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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
515/686

503手目 下位の駆引き

※ここからは、嘉中ひろなかくん視点です。男子第13局開始時点にもどります。

 ちぇーッ、もう決勝の目はないなあ。

 Y口県はもえをのぞいて全滅。5人も出しといて情けない。

 とりあえず、今日最後の一局を終わらせる。

 あいてはれつ。俺は着席。

「よろしくぅ」

「嘉中先輩、よろしく」

 同じ高校生なのに、かたや10勝2敗、かたや4勝8敗。

 どこで差がついたのか。慢心、環境のちがい。

 まあ実力だな。

 とりあえず振り駒。ゆずりあって、俺が振ることに。

「歩が3枚、俺の先手」

 チェスクロの位置をなおして、あとは待つだけ。

《……対局準備はよろしいでしょうか?》

 ほーい。

《では、始めてください》

「よろしくお願いしまーす」

 7六歩、8四歩、6八銀、3四歩、7七銀。


【先手:嘉中ひろなか平三へいぞう(Y口県) 後手:石鉄いしづちれつ(E姫県)】

挿絵(By みてみん)


 なんとなく矢倉模様。

 6二銀、7八金、4二銀、2六歩、3二金、4八銀、4一玉。

 ふつうの矢倉になりそうか?

 6九玉、5四歩、5八金、7四歩。

 俺はここで小考。矢倉のストックは、もう使い切った。

「……4六歩」


挿絵(By みてみん)


 手将棋にする。

 烈は10秒ほど考えて、7三桂と跳ねた。

 4七銀、6四歩、6六歩、6三銀。

 後手も攻めをみせてきた。

 6七金右と固める。

 6二金、3六歩、8五歩、2五歩、8一飛、1六歩、1四歩。

 ん? なんかかたちが変になってきたぞ?

 俺が3七桂と跳ねると、烈は5二玉とあがった。


挿絵(By みてみん)


 右玉ぅ? なめてんなあ。

 とりあえず7九角。

 ここで烈は長考した。俺はお茶を飲む。

 後手は6一玉~7二玉くらいか?

 俺のほうから攻める順を考える。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………攻め口はありそうだ。

 と、そのとき、烈が動いた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ん? ……攻めてきた?

 俺はこれまでの読みがパーになった。

 右ひじをテーブルに乗せて、手で頭を固定する。

 すこしダレた姿勢で長考──潰れはしないだろ。

「同歩」

 6五桂、6六銀。

 6四歩で収めるかと思いきや、烈はさらに攻めてきた。

 8六歩、同歩、同飛、8七歩、8一飛。

 7九角と引いてるからなあ。6五銀とできない。

 いったん6八角と上がる。

 6四歩、7九玉、9四歩、9六歩、3三角、5六銀。

 ここで烈は端に手をかけた。

「1五歩」


挿絵(By みてみん)


 マジか。攻める右玉?

 それとも5二玉型の力戦形とでも言えばいいのか。

 予想がはずれた。俺の攻めを誘う作戦だと思ってたんだが。

 俺は頭をかきながら、同歩。

 烈は1六歩と置いた。

 これは……取るしかない。

 同香、1五香、1八飛、1六香、同飛、8二香。


挿絵(By みてみん)


 どうなってんだ、これ。わからん。

 受けるには8八香しかないが、そのあとどうする?

 後手の狙いはなんだろうな。9五歩か?

 それとも俺のほうに動けって言ってんのか?

 たしかに飛車は成れる──が、罠の可能性もある?

 わかんねぇ。とりあえず受けるぜ。

「8八香」

 烈は2二金と寄った。

 ふーん、端を固めたか。飛車成りは脅威なんだな。

 俺は8六歩と突いて、8筋を膠着状態に収めた。

 烈は1五歩。

 1八飛、4四角、1五飛、2六角。


挿絵(By みてみん)


 それでも攻めて来た。

 烈の攻撃は、第3波に至った。けど、だんだん細くなっている。

 腰をすえて考える局面だ。俺はもういちどお茶を飲んだ。

 チェスクロを確認する。のこり時間は俺が15分、烈が14分。

 1一飛成は確定として……1三金も確定だろうな。

 さすがに金をタダでは取らせてくれないだろう。

 その次がよくわからん。

 一見1四歩。だけどこれは4四角と引かれて、龍が死ぬ。

 ん? 待てよ? これ龍が助からないんじゃないか?

 だったら1一飛成自体がおかし……くもないか。3三歩がある。


挿絵(By みてみん)


 (※図は嘉中くんの脳内イメージです。)


 危ない危ない。いちおう助かってるな。

 だけど俺は、ここからなにをすればいいんだ?

 そもそも今の状態で3三歩は2歩だしな。3筋の歩を切らないといけない。

 3五歩、同歩ならいいが、同角だと? あるいは手抜かれる?

