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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
514/686

502手目 両者うっかり

※ここからは、萩尾はぎおさん視点です。

 いやあ、まいったな。予想以上にパンチ力がある。

 まだ60手くらいなのに、のこり10分を切っていた。

 べつに遊んでるつもりはないんだけどね。序盤の角交換もマジメにやっている。

 腕力自慢には腕力で対抗しよう、という話。殴り合ったほうがすっきりする。

 ともかく局面を収めないといけなくなった。

 いろいろ考えていると、残り7分くらいになった。切り上げ時かな。

 ボクは6五銀と取って、6四金、6二玉、6五金、6三歩とした。


挿絵(By みてみん)


 これで小康状態。

 イヤなのは3六銀だ。2七飛成と止められたら、こちらはやることがなくなる。

 そうなるとさすがに後手良しの可能性があるな。

 どうにかして暴れたい。5五歩、同歩、4六歩あたりか。

 鬼首おにこうべはかなり考え込んでいる。

 3六銀、そんなに見つけにくい? 鬼首レベルなら気づきそうだけど。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………指さないな。 

 あっという間にボクの持ち時間にならんで、そこからさらに差がついた。

 その時間を利用して読んでいると、鬼首はようやく銀を手にした。

「しゃーねー、ゴリ押す。4一銀」

 パシリと銀が打たれた。チェスクロが押される。

 ボクはこの手をみて、すこしばかり水を飲んだ──これはそんなによくないでしょ。

 ただなあ、悪いとも言えない。長考した以上、なにかあるのかな。

 いずれにせよ、2七飛成はできるわけだ。

 ボクも1分ほど腰を落ち着かせてから、5一金と引いた。

 3二銀成、2七飛成、3四歩、2九龍。

 この手を見て、鬼首は頭をかいた。

「その龍うぜぇな。交換しろ。3九金」

 もちろん交換する。3八龍。

 以下、同金、7三桂で、金をいじめる。

 鬼首は1分考えて、7四金と上がった。


挿絵(By みてみん)


 さて……どうかな。まだ互角? それともどっちかに傾いた?

 先手もそんなに硬くないと思う。

 ひとまず手筋で7七歩と叩いておく。

 8七玉、2四角──これが厳しいんじゃないかな。

 鬼首は悠々と4二成銀。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………今の取り方、ちょっと気になる。

 わりと自信があるような手つきだった。

 鬼首の持ち駒は、飛車と銀2枚。

 これでボクのほうが寄る?

 例えば4二同金のあと、8二飛と打たれたら寄る?

 8二飛、7二桂……詰みはない。

 あるいは、先手が思ったよりも寄らない可能性がある?

 例えば8一飛成と手渡ししてきたとき、6八角成。


挿絵(By みてみん)


 (※図は萩尾さんの脳内イメージです。)


 これは詰めろ。

 7八馬、9八玉、8七金、同銀、8九銀、9七玉、8八角まで。

 ボクのほうは詰まない……けど、ちょっと危ないな。5一銀、5三玉、4二銀不成に、同玉でも4四玉でもしばらくは追い回される。体感的にも後手がよさそうだ。

 だとすると、8一飛成に先逃げで5三玉……耐えられるか?

 ボクは5三玉の順を読んだ。難しい。気になったのは、4六銀の犠打。もちろん同歩でタダなんだけど、後手は6八角成とできなくなる。次に7二龍とされたら、後手が一方的に寄るかもしれない。先に8四桂と跳ねるのかな。駒割りも含めると互角にみえた。


 ……ピッ


 1分将棋。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 ボクは4二同金とした。

 ここで鬼首、再度の大長考。

 どうしたんだろう。初手合いだから呼吸がよくわからない。

 序盤はけっこう早指しタイプかな、という印象だった。

 のこり1分まで使い切って、鬼首は8二飛と下ろした。

「7二桂」

 受けた瞬間、鬼首はへへへと笑った。

「読み切りだぜ。7三金」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………金捨て?

 いや、正確には金桂交換だ。

 でもただでさえ駒が足りない状況だ。

 ここで駒損する意味がわからない。

 5三へ逃げると思っているのか? 逃げないよ。

 だけど鬼首の性格からして、はったりを利かせるタイプとも思えなかった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………待てよ、ここで手渡しされると、どうなる?


