443手目 多すぎたトラップ
※ここからは、桐野さん視点です。
うにゅ……むずかしくなったのですぅ。
4四銀と引いたら5八飛なのは見え見えですぅ。
だけどそうしても問題ない気もするのですぅ。
美伽ちゃんはお茶を飲み飲み。
今日も巫女さんみたいなかっこうで、ちょっと怖いのですぅ。
お花も一杯飲んでから指しまぁす。
「4四ぎぃん」
「5八飛じゃ」
8三歩(一回受けまぁす)、7七桂。
……この手、あんまりよくない気がするのですぅ。
お花は2三歩、同飛、3二角のほうを読んでましたぁ。
「……4九角ぅ」
美伽ちゃんは和服のそでに腕を入れて、
「ふぅむ、飛車に当ててくるか」
とつぶやきましたぁ。
見たまんまなのですぅ。
「ならば打ち返す。3一角じゃ」
「あれ? 角さん死んでるけどいいんですかぁ?」
「桐野氏ならすでに読めておろう」
はーい、3二飛に5三角成と切って、同銀、5三金の両取りだと思いまぁす。
すなおにそう指しまぁす。
3二飛、5三角成、同銀、4三金。
もちろん取り返すのですぅ。
「5八角成ぅ」
「同金」
「3三飛ぃ」
これには美伽ちゃんびっくりぽんなのですぅ。
「2枚換えよりもそちらのほうがよい、と?」
「企業秘密なのですぅ」
じつはちょっぴり不安なのですぅ。
美伽ちゃん、ここで長考ぉ。
のこり時間は、美伽ちゃんが16分、お花が20分でぇす。
「……」
「……」
じーッ……美伽ちゃん、あいかわらず髪の毛キレイなのですぅ。
艶がハンパないのですぅ。ただ蛇みたいに曲がりくねってるのが気になるのですぅ。
これもおしゃれちゃんですかぁ?
「美伽ちゃん、今日も髪の毛ツヤツヤなのですぅ」
「じゃろ」
「どうすればキレイになりますかぁ?」
「企業秘密じゃ」
うにゅう、やり返されたのですぅ。
「……飛車はもらっておこう」
3三金、同桂、5一飛。
この飛車を考えてたっぽいのですぅ。
「銀を助けまぁす。2六角ぅ」
「むッ? そちらか……1一飛成じゃ」
3七角成、8七香、7三馬、8四香、同歩、5一角。
あ、それは疑問だと思いまぁす。
さすがにお馬さんと角の交換はしませぇん。
「6二ぎぃん」
ぶつけて追い返してから攻めるのですぅ。
3三角成、3八飛、5九歩。
「底歩には香車なのですぅ! 5五香ぉ!」
「なんの、8六桂」
……あ、これはちょっといい手なのですぅ。
どこかで6一銀〜7四桂とされると困るのですぅ。
「……8三金打ぃ」
美伽ちゃん、それでも6一銀と打って来たのですぅ。
こっちは受け駒がないから攻めるしかありませぇん。
「5八香成ぅ」
7二銀成、同馬、5八歩、5五桂。
「玉頭戦じゃ! 8五歩ッ!」
「それは遅いのですぅ! 6七桂成ぅ!」
うりゃうりゃうりゃあああ、ですぅ。
6七同銀上、8五歩、同桂、3九飛成。
下がスカスカなのを狙いまぁす。
「……6六馬じゃ」
あ、お馬さんがイイ位置に来たのですぅ。
8九金とお尻から打って、8七玉に7九龍と入りまぁす。
美伽ちゃん、ここでまた長考ぉ。
8四歩は打てないのですぅ。同金、同馬のときに8八龍で詰んじゃいまぁす。
のこり時間は、美伽ちゃんが5分、お花が10分でぇす。
「……7三歩」
同金、同桂成、同銀、8五香。
王手ですぅ……8四歩、同香、同銀、同馬なら、さっきの頓死筋ですぅ。
でもでも、こうはしてくれないのですぅ。8四歩、同香、同銀の瞬間に7四桂で、7三玉と逃げたときに8四馬、同玉、7五金以下で詰んじゃいまぁす。7五金に9三玉なら8五桂、8三玉なら8四歩なのですぅ。
だったら8四歩、同香に8三歩と打つしかありませぇん。
考えはまとまりましたぁ。
「8四歩ぅ」
同香、8三歩。
「ふぅむ、最善手か……」
ピッ
美伽ちゃん、1分将棋なのですぅ。
ピッ ピッ ピッ ピーッ!
「えーい、神頼みじゃッ! 9四桂ッ!」
「端を絡めても寄りませぇん! 同香ぉッ!」
8三香成、同玉。
ピッ ピッ
美伽ちゃんは持ち駒の桂馬をつまんで、お花に見せてきましたぁ。
お花は目が悪くありませぇん。
「ご利益があったわい……9五桂じゃ」
うにゅ?
