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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
523/686

511手目 紅茶の香り

※ここからは、香子きょうこちゃん視点です。女子第15局開始時点にもどります。

 さーて、3日目最後の一局。

 はりきって解説、と言いたいところだけど、もうへとへと。

 となりに座っているのは、一之宮いちのみやさん。

 一周して初日第1局のメンバーにもどった。

裏見うらみさん、よろしくお願い致します」

「よろしく」

 一之宮さんのとなりには、執事のセバスチャンさんが立っていた。

 紅茶セットをクラシックワゴンに乗せて、ティーポットを手にしていた。

「裏見様も、いかがですか?」

「ありがとうございます」

 セバスチャンさんは、温かい紅茶を一杯入れてくれた。

 お礼を言ってから、ひとくち飲む──ふぅ、生き返る。

 エアコンが効いてて、温かいもののほうがかえってほっこりする。

 セバスチャンさんは、ワゴンを押してとなりのテーブルへ。

 どうやら差し入れをして回るらしい。

 一之宮さんは、

「さて、どの対局になさいますか?」

 とたずねた。

磯前いそざきvsつるぎでいい?」

「かしこまりました」

 なんだかんだで、もう担当が決まっちゃってる感じはあるのよね。

 ほかの対局を観ようとすると、バッティングすることが多かった。

 それに磯前vs剣は、ラインギリギリ同士の対決。

 3番手グループの剣さんは、負けたらかなり厳しそう。

 磯前さんだって、負けたら第2グループから落ちる。

 観ておいて損はない。

 私は紅茶を飲み飲み、歓談をしながら待った。

 K戸の思い出話とか、一之宮さんが最近育ててる花とか、いろいろ。

「庭仕事もつかれますが、座り仕事もやはりつかれますね」

 ですね。

 走ったりするのとは、また別の疲労がある。

《まもなく始まります》

 了解。


 ピポ


 7六歩、8四歩、2六歩、8五歩、7七角、3二金、2五歩。


【先手:つるぎ桃子ももこ(O山県) 後手:磯前いそざき好江よしえ(K知県)】

挿絵(By みてみん)


 一之宮さんは、

「角換わり模様です。後手から形を決めさせました」

 とコメントした。

「一手損にしなかったのは、磯前さんになにか準備があるんでしょうね」

「だとすれば楽しみです」

 3四歩、6八銀、3三角、同角成、同金。


挿絵(By みてみん)


 ん? これは?

 私が首をかしげていると、一之宮さんは、

「最近試されている3三金型ですね」

 と解説した。

 むむッ、受験勉強でフォローできてない。

 知ったかぶりしてもしょうがないし、ここは素直にたずねる。

「どういう作戦?」

「このまま囲わずに6二銀~7四歩~7三銀~6四銀の早繰り銀です」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 なるほど、普通なら2二銀~3三銀だけど、これなら一手早いのか。

 一之宮さんは、

「もちろん防御に難があるので、プロでもまだ検討段階の作戦だと思います」

 と付け加えた。

 ってことは、明らかに研究。

 剣さんもすこし考えている。


 パシリ


 7七銀。

 以下、6二銀、7八金、7四歩、4八銀、7三銀、4六歩、6四銀。

 一之宮さんの解説通りになった。

 私はタブレットをポチポチしながら、

「即座に7五歩は、流れ弾が怖いわね」

 とつぶやいた。

「はい、9四歩くらいは入れたいところです」

「そのあと7五歩、同歩、同銀……先手は2四歩で反撃もアリか……」

 一歩持ってるから、2四同歩、2五歩の継ぎ歩ができる。

 磯前さんは研究してきただけあって、決断が早かった。

 4七銀、9四歩、1六歩、7五歩、同歩、同銀。

 剣さんは2四歩。

「先手もけっこうノータイム指しかな……」

「剣さんも、序盤は多少お調べになっていると思います」

 しばらく研究勝負になるかも。

 2四同歩、2五歩、8六歩、同歩、同銀、同銀、同飛、8八歩。


挿絵(By みてみん)


 私はこの手を見て、

「8七歩なら8二飛、7四角みたいな展開だと思ったけど、本譜は後手から7七歩があるんじゃないかしら。7七歩、同桂、7六歩とか。7七歩に同金は、いったん8二飛と引いておけば、先手が愚形よね」

 とコメントした。

「本譜でも、単に8二飛と引く手はありそうです」

 磯前さん的には、前へ行くんじゃないかなあ。

 この予想は当たった。

 7七歩、同桂、7六歩、6五桂。

 先手も前に出た。

 磯前さんは9五角。次に開き王手が生じる。

 このかたちで出やすい流れ弾だ。

 剣さんは4八玉で、居玉を解消した。

 7七歩成、9六歩、7八と、9五歩。


挿絵(By みてみん)


