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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
493/686

481手目 6七の空白地点

※ここからは、新巻あらまきくん視点です。

挿絵(By みてみん)


 いえーい、今日は日日にちにち杯を見に来たぜ。

 兎丸うさまるといっしょに空いたモニタを占拠。

 あとであずさたちも来るらしいから、混雑してるところは避けた。

 わりとマイナーなカードを観戦中。

 ちょうど指された手を見て、兎丸はひとこと、

「後手有利かな」

 とつぶやいた。

 解説のふたりも同じ感想らしい。うしろ髪が跳ねたH庫の三室みむろは、

《これ見落としじゃないですかね。6七の地点を軽視していた可能性が》

 とコメントした。

 あいかたの大柄な坊主頭の男子、N良の知念ちねん先輩は、

《解説のとちゅうで切った順だものなあ。とはいえ先手やや悪いくらいだろう》

 とフォローした。

 俺はじっとモニタを見つめる──たしかに厳しいか。

 兎丸はこちらを向いて、

虎向こなたはどう思う?」

 とたずねてきた。

「後手持ち」

「やっぱりそうだよね……三室くんの評価は信頼していいと思う」

「三室と会ったことあるのか?」

「指したことはあるよ。オンラインだけどね。僕の完敗だった」

 兎丸に完勝とはやるな。

 とかなんとかやってるうちに、解説もまた詳しくふりかえり始めた。

 三室はタブレットをもどしながら、

《そもそも先手はけっこう前から悪いっぽいんですよね。具体的には6九角に6八金寄と逃げた手が危なくて、あそこは7九銀できっちり受ける局面だったかと》

 とコメントした。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これだいぶ前だな。たしかそう解説してたのは覚えている。

 知念先輩もうんうんうなずきながら、

《しかし後手も決めきれていない。5一金のあたりは安全策に出た手だった》

 と指摘した。

《そこは否定しません。とりあえず現局面は5五同銀でないと崩壊しそうです》

《取ったら攻めが切れるんじゃあなかろうか》

《そうですね……5五同銀、同金の次が難しいですか……》

《同角はない?》

《……それもあります。同金なら6四桂、5八銀打の攻め合い、同角なら……ん、同じかな。やっぱり6四桂、5八銀の攻め合いになりそうです。つまり5五同金と同角、どちらのバランスがいいか、という判断になります》

 6四桂が入るなら、意外と先手も続きそうか。

 ただ反動がデカい気がする。

《そう言えば話変わりますけど、忌部いんべさん来てないですよね?》

《ん? ああ、忌部は恥ずかしいとかいう理由で辞退したらしい》

《へぇ、それはまた忌部さんらしい》


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 はずれた。解説陣、あわただしくなる。

《取りませんでしたね。これは後手決めにくるでしょう》

《6七歩?》

《6七歩も手堅いですが、いっそ5六金だと思います》

《同銀は6七銀で先手負けか。だけどそこで5五銀と取るんじゃないか?》

《その場合はさすがに同金じゃないですよね。5七金、同角、3八飛で厳しいのでは?》

 ここで兎丸はモニタを見ながら、

「6四に銀がいないと寄せられない、っていう判断じゃないかな。それはそれで一理あるような気がする。さっきから読んでるんだけど、5五同銀、同角、6四桂、5八銀は、先手の攻めが切れそうなんだよね。だから殴り合いを選んだんだと思う」

「そうなのか?」

「まあ僕レベルの読みじゃ正確には言えないけど」 

 いやいや、俺は兎丸の棋力を信じるぞ。

 盤面はそこから5六金、5五銀、5七金、同角、5六金と進んだ。


挿絵(By みてみん)


