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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
522/686

510手目 値上げ

※ここからは、姫野ひめのさん視点です。

挿絵(By みてみん)


 どうにも不穏です。

 先手がおとなしすぎるような。

 残り時間は先手が12分、後手が13分。

 あいかたのキングさんは、なにか知っていらっしゃるのではないでしょうか。

「キングさん、ここまでの流れを見て、なにかご感想は?」

「将棋ってむずかしいデスネ。もえも迷ってる感じがしマスヨ」

「……そうですか」


 パシリ


 6三馬。これしかありません。しかし、この馬をいじめきれるかどうか。

 7四角成のところでは、やはり7四桂が有力だったように思います。

 いずれにせよ、まだ先手がよいはず。

 7一桂、2一と、同玉、4一馬。

 と金で馬をフォロー。やや右が広くなりました。

 5三銀、3八銀、6四角成。


挿絵(By みてみん)


「4六角成もありました。こちらのほうが安全ではありますが」

「早乙女は受け切り狙いに見えマスネェ」

 形勢はいかほどでしょうか。

 先手がよいとは思うのですが……やや良しから優勢まで幅が広いです。

 飛車切りで決めに出れば、わかりやすくなるのですが。


 パシリ


 萩尾さんは1五香。

 以下、同香、2四飛の飛車切り。

「決めにいきました。ここからは優劣がはっきりしてきそうです」

「キマりマスカ?」

「同歩、2三銀かと思いますが、後手玉はまだしぶといです」

 先手は急に前に出ました。

 さきほどまでは、いわゆる溜め、だったのでしょうか。

 キングさんは、

「切る前に3五歩を入れても、よかったデス」

 とおっしゃられました。

「たしかに、それを入れたほうが厳しかったかもしれません」

 2四同歩、2三銀、同金、同馬、2二銀、3三桂。

 攻めとしては単調ですが──

 同銀、同馬、4一桂、5一馬、3二玉、5二銀、2三玉。


挿絵(By みてみん)


「入玉へ向かいました。後手としては、この順しかないと思います」

「4五歩、一本入れたいデス」

「いい手です。上に細工をしておく手は有力です」

 萩尾さんがお選びになったのは、単に4一馬。

 後手は3二香、4五歩、6六歩、同金に4六馬と入りなおしました。

「Oh、ひいきしなくても先手有利デス」

 4四歩、5二飛。


挿絵(By みてみん)


「同馬は先手が即死します」

「6九銀デスネ。萌はさすがにひっかかりマセーン」

 5七金打、同馬、同金、9二飛。

 5二飛そのものは機敏でしたが、ここでまた先手の手番。

「2六桂、どうデスカ?」

「2六桂は有力です。駒を使わないのなら、3一馬もあります」

「Very nice。1三金と4三馬でしびれマス」


 パシリ


 おや……5八金ですか。

「What's this?」

「4八飛の先受けかと」

 キングさんは納得していただけたようで、

「萌、安全運転デスネ。でも後手は4四銀できるから、3一馬なくなりマシタ。それとも4四銀じゃなくて、2八飛と打ちマスカ?」

 とおたずねに。

「4四銀のほうが安全です。2八飛は、受けずに3一角と打てます」

 早乙女さんも、4四銀をご選択。

 4三歩、1一飛、4二歩成、4一飛、同と、2二金。

「すこし助かりマシタカ?」

「いえ、先手に寄りつく手がなくなりました。敗勢に近いです」

「Oh、萌、あとちょっとダヨ」

「とはいえ、すぐに寄るかどうかとは別問題です」

 1一飛、1二歩、3一と、8六歩、同歩、6五歩、同金、8七銀。

 無理に行きますか。

 ここで萩尾さんは1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同玉、6九角、7八銀、5八角成、5四金、4三歩、2一と。


挿絵(By みてみん)


「3六馬で入玉を目指す方針のようです」

「1三金は2六桂がアリマス。厳しいデス」

 早乙女さんも1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 1三金、2六桂、3六馬、2二金、3三玉。

 一応6段目あたりまでは行けそうですが、さて。

 5一角、4二金、3一と、2五歩。


挿絵(By みてみん)


