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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
485/686

473手目 外野の思惑

※ここからは、御城ごじょうくん視点です。

挿絵(By みてみん)


 こういう展開になるのか。

 俺はタブレットを見ながら、小さく嘆息した。

 それを聞きとがめた我孫子あびこは、扇子せんすで口もとを隠しながら、

「御城兄さんには、がっかりな展開でやんすか?」

 とたずねた。

「いや、むしろ感心してる」

「というと?」

「大会も3日目、今日で大勢が決まる。決勝トーナメントの席も、ひとつかふたつは埋まるだろう。そういうときは手が伸びないもんだ。だからこそ捨神すてがみ石鉄いしづちも、ちょっとムリ気味に前へ出てるんだと思う」

 我孫子は扇子をパタパタして、

「ははあ、そういう流れなんでやんすね。序盤から激しかったでやんす」

 とうなずいた。

 我孫子レベルなら気づいてたはずだけどな。

 解説用のトークだろう。

 とりあえず捨神は前に出た。

 俺はそれでよかったと思う。消極的になって潰されるよりずっといい。

 とはいえ石鉄も見かけによらず、インファイターなのが気になった。

「御城兄さんの予想だと、ここからどうなるでやんすか?」

「5八飛成、同金、7九飛までは確定だと思う」

「その次がむずかしいでやんすね。」

「手堅く指すなら5九歩だ」

 我孫子は「そうでやんすねぇ」と、あいまいな返事だった。

 俺はべつの手があるかどうかたずねた。

 我孫子は5五馬を指摘した。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「なるほど……攻防か」

「御城兄さんの話が正しいなら、こっちのほうがらしいでやんす」

 たしかに、5九歩は消極的だ。

 が、この先ずっと殴り合う方針なんだろうか。

 いくら気合を込めても、棋理には逆らえない。

 俺はすこしばかり読みを入れた。

「……5九歩でもそこそこ攻めになっていると思う」

「その心は?」

「5九歩、9九飛成に5七香だ。以下、4一金右、8一馬と寄る」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「これはけっこう厳しいんじゃないか」

「ふむふむ、次に3二金上なら5一飛でやんすか」

 問題はどっちがいいかだが……後手がわずかにいいような気がする。

 現局面の時点で後手がいいのかもしれない。優勢というほどじゃないが。

「御城兄さんは、捨神兄さんの友だちでやんすね。なにか個人的なエピソードは?」

「……友だちとしてここにいるわけじゃないから、そういうのは遠慮しとく」

 ここでスタッフの音声が入った。

《個人的なお話でも、まったく問題ありません》

 いや、それはあくまでも口実で……スタッフ、空気を読んでくれ。

 それとも空気を読んだうえで、エピソードが欲しいってことなのか。

 どうしたものか、俺は迷った。

「……捨神はあまりプライベートなことを話さないから、俺もよく知らない」

 これが無難な回答だろう。

 興行的には面白くないとしても。

 我孫子はさらになにか質問しかけたが、先に駒音が聞こえた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


「切ったでやんすねぇ」

「このあとまで考えてあるはずだ」

 案の定、ここからは手が速かった。

 同金、7九飛、5五馬。

 捨神が選んだのは馬引きだった。

 9九飛成、5四歩、5二香、5三香、3五銀、4五歩。


挿絵(By みてみん)


 我孫子はさも楽しそうに、

「ベタベタのインファイトでやんすよ。これは形勢が傾いてもおかしくないでやんす」

 とコメントした。

「先手は飛車を下ろさないと、手がなさそうだが……」

「そのヒマがあれば、でやんすね」

 そうだ。今はちょっと後手が速い。

 石鉄も攻めどきだと見たのか、6九龍と金に当てた。

 捨神はここまで読んであったらしく、すぐに5九飛と打ち返した。

 自陣飛車だ。

「5六飛と上に打ってもよかったでやんす」

「そう言われるとそうだな……」

 石鉄の手が止まった。

 のこり時間は、先後ともに10分。

 我孫子は、

「逃げるなら7八龍と引きたいでやんす。これなら5九の飛車がぼやけるでやんす」

 と解説した。

 俺は、

「そこで先手が6五桂と跳ねればいいんじゃないか? 次に5二香成、同金、5三歩成の攻めが生じる」

 と、捨神のほうから反撃する手順を示した。

「5一金と冷静に引かれて、むずかしい気もするでやんす」

「……なるほど」

 

 パシリ


 7八龍が指された。

 3六歩、2四銀、6五桂、8六馬。

 後手は飛車馬交換を催促した。

 これは回避できない。

 捨神は5二香成、同金、5三歩成を決めた。

 我孫子の予想していた手、5一金が指される。

 捨神の応手。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 これは……むずかしい手だ。俺レベルだと判断できない。

