表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第45局 プレーオフ(2015年8月4日火曜)
568/686

556手目 受けて立つ

※ここからは、西野辺にしのべさん視点です。

 女子プレーオフ、開幕。

 パチパチパチ。

 それにしても、本格的な大盤解説だね。

 観客めっちゃいるし、設備もきちんとしていた。

 プロの解説会で見るような大盤の横に、観客用の薄型モニタがふたつ。

 ひとつが盤上カメラ、もうひとつが対局者を映すサイドカメラだった。

 壇の正面には、観客に背を向けたテレビ型モニタがふたつ。床に直置き。

 これは解説者用。

 私の相方は──げげッ、軍服女じゃん。

長門ながとです。よろしくお願いします」

「よ、よろしく……その服、なに?」

 長門ちゃんは、黒いつばのついた、円筒形の帽子を持ち上げた。

「Mle1939型軍装です」

 そんなの言われても、わから……ん? どっかで見たことあるな、これ。

 世界史の教科書が、脳裏をよぎった。

「……もしかして、ド・ゴールが着てたやつ?」

 長門ちゃんは、パチリとゆびをはじいた、

「さすがは西野辺先輩、よくお分かりですね」

 そんなの着て来るなっつーの。

 会場のメンツも、めっちゃジロジロ見てる。

 西野辺にしのべ茉白ましろ、いきなりピンチ。

 ひとまず、大盤の横に立ってみた。

 観客から見て、私が左、長門ちゃんが右。

「えっと、それじゃあ、戦型予想からいこうか」

「第1局は、早乙女さおとめさんと大谷おおたに先輩です。大谷先輩が避けないかぎり、横歩になると思います」

「受けるかな?」

 長門ちゃんは、うーんと考え込んだ。

「……五分五分かと。ただ、受けないほうがいいと思います」

「なんで?」

「早乙女さんの横歩は、今回のメンバーでもトップクラスだからです」

「なるほどね、相手の得意戦法は受けないほうがいい、と」

 だとすれば、大谷おねぇの性格次第。

 そこまでは、さすがに知らない。

「勝敗予想は無粋だから、ここまでの振り返りをしよう」

 というわけで、薄型モニタのひとつに、成績表を出してもらう。


【女子の予選結果】

挿絵(By みてみん)

※青:決勝トーナメント進出確定 黄:プレーオフ


 長門ちゃんは表を見ながら、

「なんだかんだで混戦になりましたね」

 とコメントした。

「最後、6人プレーオフの可能性があったもんね」

桐野きりの先輩、温田おんだ先輩、梨元なしもと先輩、つるぎさんの4人は、プレーオフに参加でも、おかしくないメンバーでした」

「だねえ。素子もとこちゃんだけ勝って、磯前いそざきおねぇと大谷おねぇが負けてたら、6人」

 ただ、私が負けちゃったからなあ。

 素子ちゃんのところは、棋力差が大きかったし、可能性があっただけとも言える。

「印象に残ってる対局は、ある?」

「そうですね……全部の棋譜は、まだ見ていませんが……温田先輩のラスト2局は、謎な戦法が出ていたので、そこは気になっています」

「あれ、じぶんの対局を挙げないんだ?」

「私の対局なら、磯前先輩と鬼首おにこうべさんに勝った局でしょうか。どちらも私が押され気味でしたが、うまく逆転できました」

 やっぱり勝ち局を挙げるよね。

「西野辺先輩は、いかがですか?」

「私は、大谷おねぇに勝った局かなあ。あれは内容も良かったし」

 ここで、イヤホンからスタッフの声が入った。

 そろそろ開始みたい。振り駒は、素子ちゃんの先手。

 私たちは大盤の前で待機した。

 観客が多いから、さすがに緊張するね。

《……女子プレーオフ第1局、開始です》

 大盤横の盤上カメラに、素子ちゃんの腕が映った。

 7六歩。

 以下、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。


【先手:早乙女さおとめ素子もとこ(H島県) 後手:大谷おおたにひよこ(T島県)】

挿絵(By みてみん)