挿絵(By みてみん)


 (※図は萩尾さんの脳内イメージです。)


 6八角成……6五桂、6二玉、5一銀、5二玉、4二銀成、同玉、5三銀、3二玉、4一龍……詰むッ! 桂馬があると詰むのか。うっかりした。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同玉ッ!」

 8一飛成に6四歩で、王様のふところを広げた。

 これで詰まないはず。

 そこから先手と後手のカーチェイス。

 7四銀、6二玉、5一銀、5二玉、4二銀成、同玉。

 入れるか? 入れないと厳しい。

 7二龍、4三玉、3三歩成、同角。


挿絵(By みてみん)


 2四角のおかげで九死に一生。

 鬼首は7三龍と引いた。

 後手敗勢だけど、必敗というほどじゃないはず。

 鬼首のほうもすでに1分将棋。

 ボクは5三銀と打った。

「逃がさないぜ。6三銀成」

 4二銀と小技を効かせる。

 6四成銀、6三歩、3四歩、同玉、2六桂、4三玉。

 上を押さえられそう。

 3四金、3二玉、3三金、同玉、6三龍、4三銀打。

 鬼首は舌打ちをした。

「持ち駒が多いんだよな……無難にいくか。5四成銀」


挿絵(By みてみん)


 ボクは5三歩。

 同成銀とでもしてくれればいいんだけど……くれるわけないか。

 4三成銀と入ってきた。これは同玉。

「3四銀」

 いたたた、4四玉と出られない。6六角以下で詰む。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 ボクは3二玉とした。

 3三歩、2二玉。

 ダメだ。追い詰められた。

 鬼首は角を手にした。

「オレ様あいてに、舐めた序盤するからだぞ。4一角」


挿絵(By みてみん)


 んー……ムリ。思い出王手するのも棋譜が穢れるだけだし、やめておこう。

「負けました」

「あざーす」

 なんだか、ふつうに負けてしまった。

「あざみちゃん、強いね」

 ボクが褒めると、鬼首はちょっときょどった。

「な、なんだよ、そのセリフは?」

「いや、冗談抜きで……先手の攻めがこんなに遅いなら、早めに2四角だった」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「これだとイケる気がする」

「3三歩成で?」

「そこで2九龍と入って、3九金、3八龍、同金、7三桂、7四金、5九角」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 本譜に3三歩成と5九角が加わったかたちだ。

 3三歩成よりも、5九角のほうが圧倒的に痛いはず。

 鬼首もそれは認めた。

「けど7三金、同玉、6五桂でよくね?」

「6二玉のあとが続かないと思う」

「7三銀、6一玉……ダメか」

 鬼首はあれこれと攻める手をさがし始めた。

 めちゃくちゃ攻めたがりだね。

「5八飛と一回打っとけばいいんじゃない?」

「自陣飛車? ここで自陣飛車なんか打てるかよ」

 一番無難だと思うんだけど──おっと、お客さんがいるな。

 ひとりはメガネをかけた社会人っぽいひと、もうひとりは記者の葉山はやまさんだった。

 ボクが話しかけると、葉山さんは、

「あ、ごめん、感想戦のメモ取ってるだけだから、気にしないで」

 と言った。

 鬼首は椅子にふんぞりかえって、

「鬼首あざみ、チャラい陶芸家のねーちゃんを粉砕、って書いとけよぉ」

 と笑った。

 ボクはチャラくないでしょ。基準はなんなの。

 もうひとりのメガネのお姉さんも記者らしく、メモを取りながら、

「あのー、ひとつよろしいですか?」

 とたずねてきた。

「どうぞ」

「途中、詰んでませんでした?」

「詰み? ……いえ、ボクの敗勢でしたが、詰んではいないと思います」

「すみません、質問の仕方が悪かったです。先手が詰んでませんでしたか?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………先手が詰んでた? そんなバカな。

 鬼首も、そんなわけない、という態度だったが、ふと顔色が変わった。

 ボクもほぼ同時に、心当たりのある局面が脳裏をよぎった。

 そういえば、この局面──


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 王手できるな。しかも直前に金桂交換をしているから、金がある。

 とはいえ、詰むか、と訊かれたら、むずかしいと思うんだけど。

「7五桂、9七玉、8七金、同銀……そこで6九角?」

「8八桂で詰まなくね?」

 たしかに、8八桂くらいで詰まないか……いや、待てよ、ほんとにそうか?

「8七桂成、同玉、8八角成、7九銀は?」

「銀捨ててどうすんだ?」

「同玉、7八飛に同金と取れないよ」

 鬼首は、角が利いてんのか、と言って、意見を変えた。

「8九玉、9七桂、同香、9八銀で詰むな。7九銀に8七玉は?」

「それは7五桂のおかわりが効くけど……」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 詰むかな? 7七玉、6八銀不成、6六玉、5七角成、6五玉……そうか、ここで5六馬と捨てられるのか。同玉は5五金、5四玉は4三金打で詰む。

 鬼首は、

「その桂馬でダメになるなら、8八桂じゃなくて銀だ」

 と、合い駒を変えた。

 んー、これなら詰まない?

