505手目 弱点
※ここからは、少名くん視点です。
さあて、本日の大一番。六連戦だ。
対局テーブルへ向かっていると、とちゅうで葦原に会った。
葦原はすれ違いざまに、俺へ視線を向けた。
「光彦、なにやら自信がありそうですね」
俺は足をとめた。
「おいおい、俺はそんなにうぬぼれ屋じゃないぜ」
「うぬぼれと自信は異なります。弱点*とは、この局のことだったのですか?」
俺は肩をすくめた。
「さあ、そんなこと言ったっけかな。」
「……ご武運を」
葦原とはそこで別れた。六連は先に着席して待っていた。
俺も椅子を引いて座る。
俺は開口一番、
「振り駒は?」
とたずねた。
「少名くんでいいよ」
「了解」
俺は歩を集めて振った。ウラが4枚。俺の後手。
「……」
「……」
会話をしないまま時間が過ぎ、アナウンスが入った。
《……対局準備はよろしいでしょうか?》
よし。
《では、始めてください》
「よろしくお願いします」
俺はチェスクロを押した。
六連の初手は2六歩。
3四歩、2五歩、3三角、7六歩。
「2二飛」
ダイレクト向かい飛車。
桐野の十八番だが、専売特許ってわけじゃない。俺も振り飛車党だ。
六連はノータイムで3三角成とした。
同桂、9六歩、4二銀、6八玉、6二玉、7八銀。
今回はちゃんと構想がある。
7二玉、7九玉、8二玉、9五歩、5四歩、4八銀、5三銀。
「端歩が早いな」
「……」
六連は黙って5八金右と上がった。
俺は9筋に手をかける。
「9二香」
六連は小さくタメ息をついた。
……………………
……………………
…………………
………………予想通りだ。
六連、おまえ、連日で対局をこなす体力がないだろ。
カードゲーム大会の動画を分析していて気付いた。
3日目からプレイに精彩がなくなっていた。
今もそうとう調子が悪いんじゃないか?
俺は医者じゃないが、動物の体調はなんとなくわかるんだよ。
うっすらとエナジードリンクの匂いもするしな。
とはいえ、将棋に体力要素があるのは事実。
病弱だとか手術後だとか、そんなのはプロでも考慮されない。
だから持久戦にさせてもらう。
5九銀、9一玉、6八銀、8二銀、7七銀右、7一金。
六連がどう組むか。
8六歩、5二金、8八玉、7四歩、8七銀、6四歩。
先手の方針は玉頭位取りか?
体力維持で速攻はありえる──が、これって3日目最後の対局なんだよな。
のこりの力を全部出してくる可能性はあった。
このあとぶっ倒れても、半日は休める。
それに六連は9勝3敗。俺を倒せば、明日1勝で決勝進出だろう。
いくら調子が悪くても、Y口の松陰に負けるとは思えなかった。
相穴も想定する必要があるか。
7八金、6三金、6八金右、5五歩。
六連は10秒ほど迷って、それから9八香と上がった。
マジで相穴なのか?
6二銀、2六飛。
六連の暴発速攻に期待する、という作戦は不発。
まあ俺もそこまで運頼みじゃない。がっぷり四つでもオッケーだ。
とはいえ、すなおに組み合うと、居飛車のほうがいい。
……………………
……………………
…………………
………………固められる前に行くか。
「4五桂」
俺は跳ねた。4六飛、5四金を予想する。
ところがこれは外れた。
パシリ
攻め合い。しめた。
なんだかんだで持久戦を避けてるな。
俺は5二飛と展開する。
4六飛、5七桂成、同金、5三飛、1一角成。
「3五角ッ!」
いいかどうかはわからない。
飛車角交換で後手有利、ってわけじゃないからな。
だけどこれなら手が続く。
3六歩と催促されたら、4六角、同金、5九飛、3七桂。桂馬には逃げられるが、悪くはないだろう。
5七の金が不安定とみるなら、6六金かもしれない。そこで4六角、同歩に5六歩は、5五香の切り返しがあるから厄介だ。こっちは5六歩とせずに2八飛くらいか。
(※図は少名くんの脳内イメージです。)
六連はどうする? 3三馬と引くか?
あともうひとつ気になるのは、6六金じゃなくて6六桂だな。
この分岐を全部潰すのはムリだ。時間がいくらあっても足りない。
直観的にありそうな3六歩と6六金を深く読んだ。
……………………
……………………
…………………
………………六連が動く。
パシリ
9六香打──読んでなかった。
これで先手がいいのか?
俺は後手陣が潰れないかどうか読む。
「……5六歩」
潰れないと判断。
同金、4六角、同金、5九飛成。
先着ッ!
六連は9九玉。冷静だな。端攻めに自信があるのか?
だけどここから仕留めるぞ。
持久戦方針だったが、チャンスを見逃す理由はない。
俺は4九飛と打った。2枚飛車で潰す。
8八金、2九飛成、6八角、6九龍、5三歩。
これは……取ったほうがいいか?
と金ができるとめんどうだ。
「同金」
六連は5六金──思ったより手がない。
龍2枚でも、あと1枚が足りなかった。
とりあえず8四桂。
1三角成、5九龍左、5七馬。
金も取れないか……しょうがない。
「9六桂」
前に出る。俺の読みでは、後手悪くないはずだ。
先手はなにもできていない。
同香、5五歩、同馬、5四香、4六馬引、5六香。
六連は6八馬で、交換を迫ってきた。
俺は困った──龍が2枚とも消えそうだ。
角2枚でもイケるか?
イケないなら同龍左、同馬に1九龍と逃げる必要がある。
けど、さすがにそれはムリだろ。馬+金銀3枚の穴熊は崩せない。
俺は清算コースを選んだ。
同龍左、同馬、同龍、同銀。
「5八香成」
これで届け。
六連は7七銀。
むずかしい局面になった。俺は持ち時間を確認する。
先手18分、後手11分。
7分差か──成果はあったはずだ。後手がまだいい。
ただ次の手に迷う。
6九角と打つか、7九角と打つか、それとも7九金と置くか。
パターンが多い。どれも似たり寄ったりに見える。
俺は時間差がひらくのを許容して、3分考えた。
結論は、どの手を指しても9四歩と攻めてきそう、だった。先手は持ち駒が悪い。金銀がない。受けるなら大駒を打たないといけなくなる。そのときに9四歩が突かれていないと、先手が一方的に攻められてしまう、というわけだ。
一例として、6九角、9四歩、8七角成、同金、6九角、9八角。
あるいは7九金、9四歩、同歩、9三歩、同香、8五歩、5七角、8六桂。
後者のほうがめんどうか。
けれど、この読みに絶対の自信があるわけでもなかった。
9四歩は取ったほうがいいか? 現状後手がいいから安全策も──
「……6九角」
六連は30秒ほど考えた。
そして、9四歩と突いた。
同歩、9三歩、同桂、6六桂。
「ここで角切りッ!」
同金、6九角に9八角。
よし、読み通りの大駒受けだ。
7八銀と打つ。
六連は8八飛。これで先手の攻めはもうない。
「8七銀成」
同角、同角成、同飛、6九角、9八角、8七角成、同角。
チッ、7七の銀が意外と邪魔だ。成香を使えない。
5九飛、8八銀打。
げッ! ……切れた。
*470手目 裸のつきあい
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