 俺は複数のパターンをがんばって読んだ。

「……1一飛成」

 俺はチェスクロを押した。

 烈はかるくうなずいて、30秒ほど読んだ。1三金。

 予定通り3五歩と突いた。

 3五同歩か、同角か、3七角成か。どれもありうる。

 烈ぅ、こうなったら下駄を預けるぜ。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 3七角成……これが正解なのか?

 一貫性は感じられる。とにかく攻めてくるつもりだ。

 俺は1四歩で反撃した。

 4四桂、4五銀、4六馬。

 俺は頭をかいた。

「んー、銀は助からないか……4四銀」

 桂馬を食いちぎった。

 同歩、1三歩成、5八銀。

 意外とうるさい。暴発しないように、俺は受けた。

「4八金」


挿絵(By みてみん)


 烈はここで手が止まった。

 2三とのほうを読んでたか? そっちと迷ったんだよな。

 烈は30秒ほど考えて、6七銀不成とした。

 同金、9五歩。

 まあそうするよな。後手は攻めが止まったら終わりだ。

 こうなったら斬り合うしかない。俺は2三と。端は捨てる。

 9六歩、3二と、9七歩成。

 ぐぅ、捨てると言ってもこれは取るしかない。

「同香」

 同香成、同桂、8七歩、4二と。


挿絵(By みてみん)


 間に合ったぞ。

 烈は同玉。俺はいったん8七香と手をもどした。

 烈は9六歩の追撃。

 8五桂──は意味ないな。1二龍? 王手はしたい。

 だけど2二歩一発で止まると思う。同龍、3二金のあとが続かない。

 俺はのこり時間が10分を切ったところで、4七香と打った。

 馬をどかせる。

 烈は冷静に3五馬。

「3六歩」

 馬の位置を変更させる。

 2六馬と出てくるか、それとも1三馬と引くか。

 いずれにせよ、先手がいいような気がしてきた。

「……1三馬」


挿絵(By みてみん)


 引いた。ここは狙いの手がある。

「5六歩」

 生角と馬の交換を迫る。

 烈は困ったような表情。イヤな手を指せた自信がある。

「……5七香」

 むりやり止めてきた。

 俺は6五銀で、根元の桂馬を抜いた。

 9七歩成、5七角、同馬、同金上、8七と。


挿絵(By みてみん)


 ん? 6五歩じゃないのか……6四歩の叩きがあるからか?

 まあいい。さっきと違って、2二龍が効く。4七に香車の大砲があるからだ。

「2二龍」

 3二桂、4四香、4三歩、同香成、同玉、4四歩、同玉、4六香。

 駒をどんどん渡す。俺は右が広いことに賭けた。

 4五歩、同香、同玉。

「4六銀ッ!」


挿絵(By みてみん)


 入玉も当然に禁止だ。

 烈は4四玉と引いた。

 のこり2分。

 先手優勢なのはまちがいない。ただこっちもうっかりすると寄る。

 ひとまず6九玉と寄って、頭金を回避した。

 烈は最後の長考。のこり時間を全部溶かした。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 受け? このかたちの受けは読んでなかった。

 俺も時間が溶ける。


 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「2三龍」

 ひとまず詰めろ。

 烈は3三金と打った。

 俺は2一龍と入り、桂馬を回収する。

 こうなったら自玉の広さを活かす。真綿で首を絞めるぜ。

 烈も駒が足りないから、6五歩と回収した。

 4二銀、7八銀、5九玉、1五角。


挿絵(By みてみん)


 うお、こっちが挟撃になった。

 あせるな、俺。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「4八角っ!」

 交換を迫る。

 4八角成、同玉、6七銀成。

 同……いや、待て。同金、1五角、3七角、2六金だとマズい。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「2六角」

 烈は、オヤッ、という表情。

 悪手だったか? たしかにちょっときわどい。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「3五金」

 むりやり止めてきた──が、どうだ、これは。俺は打開点を見出した。

 同銀、4三玉、3三銀成、5三玉、3四銀。

 ぜんぶ突っ込む。こっちは詰まない。

 烈はこの王手になやんだ。6四玉なら6二角成が決まる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「よ、4四香」

 4五桂、6四玉、3七角。


挿絵(By みてみん)


 これが王手だ。しかも4筋じゃ止められない。2六角は結果的に好手。

 烈も気づいていたらしく、くちびるを結んで盤を見つめた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 5五香。取ってもいいとは思うが、工夫する。

 俺は6七金で、自玉を安全にした。

 4五香、同銀、5三桂、5四銀、同銀、5五歩。

 疑いなく勝勢。あとは頓死しなければいい。

 烈は4七歩、同玉、2九角。まだ折れてくれないか。

 俺は3八香と打った。

 4五銀、5六桂、同銀、同金、4五桂打。

 頓死はない……よな。

 俺は59秒ぎりぎりまで考えて、5四金。

 7三玉、6四銀、8三玉。

 ここで気持ちよく4八角。


挿絵(By みてみん)


