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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
520/686

508手目 兄弟観戦

※ここからは、石鉄いしづちくん視点です。

挿絵(By みてみん)


 みかんちゃん、ちょっといいと思います。がんばれ。

 僕は一般会場のモニタのまえで、ガッツポーズ。

 うしろで観ていた兄さんも、

「先手は攻めるのか攻めないのか、はっきりしたほうがいい」

 と言いました。同意です。

 あ、ご存じかと思いますが、うしろに座っているのはりょう兄さんです。

 H島の修身しゅうしん高校へ進学して、今は寮生活なんです。

 このあといっしょに食事の予定なんですが、みかんちゃんの最終戦だけ観戦。

 なぜか阿南あなん先輩と長尾ながお先輩が登場。長尾ながおあきらの3分間クッキングみたいな番組になってますね。今もプリンの話をしています。

 観戦者もだいぶ多くて、兄さんととなり同士に座ることもできませんでした。

 5一飛、1八香。

 先手、手がなくなってきた感じがします。

 ここでみかんちゃんは1分考えて、9三桂と跳ねました。

 梨元なしもと先輩も小考。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 え? ……勝負手です。

 8五桂に大駒を切る狙いでしょうか。

 8五桂、6四角、同歩、同角、7七桂成、4二角成?

 だけど5七歩成で、後手がいいと思います。いいですよね?

「兄さん、8五桂以下は後手良し?」

 兄さんは足を組んで、しばらく考えました。

「……互角じゃないか? それに、8五桂じゃなくて2六歩もある」

 そうなんですか?

 兄さんは振り飛車党だから、僕より形勢判断は正しいかも。

 それに僕、みかんちゃんの対局を、あんまり冷静に観れてない気がします。

 だけど、兄さんは兄さんで、考えがまとまっていないらしく、

「あ、待て、8五桂、6四角、同歩、同角、7七桂成、4二角成、5七歩成、5一馬に、同銀としない手があるのか。そのまま4八とと取り合って、どうだろうな……先手は6一飛、8二玉、4八金としたいが、その瞬間に後手は7一金打と固められる。この順なら後手持ちだ」

 なるほど、やっぱり後手が良さそうです。

 5一同銀としないのはちょっと怖いですが、先手はかたちが悪いですよね。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 あれ? 5四飛?

「これでもいいの?」

「……悪くはないと思う」

「8五桂と同じくらい?」

 兄さんはあごに手をあてて、すこし前のめりに。

「これは、先手からさっさと大駒を切れ、って手だ。6四角、同歩、7四飛、同歩とするしかないんじゃないか。そこで先手に手があるかどうかだが……」

 ふむふむ……ん? もっと前に、手があるっぽくないですか?

「6四角、同歩に5五銀で?」

「5五銀? 5六の歩は後手の歩……ああ、同飛に6四角があるのか」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 飛車金両取り──ですが、これでもまだ後手が悪いとは言えないはず。

 本譜はこの順で進みました。

 6四角、同歩、5五銀、同飛、6四角、5七歩成。

 兄さんはこの局面を見て、

「んー、たしかにこれでも後手持ちだな。8五桂のほうがはっきりしてたと思うが、この順でも5七同金に6八角と打てば、いけるだろ」

 とコメント。

 よし、みかんちゃん、がんばって。

 5七同金、6八角、7四飛。

 この手は一瞬ハッとしますが、6五飛と切ればだいじょうぶです。

 先手は7筋への圧力をかけられなくなります。

 6五飛、同歩、5七角成。

 梨元先輩のカウボーイハットが、カメラに映り込みました。

 揺れながら考えている模様。

 解説者も将棋の話を再開。

《めっちゃ進んでるじゃん。彰、どう?》

《え、ちょっと待って……難解だね。7七飛でも2一飛でも互角じゃないかな》

 長尾先輩は互角判断ですか。

 梨元先輩は、飛車を手にして、盤の上で迷い箸。

 2一飛ですか?


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 飛車捨てッ!?

 阿南先輩は、

《アハハ、すごい手が出たよ》

 と上機嫌。

 長尾先輩は、

《狙いはまあ分かるかな。同銀で7筋をムリヤリ薄くする手》

 と評価しました。

 それは分かりますが……寄りますか?

