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470手目 裸のつきあい

※ここからは、香宗我部こうそかべくん視点です。

 ふぅ……2日目も終わった……俺は温泉につかりながら、手ぬぐいを頭に乗せた。

 3年生の男子4人で裸のつきあい。俺、今治いまばり今朝丸けさまる葦原あしはら

 発起人は今朝丸で、今も対局内容をしゃべっていた。

 決勝トーナメントがだいぶむずかしくなってしまった、という内容の話。

 俺は大きく息をついて、

「俺は絶望的だ」

 と答えた。

 今治も、

「今朝丸はようやっとる。わしなんぞ全敗じゃ」

 と嘆息した。

 女子と比較して、男子の3年生は成績がふるわない。

 このメンツだけで30敗近くしてるんじゃないか。

 今朝丸はいつものマジメな顔で、

「しかし残りも全力で指さなければな」

 と言った。今治はうなずいて、

「当たり前だ。わしも手抜きはしておらん……ところで、たつる

 と、葦原に声をかけた。

「はい」

「湯船で正座することはなかろう。楽にしろ」

 それは俺も思った。

 180センチ超えが温泉で正座してると怖い。

 葦原はひざをくずした。お湯が大きく揺れる。

 今朝丸はすこし顔をほころばせて、

「葦原くんも、なにか面白い話はないのかね」

 とたずねた。

「面白い話、ですか」

「S根の土産話でもいいぞ。僕もさっきT取の話をしたばかりだからな」

 葦原は、そうですね、とつぶやいた。

「……このホテルには、もののけの気配がします」

 それは面白い話じゃなくて怪談だろッ!

 今朝丸もすこしばかり青くなって、

「あ、葦原くんがそう言うと、すこしばかり怖いのだが……」

 と身を引いた。

 一方、今治は鼻で笑った。

「なんのもののけだ? わしが一本背負いしてやる」

「気配からして猫だと思います」

 ずいぶん具体的に特定するんだな。

 今治はまったく信じてないらしく、

「どこに出る?」

 と訊いた。

「今は感じません……昼間にうろついているようです」

 今朝丸は機嫌をもどして、

「ハハハ、夜が怖いもののけか。それなら安全そうだ」

 と笑った。

 やめやめ、あとで寝られなくなったらどうするんだ。

 怪談は禁止。

 俺は話題を変えるため、葦原の成績に言及した。

「葦原は4−5だろ。残り次第では決勝へ出られるんじゃないか」

吉良きらくんと石鉄いしづちくんを残しているのが難点です。もう1敗もできません」

「そうか……まあ、最低ラインは10−5だろうな」

「それに加えて、8−1が5人いるのもネックです」

 そうなんだよな。

 吉良と石鉄もそのグループだから、元四国幹事長としてはホッとしてる。

 が、これを口にするとまた今朝丸が怒るからやめておこう。

 日日杯が個人戦なのは事実だ。

 今朝丸はパンと手をたたいて、

「で、だれが残ると思う?」

 と訊いてきた。

 俺は「言い出しっぺの予想は?」とたずね返した。

「僕の予想では囃子原はやしばらくんと六連むつむらくんは鉄板だと思う。のこり2枠を捨神すてがみくん、石鉄くん、吉良くん、鳴門なるとくんで奪い合う展開だろう」

 ……俺と一緒だな。

 じゃあ乗っかっておこう。

「俺もその予想だ」

「ほぉ、香宗我部くんは吉良くんを推さないのかね?」

「俺はここまでの結果を尊重してるだけだ」

 今朝丸は納得してくれたが、今治はニヤリと笑った。

「ふん、べつに隠す必要もなかろう。吉良は悪い癖が出かかってる。力みすぎだ」

 あ、こら、吉良vs葦原も吉良vs今朝丸も残ってるんだぞ。

 俺がごまかしかけたところで、先に葦原がコメントした。

「たしかに、吉良くんは肩に力が入っているようにみえます」

 今治は豪快に笑った。

「ハハッ、貴にも分かるか。スポーツをやっていれば簡単に気づくわけだ」

 ……そうなのか? 俺はなにもしてないから分からないが。

 こっそり今朝丸に訊いてみる。

「今朝丸は剣道部だよな?」

「うむ、警察官志望だからな」

「吉良が力んでるようにみえるか?」

「うーむ……近くで観察する機会はなかったが……吉良くんはあがり症なのかね?」

 いかん、藪蛇やぶへびだった。

 さらに今治がぺらぺら喋り出す。

「あいつは大事な局面になると、前のめりになる傾向がある。六連戦もそうだ」

 なんで弱点を暴露するんだ。俺は頭をかかえた。

 すると葦原が、

「それは彼のダンスからも明らかかと」

 と、これまたよくわからないことを言った。

 今治はニヤリとした。

「さすがは貴、よく見てるな」

「彼のダンスを動画で拝見させていただきましたが、重要なシーンになるほどアクロバットな動きが増えました。将棋では重要な局面になると攻めたがる、という傾向になっているのだと思います」

