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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第43局 日日杯3日目(2015年8月3日月曜)
484/686

472手目 目覚めのキス

【3日目開始:女子】

挿絵(By みてみん)


【3日目開始:男子】

挿絵(By みてみん)


※ここからは、石鉄いしづちくん視点です。

 ネクタイを締めて……っと。うまくできました。

 客室の鏡で最後のチェック。おかしいところはありませんね。

 愛甲あいこうの制服はネイビーのブレザーに、ライトブルーのストライプネクタイです。

 すごく地味です。

 僕は部屋に忘れ物がないか確認して、廊下へ。

「あ、ダーリン、おはようなの~」

 いきなりみかんちゃんとばったり。

「お、おはよう」

「どうしたの~? みかんに会えて嬉しくないの~?」

 もちろん嬉しいです──けど、心の切り替えが。

 みかんちゃんはそれを見透かしたように、

「あ、ダーリン、本気モードだったの~? ごめんなの~」

 と照れ笑いしました。

「だいじょうぶだよ」

「これ、みかんからのエールなの~」

 ほっぺたにチュッ。朝から恥ずかしいです。

「みかんちゃんもがんばってね」

「ふたりとも今日で決勝トーナメント進出決めちゃうの~」

 それができればいいんですが、さて。

 とりあえずエレベーターで20階へ。

 降りてすこし進むと、吉良きら先輩が廊下に立っていました。

 吉良先輩はポケットに手をつっこんで、H島の街並みを眺めていました。

 ぶかぶかの黒いズボンに白いTシャツ。胸元に炎のかたちのロゴが入っていました。

 オールバックもばっちりキマってて、あいかわらずかっこいいです。

 ここは通り過ぎたほうがいいですかね……いえ、あいさつしましょう。

「おはようございます」

「ん……ああ、れつか、おはようさん」

「なにか面白いものでも見えますか?」

「いや、単に見晴らしがいいな、と思っただけだ」

 なんとなくですが……会場で座って待つのを避けている気がします。

 野暮なのでつっこみませんけど。

 僕も壁面ガラスから街並みを見下ろしました。

 豆粒より小さなビジネスパーソンが、横断歩道を渡っています。

「そういえば、今日は月曜日でしたね」

「ああ、みんな日常してるんだよな」

 その言い方には、なんだか含みがあるように感じられました。

「そうですね……こんなホテルで将棋を指すのは非日常的というか……」

「だろ。4日もかけて決着をつけるなんて、プロでもやってないぜ? ダンスの世界でもない。俺は全国大会で優勝したわけじゃないのに、この場にいられる。なんだか実感が湧かない気がしてきてな……すまん、変な話をした」

 いえ、勉強になります。

 僕はそのまま先に会場入りしました。

 対局席の表を確認。9番テーブルです。

 僕が席へ向かうと、捨神すてがみ先輩は先に座って待っていました。

 いつものラフなかっこうで、白いTシャツにグレーのズボン。

 白髪がシャンデリアの明かりに輝いていました。

「おはようございます」 

「アハッ、おはよう」

 着席──盤駒の準備は終わっています。

「先輩、振り駒を」

石鉄いしづちくんでいいよ」

「いえ、どうぞ」

 捨神先輩はその細くて長い指で、歩を集めました。

 かるくシャッフルして盤上にぱらり。

「歩が3枚、僕の先手だね」

 後手を引きました──ひとまず深呼吸。

 開始までまだ時間がありますね。なにか話しましょうか。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………いえ、無粋ですね。

 先輩への宣戦布告は昨日の時点で済ませました。

 あとは待つだけです。

 僕はペットボトルの位置をなおして、それから姿勢を正しました。

 刻々と時間だけが過ぎていきます。

 選手もどんどん姿をあらわして、最後に梨元なしもと先輩があくびをしながら入場。

 時計の針が8時59分を指しました。

《間もなく定刻になります。対局準備はよろしいでしょうか?》

 緊張してきました。平常心、平常心。

《では、始めてください》

「よろしくお願いします」

 おたがいに一礼。

 7六歩、3四歩、7七角、4二玉、6八銀、6二銀、5六歩。

 中飛車の含みを見せましたね。

 これは本命じゃなかったです。けど、まっすぐ対応します。

 7七角成、同銀、3二玉、8八飛、5四歩、6六銀。


挿絵(By みてみん)


