表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
540/686

528手目 私語

※ここからは、松陰まつかげくん視点です。男子第14局開始時点にもどります。

 はて……六連むつむらのやつ、来ないな。

 もう8時50分だぞ。

 10分前行動という縛りは、もちろんないんだが……まあ、そのうち来るだろう。

 俺は会場を見渡した。

 気合いが入ってる席と、そうでない席とで温度差が出ていた。

 嘉中ひろなか今朝丸けさまるのところは、なにやら談笑している。

 俺はもうとっくにダメだが、あいては六連だ。

 気張っていくか。

「おはようございます」

 おっと、来た。

 六連はすぐに着席して、振り駒をたずねた。

「俺はもう今年で卒業だ。記念に振らせてもらうか」

「どうぞ」

 丁寧にシャッフル──歩が1枚。六連の先手。

 あとは待つだけだ。とくに会話もしなかった。

《対局準備はよろしいでしょうか?》

 オーケー。

《では、始めてください》

「よろしくお願いします」

 俺はチェスクロを押した。

 六連は10秒ほど気息をととのえて、7六歩。

 俺は3四歩。

 2六歩、8四歩、6六歩、3二銀、7八金、8五歩、7七角。


【先手:六連むつむらすばる(H島県) 後手:松陰まつかげ忠信ただのぶ(Y口県)】

挿絵(By みてみん)


 ムリヤリ矢倉……いや、雁木だな。

 これはさすがに想定してある。

 3三銀、4八銀、3一角、6八銀、3二金、6七銀、5二金。 

 俺は相雁木ではなく、ふつうの矢倉を目指した。

 ムリ気味な速攻も考えない。あくまでもオーソドックスにいく。

 3六歩、5四歩、4六歩、6二銀、2五歩、7四歩。

 六連も、仕掛けのタイミングを計っていそうだ。

 ちょっとずつ時間を使っていた。

 5八金、4一玉、3七桂、1四歩、1六歩、4四歩、9六歩、9四歩。


挿絵(By みてみん)


 そろそろ飽和しそうだ。

 俺が矢倉を完成させるあたりで開戦か。

 6九玉、7三桂、4七銀。

 ここで4二角……ん、待てよ。矢倉にできるか? この段階で、4二角~4三金右が間に合うかどうか……間に合うといえば、間に合う。

 ただ、先手から5六銀右~6八角~4五歩として、上から潰してくる順が気になる。3一玉~2二玉とするのは、4筋がもたないかもしれない。5二玉ならだいじょうぶだろうが、右玉っぽくなる。右玉はあんまり好きじゃない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………土居矢倉にするか。

 オーソドックスに行こうと思ったが、読みに反することはできない。

「4三金左だ」


挿絵(By みてみん)


 六連はその手をみて、しばらく考えた。

 妙に無表情だな、今日は。

 楽勝カードだと思って、気合いが入ってないのか?

 それともなにかあったか? ……考えるだけムダだな。


 パシリ


 六連は5六歩。

 銀出からの路線変更にみえた。

 3二玉、2九飛、4二角、6八角、6四歩。

 六連は4筋に指をかけた。

「4五歩」


挿絵(By みてみん)


 開戦。

「同歩だ」

 3五歩──ここでカウンター、6五歩。

 土居矢倉にしたのは、正解だったと思う。

 2二玉と入らない代わりに、6四歩~6五歩が成立した。

 六連の応手は……1番が6五同歩、2番が3四歩、って感じか。

 それ以外は手が広いから、指されたあとで考えよう。俺はそこまで手広く読めない。

 6五同歩は、一回後手の要望を受けます、という手。

 3四歩は、6五歩なんて効かないから無視します、という手。

 かたち的に、6五歩は効く。3四歩、同金でも、6五歩と手をもどすだろう。

 6五同歩を本線に読む。

「……」

「……」

 六連はスポーツキャップを持ち上げて、かぶりなおした。

 その仕草がなにを意味するのか、俺にはわからなかった。

「同歩」

 俺は3五歩として、3筋の攻めを緩和した。

 4五桂、3四銀、4六銀、4四歩、3三歩。


挿絵(By みてみん)


 先攻はされるな、どうしても。

 王様を引くのは、2四歩と突かれて、どうしようもなくなる。

「同桂」

 同桂成、同金、2六桂、2五銀。

 まだまだ互角のはず。

 六連は3四歩と追撃してきた。

 4三金寄、3五銀──よし、ここだ。

「3七歩」


挿絵(By みてみん)


 これは手抜けない……とも限らないんだよなあ。

 1四桂と突っ込まれるかもしれない。

 そのときは2四歩、同銀、2六歩の打ち換えでガードする。

 ガードできてるよな? 不安になってきた。

「……2八飛」

 っと、受けたか。

 だったら攻めさせてもらおう。

「3六桂」

「1八飛」

「8六歩だ」

 反撃開始。

 同歩、8八歩、同金、6六歩、同銀、8六角。


挿絵(By みてみん)


 先手陣をバラバラにしながら、角交換を挑む。

 六連は長考した。

 同角の一手じゃないのか? ……7七銀がある?