《……当たりませんね》

《ハハハ、まいったまいった》

 知念先輩はくったくなく笑った。

 三室はすこし考えて、

《5八金と受けるしかないと思います。後手はそこで3八飛かもしれないです》

 とコメント。これは当たった。

 5八金、3八飛。

 ふたりともあんまり時間がないぞ。

 米子よなご先輩はもうすぐ1分将棋になる。


 ピッ


 あ、なった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 5八金。

 少名すくなの手が伸びた。3八飛と置こうとする。

 ところがそれをひっこめた。

《今3八に打とうとしてたよな?》

《気になる筋があったんでしょうね。僕なら4八飛と打ちます》

《4八飛か……5七金、3八金、5八金、同飛じゃ駒損だ》

《ええ、ですから4八飛には3九飛成でしょう》


 ピッ


 少名も1分将棋になった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ

 

 3八飛、4八飛、3九飛成。


挿絵(By みてみん)


 また正解。解説の予想が当たり始めた。

 米子先輩は4九金。

 1九龍、4六角、同金、同銀、3七銀。

 三室は苦笑いして、

《この局面をじっくり解説したかったですね。両者1分将棋でこれはきつい》

 と言った。

《ハハッ、できる限り善処しよう》

《同銀は同角成で馬ができます。しかし回避はできませんねぇ》

 3七同銀、同角成。

 米子先輩は8六桂とした。

 攻めるならそこしかないかあ。

《端攻め狙ってます》

《9五歩で逆サイドから寄せるしかない》

 少名はカラく7三銀打。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


《行きました。これは手抜けそうです》

《4五角くらいで王手だろう》

 この予想は当たって、4五角。

 5六歩、5七歩、5九金引、5六角、6七銀、4八馬。

 少名は寄せに入った。

 頭をかく米子先輩の姿が映る。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 同金上。

《6七角成と切ってもいいと思います。5八歩成が次善でしょうか》

《俺は4九龍でもいいと思う。この大舞台では指さないだろうが》

 解説陣は寄ると考えているようだ。

 少名も真剣に読んでいて、モニタ越しでも気迫が伝わってきた。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 5八歩成を選択。

 米子先輩はノータイムで4六角と打った。

 兎丸はパチンと指をはじく。

「これは4九龍を誘発するから危なくない?」

 俺もそう思うぜ。

 案の定、少名は4九龍と切った。

 同金、6八金、同角、同と、同玉、4七角成。

 知念先輩は、

《ぼんやりしているようで厳しい。6九飛と8八飛を同時に見ている》

 と解説した。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 米子先輩は5八銀。

 少名は持ち駒の歩を2度空打ちした。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


《するどいです。同銀はもちろんできませんし、同玉も5六角があるのでできません》

《7九と引くか7七と上がるかだな》

 米子先輩は後者を選択。

 7七玉、7九飛、7八金、4六馬、5七金、6八角、6七玉。

 8八玉もあった気がする。

 5七角成、同銀、7八飛成、同玉、5七馬。


挿絵(By みてみん)


