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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
555/686

543手目 不慮

※ここからは、大谷おおたにさん視点です。

挿絵(By みてみん)


 ……失敗しました。

 散らした指し方をすれば、ペースを崩せるかと思いましたが、益なし。

 想像以上の剛腕将棋です。

 5二桂の受け……では、ジリ貧。

 第三者視点でみれば、反撃はむずかしく、後手劣勢。

 しかし、最後まで粘らねば。

「……8六桂」


挿絵(By みてみん)


 7三歩、8一銀、5四歩。

 鬼首おにこうべさんの方針は、入玉しないで勝利、だと察しました。

 ヘタに上から攻めなくても、このまま危ない位置にいてくれるやも。

 拙僧は7八桂成。

 これも先手は受けずに、5三歩成。

 以下、7一玉、8二歩、8七飛、8一歩成、同玉。


挿絵(By みてみん)


 鬼首さんは、頭をぽりぽり。

「さすがに6七飛成は許せねえか……4五銀」

 手をもどしましたね。

 鬼首さんの本局の指し方は、危険になったときだけ手をもどす。

 おそらくこれです。

 だとすれば、その瞬間のミスを狙えるのでは?

 ギリギリまで受けないなら、あるていど罠を張れるはず。

 それに賭けましょう。

「7九龍」

 3四銀、6八龍、4六玉。


挿絵(By みてみん)


 拙僧はここでのこり30秒。

 3四歩は当然として、寄せの構想が問題です。

 入玉へ翻意されると、そうとう厳しいのですが──


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 3四歩。

 鬼首さんはまだ3分残していましたが、早指しは変わらず。

 4五馬と、急所に引いてきました。

 拙僧は59秒まで考えて、6三歩。

 7二角、9二玉。

 鬼首さんの手が止まりました。

「ん~、どう寄せっかな」

 先手の候補手は多いです。6一角成か、8四歩か、7四と。

 7四とは、ぬるいように思います。詰めろではありません。

 8四歩は明確な詰めろ。8三角成、8一玉、6三馬以下。

 6一角成は詰めろですか? 第一感、詰めろですが……8三金からバラして、7四とと寄れば詰むような……。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 拙僧が読み切るまえに、鬼首さんは着手。

 8四歩ですか……やはり詰めろをかけてきました。

 拙僧はもう5六金で勝負するしかありません。

 同玉なら逆転しますが、それはさすがに期待が薄いです。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「5六金」

 鬼首さんはノータイムで3六玉。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「3五銀」

 すこしでも綾をつけます。

 2七玉なら逆転。

 鬼首さんはこの手を意外に思ったのか、考えました。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 サッと同馬。

 同歩、2六玉、3四桂、2五玉、1四角、3四玉。


挿絵(By みてみん)


 足りますか?

 金銀桂があれば、押しもどしてなんとかなるかもしれません。

 しぃちゃん、拙僧に力を。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「2二桂」

 鬼首さんは王様に指をそえて、横にスライド。2四玉。

 そちらですか……入玉するなら4四玉だと思いましたが、する気がない、と?

 押しもどすチャンスが到来。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 2三金と打って、入玉を阻止。

 ほとんどノータイムで1五玉。

 ここで角があれば、3三角が決まります。

 7二金で回収できそうですか?


 30……40……


 3三角が打てれば、予想以上に良さそうです。

 うまくいけば、詰むやも。


 50……ピッ、ピッ、ピッ


 金に指を添えて──


「……!」


 ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 駒がテーブルのうえを跳ねました。

 鬼首さんは、

「おーい、気をつけろよ」

 と言って、盤面を確認。すぐに2六玉。

 拙僧は、

「失礼いたしました」

 と謝ってから、駒を整頓。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………7二金は、後手が詰んでいました。8一銀で。

 無念。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 8四飛成。

 鬼首さんは角をひっくり返して、6一角成。

 これは8三金以下の詰めろ。

 しかし、6六の銀が詰みのかなめなので、6六金とすれば消せるのでは?

 それとも、王手王手で迫ったほうがよいですか?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「3四桂」

「お、玉砕か? 足りないだろ。2七玉」

 鬼首さんが59秒まで考えないので、時間が──


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! 閃きましたッ!


「6六金」


挿絵(By みてみん)


 これが詰めろ。6六同歩ならば、2六歩、2八玉、2七銀、3九玉、3八銀成、同金、8九龍、4九銀、3八龍、同玉、4六桂、同歩、2七銀、4八玉、4七金、3九玉、3八金までです。

 この手が詰めろならば、まだ希望が──

「んー……詰めろか。5八歩」

 ッ! ……解除されてしまいました。

 もう一度かかりますか? 3六歩などは?

