503手目 下位の駆引き
※ここからは、嘉中くん視点です。男子第13局開始時点にもどります。
ちぇーッ、もう決勝の目はないなあ。
Y口県は萌をのぞいて全滅。5人も出しといて情けない。
とりあえず、今日最後の一局を終わらせる。
あいては烈。俺は着席。
「よろしくぅ」
「嘉中先輩、よろしく」
同じ高校生なのに、かたや10勝2敗、かたや4勝8敗。
どこで差がついたのか。慢心、環境のちがい。
まあ実力だな。
とりあえず振り駒。ゆずりあって、俺が振ることに。
「歩が3枚、俺の先手」
チェスクロの位置をなおして、あとは待つだけ。
《……対局準備はよろしいでしょうか?》
ほーい。
《では、始めてください》
「よろしくお願いしまーす」
7六歩、8四歩、6八銀、3四歩、7七銀。
【先手:嘉中平三(Y口県) 後手:石鉄烈(E姫県)】
なんとなく矢倉模様。
6二銀、7八金、4二銀、2六歩、3二金、4八銀、4一玉。
ふつうの矢倉になりそうか?
6九玉、5四歩、5八金、7四歩。
俺はここで小考。矢倉のストックは、もう使い切った。
「……4六歩」
手将棋にする。
烈は10秒ほど考えて、7三桂と跳ねた。
4七銀、6四歩、6六歩、6三銀。
後手も攻めをみせてきた。
6七金右と固める。
6二金、3六歩、8五歩、2五歩、8一飛、1六歩、1四歩。
ん? なんかかたちが変になってきたぞ?
俺が3七桂と跳ねると、烈は5二玉とあがった。
右玉ぅ? なめてんなあ。
とりあえず7九角。
ここで烈は長考した。俺はお茶を飲む。
後手は6一玉~7二玉くらいか?
俺のほうから攻める順を考える。
……………………
……………………
…………………
………………攻め口はありそうだ。
と、そのとき、烈が動いた。
パシリ
ん? ……攻めてきた?
俺はこれまでの読みがパーになった。
右ひじをテーブルに乗せて、手で頭を固定する。
すこしダレた姿勢で長考──潰れはしないだろ。
「同歩」
6五桂、6六銀。
6四歩で収めるかと思いきや、烈はさらに攻めてきた。
8六歩、同歩、同飛、8七歩、8一飛。
7九角と引いてるからなあ。6五銀とできない。
いったん6八角と上がる。
6四歩、7九玉、9四歩、9六歩、3三角、5六銀。
ここで烈は端に手をかけた。
「1五歩」
マジか。攻める右玉?
それとも5二玉型の力戦形とでも言えばいいのか。
予想がはずれた。俺の攻めを誘う作戦だと思ってたんだが。
俺は頭をかきながら、同歩。
烈は1六歩と置いた。
これは……取るしかない。
同香、1五香、1八飛、1六香、同飛、8二香。
どうなってんだ、これ。わからん。
受けるには8八香しかないが、そのあとどうする?
後手の狙いはなんだろうな。9五歩か?
それとも俺のほうに動けって言ってんのか?
たしかに飛車は成れる──が、罠の可能性もある?
わかんねぇ。とりあえず受けるぜ。
「8八香」
烈は2二金と寄った。
ふーん、端を固めたか。飛車成りは脅威なんだな。
俺は8六歩と突いて、8筋を膠着状態に収めた。
烈は1五歩。
1八飛、4四角、1五飛、2六角。
それでも攻めて来た。
烈の攻撃は、第3波に至った。けど、だんだん細くなっている。
腰をすえて考える局面だ。俺はもういちどお茶を飲んだ。
チェスクロを確認する。のこり時間は俺が15分、烈が14分。
1一飛成は確定として……1三金も確定だろうな。
さすがに金をタダでは取らせてくれないだろう。
その次がよくわからん。
一見1四歩。だけどこれは4四角と引かれて、龍が死ぬ。
ん? 待てよ? これ龍が助からないんじゃないか?
だったら1一飛成自体がおかし……くもないか。3三歩がある。
(※図は嘉中くんの脳内イメージです。)
危ない危ない。いちおう助かってるな。
だけど俺は、ここからなにをすればいいんだ?
そもそも今の状態で3三歩は2歩だしな。3筋の歩を切らないといけない。
3五歩、同歩ならいいが、同角だと? あるいは手抜かれる?
