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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
506/686

494手目 首位への挑戦

※ここからは、捨神すてがみくん視点です。男子第12局開始時点にもどります。萩尾はぎおvs大谷おおたに戦はいったん中断になります。

 さて……始めようか。

 僕はパンと手をはたいて──ふだんは決してしない動作だけど──席についた。

 目のまえにはスーツを着た少年、囃子原はやしばら礼音れおんくんがいた。

 有名なお店のオーダーメイドだね。さすがに生地のクオリティでわかるよ。

 囃子原くんはほんとうに気品のある姿で、僕をまっすぐに見つめて言った。

「この対局、待ち侘びていたよ」

「アハッ、お手柔らかにね」

 僕はそう言ってから、左手で「どうぞ」のポーズ。

 振り駒をお願いした。

 囃子原くんは、

「ゆずり返すのが礼儀……だが、今回は振らせてもらおう」

 と言って、歩を集めた。

 結果は──表が2枚。僕の先手だ。

 そのあとの会話は、もうなかった。ただ時間が過ぎるのを待つ。

《……対局準備はよろしいでしょうか?》

 アナウンスが入った。

《では、始めてください》

「よろしくお願いします」

 囃子原くんがチェスクロを押して、僕は7六歩と突いた。

 8四歩、6八飛、8五歩、7七角、6二銀。


挿絵(By みてみん)


 ん? 角交換させない方針かな?

 なにか用意されてるっぽい。用心。

 1六歩、1四歩、4八玉、4二玉、3八玉、5二金右、7八銀、3二銀。

 ほんとうに角交換させない方針みたいだね。

 これは普通に応じたほうがよさそうだ。

 6六歩、3四歩、6七銀、5四歩、2八玉、7四歩。


挿絵(By みてみん)


 ちょっと変則的だけど、いわゆる対抗形。

 でも雰囲気が不穏だ。

 なにかしてきそうな気配がある。

 僕は慎重に駒組みを進めた。 

 5八金左、3一玉、3八銀、5三銀。

 僕はここで一瞬迷った。

 右銀急戦っぽい? 僕の勘はそう言っている。

「……5六歩」

「なにをそんなに警戒しているのだね。3三角だ」 


挿絵(By みてみん)


 このかたちだけ見たら、銀冠が最有力。

 だけど僕の直感は右銀急戦だ。

 僕は10秒ほど考えて、勘を信じることにした。

「4六歩」

 囃子原くんは5三の銀に指をそえて、スッと上がった。

 6四銀──ほんとうに右銀急戦なのか。

 とりあえず手順で7八飛。このかたちの定跡だね。

 2二玉に4五歩。

 ここはプレッシャーをかける。

 すると囃子原くんはあっさり5三銀。

 右銀急戦を解除。3六歩に4四歩で、いきなり仕掛けてきた。

「過激だね」

「4五歩がこの攻めを誘発したとは考えないのかね?」

「4五歩を誘発したのは6四銀じゃないかな……3七桂」

 2四角、4七金、4五歩、6五歩、3三角。


挿絵(By みてみん)


 角交換を挑まれた。

 5五歩でいったんせき止める。

 囃子原くんは8六歩、同歩を入れてから5五角と飛び出した。

 同角、同歩、5四歩、同銀。

「7一角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 先着。とはいえ、これがあいての見落としなわけもない。

 囃子原くんは8六飛と浮いてきた。これは止めようとしても無意味だ。

 桂馬を助けるかどうかだよね。

 助けたいのはやまやまだけど、7七桂、4三金とされたら、7一角の意味がない。

「4四角成」

 ここに馬を作るのが先決だ。

 3三角、5四馬、4三金、4五馬、8九飛成。

 これで銀桂交換。

 僕は4八飛と逃げた。囃子原くんは9九龍で香車も回収する。


挿絵(By みてみん)


 ……どうかな、互角の分かれだと思うんだけど。

 僕はこのあとの構想になやんでいた。

 2五桂は効きそうなんだよね。でも角を取れないと思うんだ。

 例えば2五桂に4四角と上がられたら、もちろん取れないし、逃げずに6九龍と入られても取れないと思う。そこで3三桂成、同桂、6三馬、6七龍は先手が悪い。

 だから2五桂に4四角だろうと6九龍だろうと、6三馬~5四歩と垂らす方針じゃないと厳しい。そのあいだに先手が崩壊したらシャレにならないから、6九龍にはがっちりと受けたほうがよさそうだね。