 ここで米子先輩の手が止まった。

 お茶を飲んでるっぽい。

 しばらくして頭を下げる姿が映った。

 三室は、

《先手は大駒3枚ですが、手がないので投了もやむなしです》

 と総括した。

《思い出王手で7四桂くらいしても良かった》

 いや、それはどうだろう。俺は兎丸に、

「思い出王手ってそんなにしないよな?」

 とたずねた。

「失礼になる可能性は否めないけど、ひとそれぞれじゃない?」

 しばらくしてインタビュータイムが始まった。

 少名の第一声は、

《いやあ、快勝快勝》

 だった。中盤になって、みんなフランクなコメントが増えた気がする。

 三室は、

《最後は鮮やかだったよ。1分将棋でよく寄せ間違えなかったね》

 と褒めた。

《自玉が安全だったからな。寄せに集中できた》

《たしかに、そういうのって大事だね……知念先輩、どうぞ》

《おつかれさん。ずっと後手が良かったみたいだ。しかし、5五桂に同銀とされたらどうするつもりだったんだ? あの桂馬を即抜きする順は読んでた?》

《それは同金で銀を取るよ》

 少名、上級生に対してタメ口。

 なかなかやるな。

《同角じゃなくて?》

《同角は角の位置が不安定だから同金の予定だった》

《了解。次もがんばってくれ》

 米子先輩に交代。

《すんませーん、完敗です》

《おつかれさま》

《あ、三室くんだったんっすか? 恥ずかしい将棋でごめんね》

《おもしろかったですよ。途中、5五桂には同銀かな、と思いましたが》

《本譜は一歩前に出させてから5五同銀にしてみたんっすが、ダメだったっすね》

《そこは詳しく検討しないといけないですね。あ、知念先輩に代わります》

《おつかれ》

《おつかれさまっす》

《最後8八玉へ逃げるのはなかった?》


【検討図】

挿絵(By みてみん)


《あー、それも考えたんっすけど、7七香の放り込みで終わりだと思います》

《なるほど、同桂に4七馬、同銀、8九金と打たれれば寄りか。わかった。まだ決勝トーナメントの芽もある。がんばってくれ》

 インタビューは終わった。

 モニタが暗転したところで、スマホがぶるっとふるえた。

 あずさからMINEが来ている。どこ?の一文。

 なんであずさたちと将棋を観ることになるんだろうな。デートじゃあるまいし。

 えーと、一般会場8番モニタ、と。

場所:第10回日日杯 3日目 男子の部 10回戦

先手:米子 耕平

後手:少名 光彦

戦型:後手ゴキゲン中飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △9四歩 ▲9六歩 △5四歩

▲2五歩 △5二飛 ▲6八玉 △5五歩 ▲4八銀 △3三角

▲3六歩 △6二玉 ▲3七銀 △7二玉 ▲4六銀 △3二金

▲5八金右 △4二銀 ▲7八玉 △8二玉 ▲6八銀 △7二銀

▲7七角 △5六歩 ▲6六歩 △5七歩成 ▲同銀上 △4四歩

▲6七金 △4三金 ▲5六銀 △5三銀 ▲3七桂 △6四歩

▲1六歩 △5四歩 ▲8八玉 △6三銀 ▲7八金 △7二金

▲2六飛 △5一角 ▲3五歩 △7四歩 ▲3四歩 △同 金

▲3六飛 △3二飛 ▲6八角 △8四角 ▲2四歩 △同 歩

▲2二歩 △3五歩 ▲同 銀 △同 金 ▲同 飛 △同 飛

▲同 角 △3八飛 ▲4五桂 △6二銀 ▲4四角 △6九銀

▲7九金打 △7八銀成 ▲同 金 △5五歩 ▲同 銀 △3四金

▲6二角成 △同 角 ▲5三銀 △6九角 ▲6八金寄 △5八角成

▲7八飛 △6七馬 ▲同 金 △7八飛成 ▲同 玉 △7三角

▲4二飛 △5八飛 ▲6八角 △5五飛成 ▲5六銀 △5一金

▲7二飛成 △同 銀 ▲5五銀 △4五金 ▲6四銀上 △5五桂

▲5七金 △5六金 ▲5五銀 △5七金 ▲同 角 △5六金

▲5八金 △3八飛 ▲4八飛 △3九飛成 ▲4九金 △1九龍

▲4六角 △同 金 ▲同 銀 △3七銀 ▲同 銀 △同角成

▲8六桂 △7三銀打 ▲9五歩 △4五角 ▲5六歩 △5七歩

▲5九金引 △5六角 ▲6七銀 △4八馬 ▲同金左 △5八歩成

▲4六角 △4九龍 ▲同 金 △6八金 ▲同 角 △同 と

▲同 玉 △4七角成 ▲5八銀 △6七歩 ▲7七玉 △7九飛

▲7八金 △4六馬 ▲5七金 △6八角 ▲6七玉 △5七角成

▲同 銀 △7八飛成 ▲同 玉 △5七馬


まで148手で少名の勝ち

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