533手目 悪あがき
※ここからは、鳴門くん視点です。
耕平、踏み込んできたね。
僕としては、歓迎する。持将棋の懸念も消えた。
我ながら、細いルートを選んだと思う。だけど、耕平リスペクトでもあるんだよ。最終戦がほんとに楽勝だと思ってたら、あのまま指したからね。持将棋で休憩なしは分が悪いと思ったから、あそこで切り上げたわけ。
と、弁明はここまで。
僕は3分の長考で、2四歩と取った。
3三歩成、4六歩、5八銀、3六角、4八歩。
先手は押し込まれた。けど、後手も危ない。
自陣と敵陣のくらべっこになる。
ひとまず2九飛で追撃。
耕平は5九銀でがっちりガード。
4七歩成、同歩、4六歩、3九歩。
4六同歩じゃないのか。てっきり取ると思ったけど。
3三金、同角成の変化に、イヤなところがあったのかな。
本譜は、僕の歩成りが成立した。
4七歩成、同銀、同角成、3二と、8六歩、同歩、3七馬。
耕平は1一角成と成り込んだ。
僕は3二銀。
と金を取らせる展開。
生かすなら、3三とか3三角成もあったよね。
とはいえ、金銀が密集しているから、ムリに生かすのはよくなかったかも。
耕平は4四桂と打った。1一角成からの継続手だ。
この次が問題。後手も手をつなげていかないと、一方的に寄せられてしまう。
耕平からは、イケるオーラがちょっと出ている。
2七馬は……んー、どうだろう。2七馬、3二桂成、4九馬と突っ込んでも、8五香という攻防がある。これは、8四歩と打たせて、飛車を無力化する手。そこで7一銀と引っかければ、挟撃形になる。後手が積極的に選ぶ順じゃない。
そこで2八飛成は? これって案外、詰めろじゃないかな? ……詰めろだな。7八龍と切って、同玉に8七金捨てがある。同玉、9五桂、9六玉、8七銀、9五玉、9四金までだ。
でも、そんなに難しい詰みじゃない。耕平は気づくだろうね。3八金と受けられて、難しいか。僕はいったん飛車を逃げないといけない。龍は見捨てるしかなくなる。この順があるなら、先手のほうが速い可能性が出てきた。
2七馬は、足りないかもしれない。
でも、ほかに攻めがある? 8七歩と押さえとくとか?
……………………
……………………
…………………
………………そっか、もうひとつある。
3八銀だ。
(※図は鳴門くんの脳内イメージです。)
むりやりこじ開ける。
同金、同馬、同歩、5九飛成は、さすがに僕の勝ち。
6九金と打たれても、8七桂、8八玉、6九龍で、どんどん取れる。
僕のほうはだいじょうぶだよね? ……うん、だいじょうぶだ。寄らない。
3八同金、同馬に5二桂成は、あるかな?
こっちのほうが心配だ。
同玉、4八銀打……ん? 意外にアリ?
同馬はダメだよね。4七歩?
僕は4七歩、6五桂以下の攻め合いを読んだ──微妙。
5三桂成、同玉の瞬間、7一角がある。王手飛車だ。
2七馬のほうがいい?
でもなあ、2七馬、3二桂成のあと、さっき読んだ順に入りたくない。
さらに1分ほど読む。
「……3八銀」
僕は銀を打った。決断というよりは、見切りに近い。
耕平は「え?」みたいな表情。
読んでなかった? それとも、6五桂~5三桂成~7一角があるから、軽視したかな。
どっちもありえるし、どっちでも局面に影響はない。もう指しちゃったからね。
耕平は長考に入った。
僕もここから良くする順を考える。
3分ほどして、耕平も動いた。
5二桂成、同玉を決めてから、3八金だった。
けっきょく本線か。
同馬、4八銀打。
耕平の長考のあいだに、対応は考えてあった。
「3六桂」
耕平は、
「そうなんっすよねえ」
と言って、嘆息した。
コロンブスの卵みたいな手だよね。
4七歩、6五桂は、微妙。
だったら6五桂と跳ねさせなければいい。
馬筋を維持するための、3六桂。
歩で取れるものを桂馬で取る、という発想、悪くない。若干自画自賛。
もちろん耕平も気付いていたから、次の手は早かった。
3八歩。
以下、4八桂成、6五桂で、寄せ合いに突入。
残り時間は、僕が10分、耕平が9分。いい勝負。
放置で勝てれば、一番いいんだけど……5九飛成、6九金、8七桂、同金、6八金、8八玉、6九龍の瞬間、どうなるか。後手が詰むなら、負け。詰まなければ、勝ち。先手は5三桂成と突っ込むしかない。同玉、7一角、6二桂……難しいな。勘だけど、長手数の詰みがあるように感じる。かたち的にも、持ち駒的にも。
