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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第44局 日日杯4日目(2015年8月4日火曜)
533/686

521手目 ちょっと脇見を

※ここからは、松平まつだいらくん視点になります。男子第14局開始時点にもどります。

 今日も朝から来てしまったが──裏見うらみとは会えなかったな。

 まあしょうがない。

 俺はコンビニで買ったパンを食べながら、席についた。

 つじーんもとなりに座った。

「あれ、けんちゃん、裏見さんが映るモニタってここなんですか?」

「始まってみないとわかんないな、それは」

「違ったら移動、と?」

「いや、ここのを観る」

 つじーんはきょとんとして、

「どうしたんですか? 100年の恋も冷める、ってやつですか?」

 とたずねた。

 俺はパンをくわえたまま、視線をそらした。

「知らないガキに『あのお兄ちゃん、ずっとあの女のひと見てる』って言われた」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「剣ちゃん、だれが決勝トーナメントに残ると思いますか?」

 あ、こら、話を逸らすな、というわけでもない。

 つじーんはやさしいな。

囃子原はやしばらあたりは確定なんじゃないか」

「まだだれも確定してないらしいですよ」

「と言ってもほぼ確だろ。順位にしても残りのメンツにしても」

 吉良きらは残りが捨神すてがみ石鉄いしづちだから、どうか。

 2連敗はありえると思う。

 そんなことを考えていると、画面が映った。

《おはようございます。別府べっぷです》

《おはようございます。海老野えびのでーす》

 のほほん系の男子と、かわいい系の女子が映った。

 ふたりとも小柄で、見たことのない制服を着ていた。

 俺はつじーんに、このふたり知ってるか、とたずねた。

「じかに会ったことはないですけど、別府くんはO分の県代表、海老野さんはM崎の県代表ですね。ふたりとも1年生ですよ」

 2コ下か。

 別府は、

《今日の第1局は、石鉄くんと鳴門なると先輩の対局を観ます》

 と発表した。

 お、けっこういいカードじゃないか。

 ラスト2局ということで、ここまでの対局情報がまとめられた。


 1位 吉良義伸  11勝2敗

    囃子原礼音 11勝2敗

 3位 石鉄烈   10勝3敗

    捨神九十九 10勝3敗

 5位 鳴門駿    9勝4敗

    六連昴    9勝4敗


 海老野は順位を解説した。

《7位は7勝6敗の葦原あしはら先輩、少名すくな先輩、米子よなご先輩ですが、上位4名が6敗する可能性はないので、決勝トーナメント進出の芽はありません。石鉄くんは、ここで勝てば最低でもプレーオフ確定でーす》

 俺はこれを聞きながら、

「女子のほうが団子なんだな。戦前予想は逆だったが」

 とつぶやいた。

「ま、予想なんてそんなもんですよ……あ、始まります」


 パシリ


 7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、7八金、4四歩。


【先手:石鉄いしづちれつ(E媛県) 後手:鳴門なると駿しゅん(T島県)】

挿絵(By みてみん)


 別府は、

《あ、止めましたね。ムリヤリ矢倉かな》

 と言った。

 海老野は、

《先手も横歩を見せなかったのは、気になりますねえ》

 と返した。

 おそらくだが、横歩はもうストックがないんだろう。

 研究勝負なところがあるから、手なりでつっこむのは怖い。

 つじーんも同じ読みらしく、

「後手の4四歩も、なんだか外した感じがします。力戦形にしたい、というふたりの思惑が合致した感じですか」

 と解釈した。

 そうだろうな。

 2五歩、3三角、6八銀、3二金、3六歩、4二銀。


挿絵(By みてみん)


 勘だが、後手は雁木だな、たぶん。

 先手がどうするか。

 5六歩、6二銀、7九角、4三銀、6九玉、7四歩。

 先手の駒組みがなんなのか、俺はよくわからなかった。

 つじーんに訊いてみると、

「なにか用意があるんですかね」

 と、あいまいな返事だった。

 7七銀、5二金、5八金、5四歩、6六歩、7三桂、4八銀。

 別府は海老野に、

《先手はどうするつもりでしょうか?》

 とたずねた。

《最後はオーソドックスになると思います。後手は雁木に組めちゃってるし、先手だけ変なかっこうだと戦えないです》

 この解説は当たった。

 9四歩、3七銀、8五歩、6七金右。


挿絵(By みてみん)


