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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
545/686

533手目 悪あがき

※ここからは、鳴門なるとくん視点です。

挿絵(By みてみん)


 耕平こうへい、踏み込んできたね。

 僕としては、歓迎する。持将棋の懸念も消えた。

 我ながら、細いルートを選んだと思う。だけど、耕平リスペクトでもあるんだよ。最終戦がほんとに楽勝だと思ってたら、あのまま指したからね。持将棋で休憩なしは分が悪いと思ったから、あそこで切り上げたわけ。

 と、弁明はここまで。

 僕は3分の長考で、2四歩と取った。

 3三歩成、4六歩、5八銀、3六角、4八歩。


挿絵(By みてみん)


 先手は押し込まれた。けど、後手も危ない。

 自陣と敵陣のくらべっこになる。

 ひとまず2九飛で追撃。

 耕平は5九銀でがっちりガード。

 4七歩成、同歩、4六歩、3九歩。

 4六同歩じゃないのか。てっきり取ると思ったけど。

 3三金、同角成の変化に、イヤなところがあったのかな。

 本譜は、僕の歩成りが成立した。

 4七歩成、同銀、同角成、3二と、8六歩、同歩、3七馬。

 耕平は1一角成と成り込んだ。

 僕は3二銀。


挿絵(By みてみん)


 と金を取らせる展開。

 生かすなら、3三とか3三角成もあったよね。

 とはいえ、金銀が密集しているから、ムリに生かすのはよくなかったかも。

 耕平は4四桂と打った。1一角成からの継続手だ。

 この次が問題。後手も手をつなげていかないと、一方的に寄せられてしまう。

 耕平からは、イケるオーラがちょっと出ている。

 2七馬は……んー、どうだろう。2七馬、3二桂成、4九馬と突っ込んでも、8五香という攻防がある。これは、8四歩と打たせて、飛車を無力化する手。そこで7一銀と引っかければ、挟撃形になる。後手が積極的に選ぶ順じゃない。

 そこで2八飛成は? これって案外、詰めろじゃないかな? ……詰めろだな。7八龍と切って、同玉に8七金捨てがある。同玉、9五桂、9六玉、8七銀、9五玉、9四金までだ。

 でも、そんなに難しい詰みじゃない。耕平は気づくだろうね。3八金と受けられて、難しいか。僕はいったん飛車を逃げないといけない。龍は見捨てるしかなくなる。この順があるなら、先手のほうが速い可能性が出てきた。

 2七馬は、足りないかもしれない。

 でも、ほかに攻めがある? 8七歩と押さえとくとか?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………そっか、もうひとつある。

 3八銀だ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は鳴門くんの脳内イメージです。)

 

 むりやりこじ開ける。

 同金、同馬、同歩、5九飛成は、さすがに僕の勝ち。

 6九金と打たれても、8七桂、8八玉、6九龍で、どんどん取れる。

 僕のほうはだいじょうぶだよね? ……うん、だいじょうぶだ。寄らない。

 3八同金、同馬に5二桂成は、あるかな?

 こっちのほうが心配だ。

 同玉、4八銀打……ん? 意外にアリ?

 同馬はダメだよね。4七歩?

 僕は4七歩、6五桂以下の攻め合いを読んだ──微妙。

 5三桂成、同玉の瞬間、7一角がある。王手飛車だ。

 2七馬のほうがいい?

 でもなあ、2七馬、3二桂成のあと、さっき読んだ順に入りたくない。

 さらに1分ほど読む。

「……3八銀」

 僕は銀を打った。決断というよりは、見切りに近い。

 耕平は「え?」みたいな表情。

 読んでなかった? それとも、6五桂~5三桂成~7一角があるから、軽視したかな。

 どっちもありえるし、どっちでも局面に影響はない。もう指しちゃったからね。

 耕平は長考に入った。

 僕もここから良くする順を考える。

 3分ほどして、耕平も動いた。

 5二桂成、同玉を決めてから、3八金だった。

 けっきょく本線か。

 同馬、4八銀打。

 耕平の長考のあいだに、対応は考えてあった。

「3六桂」


挿絵(By みてみん)


 耕平は、

「そうなんっすよねえ」

 と言って、嘆息した。

 コロンブスの卵みたいな手だよね。

 4七歩、6五桂は、微妙。

 だったら6五桂と跳ねさせなければいい。

 馬筋を維持するための、3六桂。

 歩で取れるものを桂馬で取る、という発想、悪くない。若干自画自賛。

 もちろん耕平も気付いていたから、次の手は早かった。

 3八歩。

 以下、4八桂成、6五桂で、寄せ合いに突入。

 残り時間は、僕が10分、耕平が9分。いい勝負。

 放置で勝てれば、一番いいんだけど……5九飛成、6九金、8七桂、同金、6八金、8八玉、6九龍の瞬間、どうなるか。後手が詰むなら、負け。詰まなければ、勝ち。先手は5三桂成と突っ込むしかない。同玉、7一角、6二桂……難しいな。勘だけど、長手数の詰みがあるように感じる。かたち的にも、持ち駒的にも。

