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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第42局 日日杯2日目(2015年8月2日日曜)
464/686

452手目 リベンジマッチ

※ここからは、萩尾はぎおさん視点です。第8局開始時点にもどります。

 さーて、食事も済んだことだし、午後もはりきっていきますか。

「というわけで真沙子まさこちゃん、あのときの啖呵たんかの落とし前をつけてもらおうか」

 先に着席していた真沙子ちゃんは、モデルガンをくるくるさせながら、

「よーし、ばっちこい」

 と返してきた。

 じつはちょっと楽しみにしてたよ、この対局。

 ボクは椅子を引いて腰をおろした。

 振り駒だけ済ませる。

 真沙子ちゃんはやりたがりだからゆずった。

 歩が1枚で、真沙子ちゃんの後手。

 騒がしかった場内も、だんだんと静かになっていく。

 最後、咳払いの音だけが聞こえた。

《対局準備はよろしいでしょうか? ……では、始めてください》

「よろしくお願いしますッ!」

 真沙子ちゃんの元気のいいあいさつを受けて、ボクは7六歩と突いた。

 序盤は飛ばしていくよ。

 3四歩、6八玉、9四歩、9六歩、4二飛。

 角交換型か。

 この局面、全国大会で指したときの出だしだ。

 真沙子ちゃんとしてはリベンジマッチのつもりなんだね。

 だったら往復ビンタだよ。

 7八玉、6二玉、4八銀、7二玉、2六歩。


挿絵(By みてみん)


「チッ、今回も交換しないのか。4四歩」

 そっちのほうがリベンジマッチらしくていいでしょ。

 交換したらしたで「避けたわね」とか言われそうだし。

 5六歩、3二銀、5八金右、4三銀、5七銀。

 いたって普通にいく。ボクは奇を衒わない。

 5二金左、2五歩、3三角、3六歩、6二金上。

 真沙子ちゃんは美濃を放棄した。

 これは研究手? ……いや、アドリブっぽいな。

 真沙子ちゃんはあんまり研究しないタイプだ。

 それじゃ、こっちもアドリブで行きますか。

「4六銀」

「ん? ……まさか右銀急戦?」

 さあどうでしょう。

 真沙子ちゃんは30秒ほど考えて3二飛と寄った。

「3五歩」


挿絵(By みてみん)


 速攻。

「ほんとに右銀急戦なのか……8二玉」

 さすがに間違えて同歩とはしないよね。

 6八金上、5四歩、3四歩、同銀。

 定跡に入る。

 3八飛、4五歩、3三角成、同飛、3七銀。


挿絵(By みてみん)


 真沙子ちゃんはカウボーイハットをなおした。

「引きますかあ。じゃあ合わせる。3二飛」

 真沙子ちゃんは角打ちを避けた──けど、それでも打つ。

「6六角」

 真沙子ちゃんはすぐに3三歩と打った。

 持久戦にすれば有利という読みか。

 それは事実だから、ひたすらに攻めるよ。

 3六銀、4二飛、3五歩、4三銀、3七桂。


挿絵(By みてみん)


 攻撃の布陣を敷く。

 真沙子ちゃんは左桂を使えない。どう対応するつもりだろう。

 ここで真沙子ちゃんは小考。

 テーブルに肘をついて考え込む。

 ボクはティータイム。

 見てよ、この萩焼。ボクの作品だよ。

 こんな大舞台で使ってもらえて、陶芸家冥利につきるね。

 ボクがお茶を注いでいると、次の手が指された。

 5五歩だった──攻めて来たか。

 ボクはペットボトルのキャップを締める。

 ひとくち飲んでから指す。

「……2八飛」

 2四歩を見せる。これは止められない。2二飛は角筋に入る。

 殴り合うしかないよ。

 真沙子ちゃんもそれは承知で、4六歩としてきた。

 同歩、5四銀、4七金、5六歩。

 ここで反撃。

 3四歩、4三飛、7七桂、6四歩。


挿絵(By みてみん)


 6四歩? ……桂馬を跳ねられるのを嫌った、というよりは、攻めのバトンをこっちに渡した手だ。ようするに反動を利用するつもりか。

 ボクのほうも止まれないからね。

「飛車角交換といこうか。3三歩成」

「オッケー、同飛ッ!」

 同角成、同桂、3一飛、3五歩──ここは2七銀と辛抱する。

 完全に互角っぽい。

 このままだと陣形の差で不利になる。

 真沙子ちゃんも悪くないと思っているらしく、表情に出ていた。

 4五歩と畳み掛けてくる。

 ボクは1分ほど考えて、5八歩と受けることにした。

「4六歩」

「同金」

射撃ショットッ!」


挿絵(By みてみん)


