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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第47局 決勝トーナメント・決勝(2015年8月4日火曜)
598/686

586手目 問いかけ

※ここからは、囃子原はやしばらくん視点です。

 ようこそ、会場の諸君。

 これだけ集まってもらえるとは、スポンサーとして光栄だ。

 あらためて礼を言おう。

 さて、今の局面だが──

石鉄いしづちくん、どちらを持ってみたい?」

 石鉄くんは、大盤のはしっこに、慎ましく立っていた。

 もっと前に出たまえ。

「え、あ、そうですね……僕は居飛車党なので、先手です」

「なるほど、伊吹いぶきくんは?」

 伊吹くんはマイクを片手に、決めのポーズを取った。

 両腕を、胸のあたりで軽くクロスさせる。

 見せ方がうまいな。しかし、ややわざとらしい。

「そうですねえ、私も居飛車党なので、先手を持ちたくはありますが……囃子原さんが訊いているのは、そういうことじゃなくて、形勢判断ですよね?」

「どちらでもかまわん」

「仮に形勢判断なら、先手有利だと思います。4六銀と引いて、8二玉、2七香と、挟み撃ちにする順があるので」

 模範的な回答だ──が、僕の意見は異なる。

 本譜は完全に互角だ。

 たしかに、伊吹くんの順は有力だ。僕が組み立てるなら、そうするだろう。

 しかし、2七香のあと、角を放置して、9一香と打つのが存外に速い。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 先手は2四香、同歩、5五歩とするくらいだが、後手は9四香で端を取り返せる。

 この指し回しは、捨神すてがみくん好みだ。

 いつの間にか立場が入れ替わっている、という指し方は。

 そしてそれゆえに、吉良きらくんの好みではない。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 やはり踏み込んだか。

 伊吹くんは、

「ひえ~という感じの手ですが、同金のあと、どうするんでしょうか?」

 と目を丸くした。

「これは、8二玉と逃げるヒマを与えない手だ」

 僕の解説に、石鉄くんも反応した。

「9九香が2手スキですね。次に4四角が詰めろです」

 そのとおり。8二玉と逃げる必要があるのは、このため。

 5四歩と突いた時点で、この順を選択されるリスクがあった。

 そのリスクは今、顕在化している。

 伊吹くんは、

「8三に銀がいないので、止めるのも難しいです」

 とコメントした。

「9五歩と打診したい。先手は同香と取るか、別の手で攻勢に出るかだ」

 本譜も、この読み通りに進んだ。

 4四同金、9九香、9五歩、2六飛、6五桂、4四角。


挿絵(By みてみん)


 さすがに切ったな。

 6六角もあった。それで悪かったわけではない。

 気質の問題だ。

 同飛、9五香、8三玉、2四飛、同歩。

「先手の端攻めは通った。これが捨神くんの誤算かどうか、だ」

 伊吹くんは、僕にマイクを向けてきた。

「ちなみに、誤算だと思いますか?」

「ふむ……そうだな……」

 僕は腕を組んで、大盤を見た。

「対局者のみぞ知る、と言いたいところだが……個人的には誤算ではない」

「なにか理由がありますか?」

「4四銀と出られたときの表情だ。かるくうなずいていた。ここまでの進行には、ある程度必然性がある。よって、先に予定してあったと考えられる」

「なるほど~、表情から読んだわけですね」

 表情から、か。もっと広い情報を使ったつもりだ。

 仕草、間合い、手つき──あいまいに言えば、雰囲気。

 いずれにせよ、9一角が下ろされた。


挿絵(By みてみん)


 さあ、これが厳しいぞ。いきなりの詰めろだ。

 石鉄くんは、

「7三銀くらいでしか、解除できないですが……」

 とつぶやいた。

 僕は、

「そのあとは、9三歩成、7二玉、8三金で、しばらく先手の攻めが続く」

 と読んだ。

 僕と石鉄くんで検討したのは、8三金以下、6二玉、7三金、5二玉まで決めたあと、どうするのか、という点だった。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 僕は6三金のスライドを見せながら、

「これはあまりよくないように思う」

 と指摘した。

 理由は単純だ。同玉、7三銀が一見好調でも、5三銀と受けられたあとが続かない。8二角成とするか、それとも8四銀不成と引くくらいだ。

 この説明を聞いた石鉄くんは、

「ひとによっては、8四銀不成で上部開拓しそうです。ただ、吉良先輩は、この順を選ばないと思います」

 と評価した。

 というわけで、本命は4五銀。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これも武骨な手ではあるが……受けにくい。

 伊吹くんは、

「逃げるのは、ほぼダメっぽいですね~」

 と言った。

「うむ、4三飛は6三金、同玉、5五歩で、同歩なら5四銀打の王手飛車だ。だからと言って、4一飛と深く引いても、危険度はそれほど変わらない。6三金、同玉に、けっきょく5五歩と突かれて、同歩なら5四銀打、6二玉、6四角成で包囲される」

