572手目 静かな立ち上がり
※ここからは、梨元さん視点です。
カウボーイハットを叩いてみれば、西部開拓時代の音がする。
ジェーン梨元さまだぁ。
女子準決勝、萩尾vs早乙女は、私が担当するよ。
よろしくぅ。
もうひとりの解説者は、H島のお花ちゃん。
「お花ちゃん、よろしくぅ」
「よろしくお願いしまぁす」
ここは、勘とノリでいくペア。
どうせ耕平あたりは、大真面目に解説してるんでしょ。
私たちはそういうの、ノーセンキュー。
で、司会は~!
「夜ノ伊吹です。よろしくお願いします」
パチパチパチ。
伊吹ちゃんはマイクを片手に、あいさつ。
「それでは、解説のおふたかたに、お話をうかがっていきましょう。まずは、おふたりの予選の感想など、お聞きしたいと思います」
ばっちこーい。
この質問、イヤがるひとも多い。だけど、私はどうでもいいタイプ。
負け局もPRポイントなのだ。
「プレーオフに行けなかったのは、ダメダメだったけど、全体的にみれば、グッドエンドかなあ」
「それはなぜですか?」
「手ごたえは、けっこうあったんだよね。もう一回やったら、決勝トーナメント出られる自信がある」
「なるほど、桐野さんは、いかがですか?」
「楽しかったでぇす」
そうそう、それが一番。
伊吹ちゃんは、記憶に残った対局も訊いてきた。
私は、勝った中から、いくつかピックアップした。
お花ちゃんは、全部って答えた。
それが終わると、伊吹ちゃんは忙しいみたいで、べつの大盤へ移動した。
えーと、これ、私たちだけでテキトウに進めちゃって、いいんだよね?
私は戦型予想の話題を振ってみた。
お花ちゃんは、
「戦型予想はぁ、よくわかりませぇん」
と答えた。
たしかに、これは当てにくい。
萌も早乙女ちゃんも、居飛車の範囲内なら、オールラウンダー。
「真沙子ちゃんの予想は、なんですかぁ?」
「まあ相居飛車っしょ」
「それはそうなのですぅ」
ただなあ、萌は、なんか用意してる気がする。
用意と言っても、研究を用意している、って意味じゃない。
たぶん、対・早乙女の、秘策があると思う。
早乙女ちゃん、特殊能力持ちなんでしょ。盤面の評価値がわかるらしい。ほんとにそんな能力があるとして、だけど。ウソかもしれないからね。頭のなかはのぞけないから、評価値が見えてるかどうかなんて、確認のしようがない。
だけど、ほんとだとしたら? これは脅威。
どうやって対策する? 私は思いつかない。
ちなみに、私が予選で勝ったときも、無策だった。
なんで勝てたのかは、未だによくわからない。
「お花ちゃん、勝敗予想は、どう?」
「どっちも勝って欲しいのですぅ」
地元応援じゃないのか。
お花ちゃんらしい。
「真沙子ちゃんは、どっちに勝って欲しいとか、あるんですかぁ?」
「ないよ」
さあ、ずっこけてないで、どんどんいこう。
私はモニタで、予選の成績を確認した。
「早乙女ちゃん、予選では萌に負けてるんだよね」
「そこはあんまり関係ないと思うのですぅ」
たしかに──あ、振り駒だ。
結果は、萌の後手。
ここで後手引いたんだ。どうなるかなあ。
私は、
「アマだと、あんまり影響ないんだよね。でも、このふたりクラスになってくると、どうかな。ふたりとも純粋居飛車党。最近は、後手で死んでる戦法も多いからね」
とコメントした。
開始まで1分を切ったから、あとは待機。
《……対局開始です》
7六歩、3四歩、2六歩、4四歩、4八銀、8四歩、4六歩。
【先手:早乙女素子(H島) 後手:萩尾萌(Y口)】
はい、始まった。解説、解説。
「萌は角筋を止めたね。横歩も角換わりも拒否、と」
「ここからどうなるんですかぁ?」
「もう力戦でしょ」
「真沙子ちゃん、エスコートよろしくお願いしまぁす」
はいさ。
3二金、4七銀、8五歩、7八銀、5四歩、5八金右。
先手は左美濃を見せる。ただ、そうはならないはず。
6二銀、6八玉、4二銀、5六銀。
私は腰のホルダーから、モデルガンをとりだす。
銃口で、カウボーイハットのつばを持ち上げた。
「……銀上がり、早くない」
「この銀、早いとか遅いとか、あるんですかぁ?」
「棋理と関係なく、心理戦はだいじじゃない?」
「素子ちゃんはぁ、そういうの考えないタイプなのでぇ」
なるほど、ストレートな決め打ちタイプなわけね。
だったら、迷うだけムダか。どうせ最後は合流するし。
5三銀右、3六歩、4三銀、9六歩、7四歩、2五歩。
後手は雁木を明示した。
お花ちゃんは、
「先手も雁木ですかぁ?」
とたずねた。
「そうなんじゃないかな」
「ふたりとも雁木のときは、どっちがガンガンいくんですかぁ?」
雁木でガンガンね。
うん、あれは、まだB級戦法だった時代の話だから。
「これ、後手が右玉に移行すると思う」
「あ、そうなんですかぁ?」
「だから、攻めるなら、先手からの可能性が高い」
3三角、3七桂、7三桂、7九玉、9四歩、4八飛。
ここで、伊吹ちゃんが大盤に復帰。
伊吹ちゃんは、パッと盤面を確認してから、
「後手は、右玉になりそうですね。先手は右四間ですか?」
とたずねてきた。
「うーん、右四間ねえ。どうかなあ。うまくいくかたちに見えないけど」
突破はムリだよね、少なくとも。
そもそもさ、これだけ定跡が整備された時代に、右四間はキツい。
アマだから通用する、っていうレベルですらない。
6二金、7七角、8三飛、1六歩、6四歩、6六歩。
先手も雁木にするかな?