「我孫子、この手の解説を頼む」

 我孫子は扇子をパチリと閉じた。

「5九馬と突っ込まれたとき、同金、8九飛に4八金上が固いと見た手でやんす」

「そうか、4枚で固めるわけか。後手の攻め駒は足りない」

 先手陣には馬も利いている。実質的に金銀7枚のかまえだ。

「おそらく形勢は五分でやんすね。先手がどう攻めるかの問題もあるでやんすが」

 その答えはすぐに出た。

 石鉄は5六歩、同馬と引かせてから、5九馬、同金、8九飛、4八金上。

 ここで小考が入って、6九龍が指された。

 捨神は5四角で反撃した。


挿絵(By みてみん)


「6九龍の意図は?」

 俺の質問に、我孫子も困ったような顔をした。

「3九龍と入っても、寄らないと思うでやんすが……」

 ところがその3九龍が指された。

 捨神の手が止まる。

 俺はしばらく考えて、

「もしかして3七玉に2九龍と切る?」

 と予想した。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「勝負手でやんすね」

「これはさすがに先手がいいんじゃないか。すくなくとも俺なら先手持ちだ」

「同銀、同飛成としても、4六~5五に脱出経路があるでやんす」

 先手は入玉含みになってきた。

 石鉄はむずかしい判断を迫られるぞ。

 天井カメラに捨神の手が映る。

 3七玉、2九龍、同銀、同飛成、3四香。


挿絵(By みてみん)


「ん、これは3三歩で死ぬが……」

「3四に桂馬を打たれるのを嫌がったみたいでやんす」

 脱出の準備か。

 石鉄は3三歩と受けて、捨神は4六玉と先に上がった。

 ここで3四の地点が空いていると、3四桂、5五玉、6四銀があるわけだ。

 と金を抜かれてしまう。

 本譜はその懸念もなく、石鉄は5二歩で消しにかかった。

 7一飛、6一香、4三と、3四歩、5三歩、6二桂、6三角成。


挿絵(By みてみん)


 パッと見、5四香。そしてその手が指された。

 だんだんと両者の手が遅くなる。

 のこり時間は、先手が4分、後手が3分。

 解説も頭を使わないといけない。

「5三に歩がいるから、5五歩とは打てない。馬は死んだか」

「でやんすねえ。後手玉はちょっと遠いでやんす」

 どこかで差が縮まったっぽい。

 飛車打ちがヌルかった可能性もある。

 解説として口には出さないが、捨神がんばれ。

 4四歩、5六香、同玉、2七龍、5二歩成、2五龍。


挿絵(By みてみん)


 石鉄は金を捨てて入玉を阻止してきた。

「詰めろでやんす。どう受けるでやんすか?」

「6六玉は5五角、7六玉、8五銀で押しもどされる。手筋で3五歩?」

「同歩、4六銀でやんすか? 綱渡りでやんすね」

 捨神も迷っているようだった。時間が溶ける。

 1分だけ残して、3五歩が指された。

 同龍、4六銀。

 こんどは石鉄が長考。

 仕留め損なうと入玉一直線。局面の緊迫度はマックスになった。


 ピポ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 パシリ


 5五歩。

 捨神はノータイムで6六玉と寄った。

 石鉄の後頭部が天井カメラに映る。前掲姿勢のまま秒読み。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 ぐッ……厳しい。

 7七香、8六銀。

 捨神の手が盤上で一瞬回った。

 なにか指そうとして、ひっこめたようにみえた。

 5三桂成か? それとも3五銀? あるいは5七玉?


 ピポ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 捨神は5三桂成とした。

 石鉄は体を小刻みに前後しながら考える。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………入玉はできないな。

 俺はタッチペンで駒を動かしながら、

「同馬は7七角成、6五玉のときに8七馬がある。先手は歩しかないから7六に合駒ができない。6六玉と引くしかないが、7七銀不成、5七玉と押しもどして後手優勢だ」

 と解説した。

「6四同馬とせずに3五銀はどうでやんすか?」

「たぶんそっちが本命だな」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 3五銀が指された。

 石鉄は7七角成で、先手玉のトライを阻止する。

 5七玉、3五銀、5八玉、5六銀、同金、同歩、4五馬。

 捨神、どこまで粘る? 大勢は決したぞ。

 俺は黙って局面を見守った。

 4六香、5六馬、4八香成、同玉、4六金。


挿絵(By みてみん)


 ここで捨神の手が止まった。

 サイドカメラに、お茶を飲む捨神の姿があった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 捨神が一礼し、対局は終わった。