 6五桂から入って……4三玉、4四金、5二玉……やっぱり詰みそうだ。5三金、6一玉、6二金、同飛、同角成、同玉に4四馬と引いたかたちが、どう見ても寄りだ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は鳴門くんの脳内イメージです。)


 すると、これは僕の速度負けなのか。

 受ける必要があるな。

 受けても寄るようなら、そこまで。

 ここから僕は、かなり時間を使った。一手間違えたら、もう引き返せない。

 さいわいなことに、耕平は桂馬を持っていない。5三桂成のあと、即座には打ち直せないんだよね。桂馬のおかわりアタックはない。例えば6四銀打、5三桂成、同銀のあと、6五桂の打ち直しはなくて、先手はべつの手で迫らないといけない。

 僕はそのべつの手を考えた──4四銀か4四金くらいかな。狙いは単純で、5三へ突っ込んでから7一角。この王手飛車の筋は、なんども出てくる。

 ただ、さっきと違う点が、ひとつある。6五に桂馬がいない、ということだ。ここに桂馬がいないと、5九飛成、6九金に8九金が成立する。


挿絵(By みてみん)


 (※図は鳴門くんの脳内イメージです。)


 これ詰みなんだよね。

 同玉、6九龍、7九香に7八龍と切って、同玉、7七金、同玉。ここで僕のほうから6五桂と打てる。6八玉、5八金、7八玉、7七銀、8九玉、8六飛まで。

 というわけで、6九には香車を打つしかない。それは詰まない。そこで4四銀と手をもどして、同馬に5三銀と弾いて、どうかな。

 あ、そうだ、もうひとつ、4四銀と最初に打てば詰まない……のか?

 そのケースも読む必要があった。

 考えないといけないことが、多すぎる。

 10分あった残り時間は、すでに3分を切っていた。

 切り上げるタイミングをのこり1分に設定して、細部まで確認。


 1:03 1:02 1:01 1:00


 僕は6四銀打とした。


挿絵(By みてみん)


 耕平は5三桂成。

 早かったね。それしかないのもあるけど。

 同銀、4四金、5九飛成、6九香、4四銀、同馬、5三銀、同馬。

 僕は同玉と取った。

 耕平は1分ほど小考。7一角。

 6二桂、6八銀で、おたがいに受けあった。

 僕は最後の確認。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「8七歩」


挿絵(By みてみん)


 耕平、動きが止まる。

 右手が口もとに行きかけた。

 5九銀とは取れないよ。8八金以下で、詰むからね。

 8七同金も詰むから、除去もできない。

 このくさびに気づいたとき、後手優勢の確信が持てた。

 3分残していた耕平は、ここから長考。

 首をかしげて後頭部をかいたり、メガネをなおしたり。

 かなり困っているっぽい。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 7七銀打。

 ここからは両者1分将棋。

 6九龍、同玉、5八金、7九玉、6八金、同玉、5九角。

 持ち駒がころころと入れ替わる。

 僕は自陣をなんども確認した。

 6九玉、5八銀、7九玉、7七角成。


挿絵(By みてみん)


 寄った。取ったら詰み。

 金銀をギリギリ使う展開だけど、僕の持ち駒にはまだ桂香がある。5一飛で金銀を消費させる手は使えない。

 追加で先手が痛いのは、王手のための桂馬がないことだよね。6二角でムリヤリ入手するのは、同玉、5三金、同玉、6五桂に4四玉と上がって詰まない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「負けました」

「ありがとうございました」

 ふーッ、条件1は達成。まだ崖の木に掴まっている。

 耕平は全15局の疲れを取るように、大きく背伸びをした。

「いやあ、最後ひどかったっす。2五角しか考えてなかった」

「8七歩のところで?」

「そう、攻防だから絶対打ってくると思った」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「これでも俺っちのほうが悪いんっすけど、本譜みたいな即寄りはなかったかも。一応、5九銀に同成桂が詰めろなんだよね。だけど4七歩、同角成、4二銀、同玉、4五飛って抜く順があるから、けっこうイケそう……あ、感想戦して、よかった?」

「もちろん。カメラ入ってるし、先に済ませよう」

 バタバタしてダメだったとき、かっこ悪いしね。

 僕は正直に、

「2五角は全然読んでなかった」

 と伝えた。

「マジっすか。やらかしたなあ。駿しゅん好みだと思ったんだけど」

「僕は左辺よりも、6五の争奪戦だと考えてたんだよね」

 4七歩と打たずに、3六桂と打った場面。

 後手から6五へ桂馬を打てるように、工夫した場面。

 そのあたりの思考を、僕は開示した。

「言われてみると、そうっすね。天王山を読み間違えた」

 僕は、3八銀のところも提案した。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「本譜は5二桂成だったけど、いろいろあったよね」