 さあさあ始まったよ。

 はりきって解説していこう。

「横歩を受けましたね」

「まあ、受けて悪いってことはないでしょ」

 正面からぶつかったほうが、気合い負けしなくていい。

 2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、3四飛、4二玉。

 あ、このかたちか。

 5八玉、7二銀、9六歩。


挿絵(By みてみん)


 長門ちゃんは大盤を動かしながら、

「4二玉型ですか。大谷先輩は、事前に練ってきたみたいです」

 とコメントした。

 私も同意する。

「3三角が普通だけど、それは素子ちゃんの研究がイヤだったっぽい」

「もっとも、外し切れているかどうかは、微妙です。早乙女さんも、ほぼノータイム指しなので。分岐に悩んでいません。例えば4二玉の瞬間、2四飛ともどる手もありました。以下、7六飛、8四飛で、いきなりスライドする順も有力です」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 本譜は、5八玉を即指し。

 つまり、この局面は検討済み、と。

「むしろ大谷おねぇのほうが、考えてるね。9六歩が予想外だったのかな」

「どうでしょうか……9六歩自体は、横歩でもある筋です。研究のとき、この手をまったく考えなかった、というのは、もっともらしくありません。2四飛ともどるか、3六飛と引く順を中心に、準備していたのではないでしょうか」

 なるほど、考慮はしてたけど、深く準備してなかったパターンか。

 ありそう。

 さすがは研究マニアの長門ちゃん。

 話題が尽きなくて助かる。

 私は9三の歩にさわって、

「9四歩と突き合うのが、一番無難かなあ。安全策なら8二飛」

 とコメントした。

 長門ちゃんは反対側の1四歩を指さして、

「ここを突く手もあります。他には6四歩ですね」

 と、わざと取らせる順を示した。

「同飛なら、角交換から5五角だね」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 以下、8七歩、7六飛、7七歩、6四角、7六歩が一例。

 ここまで読んだところで、長門ちゃんは、

「9六歩で後手うっかり、ということは、なさそうですね。後手も戦えます」

 と、互角宣言。

 サイドカメラのようすだと、大谷おねぇも困ってる感じがしないんだよね。

 ただ、ここで時間を使っていいかどうかは、別問題かなあ。

 もう3分以上考えてる──あ、動きそう。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 私と長門ちゃんは、局面全体を確認。

 まあこうかな、という感じで、長門ちゃんは2四飛と寄った。

「後手は5二玉と、位置を変えるのがよいです」

 本譜もその通りに進んだ。

 2四飛、5二玉、2六飛。

 この手には、反応せざるをえない。

「これは角交換から4四角があるよ」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 長門ちゃんは腕組みをしつつ、

「8四飛などもありますが、過激に行くなら、角交換です」

 と返した。

 ここも考えるかな、と思いきや、大谷おねぇはすぐに指した。

 8八角成。大立ち回りに。

 同銀、4四角、7七角、8八飛成、同角、2六角。

 まずは飛車角交換からの、再度飛車取り。

 素子ちゃんは2四飛と打って、角を狙った。

 4四角、同角。


挿絵(By みてみん)


 速い速い。

 長門ちゃんは駒を動かしながら、

「大谷先輩の長考は、この順を読んでいたようです」

 と解釈した。

 だね。あと、読んでいたというか、思い出しタイムだったくさい。

 この変化をイチから読むのは、3分じゃ足りなかったでしょ。

 残り時間は、先手が25分、後手が24分。

「うーん、後手の研究範囲だけど、先手も初見ってわけじゃないのか」

「時間の使い方を見ると、そう解釈せざるをえません」

 とりあえず角を取るかどうか──と、だれか来た。

 眼帯をつけたアイドル、夜ノよるの伊吹いぶきちゃん!

 ひらひらの黒いスカートに、白の制服、そして赤いネクタイ。

 頭にはハロウィンのかぼちゃのヘアピン。

 パチパチパチ。

「解説のみなさん、おつかれさまで~す」

「おつかれさま~」

 伊吹ちゃんは盤を見て、

「かなり過激な進行になってますねえ」

 とコメントした。

 それはそうなんだけど……この子、なんでパッと見で分かるんだろ。

 なんか棋力が高そうなんだよね。

 それとも裏で予習してきた?