 痛いところに撃ってくる。

 ボクの3八銀に、2発目の角が打たれた。3九角。

 しょうがないから1八飛。

「飛車が逃亡したね」

「追撃戦でもする?」

「本日のジェーンさまは、ちょっと違うのよ。7四歩」

 おっと、ここで自陣の整理か。

 ほんとに違う。以前全国大会で当たったときは、無理攻めで自爆してくれたのに。

 こうなるとこっちも辛抱だ。

 とりあえず1一飛成で駒を補充する。

 真沙子ちゃんはさらに6三銀と固めた。

 なるほど……ボクの暴発を待ってるわけか。

「真沙子ちゃん、進化してるね」

「でしょ。女子、三日会わざれば刮目かつもくして見よ、ってね」

 ますます往復ビンタのしがいが出てきたぞ。

 ボクは念入りに読んで、9五歩と突っかけた。


挿絵(By みてみん)


 真沙子ちゃんは口笛を吹く。

「そうこなくっちゃ。7五歩ッ!」

 9四歩、7六歩、8五桂、7四銀、6九玉。

 真沙子ちゃんは6八角成と切って、同銀に8五銀と出た。

 のこり時間はボクが11分、真沙子ちゃんが12分。

 ここで9三歩成は効かない。角筋が通っている。

 6六角で消すのが本筋だけど、たぶん読まれてるから──

「4九銀」

「!」

 さあ、どうかな。この手は見えにくかったはずだ。

 真沙子ちゃんはマジメに読み始めた。

 とはいえ、これは先手が悪いな。きっちり対応されたらボクの負けかも。

 真沙子ちゃんは、考えるひとの像みたいに考え込む。

「……2六桂」

 直接手。

 ボクは4八角と打った。同角成なら角が消えてよし。

 放置で1八桂成なら9三歩成と突っ込む。

 真沙子ちゃんの選択は後者だった。

 1八桂成、9三歩成、同香、同香成、同桂、3九角。


挿絵(By みてみん)


 まだ盛り返してないな。

 その証拠に、次の9九飛がキツかった。

 7九歩、7七歩成、同銀、7八歩、8八銀、7九歩成。

 とにかくしのぐ。

 5九玉、6九と、4八玉、8九飛成──よし、スキができた。

「9四歩」

「同銀」

 ここで1八香と手をもどす。

 9四歩は端攻めをしたかったわけじゃない。7四桂と打つときに銀が邪魔だった。

 これは盛り返した感触がある。

 さあ、真沙子ちゃん、どうする。

 真沙子ちゃんはのこり5分になるまで考えて、8八龍と取った。


挿絵(By みてみん)


 さて……7四桂で寄るかな?

 7四桂に7二玉と7三玉の二択。

 7二玉に6二桂成は寄りそう? 例えば同金、7四歩と上から抑えるとか。

 それとも6二桂成とはせずに、一回3八玉と逃げておく?

 7三玉は入玉狙い。7一龍以下で追い回してどうか。7二金打で止まるかも。

 ボクはお茶を飲みながら、のこり時間を大事に使った。

 のこり5分まで考える。だいたいの方針は固まった。

「……7四桂」

 真沙子ちゃんは10秒だけ使って、7三玉と立った。

 ん、そっちか。そのようすだと、ボクの持ち時間を使って読んでたみたいだね。

 ボクはノータイムで7一龍と寄った。

 7二金打──ここで龍を見切る6二桂成。

 真沙子ちゃんは片目をつむって、帽子を傾けた。

「……7一金」

 7四歩と打つ。6二玉なら4四角の王手龍だ。

 とはいえ、7四同玉も7六香以下で王手龍になると思う。

 だから飛車は回収できる。

 ここで真沙子ちゃんの長考が入った。

 持ち時間も逆転し、真沙子ちゃんは1分残しで7四同玉を選択。

 入玉の可能性を見たか。阻止する。

 予定通り7六香と打って、7五歩、同香、同玉、6六角の王手龍。

 7六玉、8八角、7七香、3八玉。

 真沙子ちゃん、ついに秒読みに。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 ……ん? 陶芸家の勘が働く。

 ボクは最後の持ち時間を使った。

 

 ピッ……ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


「うぐぅ……」

 真沙子ちゃんはこの手をみて唸った。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

「8七玉ッ!」

「9八銀」

 ボクは端に銀を捨てた。

 真沙子ちゃんは「ん?」という表情をして、それからハッとなった。

「取ると詰みッ!」

 正解。真沙子ちゃんは緊急回避で7八玉と入った。

 8九金、6八玉、7七角、6七玉、7八金。

 真沙子ちゃん、顔色が悪くなる。

 

 ピッ ピッ ピッ ピーッ!

