478手目 すべる大喜利
※ここからは、我孫子くん視点です。男子第10局開始時点にもどります。
昨晩はたいへんなシーンに居合わせてしまったでやんす。
我孫子でやんす。
今朝は1階のロビーで、あるひとをお出迎え。
そろそろ来るはずでやんすが……あ、来たでやんす。
ツンツンヘアで、ちょっとお洒落に気をつかった少年。
緑のシャツにジーンズで、ポケットに手を突っ込んだままホテルの玄関へ。
サーッとドアが開いたところで、あっしに気づいてくれたでやんす。
「我孫子、待たせたな」
「御手兄さん、おはようさんでやんす」
このひとこそ、K都高校将棋界のドン、御手篤兄さんでやんす。
もろもろの事情で、3日目から参戦でやんす。高3でやんすからね。
「どうなってる?」
「だいたい予想通りでやんす」
あっしが上位陣のメンツを伝えると、御手兄さんも納得。
「ま、そのへんだろうな。六連が健闘してるくらいか」
「六連くんはほんとに強いっぽいでやんすよ」
「それは観てみないと分からない」
あ、あっしの評価をすこしくらい信じてくんだまし。
とりあえず解説ルームへ。
エレベーターで上がって、さくっと入室。
説明会はもう終わってて、みんな座ってるでやんす。
あっしらも席へ、と思ったところで、難波姐さんが登場。
「御手はーん、おひさしぶりですわ」
「ひさしぶりってほどか? 7月の府大会で会っただろ?」
「いやぁ、御手はんとは何度会えても光栄です」
難波姐さん、めちゃくちゃゴマすってるでやんす。
御手兄さんは着席して、あれこれ機材をチェック。
「んー、なんとなくわかるか……観る対局は指定?」
「選べるでやんす」
「対戦表は……ここか」
御手兄さんはしばらくにらめっこ。
「吉良の対局観たいな」
「いいでやんすよ」
なんか全国大会の下見っぽいでやんすね。
藪蛇になるので黙っておくでやんすが。
扇子をパタパタ。
「これってどういうふうに解説すればいいんだ?」
「みんなバラバラでやんす。決まった順序も仕方もないみたいでやんす」
「そっか、じゃあ縁台将棋とおなじでいいわけだ」
的確な比喩でやんす。
そもそもプロの解説でも決まった作法とかないっぽいでやんすからね。
悪口はダメでやんすが──さて、開始まであと3分ほど。
「御手兄さん、本番前の動悸とかけまして、蚊取り線香と解きます」
「?」
「その心は、と訊いておくれやす」
「その心は?」
「どちらも緊張(金鳥)からです」
……………………
……………………
…………………
………………す、スルーされたでやんす。
「ちょ、ちょっとレベルが低かったでやんすかね?」
「いや……どう反応していいのか分かんなかった」
ノリは大事でやんすよ。難波姐さんを見習ってくんだまし。
っと、そろそろ始まりそうでやんす。
《間もなく開始になります》
あっしは扇子をパチリ。
ピポ
対局開始でやんす。
7六歩、3四歩、2六歩、3二金、2五歩、8八角成、同銀、2二銀。
【先手:葦原貴(S根県) 後手:吉良義伸(K知県)】
角換わりぃ。おたがいの構想が見ものでやんす。
4八銀、3三銀、3六歩、6二銀、3七銀、6四歩。
「先手は棒銀か早繰り銀っぽいでやんすね」
「まあこのへんはテキトウだろ。序盤だしな」
それは御手兄さんの棋風でやんす。
このふたりはたぶん違うでやんす。
6八玉、6三銀、4六銀、7四歩。
後手は一手損角換わり。
5八金右、7三桂、7八玉、8四歩。
この手を見たあっしは、
「本局の序盤とかけまして、デスクワーカーの嘆きと解きます」
と再チャレンジ。
「その心は?」
「ずいぶん凝ってます」
……………………
……………………
…………………
………………お、御手兄さん、あっしのこと嫌いでやんすか?
「これ中継されてるでやんすよ」
「ん? ああ、そういえばそうだな」
「もっとテンション上げていくでやんす」
でないとあっしがひとりで滑ってるひとになってしまうでやんす。
御手兄さんはペットボトルを開けて、
「テンションねぇ、どう上げる?」
と訊き返してきやした。
「そこは御手兄さんのお知恵でちゃちゃっとしておくれやす」
「んー、じゃあ3五歩と攻めるか?」
【参考図】
このタイミングで攻めるでやんすか?
