表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
505/686

493手目 記者さんたち

※ここからは、葉山はやまさん視点です。

 ふいぃいい……だいぶ疲れてきちゃった。

 さすがに3日連続であちこち取材してるとキツイ。

 ここは記者魂の見せどころだね。

 というわけで、午後も犬井いぬいくんといっしょ──のはずだったんだけど、犬井くんは用事で抜けちゃった。あたしひとりで取材。まあいつもどおりやろう。

 記者室を出てエレベータのまえで待っていると、ひとりの女性を見かけた。

 メガネにショートカットボブで、スーツを着ていた。首からはカメラ。

 もしかしてファンのひとかな。会場エリアは立ち入り禁止なんだけど。

 よく見ると腕章をしていた。しかも記者用。

 被写体をさがしてるのかな……そのわりにはなんか行動が不審。

 私は思い切って声をかけてみた。

「こんにちは、どうかなさいましたか?」

 メガネの女性はこちらへふりむいた。

「あ、こんにちは、日日にちにち杯の会場をご存じありませんか?」

 女子高生に敬語を使うとは、腰の低いお姉さんだね。

「日日杯なら20階ですけど……」

「そうですか。階を間違えました。エレベータはどこに……?」

 お姉さんはまたキョロキョロし始めた。

 ホテル内で迷ってるのか。すごい方向音痴っぽい。

 あたしがそんなことを思っていると、お姉さんは私の腕章に気づいた。

「もしかして学生記者のかたですか?」

「あ、はい」

「あいさつが遅れました。私はこういう者です」


 株式会社デイナビ

 第3編集部


 索間さくま らん


 本職じゃーん。あたしは慌てて名刺を出した。

「名刺をお持ちなんですね。ありがとうございます。葉山はやまひかるさんですか」

「はい、よろしくお願いします」

 あたしたちはいっしょに移動することになった。

 エレベーターで20階へ。そのまま会場入り。

 うーん、すごく白熱してるね。将棋って、体を動かさないし声も出さないのに、こういう雰囲気は伝わってくる。私は入り口のほうから順番に局面を見ていった。写真も撮る。索間さんも写真を撮ってメモをして回っていた。

 ここは先手が良さそうかな、とか思いながら歩いていると、索間さんはひとつのテーブルをじっと観戦していた。あたしも覗き見る。


【先手:萩尾はぎおもえ(Y口県) 後手:大谷おおたにひよこ(T島県)】

挿絵(By みてみん)


 ふむ……よくわからん。

 大谷さんは6三銀と指した。

 あたしは【5五銀ダメ?】とメモした。

 すると索間さんは、

「5五銀でもいいと思いますよ。以下、5六歩、4四銀と引かせたあとで、2四歩と仕掛ける手もありますし、4六歩とプレッシャーをかける手もあります」

 と小声でコメントした。

 あたしは脳内で手順を追った。

「……2四歩は分かりますが、4六歩というのはなんですか?」

「次に4五歩と突いて、5三銀引と撤退させる手です」

「先に6五歩と仕掛けられません?」

「それは無視してだいじょうぶです。強く4五歩と突いて、5三銀引、2四歩と、このタイミングで2筋を突けば問題ありません」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 なるほど、このお姉さん、やるな。

 ここで萩尾さんは9六歩と突いた。

「これはなんですか?」

「2四歩と突くまえになにか指して欲しい、という手ですね。私なら直接2四歩と突きますが、萩尾さんはずいぶん慎重なようです。同歩、同飛、2三歩、2八飛があまりおもしろくないと見たのか、あるいは大会で手が伸びないのか」

 こういう細かい組み合わせ、まだよくわかんない。

 あたしがメモしていると、手がどんどん進み始めた。

 5五銀、5六歩、4四銀、2四歩、同歩、同飛、2三歩、2八飛。

 ん? けっきょく似たような流れ?

