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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
547/686

535手目 振り飛車党対決

※ここからは、三和みわさん視点です。女子第17局開始時点にもどります。

 さーて、予選最終局。

 解説の仕事も、これで最後。はりきっていこう。

 となりの順子じゅんこちゃんは、

「あ~、つかれた」

 と、すでにおじさんモード。

「不摂生のたまものだね」

「んなこたーない。徹マンで鍛えてるし」

「いや、それが不摂生なんだけど……」

 酒飲みながら徹夜で麻雀するとか、不健康のきわみでしょ。

 ま、若いころから節制しても、おもしろくないのは事実だけど。

 順子ちゃんは、

「お花ちゃんのところ観ようよ。ギリなんでしょ?」

 と言った。

「了解」

 タブレットを操作して、チャンネルを切り替え。

 対戦相手もチェック。梨元なしもとさんだね。

 私はここまでの勝ち星を見て、

「へえ、梨元さん、8連勝中なんだ」

 とつぶやいた。

真沙子まさこちゃん、やるねえ。だてにコスプレしてない」

 コスプレ関係ある?

 とりあえず最後だから、なにか気の利いた言葉を、といっても思いつかず。

 解説らしく解説するくらいしか、ないか。

 戦型予想から。

「ふたりとも振り飛車党なんだよね」

 と持ち掛けてみる。

「相振りなんじゃないの?」

「相振りってさ、プロだと女流ではよく見るよね」

「んー、まあそうだけど、じゃあそれ参考にするかっていうと、別っしょ」

 アマがプロを参考にするかどうかは、もちろん別だ。

 でも大学将棋のトップ層は、けっこう参考にしてる感じがする。

 タブレットの画面で、桐野きりのさんが振り駒。

 駒をゆっくりかき混ぜて、かるくばらまく──梨元さんの先手っぽい。

《間もなく開始です。ご準備ください》

 じゃ、本番へ。


 ……ピポ


 5六歩、3四歩、5八飛、5四歩。


【先手:梨元なしもと真沙子まさこ(T取県) 後手:桐野きりのはな(H島県)】

挿絵(By みてみん)


 相中あいなかじゃん。

 これは予想してなかった。

 順子ちゃんは、

「いいねえ、お祭りらしくなってきた」

 と言った。

「じゃあ順子ちゃん、解説、どうぞ」

「うーん、わかんない」

「先手は準備してきたと思うんだよね」

 順子ちゃんも、これには同意した。

「だね。ダイレクト向かい飛車回避っしょ」

「桐野さんの相中、見たことある?」

 順子ちゃんは、ないと答えた。

「三和っちもないんじゃないの? うちら居飛車党じゃん」

「たしかに。だいたい決勝まで残ってるから、観戦機会もないし」

「ハァ~、イヤミ」

 いや、事実だからね、しょうがない……っと、けっこう進んでる。


挿絵(By みてみん)


 7六歩、5二飛、4八玉、1四歩、3八玉、7二金、1六歩、6二銀かな。

 梨元さんは7七角と上がった。

 同角成、同桂で交換後、2二飛。

 私は、

「向かい飛車に振りなおしたね。やっぱ十八番のほうがいいってことかな」

 とコメントした。

 順子ちゃんは、

「先手も振りなおすんじゃない? 相振りだと、中飛車ってあんまよくないんでしょ?」

 と、セオリー論に。

「一般的には、そう言われてるね。だけど先手は研究してきてるでしょ、これ」

 梨元さんは、6六角と打ち直した。

 3三角に5五歩。

 このへんも手が早いから、研究手順なんだよね、たぶん。

 というわけで、この中飛車がどう発展するのかは、未知数だ。

 同歩、同飛、6一玉、5九飛、4二銀、7八銀、2四歩、2八銀。


挿絵(By みてみん)


 順子ちゃんは、

「たしかに研究くさい。お花ちゃん、ハマった?」

 と、ちょっと心配してた。

「どうかな、先手のかたちって、そんなによくないよ。ムリしてる感じがする。それに桐野さんって、直感型だよね。梨元さんの手は早いけど、ここまでの消費時間に差はない」

 消費時間は、おたがいに5分ずつ。

 お花ちゃんあいてに時間攻めするのは、むずかしいんだよね。

 このへんは、過去の対局経験からも、実感できる。

 2五歩、8六歩、6六角、同歩、3三銀、5四歩。

 先手は5筋に歩を垂らした。

 この手に1分考えている。そろそろ研究から外れてそう。

 4四銀、8五歩、3三桂、4八金、9四歩、4六歩。


挿絵(By みてみん)