「ハッチ開きマシタ。しかも桂取りデス」

「先手は早めに香車を回収したいです。3五玉まで来たとき、3七香の串刺しを狙うことができますので」

 萩尾さんもそれは分かっていらっしゃるので、3二金。

 2四玉、2一飛成、3五玉、4二角成、同飛。

 ここで狙いの3七香。

 後手、苦しくなりました。

 カメラに映っている早乙女さんは、顔色が変わっていません。

 中高で当たる機会はありませんでしたが、噂通りのかたのようです。

 まるでコンピューターのような。

 しかし彼女の脳内評価値も、もはや敗勢なのではないでしょうか。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 4五角。追加の防御。

 萩尾さんは冷静に4四金。

 以下、5六角、3六香、4四玉。

 押し戻されました。

「6四銀で詰めろです」

「Aha, almost over」

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


「Moe, perfect!」

 早乙女さんは持ち駒をそろえました。

 投了の映像。

 コメントは、どういたしましょうか。

「本局は萩尾さんの押し切りでした。とちゅう、消極的な場面もありましたが、目立ったミスはなかったように思います。早乙女さんも粘りましたが、さすがに先手玉が遠すぎました」

 キングさんからのコメントは、特にありませんでした。

 インタビュータイムを待ちます。

 10分ほどして、音声が入りました。

《もしもーし》

 萩尾さんからですね。

「もしもし、姫野です」

《こんにちは、どうでしたか、ご覧になられて?》

「最後の寄せは鮮やかでした。序盤の駒組みは予定だったのですか?」

《んー、あのへんはアドリブですね。早乙女さん相手に定跡勝負するのはどうかな、とも思ったので。先に攻めることができたのは僥倖でした》

 なかなか素直に作戦を話されるのですね。

 では、キングさんにマイクを。

「Hello」

《あ、キャシーも観てたのか》

「Nice gameデシタ。明日もがんばってクダサーイ」

 知り合い同士だからか、簡潔でした。

 次は早乙女さんにインタビューを。

《もしもし》

「もしもし、姫野です」

《先にコメントさせていただきますが、ふがいない内容になってしまいました。4四金と引いたのが悪手で、4三金と上がるほうがよかったです》


【検討図】

挿絵(By みてみん)


《また、6四角成で互角と読んでいたのも、ミスだったかもしれません。あとで深く読んでみないといけませんが、1五香以下は急転直下で悪くなりました》

 今の表現、やや気になります。

 しかし、わたくしから好奇心でたずねる点ではないでしょう。

「解説席でも、そのあたりの局面は会話がはずみました。機会があれば、また検討いたしましょう……キングさん、どうぞ」

「早乙女サン、ちょっぴり残念デシタ。明日もがんばってクダサーイ」

《ありがとうございます。今日はカァプの試合もないので、すぐ寝ます》

 昨日寝ていなかったのですか? それはよろしくないです。

 ほんとうにマイペースなかたなのですね。

「明日は最終日です。万全の体調を期待しております」

《はい》

 インタビューは終了し、本日の仕事は終わりました。

 ヘッドセットをはずして、髪をととのえます。

 すると、キングさんが右手を差し出してきました。

「Ms. Himeno, thank you for your assistance. See you tomorrow」

「I'm pleased to have enjoyed commentating on the tournament with you. There will be a final match tomorrow. I hope we can watch some good games」