6五桂から入って……4三玉、4四金、5二玉……やっぱり詰みそうだ。5三金、6一玉、6二金、同飛、同角成、同玉に4四馬と引いたかたちが、どう見ても寄りだ。
(※図は鳴門くんの脳内イメージです。)
すると、これは僕の速度負けなのか。
受ける必要があるな。
受けても寄るようなら、そこまで。
ここから僕は、かなり時間を使った。一手間違えたら、もう引き返せない。
さいわいなことに、耕平は桂馬を持っていない。5三桂成のあと、即座には打ち直せないんだよね。桂馬のおかわりアタックはない。例えば6四銀打、5三桂成、同銀のあと、6五桂の打ち直しはなくて、先手はべつの手で迫らないといけない。
僕はそのべつの手を考えた──4四銀か4四金くらいかな。狙いは単純で、5三へ突っ込んでから7一角。この王手飛車の筋は、なんども出てくる。
ただ、さっきと違う点が、ひとつある。6五に桂馬がいない、ということだ。ここに桂馬がいないと、5九飛成、6九金に8九金が成立する。
(※図は鳴門くんの脳内イメージです。)
これ詰みなんだよね。
同玉、6九龍、7九香に7八龍と切って、同玉、7七金、同玉。ここで僕のほうから6五桂と打てる。6八玉、5八金、7八玉、7七銀、8九玉、8六飛まで。
というわけで、6九には香車を打つしかない。それは詰まない。そこで4四銀と手をもどして、同馬に5三銀と弾いて、どうかな。
あ、そうだ、もうひとつ、4四銀と最初に打てば詰まない……のか?
そのケースも読む必要があった。
考えないといけないことが、多すぎる。
10分あった残り時間は、すでに3分を切っていた。
切り上げるタイミングをのこり1分に設定して、細部まで確認。
1:03 1:02 1:01 1:00
僕は6四銀打とした。
耕平は5三桂成。
早かったね。それしかないのもあるけど。
同銀、4四金、5九飛成、6九香、4四銀、同馬、5三銀、同馬。
僕は同玉と取った。
耕平は1分ほど小考。7一角。
6二桂、6八銀で、おたがいに受けあった。
僕は最後の確認。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8七歩」
耕平、動きが止まる。
右手が口もとに行きかけた。
5九銀とは取れないよ。8八金以下で、詰むからね。
8七同金も詰むから、除去もできない。
この楔に気づいたとき、後手優勢の確信が持てた。
3分残していた耕平は、ここから長考。
首をかしげて後頭部をかいたり、メガネをなおしたり。
かなり困っているっぽい。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
7七銀打。
ここからは両者1分将棋。
6九龍、同玉、5八金、7九玉、6八金、同玉、5九角。
持ち駒がころころと入れ替わる。
僕は自陣をなんども確認した。
6九玉、5八銀、7九玉、7七角成。
寄った。取ったら詰み。
金銀をギリギリ使う展開だけど、僕の持ち駒にはまだ桂香がある。5一飛で金銀を消費させる手は使えない。
追加で先手が痛いのは、王手のための桂馬がないことだよね。6二角でムリヤリ入手するのは、同玉、5三金、同玉、6五桂に4四玉と上がって詰まない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「負けました」
「ありがとうございました」
ふーッ、条件1は達成。まだ崖の木に掴まっている。
耕平は全15局の疲れを取るように、大きく背伸びをした。
「いやあ、最後ひどかったっす。2五角しか考えてなかった」
「8七歩のところで?」
「そう、攻防だから絶対打ってくると思った」
【検討図】
「これでも俺っちのほうが悪いんっすけど、本譜みたいな即寄りはなかったかも。一応、5九銀に同成桂が詰めろなんだよね。だけど4七歩、同角成、4二銀、同玉、4五飛って抜く順があるから、けっこうイケそう……あ、感想戦して、よかった?」
「もちろん。カメラ入ってるし、先に済ませよう」
バタバタしてダメだったとき、かっこ悪いしね。
僕は正直に、
「2五角は全然読んでなかった」
と伝えた。
「マジっすか。やらかしたなあ。駿好みだと思ったんだけど」
「僕は左辺よりも、6五の争奪戦だと考えてたんだよね」
4七歩と打たずに、3六桂と打った場面。
後手から6五へ桂馬を打てるように、工夫した場面。
そのあたりの思考を、僕は開示した。
「言われてみると、そうっすね。天王山を読み間違えた」
僕は、3八銀のところも提案した。
