535手目 振り飛車党対決
※ここからは、三和さん視点です。女子第17局開始時点にもどります。
さーて、予選最終局。
解説の仕事も、これで最後。はりきっていこう。
となりの順子ちゃんは、
「あ~、つかれた」
と、すでにおじさんモード。
「不摂生のたまものだね」
「んなこたーない。徹マンで鍛えてるし」
「いや、それが不摂生なんだけど……」
酒飲みながら徹夜で麻雀するとか、不健康のきわみでしょ。
ま、若いころから節制しても、おもしろくないのは事実だけど。
順子ちゃんは、
「お花ちゃんのところ観ようよ。ギリなんでしょ?」
と言った。
「了解」
タブレットを操作して、チャンネルを切り替え。
対戦相手もチェック。梨元さんだね。
私はここまでの勝ち星を見て、
「へえ、梨元さん、8連勝中なんだ」
とつぶやいた。
「真沙子ちゃん、やるねえ。だてにコスプレしてない」
コスプレ関係ある?
とりあえず最後だから、なにか気の利いた言葉を、といっても思いつかず。
解説らしく解説するくらいしか、ないか。
戦型予想から。
「ふたりとも振り飛車党なんだよね」
と持ち掛けてみる。
「相振りなんじゃないの?」
「相振りってさ、プロだと女流ではよく見るよね」
「んー、まあそうだけど、じゃあそれ参考にするかっていうと、別っしょ」
アマがプロを参考にするかどうかは、もちろん別だ。
でも大学将棋のトップ層は、けっこう参考にしてる感じがする。
タブレットの画面で、桐野さんが振り駒。
駒をゆっくりかき混ぜて、かるくばらまく──梨元さんの先手っぽい。
《間もなく開始です。ご準備ください》
じゃ、本番へ。
……ピポ
5六歩、3四歩、5八飛、5四歩。
【先手:梨元真沙子(T取県) 後手:桐野花(H島県)】
相中じゃん。
これは予想してなかった。
順子ちゃんは、
「いいねえ、お祭りらしくなってきた」
と言った。
「じゃあ順子ちゃん、解説、どうぞ」
「うーん、わかんない」
「先手は準備してきたと思うんだよね」
順子ちゃんも、これには同意した。
「だね。ダイレクト向かい飛車回避っしょ」
「桐野さんの相中、見たことある?」
順子ちゃんは、ないと答えた。
「三和っちもないんじゃないの? うちら居飛車党じゃん」
「たしかに。だいたい決勝まで残ってるから、観戦機会もないし」
「ハァ~、イヤミ」
いや、事実だからね、しょうがない……っと、けっこう進んでる。
7六歩、5二飛、4八玉、1四歩、3八玉、7二金、1六歩、6二銀かな。
梨元さんは7七角と上がった。
同角成、同桂で交換後、2二飛。
私は、
「向かい飛車に振りなおしたね。やっぱ十八番のほうがいいってことかな」
とコメントした。
順子ちゃんは、
「先手も振りなおすんじゃない? 相振りだと、中飛車ってあんまよくないんでしょ?」
と、セオリー論に。
「一般的には、そう言われてるね。だけど先手は研究してきてるでしょ、これ」
梨元さんは、6六角と打ち直した。
3三角に5五歩。
このへんも手が早いから、研究手順なんだよね、たぶん。
というわけで、この中飛車がどう発展するのかは、未知数だ。
同歩、同飛、6一玉、5九飛、4二銀、7八銀、2四歩、2八銀。
順子ちゃんは、
「たしかに研究くさい。お花ちゃん、ハマった?」
と、ちょっと心配してた。
「どうかな、先手のかたちって、そんなによくないよ。ムリしてる感じがする。それに桐野さんって、直感型だよね。梨元さんの手は早いけど、ここまでの消費時間に差はない」
消費時間は、おたがいに5分ずつ。
お花ちゃんあいてに時間攻めするのは、むずかしいんだよね。
このへんは、過去の対局経験からも、実感できる。
2五歩、8六歩、6六角、同歩、3三銀、5四歩。
先手は5筋に歩を垂らした。
この手に1分考えている。そろそろ研究から外れてそう。
4四銀、8五歩、3三桂、4八金、9四歩、4六歩。
んー、8筋の突きは、飛車の振りなおしかもしれない。
となると、相向かい飛車か。忙しい将棋だ。
私は、
「しばらくは駒組みかな。先手も後手も、組み方が難しいけど」
とコメントした。
順子ちゃんも、
「だねえ、先手は4七金としても、全然くっついてない。後手はひらべったすぎ」
と同意した。
5二歩、4七金。
ここで桐野さんは、2六歩を一本入れた。
同歩、同飛、2七歩、2四飛、6七銀。
