499手目 決勝への一歩
さあて、今日の男子の部はこれで最後だ。
我孫子は休憩でメンバーチェンジ。H庫の三室と交代。
三室はあいかわらず髪が跳ねてるな。
まあそんなことはどうでもいいか。
我孫子とペアのほうが、楽といえば楽だった。
あいつがネタをぜんぶ用意してくれた。
三室相手だと、3年生の俺がなにかしないとダメか。
とりあえず現状把握から。
1位 囃子原礼音 11勝1敗
2位 石鉄烈 10勝2敗
吉良義伸 10勝2敗
4位 捨神九十九 9勝3敗
六連昴 9勝3敗
6位 鳴門駿 8勝4敗
単純に勝敗のあいうえお順で並べてみた。
「これ、囃子原あたりは決勝進出決まってないか?」
三室もタブレットで確認を入れた。
「……いえ、まだ決まってないですね。プレイオフですらない組み合わせも残ってます」
1位 石鉄 12勝3敗 嘉中○ 鳴門○ 吉良●
吉良 12勝3敗 囃子原○ 捨神● 石鉄○
捨神 12勝3敗 米子○ 吉良○ 香宗我部○
六連 12勝3敗 少名○ 松陰○ 阿南○
5位 囃子原 11勝4敗 吉良● 今治● 長尾●
なるほど、まだ逆転の余地があるのか。
「といっても、囃子原はかなり有利っぽい」
「ですね。ただプレイオフのパターンもありますし、なんとも言えません。とりあえず3日目に決まるかどうかの一局なので、ここは注目です。囃子原くんは勝てば決定ですが、負けたときは他が負けても決まりません。例えば次のパターンもあります」
1位 吉良 12勝3敗 囃子原○ 捨神● 石鉄○
2位 石鉄 11勝4敗 嘉中● 鳴門○ 吉良●
捨神 11勝4敗 米子● 吉良○ 香宗我部○
囃子原 11勝4敗 吉良● 今治● 長尾●
六連 11勝4敗 少名● 松陰○ 阿南○
ライバルが全員負けてもダメなのか。意外だな。
「今治も六連に一発入れたしなあ。なにがあってもおかしくはないか」
さて、前座はこれくらいでいいだろう。
「どこ観る?」
「先輩がご覧になられたいところで」
そういうのが一番困る。
「じゃあ囃子原が決勝進出を決めるかどうか見るか」
「そうしましょう」
あとは待つだけ。しばらく黙る。
《まもなく始まります》
りょーかい。
ピポ
2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7六歩、3二金、7七角。
【先手:吉良義伸(K知県) 後手:囃子原礼音(O山県)】
相掛かりかと思いきや、角換わり。
「御手先輩の好きそうな出だしですよ」
おいおい、俺は正統派だぞ。
3四歩、6八銀、7七角成、同銀、2二銀、4八銀。
「しばらくは駒組みが続きそうです。腰掛け銀でしょうか?」
「組んでみないとなんとも言えないな。囃子原は変化するかもしれないが」
「と、言いますと?」
「六連戦の棋譜を見たら、駒組みが妙だった。今回もそれはありえる」
3三銀、7八金、6二銀、4六歩、1四歩、1六歩、7四歩、4七銀。
「後手は腰掛け銀ではないですね。棒銀でもないようです」
「7三銀~8四銀もなくはないが、それなら7二銀だろう。ここからは7三桂が本命だ」
「後手からの速攻でしょうか?」
「桂単騎はムリじゃないか。先手の出方次第だな」
7三桂、6八玉、6四歩、3六歩、6三銀。
なんだかんだで、腰掛け銀に落ち着く可能性も出てきた。
9六歩、9四歩、3七桂、6二金、4八金、8一飛、6六歩、4二玉。
ん、この動きは──
5六銀、5四銀、2九飛、5二玉、7九玉、4二玉。
三室はすこしおどろいた表情で、
「右玉ですね……」
とつぶやいた。
「ああ、どう見ても右玉だ」
「これこそ御手先輩好みなのでは?」
「いや、俺は右玉が好きってわけじゃないんだが……」
なんか変態戦法使いだとかんちがいされてないか?
