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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第46局 決勝トーナメント・準決勝(2015年8月4日火曜)
578/686

566手目 控え室の時間

※ここからは、犬井いぬいくん視点です。

 決勝トーナメントが始まったとき、スタッフルームはごった返していた。

 学生スタッフがほとんどアガリになって、観戦に参加しているからだ。

 ホテルの会議室を借りて、そこに機材を運んである。

 モニタは小さめで、24インチ。スピーカーも安物。これが十数台。

 パイプ椅子と、長方形にくっつけたテーブル。飲み物が散乱していた。

 学生スタッフは好き勝手に陣取って、とりとめのない雑談。

 いかにも裏方の風景。

 時間の流れる速さも、ゆるやかに感じられる。

 そんなことって、ないかな。文化祭でも、裏方をやっていると、なんだか自分の回りだけ、時間がゆっくりと流れている気がしてくる。

 H島のひとたちは、捨神すてがみくんと早乙女さおとめさんのモニタに集中。

 雁首そろえて観戦、って状態。

 葉山はやまさんも、そっちを担当していた。

 僕は、デイナビの索間さくまさんと一緒に、大谷おおたにvs鬼首おにこうべを観戦。

 モニタのまえにふたりで座って、あれこれ検討していた。


挿絵(By みてみん)


 索間さんは、

「2三歩は、おそらく手渡しですねえ。2二歩、同金、2三歩なら手番を取れますが、それよりも、持ち駒の歩が大きいと見たのでしょう」

 と予想した。

 おそらく、そう。

 そして、そこから鬼首の構想は読める。

 後手が8六飛と走ったあと、8七歩、8一飛に4六歩だ。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 このとき、歩がないと困る。

 日日にちにち杯出場経験者の索間さんには、釈迦に説法だから、いちいち言わない。

 せっかくだから、もっと別の会話をしよう。

「索間さんが出場したときは、どんな感じでしたか?」

 策間さんは、頬に手をあてて、

「もう6年も前の話なので、記憶が……」

 と、苦笑した。

 第8回だよね。三和みわさんが優勝したのは、第9回。今回が第10回。

「決勝トーナメントは、出場なさいましたよね?」

「ええ、準決勝で負けました」

「経験者として、なにが大事だと思いますか?」

 ちょっと考えるかな、と思いきや、即答してきた。

「決勝トーナメントだと思わないことですね」

 けっこう意外──でもないか。

 準決勝で負けたときの、素直な反省っぽい。

「ちょっと深入りしちゃいますけど、それはご自身の経験として、ですか?」

「ですねえ。予選を通過したあと、ギアがちぐはぐになったというか……気負い過ぎて、そのまま折れました。待ち時間をうまく過ごさなかったのが、敗因だと思います」

「索間さんの目から見て、鬼首さんと大谷さんは、どうですか? 緊張してますか?」

 索間さんは、他人の性格を読むのが得意ではない、と答えた。

 わりと控えめな回答。

 僕はタッチパッドを操作して、画面を見せた。


 【鬼首あざみ(O山)】

  取材時刻 14:23 取材場所 メック

  ①決勝トーナメントへの意気込み

   メンタルケアとして気合いを入れることは大事

   ヤル気がないとストレス負けするから

  ②決勝トーナメントの秘策

   なし

  ③予選との関係

   過去の対戦成績に意味はない


 【大谷雛(O山)】

  取材時刻 15:15 取材場所 記者室

  ①決勝トーナメントへの意気込み

   特別な意識はない 将棋というゲームに変わりはない

  ②決勝トーナメントの秘策

   無回答

  ③予選との関係

   過去は過去のことなので・・・(なので?)


 索間さんは、

「商売道具を見せちゃって、いいんですか?」

 とほほえんだ。

「プロの編集のかたから見て、面白い取材になってると思いますか?」

 なってないんじゃないかな。

 それが僕の感想だった。

 索間さんは、

「記事になってみないと、わかりませんね」

 と答えた。

「それは、社会人特有の言い回し、ですか?」

「あ、いえ、記事の雰囲気って、できあがってみないと、わかんないと思います。言葉って、口頭での会話と、文字起こししたものとで、印象が違うじゃないですか。前後の記事や、大会の結果との兼ね合いもあります。例えば、鬼首さんが勝ったときと、大谷さんが勝ったときとで、このコメントの評価は、変わっちゃうんじゃないでしょうか。言葉の意味を事前にコントロールは、できないんです。不思議ですよね」

 僕は、タブレットをしばらく見つめた。

「……なるほど、ありがとうございます」


 パシリ


 画面には、8六飛が指されていた。

 8七歩、8一飛、4六歩。

 予想通り。

 大谷さんも、これには気づいていた。

 3五歩で、すぐに反発した。


挿絵(By みてみん)


 索間さんは、

「あちこち当たっていますが、3筋も4筋も、取らないほうがいいです。4五歩は3三角が飛車当たりなので、2九飛、4六桂となってしまい、両取りの先手を取られます。3五同歩は、同角、2五飛、3四銀と前に出られたとき、厄介です。3四銀じゃなくて4六角でも、先手面白くありません」

 と解説してくれた。

 さすがだね。

 鬼首は4五桂で、これらのルートを回避した。

 3六歩、6五歩、6六歩、3四桂。


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………鬼首が悪いか?