【検討図】
「本譜は5二桂成だったけど、いろいろあったよね」
耕平は金をパシリと空打ちして、4八に上がった。
「こういう手も、考えたんだよね。3九飛成、5二桂成、同玉、3七金、5九龍で、こっちが即寄りする感じはなかった」
「6九香で、迫りにくいか……なんでこれ避けたの?」
「7三桂って跳ねられたら、6五桂ができなくなるから」
僕は思案した。
もっともらしい理由だと感じた。6五が焦点というのは、僕の感想と一致している。
でも、いろいろ工夫できそうな気もした。
「その瞬間に7一角は?」
「7二飛で不発だと思うんっすよねえ。角切っても寄らないんじゃない?」
「5三角成、同玉、8五桂で、桂馬を回収しに行くと?」
耕平はちょっと考えてから、
「5八銀のほうが、早くない?」
と答えた。
「たしかに……先手のほうが攻め合い負けしそうか……」
「まあ、本譜より良かったかもしれないっすけどね」
……………………
……………………
…………………
………………そろそろ、ほかも終わり始めたかな。
この席、ちょっと終局が早かったんだよね。
耕平もそれを察したように、
「このへんにする?」
と言った。
「そうだね。ありがとうございました」
「ありがとうございました……あとは神頼みっすね」
「いやあ、将棋の神様は、えこひいきしないからなあ」
実力的に僕がベスト4じゃないのは、わかってるんだよ。
このポジションは、葦原先輩や少名でも、おかしくなかったと思う。
だけど最善は尽くす。
悪あがきするのも、将棋だから、ね。
【現時点の男子戦況】
1位 囃子原礼音 13勝2敗 全局終了 決勝トーナメント進出確定
2位 捨神九十九 12勝3敗 全局終了 決勝トーナメント進出確定
3位 吉良義伸 11勝3敗 対局中(vs石鉄) プレーオフ以上確定
4位 石鉄烈 10.5勝3.5敗 対局中(vs吉良)
5位 鳴門駿 10.5勝4.5敗 全局終了 結果待ち
6位 六連昴 10勝4敗 対局中(vs阿南)
吉良義伸
自分が勝った場合 → 決勝トーナメント進出確定
自分が負けた場合
六連勝ち → 吉良、六連でプレーオフ(2名で1枠を争う)
六連負け → 決勝トーナメント進出確定
石鉄烈
自分が勝った場合 → 決勝トーナメント進出確定
自分が負けた場合
六連勝ち → 予選敗退
六連負け → 石鉄、鳴門でプレーオフ(2名で1枠を争う)
六連昴
自分が勝った場合
吉良勝ち → 決勝トーナメント進出確定
吉良負け → 吉良、六連でプレーオフ(2名で1枠を争う)
自分が負けた場合 → 予選敗退
鳴門駿
石鉄and六連負け → 石鉄、鳴門でプレーオフ(2名で1枠を争う)
それ以外 → 予選敗退
場所:第10回日日杯 4日目 男子の部 15回戦
先手:米子 耕平
後手:鳴門 駿
戦型:居飛車力戦形
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩
▲6八銀 △4四歩 ▲7八金 △4二銀 ▲4八銀 △3二金
▲4六歩 △4三銀 ▲6九玉 △5四歩 ▲4七銀 △6二銀
▲7九玉 △5三銀 ▲5六銀 △5二金 ▲2五歩 △3三角
▲3六歩 △7四歩 ▲4五歩 △同 歩 ▲3七桂 △7七角成
▲同 桂 △4六歩 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩
▲2八飛 △1四歩 ▲6六角 △4七歩成 ▲同 銀 △3三桂
▲3五歩 △同 歩 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩
▲3四歩 △2四歩 ▲3三歩成 △4六歩 ▲5八銀 △3六角
▲4八歩 △2九飛 ▲5九銀 △4七歩成 ▲同 歩 △4六歩
▲3九歩 △4七歩成 ▲同 銀 △同角成 ▲3二と △8六歩
▲同 歩 △3七馬 ▲1一角成 △3二銀 ▲4四桂 △3八銀
▲5二桂成 △同 玉 ▲3八金 △同 馬 ▲4八銀打 △3六桂
▲3八歩 △4八桂成 ▲6五桂 △6四銀打 ▲5三桂成 △同 銀
▲4四金 △5九飛成 ▲6九香 △4四銀 ▲同 馬 △5三銀
▲同 馬 △同 玉 ▲7一角 △6二桂 ▲6八銀 △8七歩
▲7七銀打 △6九龍 ▲同 玉 △5八金 ▲7九玉 △6八金
▲同 玉 △5九角 ▲6九玉 △5八銀 ▲7九玉 △7七角成
まで108手で鳴門の勝ち




