551手目 お仕事終了
※ここからは、香子ちゃん視点です。お昼休みになります。
終わったぁ。
私は解説会場で、大きく背伸びをした。
相方の姫野先輩は、
「おつかれさまでした。裏見さんは初日からのご参加で、お忙しかったと思います」
と、ねぎらってくれた。
まあ、そのぶんいい思いもさせてもらったので、よし。
私は周囲を確認した。
解散式は、ないっぽい。
まだプレーオフと決勝もあるし、関係者の帰宅も明日でいいらしい。
私は、
「先輩、このあとどうしますか?」
とたずねた。
「わたくしは、OG会のランチに顔を出します」
そっか、みんなひさしぶりに会うから、そうなるわよね。
「歩美先輩も来てますか?」
「はい、裏見さんにお会いしたがっていました」
それなら連絡くれればいいと思うんだけどなあ。
休憩時間に会うとか、いろいろできたのに。
歩美先輩らしいと言えば、らしい。
「それでは失礼致します。夜のパーティーで、またごいっしょ致しましょう」
「おつかれさまでした」
私は会場内を見回す──内木さんは、まだ仕事がありそう。
さっきからスタッフと会話してる。
磯前さんは次がプレーオフだから、連絡をとりづらかった。
そもそもホテルにいないかもしれない。どこかでリフレッシュしてる可能性がある。
駒桜のみんなと、合流しようかな。
私は飛瀬さんにMINEを送った。
裏見 。o O(みんな、お昼はどうする予定?)
飛瀬 。o O(すみません、席取りしないといけないんで、身動き取れないです)
裏見 。o O(食事は?)
飛瀬 。o O(ひとりだけ抜けて、買って来てもらいます)
あらら、そんな状態なのか。
うーん、いきなり暇になっちゃったのは、解説陣だけみたい。
どうしようかなあ──
「裏見殿、こちらにいたか」
うわあああああああああッ!
ふりむくと、獄門のセーラー服を着た神崎さんが立っていた。
「びっくりした。おどかさないでよ」
「このほうが忍らしいであろう」
たしかに……いや、やっぱりおかしい。
そもそもどっから湧いてきたの?
入り口は視界に入ってたんだけど。
「お花殿から伝言だ。お昼ご飯したいのですぅ」
神崎さんの声で桐野さんのモノマネは、違和感がある。
とはいえ、これは渡りに舟だった。
「了解。どこで合流?」
「一階の受付前だ。汁物の洋麺屋が、近くにあるらしい」
ヨウメンヤ? ……あ、スープパスタのことか。
「桐野さん、神崎さん、吉備さん、プラス私?」
「いや、お花殿と丸子殿と裏見殿の3人だ」
「あれ? 神崎さんは?」
神崎さんは、両手で謎の印をむすんだ。
「拙者は、ひぃちゃんと作戦会議だ……では」
ボンッと、白煙が上がった。
視界が真っ白になる。
けほッ、けほッ。
その消え方はないでしょッ! もっとスマートに消えなさーいッ!
○
。
.
というわけで、スープパスタのお店に到着。
最近できたのか、内装はずいぶんと新しかった。
奥に長い店舗で、入り口から見て左右に、4人席がならんでいた。
私たちは陽射しを避けるため、壁ぎわへ着席。
さくっと注文して、雑談。
「しょぼーん」
桐野さん、眉毛が八の字で、しょんぼり。
プレーオフが消えちゃったものねえ。いい位置につけてたのに。
とはいえ、そこまで落ち込んでる感じはしなかった。
私の右どなりに座っている吉備さんも、
「お花さんは特に準備もしてなかったですし、しかたがないですね」
と、冷静なコメント。
「うにゅ、ゴルフのまえにゴルフの練習しちゃダメなんですぅ」
「それは英国紳士のルールですね……」
「お花はジェントルガールでぇす」
そ、そういう問題?
いずれにせよ、桐野さんらしい将棋が多くて、よかったんじゃないかしら。
と、メニューが来た。おいしそうな香りが、あたりにただよう。
「いただきまーす」
私は、きのこの和風スープスパを、フォークとスプーンで巻いた。
んー、お箸で食べちゃ、ダメかしら。
こういうとき、周りが使ってないと、ちょっと恥ずかしいのよね。
吉備さんはけっこう器用で、ほうれん草のスープスパを、キレイに巻いていた。
桐野さんは、フォークだけで食べている。
この状況なら、お箸もアリか。
そんなことを考えていると、見慣れた女子が入店した。
不破さんと早乙女さんだった。
不破さんは、
「ポニテの姉ちゃん、ちーす」
と言って、となりのテーブルに座った。
早乙女さんもそちらへ同席。
桐野さんは、
「素子ちゃん、プレーオフおめでとうございまぁす……あ、そのまま決勝トーナメントのほうが、よかったですかぁ? どっちでもおめでとうございまぁす」
と祝福した。
早乙女さんはうしろ髪を撫でながら、
「ありがとうございます。プレーオフになる可能性は、濃厚と見ていました。一番確率の高い組み合わせは、この3人ではありませんでしたが」
と返した。
確率? なんで確率が関係するの?