 いや、ほんとうに微妙な差だ──難しい。

 6七歩成が先行している。同金右までは、確定だろう。でも、その次は?

 一目、再度の6六歩。これが間に合うなら、話は早い。

 実際、5七金や6八金引と逃げるようじゃ、先手が悪いだろう。

 だけど、鬼首からは3三歩がある。これで寄せ合いになったとき、どうか。

 大盤解説のモニタでも、その局面を検討していた。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 磯前いそざきさんは、

《これ、6七歩成は、3二歩成、同玉、2二歩成、4一玉、7三角で、先手勝ちなんじゃない? 6二金打としても、寄っちゃうんだよね》

 と、パッと見の詰めろを挙げた。

 温田おんださんは、

《3七銀から、駒を抜けないの~?》

 と質問した。

 磯前さんは、その順を考えていなかったらしく、ちょっと押し黙った。

《……3七銀、同銀、同歩成、同玉、2六金に、2八玉だと詰むか。2六同飛、同角、同玉……飛車を抜いても、後手は詰めろがかかったままだから、ダメなんじゃないかな》

《その瞬間、先手玉が、とってもあやしいと思うの~》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ん? たしかに、あやしい。

 磯前さんは、黙って2九飛と置いた。

 腕組みをして、盤を睨む。

《……詰むかどうか、微妙だね。2七歩、2五歩、同玉は、詰む。2七飛成、2六歩、2四歩、3五玉、4四銀打、2四玉、2六龍と、自陣にどんどん追って行けば勝ち。問題は2七歩、2五歩に、同玉じゃなくて3五玉》

《それは3九飛成、3六歩、3四銀、同玉、3六龍、3五歩、4三金、2四玉に、3三銀で詰まないの~?》

《いや、単に王様を寄れば、ぎりぎり詰んでない》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


《3三銀、同桂、同龍に、2五玉と下がれるから、詰まない……んだけど、先手負けだよね。2二龍で、と金を払える》

 磯前さんはここまで解説して、10秒ほど沈黙した。

《……ってことは、2度目の6七歩成で、後手勝ちなのかな?》

 このひとことに、索間さんがコメントした。

「これは相当難解です。さきほどの解説は、歩合しか読んでいません。それに、3二歩成ではなく、2二歩成と成り込んだときも、読まないといけません」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「同金は同飛成で即死します。ですから、4一玉の一手で、3二と、5一玉、7三角の王手。以下、6一玉、2一飛成、5一桂、6四桂の瞬間、先手が寄らなければ勝ちです。ポイントは、金取りに打ったように見える3三の歩を、一切動かさないことですね」

 僕は今の手順をメモしながら、

「3七銀から、さっきみたいに寄りませんか? 形は似てますよね?」

 とたずねた。

 策間さんは、急に自信なさげになった。

「ほんとうに難しいです。3七銀、同銀、同歩成、同玉、2六金で、さっきと似たかたちに見えるのですが、2六金に同龍とする必要が、ないかもしれません。というのも、5一桂の合駒を請求されてるので、攻め駒が1枚少ないんです。2八玉、3七銀、3九玉、6六角、2九玉で、ぎりぎり耐えているような……」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これは……どこかに変化がありそう?

 僕と索間さんは、あれこれ議論を始めた。

 大盤解説会場も、この順に気づいたらしい。似たような検討をしていた。

 結論は──先手勝ち?

 ただ、変化も多かった。見落としている筋があれば、終わる。

《そろそろ指さないと、マズいの~大谷先輩、残り時間が10分しかないの~》

 ここまでの長考で、後手は持ち時間を溶かした。先手は18分残している。

 60手目を考えている段階なのに、時間差がひらいた。

 索間さんも、

「厳しいですね。6七歩成、同金右、6六歩で後手がダメなら、他の手も読まないといけません。しかし、さきほどの順で、いっぱいいっぱいのような……」

 とつぶやいた。

 一方、僕は鬼首のほうに視線が向かった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………鬼首も、苦しいと思ってるな。

 表情は、いつも通り。ちょっと怒ったような感じ。

 だけど、くちびるをときどき結んで、小首をかしげているのが、癖で見抜けた。

 鬼首が読み切れていないとなれば、指運になる可能性も──あ、大谷さんが動いた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 成り込んだ。

 鬼首はノータイムで同金右。

 緊張が高まる。

 6六歩で後手勝ちと読んだなら、打つはず。

 どうだ?


 パシリ


挿絵(By みてみん)

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