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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第42局 日日杯2日目(2015年8月2日日曜)
476/686

464手目 故障した先発

※ここからは、宇和島うわじまさん視点です。10回戦になります。

 いやぁ、1日5局は疲れますねぇ。

 次でいよいよ最後ですよ。

 私が対戦表を確認していると、ふとあることに気づきました。

 早乙女さおとめさんが温田おんださんに負けてますね。

「これで2敗目ですか。わりと危ないのでは……」

「危なくて悪かったわね」

 うわッ!

 ふりかえると早乙女さんが立っていました。

 びっくりさせないでください。

「早乙女さん、もしかして調子悪いです?」

 早乙女さんは長いうしろ髪をなでながら、

「対局開始前に、先発の繁田しげたが故障したと聞いて動揺したのよ」

 と答えました。

 えぇ……いや、私も投手が故障したら動揺するかも。

 でもこのニュースは吉報でした。

「今夜のカァプ戦は楽勝っぽいですねぇ」

「なにか言った?」

「いえ、なにも」

「できれば抜けて応援に行きたいのだけれど、さすがにムリそうね。どこかに声を出してもいい部屋ってないのかしら。無言で応援するのは味気ないし」

「あ、17階にレクリエーションルームがありましたよ。テレビ付きです」

「じゃあ今夜のウサギ退治の会場はそこね」

 なーにがウサギ退治ですか。

 先発が繁田じゃなければボコボコのメタメタにしてやります。

 っと、そろそろ移動。

 私は対局テーブルへ。

 相手は温田先輩です。同郷対決ですね。

伊代いよちゃん、なに話してたの~?」

「今夜はこいの丸焼きです」

「鯉? 夕食は鯉なの? みかん、食べたことないの~」

 温田先輩は野球に興味がないみたいなので、このくらいで。

 駒を並べて温田先輩の振り駒。

「歩が4枚でみかんが先手~」

 あとは対局開始を待つだけです。

《対局準備はよろしいでしょうか? ……では、始めてください》

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますなの~」

 7六歩、3四歩、6六歩。

 私が居飛車党、温田先輩が振り飛車党なので、対抗形一直線。

 3三角、7八銀、3二銀、7七角、4二玉、6八飛。

 

挿絵(By みてみん)


 四間ですか。ちらっと他の筋もあるかと思いましたが。

 どんどん進めます。

 6二銀、4八玉、5二金右、3八銀、3一玉、3九玉。

 ここで1四歩、1六歩と端を突き合ってから5四歩。

 5八金左に7四歩で速攻を見せます。

「ちょっと変な駒組なの~用心するの~」

 4六歩、5三銀、3六歩。

「7二飛です」


挿絵(By みてみん)


 袖飛車。

 飛車先を突かなかったのは、このためですね。

 温田先輩はこの手をジーッと見て、

「研究だと思うけど~……」

 とつぶやきました。

 もちろん研究です。同郷だからぶつけないとかはありませんよ。

 お覚悟。

「3七桂なの~」

 さらに5五角と飛び出します。


挿絵(By みてみん)


 4七金、4四歩、5六歩、8二角。

 ここから敵陣を睨んでいきましょう。

 温田先輩はちょくちょく時間を使い始めました。

 差がついてくれるといいのですが。

 6七銀、4三金、6五歩、3三桂、6六銀、2四歩、2六歩。

 おたがいに陣形を整備していきます。

 銀冠になりそうですかね。

 2二玉、2八玉、9四歩、9六歩、2三銀、2七銀、3二金。

 温田先輩が3八金と締めて、ほぼ飽和状態になりました。


挿絵(By みてみん)


 どうしましょうか。

 後手から攻めるなら4五歩ですが……飛車の位置調整をしましょう。

 私は7一飛と引きました。

 温田先輩は8六歩。

 ここで4五歩と仕掛けて大丈夫ですよね?


挿絵(By みてみん)


 (※図は宇和島さんの脳内イメージです。)

 

 同歩は角筋が通るのでやらないと思います。

 おそらく同桂、同桂、5五歩で一回止めてくるでしょう。

 そこで7五歩とちょっかいをかければ、イケるんじゃないでしょうか。

「4五歩です」

「伊代ちゃん、今日は過激なの~」

 格下が一発入れたいときは攻める。これです。

 温田先輩は案の定、同桂。

 同桂、5五歩、7五歩、同歩、5五歩と進みました。

 これで私は1歩手にして、攻め幅が広がりました。

 とくに7六の地点がオススメです。

 4五歩、5四銀、6四歩。

「6筋からですか?」

「ノーコメントなの~」

 うむむ、なんかありそうですね。

 とはいえ取らない手はないので同角です。

 温田先輩は4六桂と打ちました。


挿絵(By みてみん)


「伊代ちゃ~ん、これめちゃんこ厳しいの分かるぅ~?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………厳しいですね。

 4五銀と逃げられますが、次に5五銀があります。

 やらかした予感。

「……4五銀です」

 5五銀、同角、同角、4四歩、6三飛成、7五飛、6四角。

 7九飛成で敵陣に突っ込みます。

「3一角打ぃ~」


挿絵(By みてみん)


 取れなーいッ!