 耕平は金をパシリと空打ちして、4八に上がった。

「こういう手も、考えたんだよね。3九飛成、5二桂成、同玉、3七金、5九龍で、こっちが即寄りする感じはなかった」

「6九香で、迫りにくいか……なんでこれ避けたの?」

「7三桂って跳ねられたら、6五桂ができなくなるから」

 僕は思案した。

 もっともらしい理由だと感じた。6五が焦点というのは、僕の感想と一致している。

 でも、いろいろ工夫できそうな気もした。

「その瞬間に7一角は?」

「7二飛で不発だと思うんっすよねえ。角切っても寄らないんじゃない?」

「5三角成、同玉、8五桂で、桂馬を回収しに行くと?」

 耕平はちょっと考えてから、

「5八銀のほうが、早くない?」

 と答えた。

「たしかに……先手のほうが攻め合い負けしそうか……」

「まあ、本譜より良かったかもしれないっすけどね」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………そろそろ、ほかも終わり始めたかな。

 この席、ちょっと終局が早かったんだよね。

 耕平もそれを察したように、

「このへんにする?」

 と言った。

「そうだね。ありがとうございました」

「ありがとうございました……あとは神頼みっすね」

「いやあ、将棋の神様は、えこひいきしないからなあ」

 実力的に僕がベスト4じゃないのは、わかってるんだよ。

 このポジションは、葦原あしはら先輩や少名すくなでも、おかしくなかったと思う。

 だけど最善は尽くす。

 悪あがきするのも、将棋だから、ね。

【現時点の男子戦況】


 1位 囃子原礼音 13勝2敗 全局終了 決勝トーナメント進出確定

 2位 捨神九十九 12勝3敗 全局終了 決勝トーナメント進出確定

 3位 吉良義伸  11勝3敗 対局中(vs石鉄) プレーオフ以上確定

 4位 石鉄烈   10.5勝3.5敗 対局中(vs吉良)

 5位 鳴門駿   10.5勝4.5敗 全局終了 結果待ち

 6位 六連昴   10勝4敗 対局中(vs阿南)


 吉良義伸

  自分が勝った場合 → 決勝トーナメント進出確定

  自分が負けた場合

   六連勝ち → 吉良、六連でプレーオフ(2名で1枠を争う)

   六連負け → 決勝トーナメント進出確定


 石鉄烈

  自分が勝った場合 → 決勝トーナメント進出確定

  自分が負けた場合

   六連勝ち → 予選敗退

   六連負け → 石鉄、鳴門でプレーオフ(2名で1枠を争う)


 六連昴

  自分が勝った場合

   吉良勝ち → 決勝トーナメント進出確定

   吉良負け → 吉良、六連でプレーオフ(2名で1枠を争う)

  自分が負けた場合 → 予選敗退

 

 鳴門駿

  石鉄and六連負け → 石鉄、鳴門でプレーオフ(2名で1枠を争う)

  それ以外 → 予選敗退


場所:第10回日日杯 4日目 男子の部 15回戦

先手:米子 耕平

後手:鳴門 駿

戦型:居飛車力戦形


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲6八銀 △4四歩 ▲7八金 △4二銀 ▲4八銀 △3二金

▲4六歩 △4三銀 ▲6九玉 △5四歩 ▲4七銀 △6二銀

▲7九玉 △5三銀 ▲5六銀 △5二金 ▲2五歩 △3三角

▲3六歩 △7四歩 ▲4五歩 △同 歩 ▲3七桂 △7七角成

▲同 桂 △4六歩 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩

▲2八飛 △1四歩 ▲6六角 △4七歩成 ▲同 銀 △3三桂

▲3五歩 △同 歩 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩

▲3四歩 △2四歩 ▲3三歩成 △4六歩 ▲5八銀 △3六角

▲4八歩 △2九飛 ▲5九銀 △4七歩成 ▲同 歩 △4六歩

▲3九歩 △4七歩成 ▲同 銀 △同角成 ▲3二と △8六歩

▲同 歩 △3七馬 ▲1一角成 △3二銀 ▲4四桂 △3八銀

▲5二桂成 △同 玉 ▲3八金 △同 馬 ▲4八銀打 △3六桂

▲3八歩 △4八桂成 ▲6五桂 △6四銀打 ▲5三桂成 △同 銀

▲4四金 △5九飛成 ▲6九香 △4四銀 ▲同 馬 △5三銀

▲同 馬 △同 玉 ▲7一角 △6二桂 ▲6八銀 △8七歩

▲7七銀打 △6九龍 ▲同 玉 △5八金 ▲7九玉 △6八金

▲同 玉 △5九角 ▲6九玉 △5八銀 ▲7九玉 △7七角成


まで108手で鳴門の勝ち

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