 席を離れると、周囲の試合も半分ほど終わっていました。

 裏見うらみさんはまだ解説中ですか──おや、あのかたは。

「姫野はーん」

 O阪の難波なんばさんです。

「こんにちは、難波さん」

「姫野はん、古都大に進まれたそうやないですか。O阪にも遊びに来てください」

「機会があれば」

 難波さんは揉み手をしながら、

「機会はありますって。再来年あたりは会長でっしゃろ」

 と、なぜか政治的な話に。

申命館しんめいかん於保おぼさんがいらっしゃいます。於保さんは高校将棋連盟のK都支部長でした。わたくしにそのような経験はありません」

「またまたご謙遜を」

 似たようなことを、於保さんにも言っているような気がいたします。

 閑話休題。

「本日の将棋、いかがでしたか?」

「うちが見てる限り、女子ツートップは確実やと思います」

鬼首おにこうべさんと萩尾はぎおさんですか?」

「さいです」

「鬼首さんの将棋を、難波さんはどのようにご覧になられますか?」

 さすがに難波さんも将棋指し、真剣なまなざしに。

「鋭利やけど、折れるときはぽっきり折れる感じがしますわ」

「わたくしも、棋譜からはそのような印象を受けます」

 15回戦を終えて、おたがいに手のうちも読めてきたのではないでしょうか。明日は腹の探り合いになりそうです──っと、裏見さんが終わられたようですね。難波さんとはお別れして、声かけをいたしましょう。

「裏見さん、おつかれさまです」

「あ、おつかれさまです」

「このあと、お時間はありますか? 3日目の夕方は公式イベントがないので、H島のメンバーで女子会を、と思ったのですが。傍目はためさんもいらしているはずです」

「助かります。どうしようかな、と思っていたので」

三和みわさんと筒井つついさんにも、お声掛けしましょう。予算は1万でよろしいですか?」

「え、それはちょっと……」

 裏見さんは引き気味に。

 なんということでしょう、わたくしとしたことが。

 久々の再会にもかかわらず、まちがった値付けをしてしまいました。

「もうしわけありません。配慮が足りませんでした。3万で」

「えぇ……」

場所:第10回日日杯 3日目 女子の部 15回戦

先手:萩尾 萌

後手:早乙女 素子

戦型:後手矢倉


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △6二銀

▲2六歩 △4二銀 ▲2五歩 △3三銀 ▲4八銀 △3二金

▲5八金右 △4一玉 ▲3六歩 △5二金 ▲5六歩 △5四歩

▲7九角 △3一角 ▲6六歩 △7四歩 ▲6七金 △4四歩

▲6八玉 △6四角 ▲3七桂 △4三金右 ▲7八玉 △7三銀

▲5八金 △8五歩 ▲4六歩 △3一玉 ▲4七銀 △1四歩

▲1六歩 △7五歩 ▲同 歩 △同 角 ▲7六歩 △6四角

▲6五歩 △5三角 ▲4五歩 △6四歩 ▲4四歩 △同 金

▲6四歩 △同 角 ▲4六角 △6五歩 ▲1五歩 △同 歩

▲1三歩 △同 香 ▲2四歩 △同 銀 ▲1二歩 △3三桂

▲1一歩成 △4五桂 ▲6四角 △同 銀 ▲4五桂 △同 金

▲6三角 △4四金 ▲7四角成 △3七角 ▲2九飛 △7三歩

▲6三馬 △7一桂 ▲2一と △同 玉 ▲4一馬 △5三銀

▲3八銀 △6四角成 ▲1五香 △同 香 ▲2四飛 △同 歩

▲2三銀 △同 金 ▲同 馬 △2二銀 ▲3三桂 △同 銀

▲同 馬 △4一桂 ▲5一馬 △3二玉 ▲5二銀 △2三玉

▲4一馬 △3二香 ▲4五歩 △6六歩 ▲同 金 △4六馬

▲4四歩 △5二飛 ▲5七金打 △同 馬 ▲同 金 △9二飛

▲5八金 △4四銀 ▲4三歩 △1一飛 ▲4二歩成 △4一飛

▲同 と △2二金 ▲1一飛 △1二歩 ▲3一と △8六歩

▲同 歩 △6五歩 ▲同 金 △8七銀 ▲同 玉 △6九角

▲7八銀 △5八角成 ▲5四金 △4三歩 ▲2一と △1三金

▲2六桂 △3六馬 ▲2二金 △3三玉 ▲5一角 △4二金

▲3一と △2五歩 ▲3二金 △2四玉 ▲2一飛成 △3五玉

▲4二角成 △同 飛 ▲3七香 △4五角 ▲4四金 △5六角

▲3六香 △4四玉 ▲6四銀


まで153手で萩尾の勝ち

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