 3六歩、6六歩、2六銀……詰みません。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! 


「6九龍」

 鬼首さんは、大きく息をつきました。

「こいつは詰めろじゃないが、後手も詰まないんだよなあ」

 6六歩と、取って来そうです。これは詰めろ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 鬼首さんは7四とと寄りました。

 これも簡単な詰めろ。同龍でも詰み。

 今度こそ解除も不能──詰ますほかなし。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「2六歩」

 王手自体は、そうとう続きます。

 拾える駒も多いです。あとは御仏のご加護があるかどうか。

 2八玉、2七銀、同銀、同歩成、同玉、2六銀。


挿絵(By みてみん)


 この銀打ちに賭けます。

 1分将棋では読み切れないのですが、詰む筋があるとすれば、これのはず。

 すくなくとも3八玉なら詰みます。4七角成以下。

 ノータイム指しだった鬼首さんの手も止まりました。

「ん……けっこうめんどいか」

 鬼首さんはテーブルを指で小突いて、それから前髪をなおしました。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 2八玉。

 金駒がもう1枚あればいいのですが、完全にないものねだり。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 3七銀成、同玉、4七角成。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………詰むのでは?

 いえ、同玉が詰むのはわかっていたのですが、これも詰むような──


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 3六馬、2八玉、2七歩、3九玉。

 拙僧は59秒まで考えて、4九龍と切りました。

 同玉、8九龍。


挿絵(By みてみん)


 鬼首さんは、持ち駒を確認。

 表情が変わって、手元を凝視しました。

「……あ、合駒が悪いッ!?」

 そうです。金銀が詰むのはもちろんのこと、桂馬でも詰みます。

 5九桂、同龍、同玉、3七馬、4八銀、4七桂、4九玉、3八金まで。

 なにか錯覚があったのでは? それとも、途中から完全に詰んでいたのでしょうか?

 鬼首さんはしばらく唖然としたあと、持ち駒をがしゃりと崩しました。

「オレの……負けだ」

 あまりの幕切れに、拙僧は礼が遅れました。

「ありがとうございました」

 沈黙。

 鬼首さんは後頭部をガリガリと掻き、チッと舌打ちをしました。

「これ、感想戦いるか?」

「感想戦は、負けたがわの権利だとうかがっています。鬼首さんのお好きなように」

「……じゃあ、特にねーな。オレのポカだ」

 お訊きしたい箇所はあるのですが……しかたがありません。

 鬼首さんは席を立ちました。

 拙僧は周囲を一瞥。

 背後に、磯前いそざきさんと早乙女さおとめさんが立っていました。

 ふたりの気配から、拙僧は事態を察知。

「三者プレーオフですか?」

「そ、あたしとひよこ素子もとこちゃんで、プレーオフ……じゃ、またあとで」

 磯前さんたちは即座に退散。

 おふたりには、不慮の顛末でしたか。拙僧が負ければ、プレーオフはありませんでした……いえ、そのように邪推するのは、失礼かもしれません。

 いずれにせよ、先にインタビューを。

 インタビューコーナーでイヤホンをはめると、内木うちきさんの声が聞こえました。

《おつかれさまです。内木です》

「おつかれさまです」

《プレーオフ進出、おめでとうございます。本局は鬼首選手の頓死かと思いますが、大谷選手のご感想は?》

「さようですね……最後が頓死かどうかは、まだ判断がついておりません。本局全体について言えば、終始、拙僧が悪かったように思います」

《具体的に疑問だったと感じた局面は、ありますでしょうか?》

「いろいろとありますが、一番は8九飛成としたところです。振り返ってみると、4五桂が最善だったかもしれません」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「4八玉ならば6五歩、4六玉ならば1二角で、先手を縛れた可能性があります」

《あくまでも5七の玉を、直接とがめたほうがよかった、ということでしょうか?》

「はい。本譜は先手をかく乱する方針でしたが、鬼首さんの応手が的確でした。拙僧の実力不足を感じた一局です」

《承知しました。伊吹いぶきさん、なにかありますか?》

夜ノよるの伊吹いぶきでーす。本局、先手も後手も詰み筋が多かったみたいですが、対局中はどのように考えていたんでしょうか?》

 むずかしいご質問です。

 しばし、思考の整理を。

「後手劣勢になってからは、先手の頓死筋を模索していました。うまくかかる順もありましたが、鬼首さんはどれも回避なされ、苦しかったのが実情です。後手の詰めろは、あとになるほど解除ができないかたちになりました。しかし、最後に頓死で……頓死と仮定すれば、の話ですが、拙僧が助かったのは、その粘りのおかげだと思います」