 はじめから気づいてたのか? しれっと事前調査してるな。

 こうなったら逆用させてもらおう。

「葦原に訊きたいんだが、他の選手でも同じような分析をしてるのか?」

「いいえ、吉良くんの動画を拝見したのはたまたまです」

「たまたま?」

光彦みつひこがスマホで見せてくれたのです」

 光彦……少名すくなのことか。

 あいつもあいつでよく分からないんだよな。

 やたら動物好きというのは知ってるが。

「少名はなんで吉良の動画なんか観てたんだ?」

 葦原は腕組みをして、しばらく記憶をたぐっていた。

「……分析と言っていました」

「分析?」

「趣味に性格が出るとか、なんとか。他にも捨神くんのピアノコンクールや、囃子原くんの記者会見動画なども観ていたようです。私が観たのは吉良くんのものだけですが」

 ……オカルトだな。それで勝てたら苦労はしない。

 今治は頭に乗せた手ぬぐいに手をやり、

「その分析は役に立っておらんようだな。あいつは吉良に負けとる」

 と指摘した。そのとおりだ。

 葦原もこれは認めた。

「はい、捨神くんと囃子原くんにも負けているので、あてにはならないと思うのですが……ただ、決定的な弱点のある選手が見つかった、とも言っていました」

 これにはその場の全員が固まった。

 今治は信じられないような顔で、

「決定的な弱点? 将棋にそんなものはなかろう」

 と一蹴した。

「はい、光彦のはったりだったのかもしれません」

 俺も信じられなかった。

 将棋指しに得意不得意はあるが、決定的な弱点なんかあるはずがない。

 考えてもムダなので、ほかの話題にする。

 しばらくして、松陰まつかげが入ってきた。

 今治は「遅かったな」と言った。

「Y口のメンツでミーティングしてた」

 これには今朝丸がしぶい顔をした。

「個人戦だぞ。ミーティングは無粋だと思うが」

「まあそう言うな。どうせ香宗我部とかもいろいろ調査してるんだろ」

 こっちに話をふるな。

 俺は、

「どのみち個々人の棋力通りになってる」

 と、あたりさわりのない返事をした。

 松陰は笑った。

「たしかに。Y口は男子がほぼ全滅だ。嘉中ひろなかが捨神、吉良の連戦で負けたのが痛かったな。まあこれも実力通りか」

 そのあと俺たちは同学年らしいバカ話をして、風呂からあがった。

 遅れて来た松陰だけは、もうすこし入ると言って残った。

 自室にもどるとちゅうで、休憩スペースにひとかげがあった。

 みると、吉良が鏡のまえでダンスを踊っていた。

 前後に軽いステップ。体をくねらせて、全身を波打たせる。

 しゃがんで右手を回し、それを床につけて両脚で跳んだかと思うと、流れるようにバク転した。

 今治が拍手をして、吉良はふりむいた。

「先輩たち、風呂上がりですか?」

 今治は「ああ、最後のはなんだ?」とたずねた。

「マカコです。カポエイラ由来の技ですね」

 人前で踊ることに羞恥心がないんだな。

 まあ当たり前か。俺だったら恥ずかしくて無理だ。

 俺は、

「とりあえず、今日はおつかれさん。早めに寝ろよ。風呂もまだだろ?」

 と忠告した。吉良はちょっとめんどくさそうな表情で、頭をかいた。

「なんか眠くならないんですよ」

 待て待て待て。

 俺は浴衣のそでにうでをつっこみ、

「俺は保護者じゃないが、早めに寝たほうがいいぞ。明日からが本番だ」

 と返した。

「わかってますって。俺はショートスリーパーなんで寝るの遅いんです」

 それはうらやましいな。

 ああいうのは脳の構造で決まってるんだろうか。

 それとも訓練したら短時間睡眠でも足りるようになるんだろうか。

 そんなことを考えていると、葦原が、

「私は明日、吉良くんと対局があります。香宗我部くんが話したいなら、私は先にもどります」

 と気をつかった。

 今朝丸も、

「僕も吉良くんと対局がある。僕と葦原くんは先にもどったほうがいいかもしれない」

 と合わせた。

 吉良は、

「あ、べつにいいですよ。香宗我部先輩と打ち合わせるわけじゃないんで」

 と返した。

 俺はちょっと打ち合わせたいんだが──前のめり癖の話をしたい。

 それとも伝えないほうがいいか?

 直前にフォームを矯正するのはよくないかもしれない。

 俺が迷っていると、今治は、

「吉良のダンスはいつみてもサマになってるな。それだけ踊れると面白いだろう」

 と言った。

「へたでも面白いですよ」

「ほぉ、そうか。わしはやったことがないからわからん」

「じゃあ柔道はどうですか? 柔道って初心者だと面白くなかったりします?」

 今治は一本取られたような表情で、

「なるほど、たしかに段位と面白さは関係ないな……今朝丸と葦原はどうだ?」

 と、ほかのふたりに話を振った。

 今朝丸は、

「柔道はわからないが、始めたての頃の剣道は面白かったぞ」

 と答えた。葦原も、

「武道は中級者のころが一番つらいかもしれません。上達が緩慢になり、壁を感じるようになります。そこで粘れないと、やめてしまうひとが多いですね」

 と答えた。

 文武両道メンバーだな。

 俺だけか、なにもスポーツをしていないのは。

 もっとも、中級がどうのこうのの話は、俺にもわかった。将棋も初段くらいまではサクッといくが、そのあと難儀する部員はたくさんみてきた。だんだんと熱意がなくなって、まあこれくらいでいいか、ということになりがちだ。

 と、あんまりダベってるのもよくないな。

 みんな自室へもどるように、俺は遠回しにうながした。

 吉良は「もうワンブロック踊っていきます」と言って、その場に残った。

 去りぎわ、俺はちらりと吉良のほうをふりむいた。

 さっきよりもステップが大きくなっている、そんな気がした。

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