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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
560/686

548手目 お膳立て

※ここからは、阿南あなんくん視点です。男子第15局開始時点にもどります。

 はいはーい、待ってました、最終戦。

 めちゃくちゃおいしい役回りになったね。

 はりきっていこう。

 僕が席につくと、六連むつむらはすこし遅れてやってきた。

 水のしずくが、前髪からしたたり落ちている──顔を洗ってきたのかな。

 調子がいいのか悪いのか、それはわからない。

 六連は席につくと、振り駒をたずねた。

 こういうときはゆずり返すんだろうけど、そのままもらっちゃうよ。

「ほい」

 裏が5枚。後手を引いちゃったな。

 僕は歩をもどしながら、思案した。

 阿南スペシャルは、先手用なんだよなあ。

 後手なら、手なりでいくしかないか。

「……」

「……」

「六連くんさ、僕のインタビュー*、読んだ?」

 六連は顔を上げた。

「最終戦がどうこう、の話ですか?」

「あ、読んでくれたんだ」

 六連は帽子のつばをつまんで、そっぽを向いた。

「注目局で、よかったですね……先輩が見られるのに慣れていれば、ですが」

「アッハッハ、言ってくれるね。僕は見られたがりだよ」

 カメラの向こうで、キャー、阿南くんステキ、とか言われてるかもしれないじゃん。

《対局準備はよろしいでしょうか?》

 オッケー。

《……では、始めてください》

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしまーす」

 チェスクロをポチっと。

 7六歩、3四歩、6六歩。


挿絵(By みてみん)


 ほーん、いきなり角筋を止めますか。

 これはアレだ。とっておきの隠し玉を警戒してるな。

 3手目6六歩は、さすがに予想してなかった。

 残念ながら、隠し玉はないんだよ。

 ふつうに横歩とかをされたほうが困った。

 六連、初動ミス。

 6四歩、2六歩、3二銀、2五歩、6二銀、7八金、6三銀。

 六連は2筋に手を伸ばした。

「先輩、そのようすだと手なりですね」

「なんでそう思うの?」

「気配で分かります。2四歩」


挿絵(By みてみん)


 ……いきなりのクイズか。

 もちろん、同歩の一択。問題はそのあと。

 同飛に3択ある。2三歩か、3三角か、4四角か。

 と、ここまで5秒。

 僕はなにも考えずに同歩とした。

 同飛と走られる。

「こういうときは気分ね。3三角」

 悪いけど、迷わせる手は通用しないよ。

 僕はそういうのに付き合わないから。

 アマなんだからどうやっても一局。

 六連はこれがすこし意外だったのか、逆に時間を使った。

「……2八飛」

「2四歩」


挿絵(By みてみん)


 さあ、どうかな。この狙いがわかる?

 六連はまた30秒ほど考えて、4八銀。

 1四歩、3六歩、2三銀。

 答えは銀冠? そうかな?

 6八銀、1五歩、5六歩、3二金、6九玉。

 六連の動きも妙。

 雁木っぽくはある。

 こっちの攻めが遅いから、囲いを決めなくていい、というのもありそうだ。

 おたがいにあやしい。つまり変態だね。

 変態将棋なら負けないよ。

「4二玉」

 3七銀、8四歩、7七角、5二金、4六銀。

 反対側の端歩も突いておく。

 9四歩、9六歩、3一玉、5八金、5四銀。


挿絵(By みてみん)


 六連クラスなら、わかるでしょ。

 9三桂跳ねからの攻めと、6二飛からの攻め。両方を見せる。

 先行されたくないなら、六連が先に攻めるしかない。

 僕はそれが狙い。

 マゾっ気があるからじゃない。2四歩以下の構想は、まだ途上なのだ。

 案の定、六連はここで長考している。

 攻めて来るなら、3五歩だよね。あるいは一回3七桂と溜めるか。

 3五歩、同歩、同銀、3四歩、4六銀でも、けっきょく9三桂、3七桂?

 それとも、この流れで9三桂は危ない?

 僕はじっくりと考える。

 さっきから、スタッフがこちらへやたら来る。

 気になるのかな……っと、指しそう。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 やっぱり攻めてきた。

 僕は同歩、同銀、3四歩、4六銀まで、さくさく進める。

 問題は、次なんだよ。

 六連のクイズには付き合わないけど、これはクイズじゃない。

 僕の選択肢だ。

「……9三桂で」

 六連はノータイムで3七桂。

 時間差がすこしあるから、詰めてきたな。

 残り時間は、僕が22分、六連が20分。

 んー、ここで6二飛と回るか、それとも8五桂と跳ねるか。

 先に回るか先に跳ねるかのちがい……でもない。

 8五桂、8八角なら、飛車を回らなくても6五歩と仕掛けられる。

「……」

「……」

 どっちもそんなに続かない。微妙。

 となれば、初志貫徹。

「4四角」


挿絵(By みてみん)