梨元さんもがんばってるけど、ちょっとずつ時間差がついてきた。
先手が18分、後手が22分。
桐野さんがとにかく速い。
今47手だから、後手は8分で23手。一手20秒くらいしかかけてない。
次の3五歩も、そのくらいで指された。
5八金、7四歩、8九飛、7三銀、1七銀。
先手、囲いに苦心。
私は、
「異様な早指しがあいてのとき、順子ちゃんなら、どうする?」
とたずねた。
「べつに気にしなくない?」
「さすがは順子ちゃん、鈍感力」
「ちがうって。関東のおっきい大会出たら、小学生と当たるじゃん」
たしかに、小学生チームと当たったら、時間差がすごいんだよね。
ノータイムでバンバン指してくる。
そういうのを考えると、大学生になってからのほうが、いろんな層と指してるな。
社会人とも指す。
「将棋の世界って広いよね。おとなもこどももないし」
「三和っち、どうしたの? もう人生達観してきた?」
医局の人間関係のドロドロ具合に、達観しちゃいそうだよ。
まあ、それは置いといて。
盤面も進んだね。
さっきのところから、7一玉、9六歩、5五銀、5九飛。
先手、揺さぶられてる。
「順子ちゃん、どっち持ち?」
「どっちも持ちたくない」
居飛車党の平均的な意見は、それかも。
どうバランスを取ればいいのやら、という。
「私は微妙に後手」
「マ? なんで?」
「先手陣には、わずかに隙がある」
「後手だってあるじゃん。飛車動いたら2二角だから、動けないっしょ」
それが動けるんだなあ──と、5四飛がきた。
順子ちゃんは、目を白黒させる。
「え、2二角で、どうすんの?」
「4四銀がある」
【参考図】
順子ちゃんはちょっと考えて、
「あ~、放置で1一角成なら、6八角って打てるんだ」
と、狙いを読んでくれた。
「この手があるから、後手を持ちたい。2二角、4四銀、5六銀と受けるなら、いったん1二香と手をもどす。1一角成に3四角で紐づけ」
梨元さんも、手が止まった。
これはアレかな、指されて気づいたパターンか。
カウボーイハットのつばをつまみ、じっと盤を見ていた。
それからお茶を飲んで、前傾姿勢に──と、こんどは椅子にもたれかかった。
せわしないね。
「順子ちゃんなら、どう指す?」
「2二角がダメなら、7五歩と攻め合うしか、ないんじゃない?」
「んー、2二角がダメとまでは、いかないんだよね。べつに悪手じゃないし……ただ、7五歩も確かに……いや、どうかな、同歩のあと、どうするの?」
「9五歩とか……ダメか」
私たちは、いろいろと検討した。
8四歩なんかも考えた。
一周回って、2二角と打っちゃっていいのでは、という結論に。
それで先手がよくなるわけじゃないけど。
パシリ
あ、指した。
そこかあ。
順子ちゃんは、
「え、なにこれ? 意味あるの?」
と、ぶっちゃけトーク気味に。
私も読まないと、すぐには解説できない。
「……なるほどね」
「解説プリーズ」
「手渡しだ。2二角、4四銀、5六銀以下は、手詰まり感がある。7五歩もむずかしい。さっきは同歩を読んだけど、6四角で金を狙いに行く手もある。となると、先手から仕掛けるのは困難で、手を渡したい。マイナスにならないのは、2六銀くらいしかない」
順子ちゃんは、なるほどね、と言いつつも、
「だけどさ、消極的すぎるんじゃない?」
と疑問を呈した。
「梨元さんの棋譜をちょっと見たんだけど、ひよるときはひよってるよ。早乙女戦の2六歩とか。派手にみえて、慎重派なんじゃないかな」
パシリ
桐野さんも応じた。
4四銀、6五角、5三飛、5六角、6四歩、6五歩。
うーん、先手の陣形が気持ち悪すぎる。
後手有利になってきた感じ。
とはいえ、後手からの決定的な攻めも、ないんだよね。
8二玉、2八玉、5一金と駒組みが進んで、飽和した。
私はタブレットをつつきながら、
「単に6四歩は弱いから、7五歩を絡めたい」
とコメントした。
「けっきょく筒井様の7五歩か」
あのさあ、これマイク入ってるんだよ。
じぶんに様づけは、ヤバいでしょ。
パシリ
7五歩。
以下、同歩、6四歩、同銀、9五歩。
先手、動き出した。
同歩、8九飛、5五銀右。
いやあ、これは──
「三和っち、どっち持ち?」
「順子ちゃんから、どうぞ」
「じゃあ同時に言おうか」
3、2、1
「「後手」」