 手順過ぎる詰めろ。烈はうなだれた。

「……負けました」

「ありがとうございました」

 一礼して終了。俺は駒をそろえた。

 烈はかなりショックだったらしく、しばらく黙っていた。

 最初のひとことは、

「……端攻めが、思ったより弱かったです」

 だった。

「9筋か?」

「はい、破れたわりに、王様へのプレッシャーがなかったというか……これなら飛車は成らせるのはミスでした」

 そう言って、烈は局面をもどした。

 飛車を成られるまえの局面で、1三金を示した。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 俺はすこし考えて、

「先手は4五歩?」

 と返した。

「難しいです。3五歩も怖いですし、8五歩と伸ばされてもちょっと……」

 3五歩なら1五歩、1八飛、3五歩、4五桂、1一角。

 4五歩なら後手もゆっくり1四歩。

 8五歩には4四角から攻勢に出る順が検討された。

 どれも互角っぽい。

「そういえば、どうして5二玉なんて変な戦法だったんだ?」

「嘉中先輩、右四間っぽかったですよね。だから僕のほうは、低く構えました。そしたら発展性がなくなっちゃって……それでも先攻したかったから、5二玉が安定してるっていう判断です」

 なるほど、急ごしらえだったか。

 そのあと俺たちは終盤を調べて、席を立った。

 インタビューも終えて会場を出ようとすると、松陰まつかげに声をかけられた。

「おーい、平三、どうだった?」

「勝ったよ。松陰は?」

 松陰は、ダメだった、と答えた。

「あれ? だったら賭けは俺の勝ちなんじゃない? 俺のほうが勝ち星多いの確定でしょ?」

「シーッ、この場でそういう話をするな」

 いいじゃないの。下位はそうでもしないとやってらんない。

 それじゃ先輩、おごってくださいねぇ。

場所:第10回日日杯 3日目 男子の部 13回戦

先手:嘉中 平三

後手:石鉄 烈

戦型:居飛車力戦形


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △6二銀

▲7八金 △4二銀 ▲2六歩 △3二金 ▲4八銀 △4一玉

▲6九玉 △5四歩 ▲5八金 △7四歩 ▲4六歩 △7三桂

▲4七銀 △6四歩 ▲6六歩 △6三銀 ▲6七金右 △6二金

▲3六歩 △8五歩 ▲2五歩 △8一飛 ▲1六歩 △1四歩

▲3七桂 △5二玉 ▲7九角 △6五歩 ▲同 歩 △同 桂

▲6六銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8一飛

▲6八角 △6四歩 ▲7九玉 △9四歩 ▲9六歩 △3三角

▲5六銀 △1五歩 ▲同 歩 △1六歩 ▲同 香 △1五香

▲1八飛 △1六香 ▲同 飛 △8二香 ▲8八香 △2二金

▲8六歩 △1五歩 ▲1八飛 △4四角 ▲1五飛 △2六角

▲1一飛成 △1三金 ▲3五歩 △3七角成 ▲1四歩 △4四桂

▲4五銀 △4六馬 ▲4四銀 △同 歩 ▲1三歩成 △5八銀

▲4八金 △6七銀不成▲同 金 △9五歩 ▲2三と △9六歩

▲3二と △9七歩成 ▲同 香 △同香成 ▲同 桂 △8七歩

▲4二と △同 玉 ▲8七香 △9六歩 ▲4七香 △3五馬

▲3六歩 △1三馬 ▲5六歩 △5七香 ▲6五銀 △9七歩成

▲5七角 △同 馬 ▲同金上 △8七と ▲2二龍 △3二桂

▲4四香 △4三歩 ▲同香成 △同 玉 ▲4四歩 △同 玉

▲4六香 △4五歩 ▲同 香 △同 玉 ▲4六銀 △4四玉

▲6九玉 △3一香 ▲2三龍 △3三金 ▲2一龍 △6五歩

▲4二銀 △7八銀 ▲5九玉 △1五角 ▲4八角 △同角成

▲同 玉 △6七銀成 ▲2六角 △3五金 ▲同 銀 △4三玉

▲3三銀成 △5三玉 ▲3四銀 △4四香 ▲4五桂 △6四玉

▲3七角 △5五香 ▲6七金 △4五香 ▲同 銀 △5三桂

▲5四銀 △同 銀 ▲5五歩 △4七歩 ▲同 玉 △2九角

▲3八香 △4五銀 ▲5六桂 △同 銀 ▲同 金 △4五桂打

▲5四金 △7三玉 ▲6四銀 △8三玉 ▲4八角


まで167手で嘉中の勝ち

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