 俺は本局3度目の嘆息。

「御城兄さん、やっぱり応援してたでやんすか?」

「いや、前に出た攻め将棋の結末としては残念だな、と思っただけだ」

「最後はねじり合いで、ぽっきり折れた感じだったでやんすねぇ」

 石鉄にミスがなかったな、と思う。

 俺は石鉄と指したことはない。が、有力な次世代なのだろう。

 高1は伸び盛りだ。

 しばらくして、インタビュータイムになった。まずは勝者の石鉄から。

《もしもし、石鉄です》

 石鉄の声はすこしばかり高揚していた。

 まず俺が、

「おつかれさま。ミスのない対局だったな」

 とコメントした。

《3九龍はムリ攻めかな、と思ったんですが、通ってホッとしてます。最後、桂馬が入玉のルートを塞いでくれて助かりました。6四歩を打てるまでは半信半疑だったです》

 駒の配置がひとつでもちがえば、簡単に入玉できたかもしれない。

 あるいは6四歩と打つ歩がなければ。

 俺はうなずきながら、我孫子と替わった。

 我孫子の質問は序盤の戦法選択とか、そのあたりのことだった。

 次に捨神の番。

《もしもし?》

「俺だ。おつかれ」

《あ、御城くん、おつかれさま。負けちゃった》

「勝敗はおいといて、積極的でよかったんじゃないか。最後は指運がなかった」

《3五歩で龍を呼び込んだのが疑問手だったね。4五香だったかも》

「たしかにそっちのほうが安全だったかもな……我孫子に替わるぞ」

 我孫子は扇子をパチリと閉じて、

「おつかれさまでやんす。1敗同士の決戦でやんしたが、現在のご心境は?」

 とたずねた。

 ずいぶん直截的な質問だが、我孫子らしいとは思った。

《アハッ、ちょっと厳しくなっちゃったね。先頭集団から脱落だし》

「先頭集団がこのままとは限らないでやんす」

《ほかのひとがコケるのは期待してないよ。のこりも一局一局だいじに指すね》

 以上でインタビューは終わった。

 俺はヘッドセットをはずす。

 おなじくヘッドセットをはずした我孫子は、

「ちょっと突っ込み過ぎた質問だったでやんすかね」

 と言って、俺のほうを盗み見た。

「いいんじゃないか。我孫子がなにを質問するかは、我孫子の自由だ」

 外野がプレッシャーをかけるのか、かけないのか、それも自由だ。

 捨神、おまえはふだんの友だちに恵まれすぎてるよ。

 この種のプレッシャーをかけられるのは、慣れていないだろう。

 だが俺は応援している。同郷だからじゃない──ささやかなライバルとして。

場所:第10回日日杯 3日目 男子の部 10回戦

先手:捨神 九十九

後手:石鉄 烈

戦型:先手角交換型四間飛車vs後手居飛車穴熊


▲7六歩 △3四歩 ▲7七角 △4二玉 ▲6八銀 △6二銀

▲5六歩 △7七角成 ▲同 銀 △3二玉 ▲8八飛 △5四歩

▲6六銀 △5三銀 ▲4八玉 △4四銀 ▲3八玉 △2二玉

▲2八玉 △1二香 ▲8六歩 △8四歩 ▲3八銀 △1一玉

▲7五歩 △2二銀 ▲1六歩 △1四歩 ▲7七桂 △3一金

▲5八金左 △3五歩 ▲5七金 △5一金 ▲4六歩 △5二飛

▲4七金 △5五歩 ▲4五歩 △同 銀 ▲5五歩 △3六歩

▲同 歩 △3五歩 ▲同 歩 △7九角 ▲4八飛 △3五角成

▲3七歩 △7四歩 ▲4六歩 △3四銀 ▲5八飛 △4四馬

▲5四歩 △同 馬 ▲8二角 △7六馬 ▲9一角成 △5八飛成

▲同 金 △7九飛 ▲5五馬 △9九飛成 ▲5四歩 △5二香

▲5三香 △3五銀 ▲4五歩 △6九龍 ▲5九飛 △7八龍

▲3六歩 △2四銀 ▲6五桂 △8六馬 ▲5二香成 △同 金

▲5三歩成 △5一金 ▲5七銀 △5六歩 ▲同 馬 △5九馬

▲同 金 △8九飛 ▲4八金上 △6九龍 ▲5四角 △3九龍

▲3七玉 △2九龍 ▲同 銀 △同飛成 ▲3四香 △3三歩

▲4六玉 △5二歩 ▲7一飛 △6一香 ▲4三と △3四歩

▲5三歩 △6二桂 ▲6三角成 △5四香 ▲4四歩 △5六香

▲同 玉 △2七龍 ▲5二歩成 △2五龍 ▲3五歩 △同 龍

▲4六銀 △5五歩 ▲6六玉 △8八角 ▲7七香 △8六銀

▲5三桂成 △6四歩 ▲3五銀 △7七角成 ▲5七玉 △3五銀

▲5八玉 △5六銀 ▲同 金 △同 歩 ▲4五馬 △4六香

▲5六馬 △4八香成 ▲同 玉 △4六金


まで136手で石鉄の勝ち

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