俺は複数のパターンをがんばって読んだ。
「……1一飛成」
俺はチェスクロを押した。
烈はかるくうなずいて、30秒ほど読んだ。1三金。
予定通り3五歩と突いた。
3五同歩か、同角か、3七角成か。どれもありうる。
烈ぅ、こうなったら下駄を預けるぜ。
パシリ
3七角成……これが正解なのか?
一貫性は感じられる。とにかく攻めてくるつもりだ。
俺は1四歩で反撃した。
4四桂、4五銀、4六馬。
俺は頭をかいた。
「んー、銀は助からないか……4四銀」
桂馬を食いちぎった。
同歩、1三歩成、5八銀。
意外とうるさい。暴発しないように、俺は受けた。
「4八金」
烈はここで手が止まった。
2三とのほうを読んでたか? そっちと迷ったんだよな。
烈は30秒ほど考えて、6七銀不成とした。
同金、9五歩。
まあそうするよな。後手は攻めが止まったら終わりだ。
こうなったら斬り合うしかない。俺は2三と。端は捨てる。
9六歩、3二と、9七歩成。
ぐぅ、捨てると言ってもこれは取るしかない。
「同香」
同香成、同桂、8七歩、4二と。
間に合ったぞ。
烈は同玉。俺はいったん8七香と手をもどした。
烈は9六歩の追撃。
8五桂──は意味ないな。1二龍? 王手はしたい。
だけど2二歩一発で止まると思う。同龍、3二金のあとが続かない。
俺はのこり時間が10分を切ったところで、4七香と打った。
馬をどかせる。
烈は冷静に3五馬。
「3六歩」
馬の位置を変更させる。
2六馬と出てくるか、それとも1三馬と引くか。
いずれにせよ、先手がいいような気がしてきた。
「……1三馬」
引いた。ここは狙いの手がある。
「5六歩」
生角と馬の交換を迫る。
烈は困ったような表情。イヤな手を指せた自信がある。
「……5七香」
むりやり止めてきた。
俺は6五銀で、根元の桂馬を抜いた。
9七歩成、5七角、同馬、同金上、8七と。
ん? 6五歩じゃないのか……6四歩の叩きがあるからか?
まあいい。さっきと違って、2二龍が効く。4七に香車の大砲があるからだ。
「2二龍」
3二桂、4四香、4三歩、同香成、同玉、4四歩、同玉、4六香。
駒をどんどん渡す。俺は右が広いことに賭けた。
4五歩、同香、同玉。
「4六銀ッ!」
入玉も当然に禁止だ。
烈は4四玉と引いた。
のこり2分。
先手優勢なのはまちがいない。ただこっちもうっかりすると寄る。
ひとまず6九玉と寄って、頭金を回避した。
烈は最後の長考。のこり時間を全部溶かした。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
受け? このかたちの受けは読んでなかった。
俺も時間が溶ける。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2三龍」
ひとまず詰めろ。
烈は3三金と打った。
俺は2一龍と入り、桂馬を回収する。
こうなったら自玉の広さを活かす。真綿で首を絞めるぜ。
烈も駒が足りないから、6五歩と回収した。
4二銀、7八銀、5九玉、1五角。
うお、こっちが挟撃になった。
あせるな、俺。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4八角っ!」
交換を迫る。
4八角成、同玉、6七銀成。
同……いや、待て。同金、1五角、3七角、2六金だとマズい。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2六角」
烈は、オヤッ、という表情。
悪手だったか? たしかにちょっときわどい。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3五金」
むりやり止めてきた──が、どうだ、これは。俺は打開点を見出した。
同銀、4三玉、3三銀成、5三玉、3四銀。
ぜんぶ突っ込む。こっちは詰まない。
烈はこの王手になやんだ。6四玉なら6二角成が決まる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「よ、4四香」
4五桂、6四玉、3七角。
これが王手だ。しかも4筋じゃ止められない。2六角は結果的に好手。
烈も気づいていたらしく、くちびるを結んで盤を見つめた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
5五香。取ってもいいとは思うが、工夫する。
