀、同飛、同玉、7五歩、8四玉、7四飛、9三玉、8四角、9四玉、7三角成、9三玉、9四銀、9二玉、8四桂、9一玉、8一歩成、同玉、7二馬、9一玉、8二銀まで。

 踊り切った。会場のライトに、ひたいの汗が輝く。

 俺はチェスクロを押し、大きく息をついた。

 捨神は盤をみつめる──そして、顔をあげた。

 その表情は、澄み切っていた。

「ようやく終わりだね」

「ああ」

「僕たちの関係も、かな。3年間こじらせてて、ごめん」

「……それはちがうぜ」

 捨神は、うっすらと笑みを浮かべた。

 俺の意図を理解したというよりも、質問含みの笑みだった。

 どういうこと、と、そう訊いていた。

「終わったら、また始めればいいだけだろ」

 捨神は破顔した。

 心から笑っているようにみえた。

「アハッ、なるほどね。ところで、もうちょっと指したほうがいいかな? この投了図、けっこうキレイだと思うんだけど?」

「囃子原と石鉄なら、うまく解説してくれるさ」

「そうだね……ごめん、やっぱり投了したくなかったのかな。余計な会話だったかもしれない。僕の負けだよ。ありがとう、そして、優勝おめでとう」

場所:第10回日日杯 4日目 決勝トーナメント 男子決勝

先手:吉良 義伸

後手:捨神 九十九

戦型:後手角交換型四間飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4二飛 ▲6八玉 △4四歩

▲4八銀 △9四歩 ▲9六歩 △3二銀 ▲7八玉 △7二銀

▲5八金右 △6二玉 ▲5六歩 △5二金左 ▲2五歩 △3三角

▲3六歩 △7一玉 ▲5七銀 △4三銀 ▲6八金寄 △8二玉

▲7七角 △5四銀 ▲8六歩 △6四歩 ▲8七玉 △7四歩

▲7八銀 △7三桂 ▲3五歩 △同 歩 ▲4六銀 △3六歩

▲2四歩 △同 角 ▲2六飛 △4三金 ▲3六飛 △3四歩

▲3七桂 △3二飛 ▲5五銀 △6三銀引 ▲9五歩 △同 歩

▲9三歩 △4二飛 ▲9五香 △8四歩 ▲9二歩成 △同 香

▲同香成 △同 玉 ▲9四歩 △5四歩 ▲4四銀 △同 金

▲9九香 △9五歩 ▲2六飛 △6五桂 ▲4四角 △同 飛

▲9五香 △8三玉 ▲2四飛 △同 歩 ▲9一角 △7三銀

▲9三歩成 △7二玉 ▲8三金 △6二玉 ▲7三金 △5二玉

▲4五銀 △9九角 ▲7九金 △4一飛 ▲8三と △3三角成

▲6六歩 △同 馬 ▲6七金 △同 馬 ▲同 銀 △6二金打

▲6三金 △同 金 ▲7三と △5三金 ▲6六角 △8五香

▲8四角 △9四歩 ▲同 香 △9五歩 ▲同 角 △3九飛

▲9六玉 △8六香 ▲6二銀 △同 金 ▲同 と △4三玉

▲3五歩 △7九飛成 ▲3四銀 △3二玉 ▲2三金 △3一玉

▲2二歩 △8一飛 ▲2一歩成 △同 玉 ▲2二歩 △3一玉

▲4三桂 △同 金 ▲6四角成 △4二桂 ▲8二歩 △8七銀

▲8五玉 △8三金 ▲9七歩 △9一飛 ▲8六馬 △8四歩

▲同 角 △9四金 ▲7四玉 △8四金 ▲同 玉 △8三歩

▲同 玉 △9四角 ▲7四玉 △7一香 ▲7二香 △同 香

▲同 と △8三銀 ▲6三玉 △7二銀 ▲5二玉 △5三金打

▲同 馬 △同 金 ▲同 玉 △9三飛 ▲4四玉 △7一角

▲5三香 △同 角 ▲4五玉 △4一玉 ▲4三金 △4四歩

▲3六玉 △5二香 ▲3二金打 △5一玉 ▲4二金寄 △6二玉

▲5二金寄 △7三玉 ▲5三金寄 △7六銀成 ▲4六角 △8四玉

▲7九角 △6七成銀 ▲9六香 △9五歩 ▲同 香 △同 玉

▲9六飛 △8四玉 ▲9五金 △8三玉 ▲9四金 △同 飛

▲同 飛 △同 玉 ▲7六角 △8五歩 ▲6七角 △2七銀

▲同 玉 △2九飛 ▲3六玉 △2六金 ▲4六玉 △7九飛成

▲5四金 △7五龍 ▲9一飛 △9三香 ▲9五銀 △8三玉

▲8四銀打 △同 龍 ▲同 銀 △同 玉 ▲9六桂 △同 香

▲同飛成 △5七角 ▲5五玉 △6六銀 ▲同 龍 △同角成

▲同 玉 △8六飛 ▲7六歩 △7五桂 ▲9五銀


まで221手で吉良の勝ち

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