 即寄りはないと思うんですけど。

「兄さん、これ寄る?」

「……どうだろうな。むしろ先手の飛車角を、全部消せると思う」

 すこし安心。

 ところがそれもつかの間、兄さんは、

「いずれにせよ、先手のほうが寄りにくい。1八香はいい手だった」

 と付け加えました。

 え、あ、そっか、先手が遠いんですね。

 みかんちゃんは1分使って同銀。

 以下、7三角成、8一銀、5一馬、7三歩、同飛成。

 ここでみかんちゃんは3九馬の奇策。

 同金に5八飛。


挿絵(By みてみん)


 うまいです。これは持ち駒を使うと、攻めが切れるはず。

 解説の長尾先輩も、

《1九玉だろうね。4八角や3八角は、攻め駒が足りなくなる》

 とコメント。

 1九玉、5一飛成、7二龍、同銀。


挿絵(By みてみん)


 ……どうでしょう。先手玉はたしかに遠いです。

 後手に3手スキをかけるくらいでも、いけそうな距離感。

 解説陣も熱が入ってきました。

 長尾先輩は、

《迷うね。7三歩と叩くのが第一感だけど、7四歩と置いても良さそうだし、下手したら6四銀みたいなぼんやりした手でも良さそう》

 と、候補手をいくつかあげました。

 阿南先輩は、

《3六角は?》

 と、いかにもらしい手を質問。

《それもあるよ。いわゆる、なにをやっても勝てそうな局面、ってやつだね》

《アハハ、じゃあ正解は一個ってわけか》

 それはあくまでも経験則ですが、こういう局面は怖いですよね。

 梨元先輩の残り時間は3分、みかんちゃんは5分。

 進んだ手数よりも、ちょっと少なめ。

 梨元先輩はここから1分使って、7三歩を選択。

 同銀、6四銀、同銀、同歩、6二金、7三歩、7二歩。

 みかんちゃん、落ち着いて。まだ明確な寄りは見えてないよ。

 6三銀、6一銀、7二歩成、同銀、7三歩、同金、7四歩。


挿絵(By みてみん)


 あう……梨元先輩の攻めがたくみです。

 6三金、同歩成、同銀、7三歩成、8一銀、6三と。

 6二歩は7三角があるので、7二歩でしょうか。

 阿南先輩は、

《当分切れないっぽい?》

 と確認。

《寄りまで行くかも。ただ上が広いから、上下で挟撃しないとね》

 みかんちゃん、がんばって。

 7二歩、6二銀、同龍、同と、同玉。

 ここで梨元先輩は1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 阿南先輩は、

《金かな、と思ったんだけど。2枚あるし》

 とコメント。

《銀でもいいんじゃないかな。むしろ7四と迷ってそう。7四銀、6九飛、3六角とか》

 みかんちゃんも最後の長考。

 そのまま1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 5二銀。

 今のも難しかったです。先手から6三歩が見えているので、先着もありました。

 6三歩、同銀、同銀成、同玉。

 先手はいったん拠点を解体。

 6一飛、6二歩、6五金、5四飛、同金、同玉、6二飛成。


挿絵(By みてみん)


 これは……受けが……。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 みかんちゃんは6四銀。

 梨元先輩は30秒ほど考えて、6六銀と置きました。

 6三金、6五角──


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 みかんちゃん、投了。

 4四玉と逃げても、4二龍でどうしようもありません。

 がっかり。

 しばらくしてインタビューが始まりました。

《いえーい、勝利ヴィクトリーッ! 3日目全勝ッ!》

 梨元先輩、元気ですね。

 まずは阿南先輩が、

《真沙子ちゃん、調子めっちゃいいじゃん》

 と返しました。

《あれ? 阿南? なんでそこにいるの?》

《解説席ジャックしてた》

《暇人だねぇ。で、あたしの華麗な指し回し、どうだった?》

《最後踏み込んだのはすごかった、って彰が言ってたよ》

 ここで長尾先輩にバトンタッチ。

《こんにちは、長尾だよ》

《ハロー、昨日のチョコレートケーキ、ありがとねえ》

《いえいえ、どういたしまして、と。本局は寄せがうまくいったね。ちなみに8五桂と跳ねられてたら、どうするつもりだったの?》


【検討図】

挿絵(By みてみん)