《なるほどぉ、6六金の詰めろは、解説席でも盛り上がってました。ちなみに、2六歩、1八玉、6六金だと、詰みますよね?》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「はい、それは詰みます。8三銀と打って、同龍、同馬、同玉、8七飛以下です。このとき8四に打つ合駒が、銀と角しかありません。2六の歩を温存していれば、8四歩で受かります」

《了解でーす。それではプレーオフ、がんばってください》

「ここまでのご解説、ありがとうございました」

 イヤホンを外して、深呼吸。

 3泊4日の予選は、まことに苛烈なレースでした。

 とはいえ、17局指して、まだ道半ば。

 いただいたチャンスは、最大限に活かします。

 いざ、プレーオフの舞台へ。

【現時点の女子戦況】

 1位 萩尾萌   15勝2敗 全局終了 決勝トーナメント進出確定

 2位 鬼首あざみ 13勝4敗 全局終了 決勝トーナメント進出確定

 3位 磯前好江  12勝5敗 全局終了 プレーオフ

    大谷雛   12勝5敗 全局終了 プレーオフ

    早乙女素子 12勝5敗 全局終了 プレーオフ

 6位 温田みかん 11勝6敗 全局終了 予選敗退

    桐野花   11勝6敗 全局終了 予選敗退

    剣桃子   11勝6敗 全局終了 予選敗退

    梨元真沙子 11勝6敗 全局終了 予選敗退


場所:第10回日日杯 4日目 女子の部 17回戦

先手:鬼首 あざみ

後手:大谷 雛

戦型:相掛かり


▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩 ▲7八金 △3二金

▲3八銀 △7二銀 ▲9六歩 △3四歩 ▲2四歩 △同 歩

▲同 飛 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲5八玉 △5二玉

▲7六歩 △7四歩 ▲3四飛 △3三角 ▲3六飛 △8五飛

▲2六飛 △2二銀 ▲7七桂 △8二飛 ▲8五歩 △4四角

▲3六飛 △3三桂 ▲1六歩 △6四歩 ▲1七桂 △3五歩

▲2六飛 △5四歩 ▲6五桂 △5五歩 ▲2二飛成 △同 金

▲5三銀 △同 角 ▲同桂成 △同 玉 ▲3一角 △6二玉

▲2二角成 △4五桂 ▲5五馬 △8五飛 ▲4六馬 △6五桂

▲5六金 △5七桂左成▲同 金 △同桂成 ▲同 馬 △2七歩

▲2九歩 △7三桂 ▲8六歩 △同 飛 ▲3五馬 △4四銀

▲同 角 △同 歩 ▲同 馬 △5三歩 ▲5四歩 △6五桂

▲5三歩成 △7三玉 ▲5七桂 △同桂成 ▲同 玉 △7六飛

▲5六歩 △4三歩 ▲同 と △5五歩 ▲6六銀 △5六歩

▲同 玉 △1二角 ▲3四桂 △4二歩 ▲5三と △3三歩

▲6八桂 △8六飛 ▲5七玉 △3四角 ▲5四と △8九飛成

▲5五馬 △6二玉 ▲6四と △8六桂 ▲7三歩 △8一銀

▲5四歩 △7八桂成 ▲5三歩成 △7一玉 ▲8二歩 △8七飛

▲8一歩成 △同 玉 ▲4五銀 △7九龍 ▲3四銀 △6八龍

▲4六玉 △3四歩 ▲4五馬 △6三歩 ▲7二角 △9二玉

▲8四歩 △5六金 ▲3六玉 △3五銀 ▲同 馬 △同 歩

▲2六玉 △3四桂 ▲2五玉 △1四角 ▲3四玉 △2二桂

▲2四玉 △2三金 ▲1五玉 △2四銀 ▲2六玉 △8四飛成

▲6一角成 △3四桂 ▲2七玉 △6六金 ▲5八歩 △6九龍

▲7四と △2六歩 ▲2八玉 △2七銀 ▲同 銀 △同歩成

▲同 玉 △2六銀 ▲2八玉 △3七銀成 ▲同 玉 △4七角成

▲2七玉 △3六馬 ▲2八玉 △2七歩 ▲3九玉 △4九龍

▲同 玉 △8九龍


まで164手で大谷の勝ち

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