表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第46局 決勝トーナメント・準決勝(2015年8月4日火曜)
585/686

573手目 能力解析

※ここからは、筒井つついさん視点です。

挿絵(By みてみん)


 ほ~ん、そうしますか。

 私はコーヒーを飲んで、お菓子をつまむ。

 ここは、ホテルの喫茶店。

 なんか、関係者多いね。あっちの男子3人は、予選落ちの選手っぽいし。

 テーブルのうえに、スマホを置いて観戦。

 三和みわっちといっしょに。

 三和っちはジンジャエールを飲みながら、パンケーキを食べていた。

 思うんだけどさあ、甘い食べ物に、甘い飲み物を注文するひと、いるじゃん。

 ケーキとジュースとか。

 あれって、味が相殺されないの?

 謎なんだよね。

 まあ、今はそれどころじゃないか。

 私は、

「2四歩は、ちょっと消極的」

 と言った。

 三和っちは、

「攻めればいいってわけじゃ、ないけどね」

 と返した。

「そりゃそうだけどさ、8三金とちぐはぐじゃない?」

「金上がったから、攻めたいのはわかるよ。ただ、一手溜めても、悪くない」

 そんなもんかね。


 ペチ


 スマホ用盤面の、ちょっと気の抜ける音が聞こえた。

 何パターンかあるんだけど、私はこれがお気に入り。

 スマホからパシーンって音がしても、しょうがないじゃん。

 2六角、5三銀、3五歩。


挿絵(By みてみん)


 先手、攻め続ける感じ?

 いや、そうとも限らないな。

 私は、

「同歩、同角、3三金と上がっちゃえば、けっこう止まるね」

 と読んだ

 三和っちも同意した。

「そういうこと。2四歩は手堅い」

「だったら、もえちゃんの目標は、受け切り?」

 この質問に、三和っちは即答しなかった。

 ジンジャエールのストローで、氷をかき混ぜる。

 軽やかな音が鳴った。

「……素子もとこちゃん相手に受け切るのは、難しい」

 私もそう思う。

 予選の彼女の負け局、いくつか見たんだよね。

 全部、素子ちゃんが攻め切られて負けてた。

 素子ちゃんあいてには、攻め合ったほうがいい。これはデータが示してる。

 私は、

「でも、単純な攻め合いは、素子ちゃんも得意なんだよね」

 と、指摘した。

 三和っちは、パンケーキにバターを塗りながら、

「その通り。鬼首おにこうべ戦は、攻め合いでぼっこぼこにしてる」

 と答えた。

 うん、ってことはだよ……どういうことだってばよ。

 攻め合いは得意なのに、負け局は攻め合いに偏っている。

 なんで?

 私は、いろいろ考えてみた。

 攻め合いだとポカが出やすい、っていうのは、あるよね。

 あと、受け将棋はそもそも難しい。

 プロでも、受け将棋なひとは、ほとんどいない。

 私は三和っちに、自分の仮説を伝えた。

 すると、三和っちはどれにも同意しなかった。

「素子ちゃんは、評価値が見えるんでしょ」

「それただの噂っしょ。さすがに見えてないと思うけど」

「なんで?」

「ソフトみたいに評価値が見えたら、プロに勝てるじゃん」

 そこなんだよね、と三和っちは言った。

「仮に、評価値が見えるのはほんとうで、それがAI的じゃないとしたら?」

「? ……どういうこと?」

「全部の手が、自動的にソートされるわけじゃない、とすると?」

 私は腕組みをして、考え込んだ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん、そういうことか。

「自力で読めた手の評価値だけわかる、ってこと?」

「私は、そう予想してる。だから、読み抜けの手がマイナスになっていても、それに気づかないことがありうる」

「ほーん、で、それは攻め合いのときに出やすい、と?」

「攻め合いのほうが、奇手は出やすいから」

 私は感心して、椅子にもたれかかった。

 信じたわけじゃ、ないけどね。推理としてはおもしろい。

 局面は進んでいる。

 3五同歩、同角、3三金、2六角、8四金、5九角。


挿絵(By みてみん)


 撤退して、9筋を受けた。

 9五歩を警戒してる。

 私はちょっと読みを入れた。

「……9五歩、いけそうじゃない?」

「同歩、8六歩、同歩、8五歩は、わりと迫力ある」

 萌ちゃんは、この順を選んだ。

 9五歩と突く。

 素子ちゃんはノータイムで同歩。

 以下、8六歩、同歩、8五歩、同歩、同金。


 ペチ


挿絵(By みてみん)


 本気で棒金なんだ。

 三和っちは、パンケーキの最後のひとくちを、フォークで刺した。

「解説は、なんて言ってる?」

 はいよ、っと。

 解説アイコンを押す。

 真沙子まさこちゃんとおはなちゃんの音声が入った。

《ふえええ、棒金さんなのですぅ》

《マジでいくとは、思わなかった。8六歩で、止まりそうだけど》

 三和っちも、

「8六歩は、いい受けだよ」

 と同意した。

 だね、同金に同角と強く切って、止まる。

 本譜もそうなった。

 8六同金、同角、同飛、8七銀、8一飛、8六歩。


挿絵(By みてみん)