 いずれにせよ、後手は桂香を回収している。僕も悠長にはしていられない。

「2五桂」

 囃子原くんは30秒ほど考えて、6九龍と入った。

 僕は5八銀打。一番手堅く受けた。

「7九龍だ。さあ、どうする?」

 そうなんだよね、どうしよう。

 一目3三桂成としたい。でも同桂、6三馬、4六歩、同金と釣り上げられたとき、3三の桂馬が拠点になってしまっている。


挿絵(By みてみん)


 (※図は捨神くんの脳内イメージです。)


 次に4五歩~4六香と構築されたら、先手が悪そうだ。

 だとしたら3三の角は放置するほうがマシか。

 僕はひととおり確認してから、単に6三馬と入った。

 囃子原くんもすかさず2四角と出てくる。

「5四歩」

 ここでと金づくりに着手。

 このために5八銀打で固めた。

「さすがにそれは受けよう。5二香」

 うーん、5三歩成は許してくれないね。

 でもこれで4六香とされる心配もなくなった。

 僕は4四歩と打って、5四金、8一馬、4四金、7一馬、4三金と組み替えさせた。

「4四桂」


挿絵(By みてみん)


 ちょっと弱いけど、両取り。

 囃子原くんはそのわきに5四桂と置いた。

 3七金で飛車筋を通す。だけどこれは4七歩で止められた。

 同銀左。

 ここで囃子原くんは長考を始めた。

 攻めてきそうだ。残り時間は僕が12分、囃子原くんが13分。

 攻めてくるとしたら4六歩……いや、そこをほぐしても意味ないか。

 むしろ5七角成と単純に入ったほうがいい。

 以下、3二桂成、同金、5八銀左、4八馬、同金かな。


挿絵(By みてみん)


 (※図は捨神くんの脳内イメージです。)


 これはどうだろう……まだ互角にみえる。

 ほかにも手があるかな? ……あるね。端攻め。

 現局面から1五歩、同歩、1六歩の垂らし。


挿絵(By みてみん)


 (※図は捨神くんの脳内イメージです。)


 僕の王様が窮屈だとみれば、こっちのほうがありそう。

 ただ端が破れるかというと……いずれにせよ、1六同香に5七角成っぽい。

 僕が読んでいると、囃子原くんが動いた。

「捨神くんのことだ、これは読んでいるだろう。1五歩」

 端歩だった。

 僕はもういちど読みなおして、さっきの順を選択する。

 同歩、1六歩、同香、5七角成。

 よし、ここで1四歩。


挿絵(By みてみん)


 僕は攻めに出た。まだまだ互角だと思う。

 とにかく前に出ないと後手玉は捕まらない。

 囃子原くんは1五歩、同香、1七歩で、さらに歩を垂らしてきた。

 後手の持ち歩が多いんだよね。

 ここは囲いなおそう。

「2九銀」

 これを見た囃子原くんは、冷たくほほえんだ。

「ふむ……なかなかおもしろい手だ」

 そのまま6七馬なら、3八銀引とする。

 このかたちはそう簡単に崩れないはず。

「どう対応するか、僕のセンスが問われているようだな……1八歩成」


挿絵(By みてみん)


 そっちか……十中八九6七馬だと思ったんだけど。

 端を破れる自信があるのかな。わからない。

 同銀に2四歩──桂馬を殺しにきた。

 そうか、端には味付けしただけで、僕に攻めを催促しているんだ。

 切れたら先手陣は分厚い棺桶でしかない。

 僕はゾッとすると同時に、どこかホッとした気持ちでもあった。

 意図が読めないことほど不気味なことはない。

 音楽でもそうだ。でたらめな音の羅列を人間は受けつけない。

 だけど今はクリアになった。僕は攻めに専念すればいい。

「受けて立つよ。3二桂成」

 囃子原くんは前髪を軽くなおした。

 目を閉じて、なんだか楽しそうにしている。

「最善の手順でうれしく思う。同金だ」

 1三桂成、同桂、同歩成、同香、同香成、同玉。


挿絵(By みてみん)


 後手玉が露出した。

 ここでどう仕留めるか──候補手は3つ。

 1四歩と叩くのは一目あり。10秒将棋なら無意識に打ちそうだ。

 1七香もあると思う。1六歩、同香、1五歩、同香、1四歩、同香、同玉で歩を使い切らせてから、2六金と出る。ただこの手順、1五歩に手抜いて4四桂のほうが良さげなんだよね。

 4四になにか打つ……これも考えられる。4四歩か4四桂。これは1六桂の反撃がすこし怖い。1七玉、2五桂、2六玉と出たかたちがどうか。

 残り時間は7分。僕は長考に沈んだ。

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