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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
556/686

544手目 裏方

※ここからは、並木なみきくん視点です。女子第17局開始時点にもどります。

 ふぅ、今日も外回りは暑いね。

 もうすぐ予選は終わるけど、そのあとは会場の整理がある。

 僕はスタッフ控え室にもどって、配置図を回収しようと思った。

 ドアを開けて……あれ、だれもいない。

 おかしいな。だれかは留守番してるはずなのに。

 テーブルのうえにあるモニタも、つけっぱなしだった。

 とりあえず、配置図を回収して……留守番のひとの名前も、確認しておこう。

 熱中症で倒れてたりしたら、危ないもんね。


 ガチャ


 ドアがひらいた。

 ふりかえると、正力しょうりきさんが立っていた。

 僕はアッとなって、正力さんもアッとなった。

 僕は、

「正力さんが留守番だった?」

 とたずねた。

 ところが、正力さんは、

「いいえ、シフトが終わったから、もどって来たの……並木くんは?」

 とたずね返してきた。

「僕もだよ。このあと会場の再セッティングだよね」

 プレーオフからは大盤解説になるんだよ。

 現状、プレーオフの可能性はちょっと高そう。

 正力さんは、

「対局は始まったばかりだし、休憩したほうがいいと思うわ」

 と言って、パイプ椅子に座った。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 僕も座らないといけないかな。

 となりに……はおかしいか。椅子はいっぱいある。

 すこし離れたところに……正力さんの視線を感じる。

 ひとつだけ空けて座ろう。

 僕は腰をおろした。

 目のまえのモニタが視界に入る。


【先手:毛利もうり輝子てるこ(Y口県) 後手:那賀ながすみれ(T島県)】

挿絵(By みてみん)


 僕が観戦していると、左からすごいオーラが。

 これは……話しかけて欲しいみたい。

 やっぱりアレだよね、昨日の……キスの件。

 あのあと眠れなくて、考えがまだまとまっていなかった。

 どう切り出そう。

 キスしてくれてありがとう……は、おかしいかな。

 いや、ほんとにありがとうなんだけど……その次がつながらないと思う。

 正力さんは、なんて返すかな?

 どういたしまして?

 むしろ正力さんを困らせちゃうかも。

 返しやすい言い方がいいよね。

 質問から入ったほうが、会話はしやすいって聞いた。

 例えば……キスしたとき、チョコの味がしなかった?

 したと思う。チョコレートケーキを食べてたから。

 正力さんのくちびるは、なんだかいい香りがしたな。

 たぶん歯磨き粉だと思うんだけど……待って、僕はこの会話で、なにがしたいの?


 ガチャ


 ドアがひらいて、メガネの男子が入ってきた。

 白鳥しらとりくんだった。

 白鳥くんはうちわであおぎながら、

「ようやく誘導が終わったぞ」

 と言って、入ってきた。

 正力さんは、スッと書類を取り出した。

「白鳥くん、このあと会場の設営があるから、備品の確認をしてきてもらえない?」

「ん? 俺はシフトが終わったばかりなんだが……」

「あとで入れ替えるから、よろしく」

 白鳥くんの手に、書類が押し込まれた。

「あ、ああ、わかった」

 白鳥くんは、控え室を出て行った。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………またふたりきりになった。

 どうしよう……キスの話以外からするのは、どうかな。

 例えば……なんだろう、今朝なに食べた、とか?

 僕はあんぱんを食べたよ。あんぱんと牛乳って合うよね。

 だけど、そのあとの会話がむずかしい。

 それとも、会話が始まれば自然と──

 

 ガチャ


 あ、東雲しののめさんが入って来た。

 東雲さんはアッと叫んだ。

「なにふたりで涼しんでるんですかッ! さぼりですかッ! 私も……む、むごぉ」

 正力さんは、東雲さんを部屋から連れ出した。

 そして、正力さんだけもどってきた。

 ドアが閉まる。

 正力さんは、右手でうしろ髪をなおした。

 手になにか赤いものがついてるね。

 ケチャップかな?