 角金交換なんだけどねえ。

 このかたちが硬いから、続かないんだなあ。

 萌ちゃんも、さすがに読んであったみたい。

 ムリ攻めせずに、6二銀と引いた。

 先手に動けって言ってる。

《手待ちなら、7八玉ですぅ》

《それには、9七歩って垂らす手があるんだよね》

《うにゅ、同香、8五歩ですかぁ?》

《8五歩、同歩、同桂で、9六香と逃げても、9七桂成、同桂、8六歩》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


《これがあるから、先手は動きにくいよ》

 解説は言及しなかったけど、9七歩に同桂なら、8三桂ね。

 次に9五桂を狙われて困る。


 ペチ


 あ、指した。


挿絵(By みてみん)


 積極策。

 三和っちも、

「後手が動きそうだから、先手も動きたいところだった。ここは便乗するね」

 と言った。

 ほんとかあ? 後づけじゃない?

 後づけが許されるのは、食いタンだけだよ。

 萌ちゃんは、3七歩と垂らした。

 7五歩で、再開戦。

 真沙子ちゃんは、

《同歩は7四歩で連打されるから、8五歩かな》

 と解説した。

 これに対して、三和っちは懐疑的。

「そこまで怖がること、ないんじゃない。まあ8五歩でもいいけど」

 放置は、心理的にやりにくいかも。

 萌ちゃんに、そういう心理戦が効けば、だけど。

 あんまり効かなさそう。

 いずれにせよ、本譜は8五歩だった。

 同歩、6五歩、同歩、7五歩で、全面戦争に。


挿絵(By みてみん)


 解説も慌ただしくなってきた。

《これでも7四歩なんですかぁ?》

《いや、こうなると6四に金を打ちたい》

《5二玉、7四桂は、けっこう続きそうなのですぅ》

 私と三和っちも、その路線を検討。

 7四桂に攻め合うか、それとも受けるかを考えないといけなかった。

 攻め合いなら7六桂の打ち返し、受けるなら6三歩だ。

 脳内で全部やる。

 私は、

「7六桂、7八玉に、けっきょく6三歩っぽくない?」

 という結論になった。

「そうだね、6三歩を先にしても、6二桂成、同玉、7四金の瞬間、7六桂と打てる」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これが最有力と見ました。

 残り時間は、先手が9分、後手が10分。

 素子ちゃんは、あいてより時間を残していることが多い。

 本局は、そこそこ使わせるのに成功している。

「んで、三和っちの脳内評価値は?」

「互角……わずかに後手寄り」

 7六桂が厳しいか。

 素子ちゃんは、どうなんだろう。

 脳内評価値が後手寄りなら、避けそう?

 あ、でも、他よりベターなら、選択せざるをえないのか。


 ペチ


 6四金、5二玉、7四桂、7六桂。

 桂打ちが先行した。

 7八玉、6三歩、6二桂成、同玉。

 素子ちゃんは、7四金と寄った。

 萌ちゃんは貴重な1分を使って、8八角と打ち込んだ。


挿絵(By みてみん)


 これが、中四国最強女子高生の一角、萩尾はぎおもえの狙い?

 私も三和っちも、解説のふたりも、しばらく口が止まった。

 最初に発言したのは、三和っち。

「これ、続く?」

 きわどいと思う。

 私が読んでるのは、7七桂で8筋を補強する順。

 たぶん、後手は9五香と走る。

 同香、8五桂、同桂、同飛、7七銀、9七角成。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 潰れてるようにも見えるし、潰れてないようにも見える。

 三和っちは、

「その順だと、先手が手厚いんじゃないかな」

 と言った。

 ようするに、三和っち的には、8八角は疑問。

 わずかに後手寄りから、先手持ちになるわけだから。

 だけど、解説は反対だった。

 同じ順を検討したあと、真沙子ちゃんの結論は、

《7七銀、9七角成、8六歩、9五飛、9八歩で馬を殺せるんだけど、8七馬、同玉に7八銀の下段落としがあるから、後手がいいよ》

 だった。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 いやあ、難しい。

 一例として、同玉、9八飛成、6九玉、3五桂だよね。

 これで挟撃にできたら、後手の勝ち。だけど、先手も3六銀で粘れる。

 先手持ちか後手持ちか、質問されても答えられない。

 むしろ、どっちも持ちたくない。

 私がそういう感想を漏らすと、三和っちもうなずいた。

 ジンジャエールを飲み干す。

 そして、こうつぶやいた。

早乙女さおとめセンサーは、どういう打点をはじきだしてるのかな。ぜひ知りたいね」

 素子ちゃんは、長考している。

 彼女の演算が出力した、その数値とは?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