 大谷さんはここで飛車をスライドさせた。


挿絵(By みてみん)


 索間さんは、

「6二飛ですか……6三銀の段階から狙っていたのかもしれません」

 とコメントした。

「好手ですか?」

「悪手ではないです。私なら8一飛と縦に引くか、あるいは8五歩と伸ばします」

 地味だね。

 萩尾さんは4六角と出た。

 これはさすがに分かる。6五歩と突けないようにしたのだ。

 大谷さんも3五歩、同歩、3六歩でべつの筋から攻める。

 萩尾さんは2五桂と跳ねた。


挿絵(By みてみん)


 私は、

「この桂馬は殺せますよね?」

 とたずねた。

「はい、読みが入っていないと指せない手です」

 大谷さんはすぐに2四歩と殺しにきた。

 3四歩、2三金、3三桂成、同桂、2四角、3四金。


挿絵(By みてみん)


 ごちゃごちゃしてきた。

「後手は桂馬を取り切らなかったですね」

「2三金に代えて2五歩は、同飛、3一桂と打つ必要が生じるので損です」

「3一桂……あ、2四歩と垂らされたら困るんですね」

 なるほどなるほど、メモメモ。

 2四歩は桂馬を取るんじゃなくて、攻めを急がせる目的だったのか。

 先手は3五歩で、角取りを催促した。

 2四金、同飛、5一金、2三飛成、3一桂。

 あー、どのみち打つことになったね。

 これはどうなんだろう。後手は想定の範囲内なのかどうか。

 2七龍、4五桂、3六龍、8五桂。


挿絵(By みてみん)


 後手も反撃に出た。

「3一桂と打たされたので、後手不利ですか?」

 私の質問に、索間さんは、

「まだ互角だと思います。ただ持つなら先手を持ちたいです」

 という回答。

 たしかに私でも先手を持ちたいかな。攻めるのが気持ちよさそう。

 先手は銀当たりを無視して、4六歩で桂馬を狙った。

 5七歩、4七銀、3二飛。

 飛車と龍が向かい合う。

 萩尾さんは果敢に3四歩。


挿絵(By みてみん)


 私はメモを取りながら、

「今のところ、3四金で封殺できませんでした?」

 とたずねた。

「3四金は同飛と切りたくなります」

「飛車金交換ですか?」

「はい、以下、同歩、3七金と、龍のお尻から打ちます」

「いったん龍を逃げて、8二飛と打てばよくないですか?」

「後手が1三角から攻撃態勢を築くほうが早いと思いますね」

 ふーむ、どうやら後手から攻める手も残されてるっぽい。

 ここで大谷さんは7七桂成と成り込んだ。

 同金寄、5八歩成、同玉、1三角、2四歩、1五角。


挿絵(By みてみん)


 うわ、ほんとだ。この攻めが速いのか。

 後手も迫力が出てきた。

 おたがいに王様の位置が悪いから、決まるときはすぐに決まりそう。

 私が感心していると、索間さんは、

「葉山さんなら、どう指しますか?」

 と訊いてきた。

 むむむ、ここは将棋観戦記者(アマ3級)として腕の見せどころ。

「……4五歩と取ります」

 無難な回答をしてみる。

「あ、いいですね。そこで3五銀と出られても対処できますし」

 え? 3五銀? タダじゃない?

 ……あ、3五銀、同龍だと2四角引が痛いのか。

 ここは便乗。

「そうですね、3五銀に3八龍と引きます」

 この予想は当たった。

 4五歩、3五銀、3八龍。

 大谷さんは3七銀打で追撃。

 萩尾さんは1八龍と逃げた。


挿絵(By みてみん)


 んー、先手ちょっと窮屈になった?

 後手で指したくなってきた。

 この時点で残り時間は両者10分。

 大谷さんはそのうち1分を使って4八銀成とした。

 6九玉、2四銀(手をもどしたね)、7九玉、4七成銀。

 うーん、どっちがいいんだろ。

 8八玉、3七角成、4四歩、同歩、5五桂。


挿絵(By みてみん)


 こんどは先手を持ちたくなってきた。

 あたしの形勢判断はコロコロ変わる。

 索間さんの形勢判断も訊いてみた。

「一貫して先手持ちです。が、ほぼ互角ですね」

 え、そうなんだ。あたしが気分屋なのかな。

 いずれにせよ、現局面が先手持ちという点では一致した。

「この5五桂、痛くないですか?」

「3四飛と飛び出すのが攻防になっています。それでほぼ互角とみます」

 あたしはそのコメントの意味を考えた。

「攻撃なのはわかりますけど、防御というのは?」

「入玉を目指せるようになるからです」

 あ、そういうことか。

 索間さんはいかにも記者っぽい笑みをみせた。

「ここからは長くなりますよ。はりきって取材しちゃいましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