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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
517/686

505手目 弱点

※ここからは、少名すくなくん視点です。

 さあて、本日の大一番。六連むつむら戦だ。

 対局テーブルへ向かっていると、とちゅうで葦原あしはらに会った。

 葦原はすれ違いざまに、俺へ視線を向けた。

光彦みつひこ、なにやら自信がありそうですね」

 俺は足をとめた。

「おいおい、俺はそんなにうぬぼれ屋じゃないぜ」

「うぬぼれと自信は異なります。弱点*とは、この局のことだったのですか?」

 俺は肩をすくめた。

「さあ、そんなこと言ったっけかな。」

「……ご武運を」

 葦原とはそこで別れた。六連は先に着席して待っていた。

 俺も椅子を引いて座る。

 俺は開口一番、

「振り駒は?」

 とたずねた。

「少名くんでいいよ」

「了解」

 俺は歩を集めて振った。ウラが4枚。俺の後手。

「……」

「……」

 会話をしないまま時間が過ぎ、アナウンスが入った。

《……対局準備はよろしいでしょうか?》

 よし。

《では、始めてください》

「よろしくお願いします」

 俺はチェスクロを押した。

 六連の初手は2六歩。

 3四歩、2五歩、3三角、7六歩。

「2二飛」


挿絵(By みてみん)


 ダイレクト向かい飛車。

 桐野きりの十八番おはこだが、専売特許ってわけじゃない。俺も振り飛車党だ。

 六連はノータイムで3三角成とした。

 同桂、9六歩、4二銀、6八玉、6二玉、7八銀。

 今回はちゃんと構想がある。

 7二玉、7九玉、8二玉、9五歩、5四歩、4八銀、5三銀。

「端歩が早いな」

「……」

 六連は黙って5八金右と上がった。

 俺は9筋に手をかける。

「9二香」


挿絵(By みてみん)


 六連は小さくタメ息をついた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………予想通りだ。

 六連、おまえ、連日で対局をこなす体力がないだろ。

 カードゲーム大会の動画を分析していて気付いた。

 3日目からプレイに精彩がなくなっていた。

 今もそうとう調子が悪いんじゃないか?

 俺は医者じゃないが、動物の体調はなんとなくわかるんだよ。

 うっすらとエナジードリンクの匂いもするしな。

 とはいえ、将棋に体力要素があるのは事実。

 病弱だとか手術後だとか、そんなのはプロでも考慮されない。

 だから持久戦にさせてもらう。

 5九銀、9一玉、6八銀、8二銀、7七銀右、7一金。

 六連がどう組むか。

 8六歩、5二金、8八玉、7四歩、8七銀、6四歩。


挿絵(By みてみん)


 先手の方針は玉頭位取りか?

 体力維持で速攻はありえる──が、これって3日目最後の対局なんだよな。

 のこりの力を全部出してくる可能性はあった。

 このあとぶっ倒れても、半日は休める。

 それに六連は9勝3敗。俺を倒せば、明日1勝で決勝進出だろう。

 いくら調子が悪くても、Y口の松陰まつかげに負けるとは思えなかった。

 相穴も想定する必要があるか。

 7八金、6三金、6八金右、5五歩。

 六連は10秒ほど迷って、それから9八香と上がった。

 マジで相穴なのか?

 6二銀、2六飛。

 六連の暴発速攻に期待する、という作戦は不発。

 まあ俺もそこまで運頼みじゃない。がっぷり四つでもオッケーだ。

 とはいえ、すなおに組み合うと、居飛車のほうがいい。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………固められる前に行くか。

「4五桂」

 俺は跳ねた。4六飛、5四金を予想する。

 ところがこれは外れた。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 攻め合い。しめた。

 なんだかんだで持久戦を避けてるな。

 俺は5二飛と展開する。

 4六飛、5七桂成、同金、5三飛、1一角成。

「3五角ッ!」

 いいかどうかはわからない。

 飛車角交換で後手有利、ってわけじゃないからな。

 だけどこれなら手が続く。

 3六歩と催促されたら、4六角、同金、5九飛、3七桂。桂馬には逃げられるが、悪くはないだろう。

 5七の金が不安定とみるなら、6六金かもしれない。そこで4六角、同歩に5六歩は、5五香の切り返しがあるから厄介だ。こっちは5六歩とせずに2八飛くらいか。


挿絵(By みてみん)


 (※図は少名くんの脳内イメージです。)


 六連はどうする? 3三馬と引くか?

