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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
558/686

546手目 雑念

※ここからは、吉良きらくん視点です。男子第15局開始時点にもどります。

 さてと、ついに来ちまったな。

 俺は対局テーブルへ向かった。

 学生服姿のれつは先に座って、姿勢よく待っていた。

 お行儀よく、じゃない。近付くと、ピリピリした空気が張り詰めていた。

 俺は黙って着席する。

「……」

「……」

 できれば、最終局はおまえと指したくなかった。

 人間は機械じゃない。どうしても情が入る。

 でもしょうがないよな。クジは平等だ。

 それに、俺はボーダー。

 俺が負けたら、捨神すてがみが負けない限り、六連むつむらとプレーオフ。

 捨神が負けるか? あいては香宗我部こうそかべ先輩だ。

 先輩には悪いが、さすがに入らないだろう。

 六連の負けも期待しない。

 烈、おまえを倒して決める。

「……どっちが振る?」

「先輩でどうぞ」

 ゆずり返す必要も……ないか。

「じゃ、振らせてもらうぜ」

 シャッフルして──歩が3枚、俺の先手だ。

 あとは開始を待つ。

《対局準備はよろしいでしょうか? ……では、始めてください》

「「よろしくお願いします」」

 烈はひと呼吸おいて、チェスクロを押した。

 俺は角道を開ける。

 7六歩、8四歩、7八金、3二金、2六歩、8五歩、7七角、3四歩。


【先手:吉良きら義伸よしのぶ(K知県) 後手:石鉄いしづちれつ(E媛県)】

挿絵(By みてみん)


 角換わりか。

「受けて立つぜ。6八銀」

 4二銀、2二角成、同金、7七銀。

 先手から角交換させる順か。

 まあ、このへんはそのうち合流する。

 問題は、烈の作戦がなにか、だ。

 3三銀、3六歩、6二銀、4八銀、4二玉、4六歩、7四歩。


挿絵(By みてみん)


 速攻か?

 烈の準備が速攻の可能性は、十分にある。

 手持ちのストックは少ないはずだ。

 だとすると、危険な攻めを残してる可能性は高い。

 俺は即開戦も視野に入れた。

 4七銀、3二金、9六歩、1四歩、6六歩、6四歩。

 おたがいに端を受けなかった。

 9筋を受けないのは、事前準備としては妙だ。

 受けたほうが、その後の進行を固定できる。

 俺は顔を上げた。

 面接で緊張する生徒みたいに、肩をこわばらせた烈の姿が、そこにあった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………なるほどね。

 研究勝負じゃなくて、真正面からか。

「よーくわかった。俺も小細工なしだ。9五歩」

 7三桂、5六銀、6三銀、6八玉、5四銀。


挿絵(By みてみん)


 角換わり腰掛け銀へ。

 5八金、3一玉、3七桂、6二金、7九玉、8一飛。

 おたがい、堂々と組む。

 4七金、4四歩、1六歩、4二銀。

 烈は銀を引いた。

 挑発か? ……それとも、囲いが難しくなったか。

 俺は20秒ほど考えて、2五歩と突いた。

 ここで烈の手は止まった。

 後手は選択が難しいぜ。

 攻めるなら6五歩、受けるなら3三銀。

 8六歩を一本入れる余地もある。

 6五歩は同歩、同桂、6六銀、6四歩で、よくあるかたち。

 3三銀は4五歩で、こっちから攻める。同歩、3五歩と畳みかけて、どうか。後手は実質一手損だから、やりにくいんじゃないだろうか。烈の本線とは思えない。

 8六歩は同歩じゃなくて同銀だろう。

 俺はこれまでの流れから、6五歩を中心に読んだ。

 烈は前に出て来るはず。

「……6五歩です」


挿絵(By みてみん)


 よし、予想通り。

 さっき読んだ同歩、同桂、6六銀、6四歩でもいいが、俺も前に出る。

「4五歩」

 烈は30秒ほど読みなおして、同歩。

 同銀、同銀、同歩、同桂、6四角、4六歩、6六歩。

 おたがいに意地を張る。

 後手の攻めは、かなり迫力があった。

 形勢は互角。

 2四歩から攻め合ってもいいが、6七歩成はかなり気になる。2四歩、同歩、6六銀と一回取り返して、8六歩、同歩、6七歩、2三歩くらいか。

 これなら先に6六同銀のほうが、いいか?