 うわッ、すっごい取り合いになった。

 一之宮さんもさすがに驚いて、

「形勢が傾いていそうな局面ですが……」

 と言葉をにごした。

「飛車を成り込めそうだし、後手のほうがよさそう?」

「わたくしは先手持ちです。8八飛成に9七角、9九龍、5三角成があります」

 そっか、いきなり突っ込めるのか。

 後手は居玉だ。5三にプレッシャーがかかると、相当危ない。

 2四歩の取り込みもある。取り込まれれば挟撃だ。

 磯前さんも、飛車成りに慎重だった。小考している。

 ここまでは研究範囲? それとももう外れてる?


 パシリ


 8八飛成。

 剣さんはノータイムで9七角と打った。

 9九龍、5三角成、4二金。


挿絵(By みてみん)


 がっつり受けた。

「後手玉は、すぐに寄るわけじゃなさそう」

「4二香と節約したならば、明確に先手優勢でした。4二金なら互角です」

 剣さんは6三馬と寄った。

 これには当然の6二香。馬と桂馬の串刺し。

 8一馬、6五香。

 私はすこし考えて、

「ここは悩ましいわね」

 とつぶやいた。

「候補手の多い局面です。8三角、7四角、6四桂、5四桂あたりでしょうか。すこしひねるなら、3五桂の先受けで3六歩もありえます」

 5択はさすがにキツイ。

「受けないほうがよくない?」

「実戦的には受けにくいと思います。後手次第になってきますので」

 8三角は詰めろでもなんでもないから、後手は3五桂と打ってきそう。

 7四角は次に5四桂が入れば有力。問題は打たせてくれるかどうか。

 6四桂はちょっとぼやけてるかな、という印象。7二桂成狙いだろうけど。

 5四桂はより直接的で、金を狙う手。逃げるヒマはないでしょ、と。

「……ごめん、受けたほうがいいかも」

「攻めはどれもはっきりしない印象です」

 ただなぁ、剣さんは攻める気がするのよね。

 棋風っていうもんがあるし、私が先手でも受けないと思う。

 剣さんは3分の長考で、ついに決断した。


挿絵(By みてみん)


 んー、攻めた。しかも一番露骨な手。

 一之宮さんは、

「読みの枝を刈ったのかもしれません」

 とコメント。

 そうかもしれない。ようするに、読むパターンを減らしたわけだ。

 5四桂は一直線に読みやすい手だと思う。

 大きな大会とはいえ、30分60秒。膨大な手順は読めない。

 磯前さんは3分の長考返しで、3五桂と打った。

「3五桂以外にあった?」

「6八と、くらいでしょうか。あまりよい手とも思えませんが」

 となると、磯前さんの長考の中身は、もっと先ね。

 剣さんもこの手は見えているから、すぐに3六銀と上がった。

 ノータイムで次の手が飛ぶ。


挿絵(By みてみん)


 こ、これは──

「突っ込んだわね」

「通るのでしょうか? 即寄りはなさそうですが……」

「同銀でも寄らない?」

 私たちは検討を始めた。

 同銀、同桂成、同玉、4九龍は、5六玉と抜けられる。

 この瞬間は、かえって後手に厳しい。

 というのも、6五の香車と7八のと金、この両方が当たりになっているからだ。

「5六玉に5三銀は、どう?」

「それは先手も受けるしかなさそうです。5五銀でしょうか」

「そこで6四歩と打てば、香車は助かるわね。先手は7八飛……はできないのか。8九龍が飛車馬両取りになっちゃう。一回4二桂成くらいかしら」

 ふたりであれこれ読んだ結果、先手玉は思ったより寄らないけど、それほど安全でもない、ということになった。

 剣さんも盤をじっとにらんでいる。

 ときどき刀のつかに手をあてていた。

 凶器の使用禁止。

「……3九玉もありますか」

 一之宮さんは、王様を引く手を指摘した。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「危なくない?」

「いろいろ読んでみたのですが、上に逃げると包囲される可能性も」

 うーん、たしかに5六玉は立往生しそうなのよね。

 でも3九玉は、下手すると即寄りがあるような。

 私も読みを入れてみた。

「龍を切っても寄らない……か」

「6八とと寄せていくしかないと思います。もし後手玉のほうが危ないとなれば、先に5三歩などで受けるかもしれません」

 相当むずかしい局面になっている。

 剣さんが迷うのもわかった。

 私はちょっと冷えた紅茶を飲んだ。甘い香りがあたりにただよった。

 その香りの中で、次の一手が指された。

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