 この手は神妙だよ。

 2四歩から狙っていたと言ってもいい。冗談抜きで。

 六連は10秒ほど考えて、嘆息した。

「そういうことですか……」

 僕は視線を上げた。

「なにか気づいた?」

「最初から入玉含み、ってわけですね」

 正解。

 銀冠で盛り上がってるのは、そのため。

 放置なら3五歩~3六歩と、プレッシャーをかける。

 六連の体調が悪いなら、これは有効な作戦だ。

「2九飛です」


挿絵(By みてみん)


 ……げッ、いい手だ。

 3五歩に2六飛の浮きを用意しつつ、手渡し。

「やるね」

 とりあえずお茶を飲む。

 このまま3五歩でも、いいっちゃいい。

 2六飛で……6二飛か8五桂。

 けっきょくこの二択か。9三桂を跳ねない方が、よかったかな。

 変に選択肢を増やしてしまった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………先に6二飛と回るか。

 そこで六連の手が、むずかしいと思う。

 6七銀も6七金右もできないはず。

 2八飛ともどしてくるかな? 千日手模様になるから、やりにくい?

「……6二飛」

「6五歩」


挿絵(By みてみん)


 1秒も読んでない手がきた。

 なにこれ? 角交換狙いなのは、わかる。

 っていうか、交換したあとの3八角で、どうするの?

「クイズには応じないよ。7七角成」

 同桂、3八角、2八飛、4九角成。

 問答無用で馬を作る。

 六連は、すばやく角を下ろしてきた。

「6六角」


挿絵(By みてみん)


 ? 歩と香車の両取り?

 僕はノータイムで、3三桂と跳ねかけた。

 手が止まる。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………なにかあるな。

 センサーが働く。

 これはクイズじゃない。トラップだ。

 選択肢を提示してるんじゃなくて、まちがわせようとしている。

 3三桂、8四角、6三金に、6四歩は無効。7四金がある。

 この見落としか?

 あるいは、角を8四に待機させたまま、2五歩?

 だけど同歩、3五歩、同歩、同銀には、3六歩がある。

 僕はふたたび、3三桂と跳ねかけた。

 駒が空中で静止する。

「……」

 もしかして、馬を消される?

 3三桂、8四角、6三金に5九金、7六馬、6七銀。


挿絵(By みてみん)


 (※図は阿南くんの脳内イメージです。)


 そうか、角は両取りで打ったんじゃない。

 馬を消すため──ん? これって、同馬、同金、8二飛で、先手困ってない?

 消されても、ノープロブレム? 杞憂?

 僕は親指とひとさし指と中指で、桂馬をクルクルさせた。

 もういちど考えなおす。

「……」

 ははあん、わかったぞ。5七角だな。


挿絵(By みてみん)


 (※図は阿南くんの脳内イメージです。)


 これだ。

 これで僕の次の手がむずかしい。

 8二飛なら、6四歩、同金、6七歩と封鎖して、馬を安全に殺せる。

 金が6三でそっぽだから、王様を固くして手待ち、も使えない。

 オッケー、カラクリは把握。

 僕はチェスクロを確認した。

 残り時間は先手が18分、僕が15分。

 逆転しちゃったな。

 しかも解決策が見つかってない。まあ気楽にやろう。

 3三桂~6三金の順がダメなら、ほかの手が必要だ。

 例えば……馬を作らせる、とか。

 3三桂、8四角、6五歩、7三角成、6一飛、7二馬、6四飛。

 ここで7三馬、6一飛、7二馬の屈伸運動は、千日手だよね。

 千日手なら、むりやり打開してくるんじゃない? そうでもない?

 体調が悪いなら、短期決戦にしたいでしょ、さすがに。

 先手番を取って阿南スペシャルをぶつけて……待てよ、千日手にならないな。

 6四飛に5五歩がある。


挿絵(By みてみん)


 (※図は阿南くんの脳内イメージです。)


 6三銀、7三馬、4四飛……9一馬……ダメくさい。

 えー、ここまで考えて指したの?

 ほとんど考えてなかったと思うんだけど。

 勝負手がクリティカルだったパターン?

 だったら、この順にならない……なるな。

 僕が長考しちゃったから、六連も読みが深くなっただろう。

 あー、これならノータイムで、3三桂としとけばよかった? ダメ?

 時間は巻き戻らない。時を駆けろ、是靖これやす

「……」

 そろそろ指さないとマズい。

 残り時間は、僕が12分。

 とりあえず桂馬を、2一へもどした。

 からくりは、わかってるんだよなあ、からくりは。

 だったらロジカルシンキングでしょ、あとは。

 僕は両手を後頭部にあてて、椅子をうしろにかたむけた。

 ホテルの天井を見上げる。

 シャンデリアの明かりがまぶしい。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………よし、これでいくか。

 全方位になってるはず。

 僕は姿勢をもどした。

「4四歩ね」

*370手目 今治健児・阿南是靖〔編〕

https://book1.adouzi.eu.org/n2363cp/382/

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