 過激に攻めるなら、4四角という手もある。ただ、これも6六同銀や2四歩と絡む。ようするに、ここまで考えた手の組み合わせになりそう、ってことだ。手順前後が問題になるかどうかだけチェックすれば、枝葉を刈れる。

「……同銀」

 烈の気配が変わった。

 うっすらとだが、イケるというオーラが出ている。

 ミスったか? いや、そんなはずはない。

 4四角に対して、過度に悲観的だったんじゃないだろうか。長い付き合いだから、なんとなくわかる。今のは、攻められると思ってたら受けられた、というときの転調だ。

 烈は8六歩と攻めてきた。

 同歩、6七歩、6九歩、5四銀。

 ん? なんだこの消極的な手は?

 8六角だと思ったが──いや、アリか。

 8六角なら8二歩、同飛、7一銀の割打ちがあった。

 5四銀は8筋に歩を残して、その順を封じている。しかもムリのない手だ。

 が、とびっきりいい構想とも思えない。

「反撃だッ! 4四角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 6筋を収めたのは、この角を打つため。

 3三銀とはできないから、桂馬を跳ねるしかない。

「さすがに潰れませんよ。3三桂」

「5六金」

「!」

 このタイミングでは取らない。

 中央を押し上げていく。

 斬り合いからねじり合いへ移行するのは、烈にとって予想外だったようだ。

 手が止まった。

 残り時間は俺が14分、烈が12分。

 いつもの対局より、少し使っている。

 後手の選択肢は、そんなに多くない。4三歩が第一感で、それ以外は冴えない。

 問題は、そこで俺がなにを指すか、だ。

 3三桂成と3三角成が二大候補。

 どっちから取っても同じ、ってわけじゃない。

 3三桂成なら同銀、2六角と撤退できるが、3三角成なら同銀、同桂成、同金で清算になる。後者のほうが、俺は次の手が難しい。8七銀と一回受けるくらいか。

 烈はけっきょく2分使って、4三歩と打った。

「3三桂成」

 桂馬から入る。

 烈はノータイムで4四歩と取った。


挿絵(By みてみん)


 2枚換え……?

 俺は椅子に座りなおした。

 2枚換えは、むしろ歓迎なんだが──罠か?

 俺は少し体をかたむけて、天井を見上げた。

 脳内将棋盤で確認する。

 3二成桂、同玉、2四歩、同歩、同飛──後手が反撃するなら、ここだ。

 2三歩は、3四飛のスライドに歩を打てない。後手も攻め合うだろう。

 候補は8五歩の継ぎ歩、4七角からの角成り、あたり。

 歩がもう1枚あれば、8八歩~8五歩もあるんだろうが、さいわいこれはない。

 俺はこのふたつを比較した。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………待てよ。

 俺はもういちど考えなおす──4七角だと、千日手か?

 4七角、2七飛、5八角成、2八飛、5九馬、2九飛以下、くりかえしになる。


挿絵(By みてみん)


 (※図は吉良くんの脳内イメージです。)


 絶対に千日手……じゃないんだよな。

 打開しようと思えば、打開できる。するかどうかの問題だ。

 そもそも烈がこの順を選ぶかどうか。それもわからない。

 俺はのこり10分になるまで考えて、3二成桂と取った。

 同玉、2四歩、同歩、同飛。

 烈はここで小考。

 緊張が走る。

 烈の右手は持ち駒に行き──角を持った。

 4七角。

 懸念の千日手ルートに入った。

 2七飛、5八角成、2八飛、5九馬、2九飛。

 烈は5八馬ともどった。

 2八飛、5九馬、2九飛、5八馬、2八飛、5九馬。

「2九飛」

「5八馬です」

 俺が2八飛としたら千日手、という状況になった。

 俺はミネラルウォーターのキャップを開け、軽く口にふくんだ。

 勝負熱がやや引き、意識がクリアになる。

 打開するか?

 するなら2二金だ。自然な王手。

 先手が良かったら、当然に打開するんだが……この局面は互角。俺の判断では。

 ここにきて迷いが生じている。

 香宗我部先輩なら、「先手だから打開する」って言うだろうな。

 磯前いそざき先輩なら、「そのときの気分」。

 正直、気分では指したくない。というより、どっちの気分でもない。

 理詰めでいくか?

 だけど、アマチュアの後手番って、そこまで損か?

 石鉄相手に後手を引いて、俺が不利だとは思わない。

 うぬぼれ? いや、ちがう。

 後手を引いたくらいで負けるようじゃ、俺は今ここにいない。

 それとも、それがうぬぼれか?

「……」

 思考が深まる。読み筋が目のまえを流れる。

 べつに自己分析してたわけじゃない。

 棋理を追求するあいだの、つかのまの雑念だ。

「……」

 俺は金を手にした。

「千日手にはしない。2二金だ」

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