 先手もふつうの矢倉になった。

 変わっている点があるとすれば、双方の王様の位置だ。

 先手は囲い切れていないし、後手は居玉。

 鳴門は居玉を維持したまま、6四歩と突いた。

 海老野は、

《先手は3五歩で攻めると思います。王様の道を開けながら、後手の居玉を咎められるので、一石二鳥です》

 と予想した。

 俺もこの読みに賛成だ。

 6八角は面白くない。

 先手の石鉄が小考しているのも、それを裏付けていた。


 パシリ


 3五歩が指された。開戦。

 つじーんは、

「同歩、同角にどうしますかね? 8六歩と行っちゃう手もあると思いますが」

 と言った。

「8六歩、同銀、4五歩、6八角、6五歩みたいな展開か……あるっちゃあるな」

 ただ、ちょっと怖いんだよなあ、後手も。

 俺はすこし読みを入れて、

「俺は3四歩で収めてもいいと思う」

 と代案を出した。

「剣ちゃん、消極的ですね」

「居玉のまま殴り合うのは、ムリじゃないか」

 解説もあれこれ予想していた。

 3五同歩、同角、8一飛、3六銀という順を中心に検討している。

 なるほど、いったん手渡しするのもアリか。

 だけど、じっさいに指された手は、どちらの予想とも異なっていた。

 同歩、同角、9五歩。

 端を伸ばした。

 つじーんは、

「これも手渡しですが、8一飛よりは積極的だと思います」

 とコメントした。

 俺はコーヒーの残りを飲んで、それから考えた。

「……最終的に8六歩と突くかたちになりそうだな」

「具体的には?」

「先手は3六銀と立つよな。矢倉の理想形だ。そこで3四歩、6八角、8六歩と突くタイミングがあると思う」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 けっこう自信のある順だったが、つじーんは意見が違っていた。

「いったん7九玉と入りませんか?」

「それだと後手がもう一手指せるぞ?」

「4五歩あたりも入っちゃいますかね……組み合わせが難しい……」


 パシリ


 7九玉。

 おっと、対局者も囲ったか。

 4五歩、3六銀、8六歩。


挿絵(By みてみん)


 解説の別府は、

《先手から仕掛ける順もありました。7九玉のところで2四歩、同角、同角、同歩、2二歩として、一気に押す作戦です。以下、3三桂、2一歩成で、と金ができます》

 と、ふりかえりで解説した。

 このあたりの分岐は、あとで対局者に聞きたいな。

 なにをどう考えていたのか。それとも読んでいなかったのか。

 8六同歩、8五歩、6八角、8六歩、8八歩。

 これを見たつじーんは、

「謝る結果になりましたね。これだと2四歩はあったかもしれません」

 とつぶやいた。

「だな……主導権が後手に移った」

「形勢的には互角だと思いますが、先手はしばらく受けになりそうです」

 案の定、後手は猛攻。

 9六歩、同歩、9七歩、同香、8五桂、8六銀、9七桂成。


挿絵(By みてみん)


 解説の検討も盛んになってきた。

 海老野は、

《石鉄くん、しばらく辛抱ですねえ。同銀、6五歩の攻めがまだあります。全部受け切ったあとに、反撃したいです》

 と、なんとなく石鉄を応援してる感じのコメント。

 E媛とM崎は近いからか?

 そういう人間関係が透けて見える解説、いくつかあるよな。

 9七同銀、6五歩、同歩、9六香、同銀、6六香。

 鳴門の第二次攻勢が始まった。

 つじーんは、

「先手、耐え切れればいいですけど、一手間違えたら破綻しますね」

 と言った。やや先手不利と見ているようだ。

 俺は、

「攻めが薄いから、そこまで悩ましくはないと思う」

 と、逆に先手を持った。

「薄いですかね? 飛車角香ですが」

「8七香と打っとけば、飛車を封印できる。実質2枚だ」

「なるほど、若干心もとないですか……」

 気になる点があるとすれば、持ち時間だろう。

 受けは慎重にやらないといけない。どうしても時間を使う。

 現に、残りは先手が13分、後手は16分で、すこしひらいてきた。

 石鉄は8五香と打った。そっちか。

 9二飛、9五歩、6七香成、同金、6六歩、7七金。


挿絵(By みてみん)


 別府は、

《一見すると、6七金が怖いです。けど、5九桂と打つのが好手です。以下、7七金、同角、6七金は、同桂とせずに8六角で、後手は指す手がなくなります。5九桂に6八金、同玉も、次の手がありません。というわけで、7五歩とプレッシャーをかける手が考えられます》

 と詳しく解説した。

 つじーんは、

「やっぱり僕は後手を持ちたいですね。攻めのパターンが多いです。30分将棋で対応し切るのは難しいと思います」

 と、持論を展開した。

「先手も反撃の余地はある。後手が一方的に攻めるのは難しい」

「タイミングがありますかね?」

「さすがにあるんじゃないか」

 俺たちが議論していると、うしろから人影があらわれた。

 くららんとサーヤだった。竹刀袋を背負って、スポーツバッグを持っていた。

 俺は、

「なんだ、来るなら連絡してくれよ」

 と言った。

 くららんは、

「ごめんごめん、昨日まで剣道部の合宿だったんだよね。スマホを没収されちゃって、連絡できなかった」

 と答えた。

 ブラック部活だな。プライバシーはどうなってるんだ、プライバシーは。

「今日が最終日だよね? 捨神くんは?」

「捨神は決勝トーナメント圏内だ」

「さすが。裏見さんは?」

「スタッフで解説してる」

 くららんはモニタを見た。

「ここじゃないんだね。てっきり裏見さんのを観てるかと思ったけど」

 俺は前髪をなおした。

「裏見は俺に見られると恥ずかしいらしい」

 なぜかサーヤは両頬に手をあてて、赤くなった。

「わかるわぁ。私も冬馬とうまに見つめられると恥ずかしいし」

「サーヤは見つめる側だろ、獣の眼光で」

「ふぅ、合宿で編み出した技を、見せるときが来たようね」

鞘谷さやたにさん、ゆるしてッ!」

「剣ちゃん、ほんとにひとこと多いですね……あ、指しますよ」


 パシリ

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