 伊吹くんは、

「あれ、じゃあ4五銀で先手優勢ですか?」

 と尋ねた。

「伊吹くんの意見は、どうかね?」

「うーん、飛車が移動するとダメなら、放置するしかなさそうです。もちろん、単なる放置だと、4四銀で終わっちゃいます。一回受ける必要があるかな、と」

「どう受ける?」

 聞き手だからと言って、わからないふりをしなくても、いい。

 すでに気づいているのだろう。

 伊吹くんは10秒ほど黙ったあと、9九に角を置いた。


挿絵(By みてみん)


「これが詰めろだと思います」

 ハハハ、隠れ県代表ならば、こうでなくては。

 8八飛以下の詰めろで、おそらくは、これが最善。

 5五歩もなくなる。飛車を救出できる。


 パシリ


 盤面が進んだ。7三銀が指されている。

 9三歩成、7二玉、8三金、6二玉、7三金、5二玉、4五銀。

 解説の順に入った。

 9九角、7九金、4一飛、8三と、3三角成。


挿絵(By みてみん)


 僕の見解は互角だが──そろそろ意見が分かれてきそうだ。

 石鉄くんにたずねると、先手を持ちたい、とのことだった。

 伊吹くんの意見も同様。

 会場に聞いてみても、先手持ちの挙手が多かった。

 心理的には、そうだと思う。

 これだけ押し込んでいれば、攻め倒せると考えるのが普通だ。

 けれども、それは印象論にすぎない。

 モニタに映っている捨神くんの横顔にも、変化はなかった。

 いつも通り、悩まし気に指している。だが、悲観の色はみられない。

 僕は遠回しに、

「先手玉は、意外と危ないとは思わないかね? 例えば、6三金、同玉、7三角成、5三玉、6三銀、4二玉、6四馬、3二玉、6五馬で追いやれるが、先手玉は安全と言えるだろうか?」

 と尋ねた。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 伊吹くんは、

「ここまでやれば、先手悪いようには思えませんが……」

 と、僕の解説に懐疑的だった。

 もちろん、それでいい。僕が常に正しいわけではない。

 だが──

「3九飛から3七飛成とされると、先手は悩ましい」

 これが僕の結論だった。

 伊吹くんは半信半疑で、

「え、ほんとですか?」

 と訊き返した。

「僕の評価では、な……おっと、もう指すようだ」

 吉良くんの選択は、6六歩だった。


挿絵(By みてみん)


 吉良くんなら、後手陣の意外な寄せにくさ、先手陣の意外な寄せやすさについては、気づくと思っていた。捨神くんもそうだろう。

 決勝は最高であることを望んでいる。

 スポンサーとしても、おたがいに戦った者としても、そう望んでいる。

 6六同馬、6七金、同馬、同銀、6二金打。


挿絵(By みてみん)


 伊吹くんは、目を白黒させた。

「予想外と言いますか……この展開は、入玉でしょうか?」

「入玉はしないと思う」

「困難ですか?」

 僕はほほえんだ。

 次の言葉が伝わるかどうか、自信がない。

「それはふたりにとって、決着ではないからだ」

 伊吹くんは、きょとんとした。

 石鉄くんも、理解しかねるような顔をしていた。

「ただの勘だ。それより、この局面、どうする?」

 石鉄くんは、

「6六角と打ちたいです」

 と答えた。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 一方、伊吹くんは、

「囃子原さんにはもうしわけないですが、9六玉だと思います」

 と、入玉を勧めた。

「どちらもあると思う。4四角は同飛と切られてしまうから、そこだけは注意が必要な局面だ。個人的には6三金と、単に取りたい」

 残り時間は、先手も後手も10分。

 考えどころだが、果たして正解まで読み切れるかどうか。

 どこかで見切りをつけなければならない。

 その見切りには、思惑が出るだろう。あるいは、個性が。


 パシリ


 吉良くんが指した手は、6三金だった。

 同金、7三と、5三金。

 伊吹くんは、

「やや単調な攻めを選択したようですが……」

 と口ごもった。

 石鉄くんは、

「先手も、だんだん危なくなってきました。駒を渡しているので、いきなり詰めろになる可能性もあります。例えば7四とには、9九飛が詰めろです」

 と指摘した。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ……たしかに、8九飛成、同金、7七金、9八玉、9七歩、同玉、9六歩、同玉、8七銀、9七玉、9六香までか。さすがだ、石鉄くん。

 吉良くんもこの順を回避した。

 6六角、8五香、8四角、9四歩、同香、9五歩、同角、3九飛。


挿絵(By みてみん)


 さあ、どうする、吉良くん?

 きみは入玉したがっていない。僕にはその確信がある。

 信頼と言ってもよいだろう。

 だが、入らねば先手不利だ。

 きみはだれと戦っている?

 捨神くんではないのか?

 捨神くんは、入玉をタブー視していない。

 きみが入玉で勝とうが負けようが、彼はそれを受け入れるだろう。

 王様を入らないのは、独り相撲ではないのかね?

 それとも、ひとは結局のところ、じぶんの信念と戦っているのだろうか?

 目の前のあいてと、ではなく?

 吉良くん、きみの答えは、なんだ?

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