1四歩、2八飛、5二玉、8八玉、8一飛、6七金。
まじかあ。ジェーン梨元、予想が外れる。
伊吹ちゃんは、
「先手、左高美濃ですね。これはどうなんでしょうか?」
と、マイクを向けてきた。
「ま……あるんじゃないかな」
「桐野さんは、いかがですか?」
「先手、このままだと攻められないと思うのですぅ」
だよね、ちょっと反動がきつそう。
角をどうするのかも、よくわからない。
5九に引いても、3七の桂馬が邪魔。
早乙女ちゃん、構想をミスった?
4二角、5九角。
この手を見て、私は、
「あれ、引くんだ……」
とつぶやいた。
もちろんマイクに拾われる。
伊吹ちゃんは、
「引くとおかしいですか?」
と質問した。
「角を活用するなら、これしかないんだけど……うーん……桂馬をさばく順が、あるんだろうね。でなきゃ、変なところで渋滞するだけだから」
「なるほど……あ、私、ちょっと移動します」
どうぞどうぞ。
残った私とお花ちゃんで、検討。
「……後手もむずかしいね」
「これ、9二香~9一飛で、攻めちゃダメなんですかぁ?」
【参考図】
「できるけど、なんか方針が一貫してなくない?」
「チョウチョさんのように舞い、ハチさんのように刺すのですぅ」
んー、否定できないところがつらい。
方針転換しちゃいけない、ってわけじゃ、ないもんね。
私は無難に、3三桂を提案しておいた。
これは当たった。
3三桂、2九飛、6三玉、4七銀。
銀バックした。
「4筋から攻めるのは、諦めたっぽいね。ってことは、2筋か」
「2四歩、同歩、同飛、2三歩、2九飛のあと、どうするんですかぁ?」
「わかんない。とりあえず、もうちょっと組む必要がありそう」
後手としては、千日手上等。
先手が動くには、3七の桂馬が邪魔。
早乙女ちゃんは、これをなんとかする組み立てを、考えているはず。
7二金、5六歩。
萌は、8三金と上がった。
こ、これは……まるで、決闘のために一歩前に出た、保安官のような動き。
かっこいい金出。
早乙女ちゃんの手も止まった。
「決闘だね。放置なら、8四金と出るつもり」
「ふええ……怖いのですぅ」
とはいえ、どれくらいプレッシャーになってるのか、よくわからない。
早乙女ちゃんは1分使って、5八金と上がった。
これで堅くなるわけか。
萌もすぐには8四金としないで、6二銀。
ここで早乙女ちゃんが仕掛けた。
私たちは、すぐに大盤を動かす。
同歩、同飛、2三歩、2九飛と、一番単純なコースを示した。
「このあと、先手は手がそんなにないんだよね。8四金に6八角?」
「8筋を圧迫されるから、7七銀と受けたいのですぅ」
「そっちのほうが安全か」
私は腕組みをして、盤面をぐるりと見た。
んー、動きにくい。後手も、5三角くらいしか、ない。
パシリ
あ、進んだ。
2四同歩、同飛。
ここで萌は、30秒ほど読みなおした。
3三の桂馬にゆびを伸ばす。
パシリ
盛り上がってまいりました。
私は、4二の角から2四の飛車までをなぞって、
「桂馬は、この瞬間は取れない」
と説明した。
お花ちゃんも、
「2九飛、3七桂成、同角は、確定なのですぅ」
と読み切った。
問題は、そのあと。
これで後手がいいなら、2四歩はうっかりだった。
でも、桂交換で、先手が困っている感じもしない。
「先手は、3七の桂馬が邪魔だったからね。むしろ交換は歓迎」
「角もいい位置にきまぁす」
その通り。同角のかたちが、自然な展開になっている。
つまり、この手は派手だけど、損得としては、先手にも利がある。
もちろん、萌がこの展開を、計算に入れていないはずがない。
「さっきの小考は、この先だと思う。だから、な~んかあるよ。個人的には、8四金と圧迫していくか、あるいは9五歩で即開戦」
パシリ
早乙女ちゃん、小考終了。飛車を2九へ引いた。
3七桂成、同角。
萌が選んだのは──
パシリ
え? 消極策?