 ちょっとカマかけてみよう。

「ちなみに、伊吹ちゃんなら、どう指す?」

「一見、4四同歩と取りたいですが、2三歩も面白と思います」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 むッ、私の第一候補なんだけど。

「角を取らない理由は?」

 伊吹ちゃんは2三に歩を置いて、

「これで、角と飛車の両取りになります。飛車を逃げると損なので、1一角成、2四歩、2一馬と、2枚換えに持ち込むしかありません。ここで後手に手があるかどうか、です。ないなら、単に4四歩よりもいいです」

 と並べた。

 こいつ……やるな。

 伊吹ちゃんは、マイクを私に向けてきた。

「西野辺さんは、どう思いますか?」

「私も2三歩が第一感。伊吹ちゃんの解説した進行になったあと、後手が8七銀と突っ込んだらどうなるか、が気になる」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 伊吹ちゃんは、うなずいた。

「なるほど~、同金に7九飛の打ち込みですね」

「そうそう、これが効かないなら、後手ちょっと不利だと思う」

 伊吹ちゃんは、長門ちゃんへもマイクを向けた。

「長門さんは、どうですか?」

「おふたりの解説と、ほぼ一致しています。西野辺先輩は、8七銀が効けば、という条件付きでしたが、私は現時点で先手持ちです」

「8七銀が効く効かない以前の問題だ、と?」

「はい、この局面の駒割りは、銀と桂香の交換です。もちろんこれだけでは決まりませんが、先手は1三角など、攻め手が多いです。後手は8七銀以外、パッとしません」

「どうやら、やや先手持ちのひとが多いみたいですね」


 パシリ


 あ、指した指した。


挿絵(By みてみん)


 というわけで、飛車角両取り。

 素子ちゃんは1一角成で、さっきのルートに入った。

 2四歩、2一馬。

 大谷おねぇ、ここまで読んでいたのは明らか。

 次の手も早かった。

 8七銀。

 素子ちゃんは、サイドカメラの向こうで、前髪をすこしなおした。

 同金、7九飛。


挿絵(By みてみん)


 長門ちゃんは、

「次に6九飛打が詰めろです。先手は、この瞬間に攻める必要があります」

 と解説した。

 私は、

「攻めるなら3三香。3四や3六に控えて打つのもあるけど、どうせ手抜かれるから、特に意味はないよ。もちろん、控えて打ったら悪い、ってわけでもないけど。このへんは好みかな」

 と付け加えた。

 3六香、3三歩は、同香成で無意味。

 でも私だったら、3三歩のミスを1パーセントでも見て、3六香って打つね。


 パシリ


 画面には、3三香が映し出された。

 素子ちゃんらしい、ストレートな打ち場所。

 無駄な駆け引きなし。

 大谷おねぇは、綺麗な駒音で6九飛打。

 5九銀、7八飛成、6八桂、8九飛成。


挿絵(By みてみん)


 大盤の駒が、どんどん入れ替わる。

 私は、後手の持ち駒に桂馬を加えながら、

「受けるか攻めるか、悩ましいねえ」

 とコメントした。

 伊吹ちゃんは、

「攻めるなら3二香成かと思いますが、守る場合は、どうしますか?」

 と話を振ってきた。

「4八玉の早逃げじゃないかな」

 長門ちゃんは、4八へ王様を動かしてくれた。

 伊吹ちゃんは、

「攻めるより守るほうが、いいのでしょうか?」

 と訊いてきた。

 床の解説者用モニタへ、私は視線を落とした。

「3二香成は、同銀、同馬、8七龍右の瞬間、手が難しいような……そこで4八玉とするなら、先に逃げるほうが……」

 伊吹ちゃんは、

「3二香成でも4八玉でも、あとで合流しませんか?」

 と質問した。

「んー……たしかになあ、ここから4八玉、8七龍右、3二香成、同銀、同馬と、3二香成、同銀、同馬、8七龍右、4八玉は、合流するね」

 しかも、わりと一直線に、こうなる。

 だとすると、素子ちゃんの長考は、なにを読んでるんだろう?

 意外な手が飛び出しちゃったりする?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