っていうかいきなり将棋の話になったでやんす。
「過激でやんすね。成立している気もするでやんすが」
「同歩、同銀のあと、どうする?」
あっしは扇子をパチパチしながら小考。
「8五歩が妥当だと思うでやんす」
「なるほど、じゃあ2四歩」
なんかあっしと御手兄さんの対局になってきたでやんす。
ここは腕の見せどころ。
「同歩」
「3四歩」
「2二銀」
「6六角」
【参考図】
ちょいとばかり厳しいでやんすが、まだまだ互角。
「6五歩で角をいじめたいでやんすねぇ」
「じゃあ俺は……」
パシリ
あ、指したでやんす。
葦原兄さんも3五歩で開戦。
「解説のとおりになりそうでやんす」
「いや、どうだろうな。さっき俺は3四歩だったが、2四銀もふつうにあったぞ」
「銀交換するでやんすか? 同銀、同飛、2三歩で?」
「2六飛と高めに浮く」
なるほどなるほど、あっしは感心しながら、
「御手兄さん、早見えだから解説向きでやんすね」
とよいしょ。
「べつにそうでもないけどな……っと、吉良が動く」
吉良兄さんは3五同歩。
これは当然でやんすね。問題はその先。
同銀、8五歩、2四歩、同歩、同銀、同銀。
御手兄さんの2番目の予想が当たり。
同飛、2三歩、2六飛。
あっしは扇子をパチリと鳴らしやした。
「さすがは御手兄さん、完璧でやんす」
「これ先手持ちだな。吉良はどうするつもりなんだ?」
その答えはすぐに指されたでやんす。
5二玉。
先手の動きをみる手でやんすね。
御手兄さんは、
「俺が先手なら甘いとみて6六角と打つ」
と指摘。
だけどこれは外れたでやんす。
葦原兄さんの手は6八金直。
以下、7二金、3六飛で陣形整備。
御手兄さんはこの動きが気に入らなかったみたいで、
「3六飛は疑問だ。これだと先手持ちとは言えない」
と辛口。
こういうはっきりした解説もいいでやんすね。
ごにょごにょ曖昧にするひとのほうが多いでやんすから。
3三歩、2六飛。
こうなると御手兄さんの形勢判断も納得できるでやんす。
2手かけるメリットはそんなになさそうでやんす。
ここで吉良兄さんが長考。
「んー、なんか攻めたがってるように見える」
「後手から慌てて攻める局面でもないような気がするでやんすが」
「どうだろうな……性格の問題もあるし……」
そこはその通りでやんす。
「攻めるとしたらどうするでやんすか?」
「8六歩、同歩、4四角はある」
【参考図】
「続くでやんすか?」
「飛車を牽制しておけば、後手のほうが指しやすくなると思う」
攻めの糸口はそんなにない気がするでやんす。
あっしもすこし考えたあと、
「後手から攻めるのはちょいと厳しいと思うでやんすが」
とやんわり牽制。
「じゃあ8六歩、同歩、同飛、8七歩、8一飛で収めるか?」
「そっちのほうがありそうでやんすね」
吉良兄さんは3分考えて8六歩でやんした。
同歩、同飛、8七歩、8一飛。
こんどは葦原兄さんが長考。
御手兄さんは、
「9六歩で端を渡しとけばいいんじゃないか? 長考する局面じゃないと思うけどな」
と、これまた辛口な評価。
「9四歩で突き返されたあとを考えてるかもしれないでやんす」
「それならとりあえず9六歩と指したほうがいい。9四歩以外で来られたときムダになる」
ザ・効率主義。
「となると、9六歩以外かもしれないでやんすねぇ」
「具体的には?」
むずかしい返しでやんす。
あっしも熟考。
「……5六角は?」
【参考図】
2筋を露骨に狙うでやんす。
「3四銀と受ける」
「そこで4六歩と突いて、駒組みの第2弾を始めるでやんす」
「それは5四歩~3五角が気になるな……だけど先手も悪くはないか」
さあさあ、解説の意見も煮詰まってきたでやんすよ。
葦原兄さん、答えを教えてくんだましぃ。