よくわからない。
早乙女さんとは大会でしか会ったことないけど、けっこう不思議ちゃん。
不破さんは、メニューを開けながら、
「早乙女、プレーオフは絶対勝てよ」
と言った。
早乙女さんは、
「もちろん勝つつもりだけど、どうしたの、急に?」
とたずねた。
「H島から3人も出しといて、おまえしか残ってないだろ」
「ふええ……もっとやさしい言い方をしてくださぁい」
桐野さんがまたしょんぼりしたので、早乙女さんは、
「私は桐野先輩に負けていますし、先輩がプレーオフでもおかしくありませんでした」
となぐさめた。
やさしい世界。
不破さんは、
「とりあえずだな、鬼首とはクソ相性がいいし、決勝に出れたらイケるぜ」
とつけくわえた。
早乙女さんは、
「そういうのを、とらたぬというのよ」
といさめた。
「とらたぬ? とらたぬってなんだ?」
「あ、お花、知ってまぁす。トラさんとタヌキさんでぇす」
半分ちがいます。
吉備さんはメガネをなおしながら、
「取らぬタヌキの皮算用。まだつかまえていないタヌキの皮がいくらで売れるのか、そういう計算をしても机上の空論である、という意味です」
と解説した。
「ふええ……タヌキさんをイジメちゃダメなのですぅ」
たしかに、っていうか、タヌキの皮ってなにに使うのかしら。
不破さんは、
「早乙女だって、とらたぬしてるだろ」
と反論した。
「私のは確率計算よ」
「だったらあたしのだって確率計算だぜ」
「あなたのは勘……いえ、ちょっと待って」
早乙女さんはメニューをひらいたまま、考え込んだ。
「不破さんも脳で考えている以上、ベイズ推論をおこなっている可能性がある……ベイズの初期値は、任意に設定しても問題ない……」
早乙女さんはうしろ髪をさわって、
「たしかに、不破さんも確率計算をしているわね」
と訂正した。
不破さんは、
「へっへっへ、おまえもすなおなところ、あるじゃねーか」
と笑った。そして、店員さんを呼んだ。
えーと、なんの話だったかしら。
あ、プレーオフ。
予選最終局が遅めに終わったから、プレーオフは13時30分から。
私は、
「プレーオフって、3人からふたり選ぶとき、どうやってやるの?」
とたずねた。
吉備さんは、
「おそらく、勝ち抜けのトーナメントだと思います」
と教えてくれた。
私は、勝ち抜けってなに、とたずねた。
「パラマスの逆です。プロのA級順位戦でプレーオフになったときは、順位が下のほうから、勝ち上がりのトーナメントになりますよね。勝ち抜けの場合は、順位が上のほうから対戦して、勝ったひとから順番に決勝トーナメントへ進みます」
えーと、つまり、3人いたら、まず1位と2位が対戦。
勝ったほうが決勝トーナメントへ進出。
負けたほうは3位と対戦、ってことか。
これで、3人の中からふたりを選抜できる。
対局回数は2回で済むから、時間の節約にもなる。
順位が上のひとは、1回目で負けても2回目のチャンスがあるから、公平、と。
なるほど。
「1位と2位は、どうやって決めるの?」
「予選で勝ったあいての順位を、上から5人足すそうです」
吉備さんは、紙ナプキンにペンを走らせた。
磯前 鬼首2 桐野6 剣6 梨元6 出雲10
大谷 鬼首2 磯前3 温田6 桐野6 梨元6
早乙女 鬼首2 磯前3 大谷3 剣6 西野辺11
「磯前さんが30、大谷さんが23、早乙女さんが25なので、まず大谷さんと早乙女さんが対局し、その敗者が磯前さんと対局、ではないでしょうか」
ふむふむ、と私が納得していたら、不破さんは、
「3人に負けてる鬼首は、プレーオフしたほうがいいんじゃね」
と、冗談半分(?)に言った。
まあまあ、それを言い出すと、早乙女さんは現時点で確定になっちゃう。
磯前さんにも大谷さんにも、すでに一回勝っている。
早乙女さんはそんな会話をよそに、水をひとくち飲み、
「いずれにせよ、やることに変わりはありません。将棋です」
と言った。
そうなのよね……将棋は将棋。
プレーオフの当事者なのに、ずいぶんとまあ落ち着いている。
これって、ふつう? それとも早乙女さんが特殊?
私はそんなことを考えながら、パスタをほおばった。