俺は棋理に忠実なだけだぞ。
「まあまあ、とりあえず解説を」
「そうだな……4五桂と即跳ねしたい。4四銀と出てくるなら先手も囲う。2二銀と下がるようなら、1五歩か3五歩を入れる」
「歩を調達すれば、7五歩~7四歩が成立しますね。先に7五歩でもいいのでは?」
なるほど、すこし過激に行く順はあるか。
「いっそ7五歩、同歩に5三桂成とするか?」
【参考図】
三室もそこまでは想定していなかったみたいで、
「桂捨てですか……ちょっと過激な感じがします」
と返した。
「そうか? もともと右玉は薄いんだし、7四歩と打てれば駒損もない」
「そう言われてみるとそうですね。後手からすぐに桂馬を活用する順もなさそうです」
この解説はけっこう自信がある。
そして当たった。
吉良は4五桂と跳ねた。囃子原は2二銀を選択。
7五歩、同歩、5三桂成、同玉、7四歩、4四歩、7三歩成、同金。
「先手がすこし稼ぎましたかね」
「どうだろうな……先手がとくに良くなった感触はない」
「このまま2四歩と畳みかけたりするとマズいですか?」
俺はすこし考えて、
「それは同歩、同飛、2三銀、2九飛、2四歩で収まる。2四歩の前に3五歩を入れるのも、同歩、2四歩、同歩、同飛、2三銀、2九飛で、あまりパッとしない印象だ」
と答えた。
三室は形勢判断がちがうようで、そこまで崩せれば先手持ちだと言った。
ああだこうだと議論していたら、盤面が動いた。
6五歩か。なるほど。
「先輩、これはいかがですか?」
「6九飛の準備だと思う」
「僕もそう思います。でも単に6九飛は止まりますね。なにか絡める必要があります」
「絡めるなら……4五だ。4五歩に手抜いて6四桂、あるいは5五歩、4六桂、5六歩、5四桂と刺し違える。どちらの進行でもまだ互角だろう」
これだけ暴れて突破できないとなると、後手はうまくやっている。
そのあたりは囃子原のバランス感覚なのだろう。
すこしでもブレれば崩れる。それは囃子原も分かっているはず。
6五同歩、4五歩で、囃子原は長考に入った。
三室はコップに水を注ぎながら、
「ところで御手先輩、今年の全国大会の自信のほどは?」
とたずねてきた。
「全国大会? 個人戦か? それとも団体戦?」
「どちらかと言えば、個人戦のほうです」
んー、こういうときって、なんて答えるんだろうな。
三室も今年の県代表だし、てきとうにあしらう。
「ぼちぼちやる」
「今年は優勝候補じゃないですか?」
おいおい、よいしょしてもなにも出ないぞ。
パシリ
おっと、指した。
盤を確認すると、4五同歩だった。
吉良は6九飛と回る。
ここまでの長考で考えてあったんだろう。囃子原はノータイムで角を打った。
そこか。これは読んでなかった。
俺と三室は一瞬解説が止まった。
「7四角の亜種に見えます」
三室のコメントは、的を射ていた。
これは7四角の亜種だ。
効果はなんだ? 7四角だと7六歩と突きにくいことか?
吉良もこの手は読んでいなかったようで、長考に入った。
8三角はなにかあると思う。吉良も7四角のほうを読んでいたんじゃないだろうか。
「……なるほど、分かってきたぞ」
「その心は?」
「7四角は6六桂の捨て身がある」
【参考図】
「同歩、同銀として、次に7五と6五を同時に狙われると受けにくい」
「たしかに、7五銀を見られるともちません。あと2六角と打つ手もあります」
つまり8三角は6六桂の当たりを避けたかたちだ。
囃子原、やるな。
「とはいえ、形勢が傾いたようにも見えない。まだ互角だ」
パシリ
6七桂。おい、マジか。
「むりやり角へ当てに行ったぞ」
「これはどうでしょうか……2六角で王様のこびんを狙ったほうがよかったような……」
囃子原は1分ほど考えて、6四金とガードした。
うーん、さっきは驚いたが、いい手だったと言えなくもない。
6四金とさせられるなら、先手がポイントを稼いだ。
ところが吉良の選択は、解説席の予想を上回っていた。
7五桂と押し売りして、同金に9七角。
これは過激だ。明暗がはっきりしそうな手が出た。
三室は苦笑して、
「当たらなくなってきました。さて、狙いは露骨ですが、どう止めましょうか」
と言った。
「一本8六歩じゃないか?」
「8六歩、同銀は、あんまり助かってる感じがしないんですよね」
「7四金、8五銀、6四金と、手順で王様に寄せられるぞ」
三室は、なるほど、と言った。
ところが本譜は6三桂。気味の悪い手が出た。
「これでもまだ形勢判断がむずかしい。後手は一見薄いんだが……」
「バランスが悪くないですか? 3三銀が先に入っていれば互角だと思います」
つまり先手持ちってことか。
三室、まだまだ甘いな。これはまだ綱渡りだ。
7六歩、9五歩、7五歩、9六歩、8八角、6四桂。
「ん……ちょっと厳しいですね」
そうだ、この展開が厳しい。
6七銀ならムリに攻めずに、3三銀と出るくらいでいい。
三室もようやく気付いたようで、形勢判断を変えた。
「これがあるなら互角……あるいは若干後手持ちでしょうか。ただ7四金があります」
「7四金は無視して5六桂、同歩、3三銀がある。角金交換は歓迎のかたちだ」
「そうですか? 7二がガラ空きです。7二角はわりあい厳しいと思います」
解説の答え合わせをするように、局面は進んだ。
7四金、5六桂、同歩、3三銀、8三金、同飛。
吉良は一回7四歩を入れた。
囃子原は端を破りにかかる。
9七歩成、同香、9六歩、同香、同香、7二角、9三飛。
三室はこの局面を見てハッとなった。
「あ、これは……」
「手順に飛車が端へ寄ったな」
7五の地点も空いている。7二角の狙いは、見た目よりはっきりしなくなった。
とはいえ、まだ互角か? 吉良の指し回しが悪いってわけでもない。
バランスが崩れるとしたらどこだ? どっちが先にミスする?
のこり時間は吉良が10分、囃子原が12分。
ふたりの我慢比べ、見せてもらうぜ。