 同金は同角成、同玉、4三龍で即死です。

 金がないから3二銀打で弾こうとしても4二金とされちゃいます。

 ここは……長考。

 取れない以上は、3三玉と逃げるしかありませんね。

 いや、でも3三玉には3五歩が強烈。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ダメっぽいですね。

 スポンサーの手前、最後まで指しますか。

 同金、同角成、同玉、4三龍、3二銀打、4二金、2一玉。

 詰みはしませんが……千日手にもならなさそうです。

 3二金、同銀、2三銀、3一金、3二銀成、同金、2三銀。


挿絵(By みてみん)


 持ち駒が悪く、受けなしです。

「3九角」

「同金なの~」

 同龍、同玉に4九金捨て。

 取ってくれれば7六角の王手龍ですが──

「3八玉ぅ~」

 さすがに引っかかってくれませんね、はい。

「負けました」

「ありがとうございましたなの~」

 いやぁ、完敗。

「中盤からいきなり悪くなっちゃいました」

「早く終わったから控え室でやるの~」

 たしかに、ほかはまだ指してますね。

 私たちは音を立てないように会場を出て、控え室へ移動。

 ドアを開けると、男子がちらほらとたむろしていました。

 入口の近くにいた阿南あなん先輩は、

「あれ? もう終わったの?」

 と訊いてきました。

「中盤のポカで負けちゃいました」

「アハハ、そういうことあるよね」

 とりあえず感想戦です。空いている席へ。

 将棋盤が事前に用意されていたので、並べ直します。

 温田先輩は終盤が気になったらしく、

「最後、どうして3三玉で粘らなかったの~?」

 とたずねました。

「3五歩で潰れだったので……」

「いきなり3五歩だと危ないの~5四歩で一回溜める予定だったの~」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 あ、そうだったんですか。

 これならもしかして戦えましたかね。

「……やっぱり粘れなくないですか? 5二歩と受けられないですよね?」

「粘るなら7一桂、6二龍、5二歩、同龍、6三銀じゃないの~?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「そ、それは全然見えてませんでした……4一龍ですか?」

「4一龍、6四銀、同角成、5二歩の流れだと思うの~いずれにしても先手がいいの~」

 うーん、7一桂からの組み合わせは思いつかなかったですね。

 そのあとは中盤のおかしかったところを検討。

 4六桂と打たれた局面では、4五銀と逃げずに3三桂打で攻めたほうがマシという結論になりました。角筋が通っていたので、それを活かしたほうがよかったですね。

 私が反省していると、一組の男女が話しかけてきました。

 犬井いぬい先輩と葉山はやま先輩でした。

 葉山先輩はメモを片手に、

「おつかれさま。終わった選手からインタビューしてるんだけど、いいかな?」

 と訊いてきました。

 温田先輩は、

「もちろんなの~でも男子が先じゃないの~?」

 と言いました。

「男子はもう終わってるんだよね。女子はここが最初」

 まあ一番最初に終わっちゃいましたからね。

 温田先輩からインタビューに。

「2日目が終わって、ここまでの感想は?」

「正直あんまりよくないの~6勝4敗だからもうギリギリなの~」

「勝ち越しまでは持ってきたから、調子は戻ってきてる感じ?」

「なんとも言えないの~今回のみかんはちょっと波があるの~」

 対戦相手とかにも拠りますしね。

 葉山先輩はメモを取りながら、

「ここまでで印象に残っている対局は?」

 とたずねました。 

「全部大変だったけど、9回戦で素子もとこちゃんに勝てたのは大きかったの~」

「たしかにここ勝ったのは大きそうだね。最後に、今後の意気込みは?」

「ダーリンといっしょに決勝トーナメントへ行けるようにがんばるの~」

「い、石鉄いしづちくんの名前出しちゃうんだ」

「どうせ葉山さんはそこ省略するの~」

 図星だったのか、葉山先輩はペンの底で頭をかきました。

 それから私に向き直ります。

「宇和島さん、ここまでの感想は?」

「そうですね、1勝しかしてないのでもう弁明のしようがないと言いますか……」

「前半の当たりがけっこうキツくなかった?」

越知おちさん、那賀ながさんにも負けているので、さすがに言い訳になっちゃいますね」

「なるほど……印象に残っている対局は?」

「勝ち局の長門さんとの対局でしょうか。最後11手詰めがきちんと見えました」

「では今後の意気込みを」

「今日のカァプ戦は巨神の完封勝ちです」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あれ? 私なんか変なこと言いました?

場所:第10回日日杯 2日目 女子の部 10回戦

先手:温田 みかん

後手:宇和島 伊代

戦型:先手四間飛車vs後手袖飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △3三角 ▲7八銀 △3二銀

▲7七角 △4二玉 ▲6八飛 △6二銀 ▲4八玉 △5二金右

▲3八銀 △3一玉 ▲3九玉 △1四歩 ▲1六歩 △5四歩

▲5八金左 △7四歩 ▲4六歩 △5三銀 ▲3六歩 △7二飛

▲3七桂 △5五角 ▲4七金 △4四歩 ▲5六歩 △8二角

▲6七銀 △4三金 ▲6五歩 △3三桂 ▲6六銀 △2四歩

▲2六歩 △2二玉 ▲2八玉 △9四歩 ▲9六歩 △2三銀

▲2七銀 △3二金 ▲3八金 △7一飛 ▲8六歩 △4五歩

▲同 桂 △同 桂 ▲5五歩 △7五歩 ▲同 歩 △5五歩

▲4五歩 △5四銀 ▲6四歩 △同 角 ▲4六桂 △4五銀

▲5五銀 △同 角 ▲同 角 △4四歩 ▲6三飛成 △7五飛

▲6四角 △7九飛成 ▲3一角打 △同 金 ▲同角成 △同 玉

▲4三龍 △3二銀打 ▲4二金 △2一玉 ▲3二金 △同 銀

▲2三銀 △3一金 ▲3二銀成 △同 金 ▲2三銀 △3九角

▲同 金 △同 龍 ▲同 玉 △4九金 ▲3八玉


まで89手で温田の勝ち

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