 んー、8筋の突きは、飛車の振りなおしかもしれない。

 となると、相向かい飛車か。忙しい将棋だ。

 私は、

「しばらくは駒組みかな。先手も後手も、組み方が難しいけど」

 とコメントした。

 順子ちゃんも、

「だねえ、先手は4七金としても、全然くっついてない。後手はひらべったすぎ」

 と同意した。

 5二歩、4七金。

 ここで桐野さんは、2六歩を一本入れた。

 同歩、同飛、2七歩、2四飛、6七銀。

 梨元さんもがんばってるけど、ちょっとずつ時間差がついてきた。

 先手が18分、後手が22分。

 桐野さんがとにかく速い。

 今47手だから、後手は8分で23手。一手20秒くらいしかかけてない。

 次の3五歩も、そのくらいで指された。

 5八金、7四歩、8九飛、7三銀、1七銀。


挿絵(By みてみん)


 先手、囲いに苦心。

 私は、

「異様な早指しがあいてのとき、順子ちゃんなら、どうする?」

 とたずねた。

「べつに気にしなくない?」

「さすがは順子ちゃん、鈍感力」

「ちがうって。関東のおっきい大会出たら、小学生と当たるじゃん」

 たしかに、小学生チームと当たったら、時間差がすごいんだよね。

 ノータイムでバンバン指してくる。

 そういうのを考えると、大学生になってからのほうが、いろんな層と指してるな。

 社会人とも指す。

「将棋の世界って広いよね。おとなもこどももないし」

「三和っち、どうしたの? もう人生達観してきた?」

 医局の人間関係のドロドロ具合に、達観しちゃいそうだよ。

 まあ、それは置いといて。

 盤面も進んだね。


挿絵(By みてみん)


 さっきのところから、7一玉、9六歩、5五銀、5九飛。

 先手、揺さぶられてる。

「順子ちゃん、どっち持ち?」

「どっちも持ちたくない」

 居飛車党の平均的な意見は、それかも。

 どうバランスを取ればいいのやら、という。

「私は微妙に後手」

「マ? なんで?」

「先手陣には、わずかに隙がある」

「後手だってあるじゃん。飛車動いたら2二角だから、動けないっしょ」

 それが動けるんだなあ──と、5四飛がきた。

 順子ちゃんは、目を白黒させる。

「え、2二角で、どうすんの?」

「4四銀がある」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 順子ちゃんはちょっと考えて、

「あ~、放置で1一角成なら、6八角って打てるんだ」

 と、狙いを読んでくれた。

「この手があるから、後手を持ちたい。2二角、4四銀、5六銀と受けるなら、いったん1二香と手をもどす。1一角成に3四角で紐づけ」

 梨元さんも、手が止まった。

 これはアレかな、指されて気づいたパターンか。

 カウボーイハットのつばをつまみ、じっと盤を見ていた。

 それからお茶を飲んで、前傾姿勢に──と、こんどは椅子にもたれかかった。

 せわしないね。

「順子ちゃんなら、どう指す?」

「2二角がダメなら、7五歩と攻め合うしか、ないんじゃない?」

「んー、2二角がダメとまでは、いかないんだよね。べつに悪手じゃないし……ただ、7五歩も確かに……いや、どうかな、同歩のあと、どうするの?」

「9五歩とか……ダメか」

 私たちは、いろいろと検討した。

 8四歩なんかも考えた。

 一周回って、2二角と打っちゃっていいのでは、という結論に。

 それで先手がよくなるわけじゃないけど。


 パシリ


 あ、指した。


挿絵(By みてみん)


 そこかあ。

 順子ちゃんは、

「え、なにこれ? 意味あるの?」

 と、ぶっちゃけトーク気味に。

 私も読まないと、すぐには解説できない。

「……なるほどね」

「解説プリーズ」

「手渡しだ。2二角、4四銀、5六銀以下は、手詰まり感がある。7五歩もむずかしい。さっきは同歩を読んだけど、6四角で金を狙いに行く手もある。となると、先手から仕掛けるのは困難で、手を渡したい。マイナスにならないのは、2六銀くらいしかない」

 順子ちゃんは、なるほどね、と言いつつも、

「だけどさ、消極的すぎるんじゃない?」

 と疑問を呈した。

「梨元さんの棋譜をちょっと見たんだけど、ひよるときはひよってるよ。早乙女さおとめ戦の2六歩とか。派手にみえて、慎重派なんじゃないかな」


 パシリ


 桐野さんも応じた。

 4四銀、6五角、5三飛、5六角、6四歩、6五歩。


挿絵(By みてみん)


 うーん、先手の陣形が気持ち悪すぎる。

 後手有利になってきた感じ。

 とはいえ、後手からの決定的な攻めも、ないんだよね。

 8二玉、2八玉、5一金と駒組みが進んで、飽和した。

 私はタブレットをつつきながら、

「単に6四歩は弱いから、7五歩を絡めたい」

 とコメントした。

「けっきょく筒井つつい様の7五歩か」

 あのさあ、これマイク入ってるんだよ。

 じぶんに様づけは、ヤバいでしょ。


 パシリ


 7五歩。

 以下、同歩、6四歩、同銀、9五歩。

 先手、動き出した。

 同歩、8九飛、5五銀右。


挿絵(By みてみん)


 いやあ、これは──

「三和っち、どっち持ち?」

「順子ちゃんから、どうぞ」

「じゃあ同時に言おうか」

 3、2、1

「「後手」」

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