 あともうひとつ気になるのは、6六金じゃなくて6六桂だな。

 この分岐を全部潰すのはムリだ。時間がいくらあっても足りない。

 直観的にありそうな3六歩と6六金を深く読んだ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………六連が動く。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 9六香打──読んでなかった。

 これで先手がいいのか?

 俺は後手陣が潰れないかどうか読む。

「……5六歩」

 潰れないと判断。

 同金、4六角、同金、5九飛成。

 先着ッ!

 六連は9九玉。冷静だな。端攻めに自信があるのか?

 だけどここから仕留めるぞ。

 持久戦方針だったが、チャンスを見逃す理由はない。

 俺は4九飛と打った。2枚飛車で潰す。

 8八金、2九飛成、6八角、6九龍、5三歩。

 これは……取ったほうがいいか?

 と金ができるとめんどうだ。

「同金」

 六連は5六金──思ったより手がない。

 龍2枚でも、あと1枚が足りなかった。

 とりあえず8四桂。

 1三角成、5九龍左、5七馬。

 金も取れないか……しょうがない。

「9六桂」


挿絵(By みてみん)


 前に出る。俺の読みでは、後手悪くないはずだ。

 先手はなにもできていない。

 同香、5五歩、同馬、5四香、4六馬引、5六香。

 六連は6八馬で、交換を迫ってきた。

 俺は困った──龍が2枚とも消えそうだ。

 角2枚でもイケるか?

 イケないなら同龍左、同馬に1九龍と逃げる必要がある。

 けど、さすがにそれはムリだろ。馬+金銀3枚の穴熊は崩せない。

 俺は清算コースを選んだ。

 同龍左、同馬、同龍、同銀。

「5八香成」

 これで届け。

 六連は7七銀。


挿絵(By みてみん)


 むずかしい局面になった。俺は持ち時間を確認する。

 先手18分、後手11分。

 7分差か──成果はあったはずだ。後手がまだいい。

 ただ次の手に迷う。

 6九角と打つか、7九角と打つか、それとも7九金と置くか。

 パターンが多い。どれも似たり寄ったりに見える。

 俺は時間差がひらくのを許容して、3分考えた。

 結論は、どの手を指しても9四歩と攻めてきそう、だった。先手は持ち駒が悪い。金銀がない。受けるなら大駒を打たないといけなくなる。そのときに9四歩が突かれていないと、先手が一方的に攻められてしまう、というわけだ。

 一例として、6九角、9四歩、8七角成、同金、6九角、9八角。

 あるいは7九金、9四歩、同歩、9三歩、同香、8五歩、5七角、8六桂。

 後者のほうがめんどうか。

 けれど、この読みに絶対の自信があるわけでもなかった。

 9四歩は取ったほうがいいか? 現状後手がいいから安全策も──

「……6九角」

 六連は30秒ほど考えた。

 そして、9四歩と突いた。

 同歩、9三歩、同桂、6六桂。

「ここで角切りッ!」


挿絵(By みてみん)


 同金、6九角に9八角。

 よし、読み通りの大駒受けだ。

 7八銀と打つ。

 六連は8八飛。これで先手の攻めはもうない。

「8七銀成」

 同角、同角成、同飛、6九角、9八角、8七角成、同角。

 チッ、7七の銀が意外と邪魔だ。成香を使えない。

 5九飛、8八銀打。


挿絵(By みてみん)


 げッ! ……切れた。

*470手目 裸のつきあい

https://book1.adouzi.eu.org/n2363cp/482/

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