464手目 故障した先発
※ここからは、宇和島さん視点です。10回戦になります。
いやぁ、1日5局は疲れますねぇ。
次でいよいよ最後ですよ。
私が対戦表を確認していると、ふとあることに気づきました。
早乙女さんが温田さんに負けてますね。
「これで2敗目ですか。わりと危ないのでは……」
「危なくて悪かったわね」
うわッ!
ふりかえると早乙女さんが立っていました。
びっくりさせないでください。
「早乙女さん、もしかして調子悪いです?」
早乙女さんは長いうしろ髪をなでながら、
「対局開始前に、先発の繁田が故障したと聞いて動揺したのよ」
と答えました。
えぇ……いや、私も投手が故障したら動揺するかも。
でもこのニュースは吉報でした。
「今夜のカァプ戦は楽勝っぽいですねぇ」
「なにか言った?」
「いえ、なにも」
「できれば抜けて応援に行きたいのだけれど、さすがにムリそうね。どこかに声を出してもいい部屋ってないのかしら。無言で応援するのは味気ないし」
「あ、17階にレクリエーションルームがありましたよ。テレビ付きです」
「じゃあ今夜のウサギ退治の会場はそこね」
なーにがウサギ退治ですか。
先発が繁田じゃなければボコボコのメタメタにしてやります。
っと、そろそろ移動。
私は対局テーブルへ。
相手は温田先輩です。同郷対決ですね。
「伊代ちゃん、なに話してたの~?」
「今夜は鯉の丸焼きです」
「鯉? 夕食は鯉なの? みかん、食べたことないの~」
温田先輩は野球に興味がないみたいなので、このくらいで。
駒を並べて温田先輩の振り駒。
「歩が4枚でみかんが先手~」
あとは対局開始を待つだけです。
《対局準備はよろしいでしょうか? ……では、始めてください》
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますなの~」
7六歩、3四歩、6六歩。
私が居飛車党、温田先輩が振り飛車党なので、対抗形一直線。
3三角、7八銀、3二銀、7七角、4二玉、6八飛。
四間ですか。ちらっと他の筋もあるかと思いましたが。
どんどん進めます。
6二銀、4八玉、5二金右、3八銀、3一玉、3九玉。
ここで1四歩、1六歩と端を突き合ってから5四歩。
5八金左に7四歩で速攻を見せます。
「ちょっと変な駒組なの~用心するの~」
4六歩、5三銀、3六歩。
「7二飛です」
袖飛車。
飛車先を突かなかったのは、このためですね。
温田先輩はこの手をジーッと見て、
「研究だと思うけど~……」
とつぶやきました。
もちろん研究です。同郷だからぶつけないとかはありませんよ。
お覚悟。
「3七桂なの~」
さらに5五角と飛び出します。
4七金、4四歩、5六歩、8二角。
ここから敵陣を睨んでいきましょう。
温田先輩はちょくちょく時間を使い始めました。
差がついてくれるといいのですが。
6七銀、4三金、6五歩、3三桂、6六銀、2四歩、2六歩。
おたがいに陣形を整備していきます。
銀冠になりそうですかね。
2二玉、2八玉、9四歩、9六歩、2三銀、2七銀、3二金。
温田先輩が3八金と締めて、ほぼ飽和状態になりました。
どうしましょうか。
後手から攻めるなら4五歩ですが……飛車の位置調整をしましょう。
私は7一飛と引きました。
温田先輩は8六歩。
ここで4五歩と仕掛けて大丈夫ですよね?
(※図は宇和島さんの脳内イメージです。)
同歩は角筋が通るのでやらないと思います。
おそらく同桂、同桂、5五歩で一回止めてくるでしょう。
そこで7五歩とちょっかいをかければ、イケるんじゃないでしょうか。
「4五歩です」
「伊代ちゃん、今日は過激なの~」
格下が一発入れたいときは攻める。これです。
温田先輩は案の定、同桂。
同桂、5五歩、7五歩、同歩、5五歩と進みました。
これで私は1歩手にして、攻め幅が広がりました。
とくに7六の地点がオススメです。
4五歩、5四銀、6四歩。
「6筋からですか?」
「ノーコメントなの~」
うむむ、なんかありそうですね。
とはいえ取らない手はないので同角です。
温田先輩は4六桂と打ちました。
「伊代ちゃ~ん、これめちゃんこ厳しいの分かるぅ~?」
……………………
……………………
…………………
………………厳しいですね。
4五銀と逃げられますが、次に5五銀があります。
やらかした予感。
「……4五銀です」
5五銀、同角、同角、4四歩、6三飛成、7五飛、6四角。
7九飛成で敵陣に突っ込みます。
「3一角打ぃ~」
取れなーいッ!