俺は6七金で、自玉を安全にした。
4五香、同銀、5三桂、5四銀、同銀、5五歩。
疑いなく勝勢。あとは頓死しなければいい。
烈は4七歩、同玉、2九角。まだ折れてくれないか。
俺は3八香と打った。
4五銀、5六桂、同銀、同金、4五桂打。
頓死はない……よな。
俺は59秒ぎりぎりまで考えて、5四金。
7三玉、6四銀、8三玉。
ここで気持ちよく4八角。
手順過ぎる詰めろ。烈はうなだれた。
「……負けました」
「ありがとうございました」
一礼して終了。俺は駒をそろえた。
烈はかなりショックだったらしく、しばらく黙っていた。
最初のひとことは、
「……端攻めが、思ったより弱かったです」
だった。
「9筋か?」
「はい、破れたわりに、王様へのプレッシャーがなかったというか……これなら飛車は成らせるのはミスでした」
そう言って、烈は局面をもどした。
飛車を成られるまえの局面で、1三金を示した。
【検討図】
俺はすこし考えて、
「先手は4五歩?」
と返した。
「難しいです。3五歩も怖いですし、8五歩と伸ばされてもちょっと……」
3五歩なら1五歩、1八飛、3五歩、4五桂、1一角。
4五歩なら後手もゆっくり1四歩。
8五歩には4四角から攻勢に出る順が検討された。
どれも互角っぽい。
「そういえば、どうして5二玉なんて変な戦法だったんだ?」
「嘉中先輩、右四間っぽかったですよね。だから僕のほうは、低く構えました。そしたら発展性がなくなっちゃって……それでも先攻したかったから、5二玉が安定してるっていう判断です」
なるほど、急ごしらえだったか。
そのあと俺たちは終盤を調べて、席を立った。
インタビューも終えて会場を出ようとすると、松陰に声をかけられた。
「おーい、平三、どうだった?」
「勝ったよ。松陰は?」
松陰は、ダメだった、と答えた。
「あれ? だったら賭けは俺の勝ちなんじゃない? 俺のほうが勝ち星多いの確定でしょ?」
「シーッ、この場でそういう話をするな」
いいじゃないの。下位はそうでもしないとやってらんない。
それじゃ先輩、おごってくださいねぇ。
場所:第10回日日杯 3日目 男子の部 13回戦
先手:嘉中 平三
後手:石鉄 烈
戦型:居飛車力戦形
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △6二銀
▲7八金 △4二銀 ▲2六歩 △3二金 ▲4八銀 △4一玉
▲6九玉 △5四歩 ▲5八金 △7四歩 ▲4六歩 △7三桂
▲4七銀 △6四歩 ▲6六歩 △6三銀 ▲6七金右 △6二金
▲3六歩 △8五歩 ▲2五歩 △8一飛 ▲1六歩 △1四歩
▲3七桂 △5二玉 ▲7九角 △6五歩 ▲同 歩 △同 桂
▲6六銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8一飛
▲6八角 △6四歩 ▲7九玉 △9四歩 ▲9六歩 △3三角
▲5六銀 △1五歩 ▲同 歩 △1六歩 ▲同 香 △1五香
▲1八飛 △1六香 ▲同 飛 △8二香 ▲8八香 △2二金
▲8六歩 △1五歩 ▲1八飛 △4四角 ▲1五飛 △2六角
▲1一飛成 △1三金 ▲3五歩 △3七角成 ▲1四歩 △4四桂
▲4五銀 △4六馬 ▲4四銀 △同 歩 ▲1三歩成 △5八銀
▲4八金 △6七銀不成▲同 金 △9五歩 ▲2三と △9六歩
▲3二と △9七歩成 ▲同 香 △同香成 ▲同 桂 △8七歩
▲4二と △同 玉 ▲8七香 △9六歩 ▲4七香 △3五馬
▲3六歩 △1三馬 ▲5六歩 △5七香 ▲6五銀 △9七歩成
▲5七角 △同 馬 ▲同金上 △8七と ▲2二龍 △3二桂
▲4四香 △4三歩 ▲同香成 △同 玉 ▲4四歩 △同 玉
▲4六香 △4五歩 ▲同 香 △同 玉 ▲4六銀 △4四玉
▲6九玉 △3一香 ▲2三龍 △3三金 ▲2一龍 △6五歩
▲4二銀 △7八銀 ▲5九玉 △1五角 ▲4八角 △同角成
▲同 玉 △6七銀成 ▲2六角 △3五金 ▲同 銀 △4三玉
▲3三銀成 △5三玉 ▲3四銀 △4四香 ▲4五桂 △6四玉
▲3七角 △5五香 ▲6七金 △4五香 ▲同 銀 △5三桂
▲5四銀 △同 銀 ▲5五歩 △4七歩 ▲同 玉 △2九角
▲3八香 △4五銀 ▲5六桂 △同 銀 ▲同 金 △4五桂打
▲5四金 △7三玉 ▲6四銀 △8三玉 ▲4八角
まで167手で嘉中の勝ち