 

「……同玉」

「3三角成」


挿絵(By みてみん)

 

 真沙子ちゃんは、がっくりと肩を落とした。

「7五飛の時点で詰んでたか……負けました」

「ありがとうございました」

 おたがいに一礼して終了。往復ビンタ完了。

 真沙子ちゃんの感想戦は「えぇ〜」という納得のいかない第一声で始まった。

「途中勝ってたでしょ」

「んー、後手有利な局面はあったかも」

「おかしいなあ……7四桂に7二玉だった?」

「いや、逆転したのはその前かな。たぶん8八龍がよくなかった」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「これは詰めろでもなんでもないからね。7四桂の防止で7八龍じゃない?」

「そっちか……だけどそうしないといけない時点でおかしいわ」

「だね。そのまえに8九飛成としないで4五歩は?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「これは2手スキだよ。4六歩が詰めろだから」

「そっかぁ、やっぱ攻めたほうがよかったか」

 ふたりで寄せを検討する。

 先手のほうがずっと苦しかったみたいだ。

 これを拾えたのは大きかった。

 真沙子ちゃんは大きくタメ息をついて、カウボーイハットをかぶりなおした。

「ハァ〜、またリベンジ失敗か。じゃあ次は決勝トーナメントでね」

「真沙子ちゃん、これで2勝6敗じゃなかったっけ?」

 真沙子ちゃんは澄まし顔で、

「だいじょうぶ、のこり全勝ならまだイケるから」

 と答えた。

 そのセリフ、何回目?

 のこり全勝なら11勝6敗だから、ワンチャンプレーオフもあるけどさ。

「了解、がんばってね」

 ボクは席を立った。インタビュータイムだ。

 今度はだれかな、っと。

《もしもし内木うちきレモンです》

 おっと、内木さんか。

「こんにちは」

《おつかれさまです。まずは本局のご感想をお願いいたします》

「そうですね……中盤は悪くしたかな、と思っていたので、拾えてホッとしてます」

《終盤、7四歩、6二玉、4四角の王手龍でも若干難しいかな、とは思いましたが、そのあたりは?》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


梨元なしもとさんとも検討したんですが、6一玉、8八角に5七歩成と成り込む順があります。同歩は7八飛なので同玉ですが、そこで5三香と打たれると面倒だったかもしれません」

《ありがとうございます……伊吹いぶきさん、いかがですか?》

《もしもーし、夜ノよるの伊吹いぶきでーす》

 あ、謎のアイドルが出て来た。

「こんにちは」

《こんにちは。終盤の9四歩に7二玉と寄られた場合、どのようなご予定で?》


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「あぁ……それは検討してないですね。ただ、次の9三歩成が厳しすぎません?」

《後手から4二香があるので、8三とはすぐにはできないかと思います》

「なるほど……ちょっとあとで考えてみます」

《伊吹さん、以上でよろしいでしょうか? ……では、萩尾選手、インタビューありがとうございました。後半戦のご活躍にも期待しております》

「おふたりも、解説がんばってください」

 イヤホンをはずして、ボクは大きく背伸びをした。

 さてさて、全勝継続中。だけど、ここから磯前いそざき先輩と桐野きりの先輩だからなあ。

 気張っていこう。

場所:第10回日日杯 2日目 女子の部 8回戦

先手:萩尾 萌

後手:梨元 真沙子

戦型:先手右銀急戦


▲7六歩 △3四歩 ▲6八玉 △9四歩 ▲9六歩 △4二飛

▲7八玉 △6二玉 ▲4八銀 △7二玉 ▲2六歩 △4四歩

▲5六歩 △3二銀 ▲5八金右 △4三銀 ▲5七銀 △5二金左

▲2五歩 △3三角 ▲3六歩 △6二金上 ▲4六銀 △3二飛

▲3五歩 △8二玉 ▲6八金上 △5四歩 ▲3四歩 △同 銀

▲3八飛 △4五歩 ▲3三角成 △同 飛 ▲3七銀 △3二飛

▲6六角 △3三歩 ▲3六銀 △4二飛 ▲3五歩 △4三銀

▲3七桂 △5五歩 ▲2八飛 △4六歩 ▲同 歩 △5四銀

▲4七金 △5六歩 ▲3四歩 △4三飛 ▲7七桂 △6四歩

▲3三歩成 △同 飛 ▲同角成 △同 桂 ▲3一飛 △3五歩

▲2七銀 △4五歩 ▲5八歩 △4六歩 ▲同 金 △5九角

▲3八銀 △3九角 ▲1八飛 △7四歩 ▲1一飛成 △6三銀

▲9五歩 △7五歩 ▲9四歩 △7六歩 ▲8五桂 △7四銀

▲6九玉 △6八角成 ▲同 銀 △8五銀 ▲4九銀 △2六桂

▲4八角 △1八桂成 ▲9三歩成 △同 香 ▲同香成 △同 桂

▲3九角 △9九飛 ▲7九歩 △7七歩成 ▲同 銀 △7八歩

▲8八銀 △7九歩成 ▲5九玉 △6九と ▲4八玉 △8九飛成

▲9四歩 △同 銀 ▲1八香 △8八龍 ▲7四桂 △7三玉

▲7一龍 △7二金打 ▲6二桂成 △7一金 ▲7四歩 △同 玉

▲7六香 △7五歩 ▲同 香 △同 玉 ▲6六角 △7六玉

▲8八角 △7七香 ▲3八玉 △6二金上 ▲7五飛 △8七玉

▲9八銀 △7八玉 ▲8九金 △6八玉 ▲7七角 △6七玉

▲7八金 △同 玉 ▲3三角成


まで135手で萩尾の勝ち

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