 角交換型振り飛車。捨神先輩の十八番おはこになりました。

 僕はここで小考。全体の方針を決めます。

「……5三銀」

 捨神先輩はこの手をみて、すこしばかり思案しました。

 おそらくバレましたね、僕の穴熊が。

 かたちによっては穴熊にすると、対局前から決めてありました。

「……4八玉」

 4四銀、3八玉、2二玉、2八玉、1二香、8六歩、8四歩。

 問題は捨神先輩が穴熊にするかどうかです。

 相穴も視野には入れてありますが──


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 美濃ですか。ではこのまま潜りましょう。

 1一玉、7五歩、2二銀、1六歩。

 7五の突きが早かったので、僕の穴熊を咎めるつもりっぽいです。

 そうはさせません。

 1四歩、7七桂、3一金、5八金左。

 捨神先輩、すごく積極的ですね。4四銀で支えきれればいいんですが。

 今さら5三銀ともどるのは指しにくいです。

 僕は1分ほど読んで、3五歩と突きました。

 捨神先輩はこめかみに指をそえて、

「3五歩……か」

 と符号を口ずさみました。

 おたがいに変則的なかたちです。

 僕の3五歩は、右辺の展開が遅いことのフォロー。

 7筋と8筋は放棄する作戦です。つまり──

 5七金、5一金、4六歩。

「5二飛です」


挿絵(By みてみん)


 これです。7筋と8筋を放棄して、穴熊に囲ったメリットを最大限に活かします。

 捨神先輩はうっすらとほほえみました。

「いいね、せっかくだから派手に始めようか。4七金」

 はい、僕もそう思っていました。

 手が伸びなくて駄局になることだけは避けます。

 それは先輩にも観戦者にも失礼ですよね。

「5五歩です」

 38手目にして開戦。

 まだおたがいに5分も使っていません。

 どんどんいきますよ。

 4五歩、同銀、5五歩、3六歩、同歩、3五歩。


挿絵(By みてみん)


 一気に玉頭が激しくなりました。

 同歩なら7九角で馬を作ります。

 捨神先輩は長考。飛車の逃げ場所は4八でしょうか。

 馬を作ったあと、すぐに良くする順はないんですよね。

 気になるのは2六角ですぐさま消しにくる手です。

 以下、同馬、同歩、8三角で4筋に狙いを定めたくなります。

 あ、捨神先輩が動きます。

 3五同歩。

 僕はノータイムで7九角の打ち込み。

 4八飛、3五角成──捨神先輩は3七歩と打ちました。


挿絵(By みてみん)


 すこし落ち着いた手です。

 4六歩、3四銀と押しもどしてから、5四歩と伸ばす狙いでしょうか。

 これを同飛は7二角の打ち込みが発生します。

 それとも7二角はすこしぼやけていますか? この判断も微妙です。

 こちらは5筋が弱いですからね。

 僕は7四歩で桂跳ねの余地を作りました。同歩なら7六歩なので取れないはず。

 4六歩、3四銀、5八飛。

 そっちですか……読みが合わなくなってきました。

 とはいえ5筋に攻め駒を追加したのは合理的です。

 次こそ5四歩の伸ばしは確実。

 これをどう受けるか……7五歩は間に合っていませんね。

 僕は1分ほど考えて、4四馬と引きました。

 次に5四歩なら同馬で取り切ります──あ、そうしてきました。

 僕の同馬に、捨神先輩は8二角。


挿絵(By みてみん)


 なるほど……読んではいました……が、取らないです。

 飛車が8筋に戻ったら攻め切れません。

 と言ってもその代わりにどうするか、これが問題です。

 パッと思いつくのは──


挿絵(By みてみん)


 (※図は石鉄くんの脳内イメージです。)


 これです。6七の空いてる地点を狙います。

 先手から5二飛成は同金でなんともありません。

 飛車打ちで7二飛と当ててきても、手順で4二金寄と逃げられますからね。

 だから先手は9一角成。行きがかり上、こうするしかありません。

 そこで5八飛成、同金、7九飛と打ち込むのはどうでしょうか。

 7六の馬が一瞬ぼやけますが、先手のほうがかたちは悪いです。

 僕はのこり時間を確認。

 僕が18分、先輩が17分。まだまだハイペース。

「7六馬です」

 捨神先輩はこの手をみて、パチリと指をはじきました。

 周囲の何人かがこちらをちらり。

 先輩はそんな視線も気にせず、うっすらと笑みを浮かべました。

「じゃ、本気で殴り合おうか。9一角成」

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