 ボクが読んでいると、メガネの記者のお姉さんは、

「口出しになってしまいますが、8八銀合は同角成、同玉に、8七桂成ではなく7九銀と打って、同玉、7八銀、同銀、同歩成、同玉、8七銀、7七玉、6八角成と切って詰みます。以下、同玉、7八飛、5七玉、5八金、6六玉のとき、7六飛成と引けます」

 と、詰み筋を披露した。

 8八金合にしてみたが、これも詰んだ。8七桂成、同玉、8八角成、同玉、7九銀、9七玉のとき、8七金と捨てる手が成立していた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 ボクは唖然とした──詰み逃しで負けたのか。

 記者のお姉さんは、

「1分将棋だったので、しかたがないと思います。23手詰みです」

 と、フォローした。

 いやあ、でもショックでしょ。

 7五桂さえ打てていれば、1分将棋の蓄積で気づいたかもしれない。

 とはいえ、一番動揺していたのは鬼首のほうだった。

「つ、詰んでたのか? ……じゃあオレの負け?」

 そこは関係ない。投了優先。動揺しすぎで混乱しちゃダメだよ。

 ボクはバンダナ代わりにしている手ぬぐいを脱いだ。

 前髪が眉毛にかかる。

「『読み切りだぜ』と真顔で言われても、信用しちゃダメだね。反省」

 鬼首は赤くなった。

「なんだよその言い草はッ! おい、そこの記者、この話は記事にするなよ」

 葉山さんは無視して鉛筆を走らせた。

「えー、読み切りだぜと言ったけど読み切っていなかった本局は……」

「ひとの話を聞けッ! 絶対に書くなよッ!」

「ああ、ダメダメ、ジャーナリストはそういう脅しには屈しないから」

 とんだポカだな。

 ここで勝てば、決勝進出が決まった可能性もあったのに。

 ま、ボクがまだまだそんなもんってことか。

 できれば今日中に決めたいんだけど、ムリっぽい?

場所:第10回日日杯 3日目 女子の部 14回戦

先手:鬼首 あざみ

後手:萩尾 萌

戦型:力戦形


▲7六歩 △3四歩 ▲5六歩 △8八角成 ▲同 銀 △5七角

▲4八銀 △2四角成 ▲9六歩 △3三馬 ▲5七銀 △9四歩

▲3六歩 △4四歩 ▲6八玉 △3二飛 ▲6六銀 △5二金左

▲8六歩 △4三馬 ▲6五角 △同 馬 ▲同 銀 △3五歩

▲同 歩 △同 飛 ▲7七桂 △6二玉 ▲7八玉 △7二銀

▲6八金 △3三桂 ▲7五歩 △4二銀 ▲4六角 △3四飛

▲3五歩 △2四飛 ▲7四歩 △4五歩 ▲5五角 △6四歩

▲7三歩成 △同 銀 ▲7四歩 △6五歩 ▲7三歩成 △同 桂

▲3八飛 △5四歩 ▲7三角成 △同 玉 ▲3四歩 △3二歩

▲6五桂 △6三玉 ▲4四桂 △6四銀 ▲5二桂成 △同 金

▲3三歩成 △同 歩 ▲7六桂 △6五銀 ▲6四金 △6二玉

▲6五金 △6三歩 ▲4一銀 △5一金 ▲3二銀成 △2七飛成

▲3四歩 △2九龍 ▲3九金 △3八龍 ▲同 金 △7三桂

▲7四金 △7七歩 ▲8七玉 △2四角 ▲4二成銀 △同 金

▲8二飛 △7二桂 ▲7三金 △同 玉 ▲8一飛成 △6四歩

▲7四銀 △6二玉 ▲5一銀 △5二玉 ▲4二銀成 △同 玉

▲7二龍 △4三玉 ▲3三歩成 △同 角 ▲7三龍 △5三銀

▲6三銀成 △4二銀 ▲6四成銀 △6三歩 ▲3四歩 △同 玉

▲2六桂 △4三玉 ▲3四金 △3二玉 ▲3三金 △同 玉

▲6三龍 △4三銀打 ▲5四成銀 △5三歩 ▲4三成銀 △同 玉

▲3四銀 △3二玉 ▲3三歩 △2二玉 ▲4一角


まで125手で鬼首の勝ち

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