 7七銀なら5三角と引いて、いったん先手の手番。

 とはいえ、8筋を守らないといけないから、手は限られるはずだ。

 8七歩とすなおに打つか、あって8三歩だろう。

 六連は2分ほど考えて、同角とした。

 長考したわりには、第一感のほうか。

 同飛、8七歩、8二飛、4五歩。

 六連も再反撃。

 俺は2七角で、飛車を回収しにかかった。

 2四歩、同歩、4四銀。


挿絵(By みてみん)


「ぐッ……」

 飛車を回収するヒマがない。

 同金はないから……2六銀だ。

 桂馬を取っておく。

 6一角、5一銀。

「5二角成」

 切られた。

 同銀、3三金、4一玉、4三銀成、同銀、同金、4二歩、8三銀。


挿絵(By みてみん)


 手が速いうえにキツい。

 絶好調か? 昨日の不調はどこへ行ったんだ。

 残り時間は、俺が8分、六連が12分。

 なんとか手をひねり出さないといけない。

 俺は長考し、6八歩を思いついた。同玉なら3五角、同金なら4七角。

「6八歩」

 六連は30秒ほど考えて、7八玉。

 ダメか。6九銀と打てるんだが、5八銀成と取ってるヒマがない。

 俺のほうは3二金打、5一玉、8二銀成、4三歩、5八飛で終了だ。

 でも打つしかないか。

 6九銀、7七玉、8三飛、3三歩成、8二飛、4二金。

 ん? 拠点を消してくれる?

 同飛、同と、同玉、7二飛、5二金、7三飛成。


挿絵(By みてみん)


 ハァ~、そういうことか。

 入玉+寄せのダブルパンチ。どうしようもなくなった。

 県の個人戦なら、もう投げてるな、これ。

 六連はボーダーライン。あとでなんか言われるといけないから、最後まで指そう。

 5三角、6四金、6二角、2三龍、1八角成。

 ようやく飛車を回収。

 2二龍、4三玉、4六桂、7九飛、8六玉。

 ここで俺は1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「8五歩ッ!」

 入玉はさせん。

 六連はまだ3分残していた。

 そのなかから1分使って、9七玉。

 俺は詰めろがかかってる。5四金の一手詰めだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 俺は3二銀と受けた。

 六連は1八香としかけて、手をひっこめた。

「失礼」

 スポーツキャップのつばを触る。

 それから30秒ほど考えて、3三歩と打った。


挿絵(By みてみん)


 ……どうにもならんな。

 同銀は詰みだし、4二金は3二歩成、同金、3四銀で寄る。

 まさか3六桂が邪魔な展開になるとは。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「負けました」

「ありがとうございました」

 六連は時間残し。完敗だ。

 続きを指しても、ノータイム指しだったろうし、しょうがない。

「手合い違いだったな。8六角と飛び出したあたりは、手ごたえがあったんだが」

「そうですね、あそこは互角だと思います」

「3六桂~2七角が、思ったよりぼやけた。打たないほうがよかったか?」

「どうでしょうか。あの局面では最善な気もしますが……」

 六連の口調は、あまりはっきりしなかった。

 感想戦をしたくないのだろうか。

 ありうるし、最終局直前なら、仕方がないとも思った。

 こっちが忖度したほうがいいのか?

 先輩だもんな。六連からは、言い出しにくいかもしれない。

「機会があれば、またこんど検討しよう。おつかれさん」

「ありがとうございます」

 一礼して、終了。

 それじゃインタビューへ……と思ったところで、急に声をかけられた。

 E媛の阿南あなんだった。

「どうでした?」

「俺の負けだよ」

 阿南はニヤリと笑って、あごをなでた。

「ってことは、六連にもまだ芽があるわけですね」

「芽? ……ああ、決勝トーナメントのことか。それがどうかしたのか?」

 そこまで言って、俺は最終戦の組み合わせに気づいた──阿南と六連だ。

 阿南はしたり顔で、軽く口笛を吹いた。

 俺が言葉に迷っていると、スタッフが近づいてきた。

「阿南選手、対局中の私語は禁止されていませんが、離席時は控えてください」

「あ、はーい」

 終わらせてから来いよッ!

場所:第10回日日杯 4日目 男子の部 14回戦

先手:六連 昴

後手:松陰 忠信

戦型:先手雁木vs後手土居矢倉


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲6六歩 △3二銀

▲7八金 △8五歩 ▲7七角 △3三銀 ▲4八銀 △3一角

▲6八銀 △3二金 ▲6七銀 △5二金 ▲3六歩 △5四歩

▲4六歩 △6二銀 ▲2五歩 △7四歩 ▲5八金 △4一玉

▲3七桂 △1四歩 ▲1六歩 △4四歩 ▲9六歩 △9四歩

▲6九玉 △7三桂 ▲4七銀 △4三金左 ▲5六歩 △3二玉

▲2九飛 △4二角 ▲6八角 △6四歩 ▲4五歩 △同 歩

▲3五歩 △6五歩 ▲同 歩 △3五歩 ▲4五桂 △3四銀

▲4六銀 △4四歩 ▲3三歩 △同 桂 ▲同桂成 △同 金

▲2六桂 △2五銀 ▲3四歩 △4三金寄 ▲3五銀 △3七歩

▲2八飛 △3六桂 ▲1八飛 △8六歩 ▲同 歩 △8八歩

▲同 金 △6六歩 ▲同 銀 △8六角 ▲同 角 △同 飛

▲8七歩 △8二飛 ▲4五歩 △2七角 ▲2四歩 △同 歩

▲4四銀 △2六銀 ▲6一角 △5一銀 ▲5二角成 △同 銀

▲3三金 △4一玉 ▲4三銀成 △同 銀 ▲同 金 △4二歩

▲8三銀 △6八歩 ▲7八玉 △6九銀 ▲7七玉 △8三飛

▲3三歩成 △8二飛 ▲4二金 △同 飛 ▲同 と △同 玉

▲7二飛 △5二金 ▲7三飛成 △5三角 ▲6四金 △6二角

▲2三龍 △1八角成 ▲2二龍 △4三玉 ▲4六桂 △7九飛

▲8六玉 △8五歩 ▲9七玉 △3二銀 ▲3三歩


まで119手で六連の勝ち

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