 あ、そうだ、これを会話のきっかけにしよう。

「正力さん」

 正力さんは、顔が赤くなった。

「ええ、いいわよ」

 ちょっと待って、まだなにも言ってないんだけど。

 正力さんもなにかに気づいたらしく、

「ごめんなさい、台詞が先走ったわ。なにかしら?」

 とつけくわえた。

「えーとね……手になにかついてるよ」

 正力さんはハッとなって、右手をみた。

 ハンカチをとりだして、拭こうとする。

「ティッシュのほうがいいよ」

 ハンカチだと、染みになっちゃうかも。

 僕はポケットティッシュを持っていないから、部屋のなかをさがした。

 あれ、ないね。意外とないティッシュ。

 部屋にもどろうかな。


 ガチャ


 あ、犬井いぬい先輩と葉山はやま先輩。

 ふたりはなにやら相談中で、入って来たときもこっちを見ていなかった。

 けど、すぐに気づいた。

 犬井先輩はメモ帳を片手に、

「並木くん、正力さん、おつかれさま」

 とあいさつしてくれた。

 僕たちもあいさつした。

 それから僕は、ティッシュを持ってませんか、とたずねた。

 葉山先輩が持っていたから、もらって正力さんに渡した。

 これで一件落着だね──キスの話はどこかへ行っちゃったけど。

 犬井先輩は、正力さんが拭くのを見ながら、

「ちょうどいいや。控え室のインタビューして、いい?」

 とたずねてきた。

 僕は、

「全員集まってからのほうが、よくないですか?」

 と答えた。

 こういうのは、抜け駆けでやらないほうがいいよね。

 みんながんばってるんだし。

 ところが、犬井先輩は、

「最後は全員に訊くから、だいじょうぶだよ」

 と言った。

 葉山先輩は室内の写真を1枚撮ったあと、

「ふたりとも、そこに並んでくれない?」

 と、アングルを指定してきた。

 これは……受けないとダメかな。

 僕たちは立って、並んだ。

 葉山先輩はファインダーをのぞいた。

「もうちょい右……オッケー、チーズ」


 パシャ


 僕たちは座るようにうながされた。

 葉山先輩はカメラをテーブルのうえに置いて、メモ帳を取り出した。

「今年はH島が会場担当ということで、おつかれさまです……初対面でもないし、ざっくばらんでいいかな」

 だよね、上級生だし。

 僕は、

「それでかまいません」

 と答えた。

「じゃあ……どっちから質問しようかな。正力さんからで、いい?」

「ええ、どうぞ」

「今年は比呂ひろ月代つきしろさんが会長、椿油つばきゆ立花たちばなくんが副会長で、正力さんたちは補佐役だけど、選ばれたとき、どんな気持ちだった?」

「そうですね……これだけの規模の大会ですし、大任だな、と思いました」

「不安とかなかった?」

「ありました……が、ノウハウは蓄積されている大会なので、マニュアル通りにできる部分も多かったですね。各ブロックからスタッフも出ていますし、知り合い同士なのも大きかったと思います」

 葉山先輩がメモを取っていると、犬井先輩は急に、

「これはオフレコなんだけど、ぶっちゃけめんどくさいとか、なかった?」

 とたずねた。

 正力さんは、一瞬言葉に詰まった。

「それは、どういうご質問でしょうか?」

「ごめんごめん、記者としてじゃなくて、囃子原はやしばらグループのメンバーとして、訊きたいんだよね。この大会って、デジタル化されてる部分も多いけど、裏方はアナログだから」

 正力さんは、そうですね、と言って、すこし考えた。

「準備に時間がかかりますし、夏休みも5日近く潰れるので、負担は大きいですよね。アルバイト代は出ますから、そこは率直に嬉しいです」

 そうなんだよ。

 日給が2万円だから、前日から働いて10万円。

 飲食費、ホテル代、別。高校生には破格。

 葉山先輩は、

「そうそう、私なんか、こどもニーサ始めちゃったもんね」

 と笑って、はしゃいだ。

 すごいなあ、葉山先輩。

 囃子原グループに認められただけあって、いろいろ知ってそう。

 っていうか、葉山先輩、僕たち一般スタッフより、もらってるんじゃないかな。

 カメラマンだもんね。中四国の取材もしてるし。

 犬井先輩は、

「なるほどね、やっぱり報酬は大事……か。ごめん、葉山さん、続きをどうぞ」

 と、司会を返した。

「えーと、実際にやってみて、感想は?」

 正力さんは、ここでも言葉を選ぶ感じで答えた。

「事前準備の大切さを感じました……それでも当日はハプニングがあるんだな、ということも」

「例えば?」

「衣装とか雰囲気づくりとか……あとは夏の汗対策とか」

 葉山先輩は、ん?、となった。

「……あ、そっか、最初にあいさつがあったもんね。ハプニングは、なにかあった?」

「人間関係が突然進展する、ということもありました」

「? ……ああ、ふだん会わない高校のひととも、会うもんね」

 正力さん、さっきからなにか違うことを答えている気がする。

 葉山先輩はメモを終えて、僕のほうへ向きなおった。

「並木くんは、どうかな、最初に声をかけられて、どう思った?」

「がんばらなくちゃ、という気持ちと、だいじょうぶかな、という気持ちでいっぱいでした」

「やっぱり不安があった?」

「そうですね……僕でいいのかな……と思いました。ほんとうは御城ごじょう先輩がいいと思うんですけど、解説だからしょうがないですよね。ただ同学年でも、白鳥くんとか大伴おおともくんのほうが……」

 正力さんは、僕の肩にそっと手をおいた。

「並木くんが適任だと思うわよ」

 そうかな? どうなんだろう。

 僕はまとめ役に向いてないような。

 とりあえず、ありがとうと言っておく。

 葉山さんは、

「実際にやってみて、どう?」

 とたずねた。

「大変でした。でも、盛り上がってるみたいで、とても嬉しいです。今年は捨神すてがみ先輩みたいに、有名人もけっこう出てて……」

 僕はそこまで言って、モニタを見た。


挿絵(By みてみん)


「でも、そういうひとたちの対局だけじゃなくて、やっぱりみんなのおかげだと思います。ひとりじゃできないんですよね、大会って。これまでもそうだったんですけど、なんだか初めて気づいた気がします」

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