《あ~、そのときはそのとき?》

《いや、さすがに読んでたでしょ》

 長尾先輩、けっこう手厳しいです。

《ん~、6四角、同歩、同角、7七桂成、4二角成、5七歩成、5一馬で、同銀と取ってくれたら先手がいいんじゃない?》

《4八と、は?》

《先手ちょい悪いかも。体感でマイナ500くらい》

 やっぱりあそこが分岐点でしたか。

 みかんちゃんがどうして跳ねなかったのか、気になります。

 梨元先輩はインタビューを終えて、みかんちゃんの番。

《もしもしなの~》

 今回も阿南先輩から。

《もしもーし、おつかれ》

《あれ~なんで阿南がいるの~?》

《いろいろあってね。どのへんから悪いと思ってた?》

《5一飛がうっかりだったの~》

 ああ、なるほど、5一飛が見えてなかったんですね。

 僕も見えてませんでしたが。

 長尾先輩と交代。

《もしもし、長尾だよ》

《男子ふたりで観てたの~?》

《なんかそういう流れになった。本譜、8五桂って跳ねなかった理由は?》

 僕の訊きたかった話題です。

 みかんちゃんは反省気味な声で、

《あのときは3パターン読んでて、8五桂か2六歩か5四飛だったの~深く読んだらどれも自信のない展開になっちゃったから、5七に馬ができる5四飛を選択したの~》

 との回答。

《8五桂はどうして自信がなかったの?》

 みかんちゃんは、例の進行手順を説明しました。

 4八とまで進むやつです。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


《ここで6一飛なら自信があったの~でも、6二馬、同金、4八金、6九飛、4九銀、2六歩、同銀、6五銀、同歩、8五角、5八銀打、5九飛成、7四歩の攻め合いがよくわかんなかったの~》


【検討図】

挿絵(By みてみん)


《こっちも攻めるなら6六角だけど、7三歩成、同金、3八金で、後手も危ないと思ったの~でも本譜よりはずっと綾があったの~》

 うむむ、さすがに対局者のほうが深く考えてますね。

 この局面まで読んで、なおかつ5一飛が見えていなかったら、5四飛を選択しちゃうのも分かります。

 こうしてインタビューも終わり、モニタは暗転しました。

 僕が落胆していると、兄さんに肩を叩かれました。

「どうした? 疲れてるのか?」

「あ……ううん、だいじょうぶ。食事にしよ」

 僕たちは会場をあとにしました。

 1階へ降りたあと、レセプションを横切って外へ。

 真夏の風が、頬をなでました。

 まだ空は明るいです。アスファルトの匂い。

 ホテルを見上げると、夕日に輝くガラス窓。

 この夢のような対局も、明日で終わり。

 どうせ夢なら、楽しく終わりたいですよね。

 決勝トーナメント、絶対に進んでみせます。

場所:第10回日日杯 3日目 女子の部 15回戦

先手:梨元 真沙子

後手:温田 みかん

戦型:相振り飛車


▲7八飛 △1四歩 ▲1六歩 △4二銀 ▲7六歩 △5四歩

▲7五歩 △5三銀 ▲7六飛 △3四歩 ▲7七桂 △4四角

▲4八玉 △2二飛 ▲3八玉 △2四歩 ▲9六歩 △2五歩

▲2八銀 △7二金 ▲6八銀 △6二銀上 ▲5八金左 △6一玉

▲1七銀 △9四歩 ▲2八玉 △3三桂 ▲3八金 △1二飛

▲5六歩 △5二飛 ▲4八金左 △7一玉 ▲6六歩 △3五角

▲5七銀 △5五歩 ▲4六銀 △同 角 ▲同 歩 △5六歩

▲6五桂 △6四銀 ▲7九角 △4二金 ▲7四歩 △8五銀

▲7七飛 △7四銀 ▲9七角 △5一飛 ▲1八香 △9三桂

▲8六角打 △5四飛 ▲6四角 △同 歩 ▲5五銀 △同 飛

▲6四角 △5七歩成 ▲同 金 △6八角 ▲7四飛 △6五飛

▲同 歩 △5七角成 ▲5一飛 △同 銀 ▲7三角成 △8一銀

▲5一馬 △7三歩 ▲同飛成 △3九馬 ▲同 金 △5八飛

▲1九玉 △5一飛成 ▲7二龍 △同 銀 ▲7三歩 △同 銀

▲6四銀 △同 銀 ▲同 歩 △6二金 ▲7三歩 △7二歩

▲6三銀 △6一銀 ▲7二歩成 △同 銀 ▲7三歩 △同 金

▲7四歩 △6三金 ▲同歩成 △同 銀 ▲7三歩成 △8一銀

▲6三と △7二歩 ▲6二銀 △同 龍 ▲同 と △同 玉

▲6四銀 △5二銀 ▲6三歩 △同 銀 ▲同銀成 △同 玉

▲6一飛 △6二歩 ▲6五金 △5四飛 ▲同 金 △同 玉

▲6二飛成 △6四銀 ▲6六銀 △6三金 ▲6五角


まで125手で梨元の勝ち

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