同金は同角成、同玉、4三龍で即死です。
金がないから3二銀打で弾こうとしても4二金とされちゃいます。
ここは……長考。
取れない以上は、3三玉と逃げるしかありませんね。
いや、でも3三玉には3五歩が強烈。
……………………
……………………
…………………
………………ダメっぽいですね。
スポンサーの手前、最後まで指しますか。
同金、同角成、同玉、4三龍、3二銀打、4二金、2一玉。
詰みはしませんが……千日手にもならなさそうです。
3二金、同銀、2三銀、3一金、3二銀成、同金、2三銀。
持ち駒が悪く、受けなしです。
「3九角」
「同金なの~」
同龍、同玉に4九金捨て。
取ってくれれば7六角の王手龍ですが──
「3八玉ぅ~」
さすがに引っかかってくれませんね、はい。
「負けました」
「ありがとうございましたなの~」
いやぁ、完敗。
「中盤からいきなり悪くなっちゃいました」
「早く終わったから控え室でやるの~」
たしかに、ほかはまだ指してますね。
私たちは音を立てないように会場を出て、控え室へ移動。
ドアを開けると、男子がちらほらとたむろしていました。
入口の近くにいた阿南先輩は、
「あれ? もう終わったの?」
と訊いてきました。
「中盤のポカで負けちゃいました」
「アハハ、そういうことあるよね」
とりあえず感想戦です。空いている席へ。
将棋盤が事前に用意されていたので、並べ直します。
温田先輩は終盤が気になったらしく、
「最後、どうして3三玉で粘らなかったの~?」
とたずねました。
「3五歩で潰れだったので……」
「いきなり3五歩だと危ないの~5四歩で一回溜める予定だったの~」
【検討図】
あ、そうだったんですか。
これならもしかして戦えましたかね。
「……やっぱり粘れなくないですか? 5二歩と受けられないですよね?」
「粘るなら7一桂、6二龍、5二歩、同龍、6三銀じゃないの~?」
【検討図】
「そ、それは全然見えてませんでした……4一龍ですか?」
「4一龍、6四銀、同角成、5二歩の流れだと思うの~いずれにしても先手がいいの~」
うーん、7一桂からの組み合わせは思いつかなかったですね。
そのあとは中盤のおかしかったところを検討。
4六桂と打たれた局面では、4五銀と逃げずに3三桂打で攻めたほうがマシという結論になりました。角筋が通っていたので、それを活かしたほうがよかったですね。
私が反省していると、一組の男女が話しかけてきました。
犬井先輩と葉山先輩でした。
葉山先輩はメモを片手に、
「おつかれさま。終わった選手からインタビューしてるんだけど、いいかな?」
と訊いてきました。
温田先輩は、
「もちろんなの~でも男子が先じゃないの~?」
と言いました。
「男子はもう終わってるんだよね。女子はここが最初」
まあ一番最初に終わっちゃいましたからね。
温田先輩からインタビューに。
「2日目が終わって、ここまでの感想は?」
「正直あんまりよくないの~6勝4敗だからもうギリギリなの~」
「勝ち越しまでは持ってきたから、調子は戻ってきてる感じ?」
「なんとも言えないの~今回のみかんはちょっと波があるの~」
対戦相手とかにも拠りますしね。
葉山先輩はメモを取りながら、
「ここまでで印象に残っている対局は?」
とたずねました。
「全部大変だったけど、9回戦で素子ちゃんに勝てたのは大きかったの~」
「たしかにここ勝ったのは大きそうだね。最後に、今後の意気込みは?」
「ダーリンといっしょに決勝トーナメントへ行けるようにがんばるの~」
「い、石鉄くんの名前出しちゃうんだ」
「どうせ葉山さんはそこ省略するの~」
図星だったのか、葉山先輩はペンの底で頭をかきました。
それから私に向き直ります。
「宇和島さん、ここまでの感想は?」
「そうですね、1勝しかしてないのでもう弁明のしようがないと言いますか……」
「前半の当たりがけっこうキツくなかった?」
「越知さん、那賀さんにも負けているので、さすがに言い訳になっちゃいますね」
「なるほど……印象に残っている対局は?」
「勝ち局の長門さんとの対局でしょうか。最後11手詰めがきちんと見えました」
「では今後の意気込みを」
「今日のカァプ戦は巨神の完封勝ちです」
……………………
……………………
…………………
………………あれ? 私なんか変なこと言いました?
場所:第10回日日杯 2日目 女子の部 10回戦
先手:温田 みかん
後手:宇和島 伊代
戦型:先手四間飛車vs後手袖飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △3三角 ▲7八銀 △3二銀
▲7七角 △4二玉 ▲6八飛 △6二銀 ▲4八玉 △5二金右
▲3八銀 △3一玉 ▲3九玉 △1四歩 ▲1六歩 △5四歩
▲5八金左 △7四歩 ▲4六歩 △5三銀 ▲3六歩 △7二飛
▲3七桂 △5五角 ▲4七金 △4四歩 ▲5六歩 △8二角
▲6七銀 △4三金 ▲6五歩 △3三桂 ▲6六銀 △2四歩
▲2六歩 △2二玉 ▲2八玉 △9四歩 ▲9六歩 △2三銀
▲2七銀 △3二金 ▲3八金 △7一飛 ▲8六歩 △4五歩
▲同 桂 △同 桂 ▲5五歩 △7五歩 ▲同 歩 △5五歩
▲4五歩 △5四銀 ▲6四歩 △同 角 ▲4六桂 △4五銀
▲5五銀 △同 角 ▲同 角 △4四歩 ▲6三飛成 △7五飛
▲6四角 △7九飛成 ▲3一角打 △同 金 ▲同角成 △同 玉
▲4三龍 △3二銀打 ▲4二金 △2一玉 ▲3二金 △同 銀
▲2三銀 △3一金 ▲3二銀成 △同 金 ▲2三銀 △3九角
▲同 金 △同 龍 ▲同 玉 △4九金 ▲3八玉
まで89手で温田の勝ち