……………………
……………………
…………………
………………うにゅ〜〜〜〜〜〜ッ!!?
「も、もしかして詰んでますかぁ?」
「ほほほ、どうかのぉ」
取らないのは9二玉、8三金、同馬、同桂成、同玉、8一龍で詰みですぅ。
取るのは……9四金捨てが妙手ですぅ。同玉、9五歩以下で同じになるのですぅ。
「ま、負けましたぁ」
「ありがたし」
こ、これは痛いのですぅ。頓死し……ちゃったのですかぁ?
「もしかして8三香成に同馬でも詰みですかぁ?」
【検討図】
「うーむ、そちらは読みきれんかった。王手は続くのじゃがな。9三金と打って、同桂なら8一金、7二玉、7一龍で頓死じゃ。7二玉は8三金、6二玉、7一角、5二玉、5三金でやはり頓死じゃの。8三金に同玉は8一龍で本譜と同じじゃ」
「つまり9三同馬しかないのですぅ」
【検討図】
「これも詰み筋は多い。同馬、同桂に8三歩と打って、同玉ならば8一龍、8二歩合、6一角、8四玉、8三金、同歩、同龍で詰みじゃ。8三歩に7二玉ならば6一角、8一玉、8二金、同銀、同歩成、同玉、8三銀、7三玉、7二角成、8四玉、9四銀成で詰む」
「6一角に6二玉は2二龍、5三玉、3三龍のお散歩で詰むのですぅ……ということは、9三馬に同玉と取るしかありませぇん」
【検討図】
「これが一番分からなんだな。この先はあまり読んでおらん」
「とりあえず8五桂ですかぁ?」
「そうじゃの。8五桂に8四玉は8一龍、8二歩、9三角、8三玉、7三桂成、同玉、8二龍で詰みか。ならば王手を覚悟で8二玉と引くか……あるいは9二玉か?」
「どっちもダメなのですぅ。8二玉は7三桂成、同玉、7一龍、7二桂合、5一角、8三玉に8四歩と叩いて詰みまぁす。9二玉は9三金、9一玉だと詰みませんが、先に8三角と捨てて、同玉、8一龍、8二歩合、7三桂成、同玉、7二金、8四玉、8五銀打、8三玉、8二龍で詰みなのですぅ」
「む? けっきょく全部詰んでおるのか?」
ふえぇえ? だいぶ前から寄ってたんですかぁ?
なんか変なのですぅ。
「……あ、最初の9三金に9一玉がありまぁす」
【検討図】
「これ詰まないと思うのですぅ」
「詰みはせんが8三金と寄られて後手の負けじゃろう」
「……あれぇ? じゃあ終盤ずっと悪かったんですかぁ?」
納得がいかないのですぅ、
美伽ちゃんは着物のそでを口もとにあてて、
「ほほほ、神頼みした甲斐があったわい」
と笑いましたぁ。うにゅう、将棋の神様がえこひいきしちゃダメなのですぅ。
「さて、昼飯どきじゃ。ここらで解散といたそう」
「はぁい」
ありがとうございましたぁ。
お腹ペコペコだから、ランチにするのですぅ──あ、インタビューがあるのですぅ。
カメラの前に移動してステンバァイ。
《もしもーし?》
あ、この声は筒井お姉さまなのですぅ。
「おひさしぶりですぅ」
《おひさしぶりぃ、最後惜しかったね》
「途中から後手が寄ってたみたいで、悲しいですぅ」
《あれ? 頓死じゃない? 8三香成に同馬で後手優勢だったよね?》
「ふえ? 9三金、9一玉、8三金で負けだと思うのですぅ」
《それは8八金と捨てて、同馬に8六歩で詰まない?》
【参考図】
……これ詰むんですかぁ?
「うにゅ……8六同玉は8八龍、8七合駒、7七角、8五玉、8四金、同金、同銀、同玉に7三銀と押さえ込んで詰み……最初の8六歩に9七玉と寄るのは、8七金、同銀、同歩成、同馬、8五桂、8六玉、7五銀、8五玉、8四銀打、同金、同銀引、8六玉、8五香以下でで詰みですぅ……あ、でも、途中の8七同歩成に同玉はどうするんですかぁ?」
《それも詰むよ。7五桂と打って、8六玉、8八龍、7六玉、8七龍》
【参考図】
《右が広いようにみえるけど、6六玉に6七龍一発で詰みなんだよね。7五桂に9七玉と戻るのは8六銀と捨ててさっきのルート。だから9三金に9一玉と下がって、そこで先手は一回手をもどさないといけないから、後手は助かってるよ》
やっちゃいましたぁ……この詰みが見えてませんでしたぁ……。
「ふええ、筒井お姉さま、すごいのですぅ」
《でしょ》
《これ待機中に私と順子ちゃんで5分くらい考えた結論だから》
《こら、バラすな》
あ、三和お姉さまもいるのですぅ。
「三和お姉さま、こんにちはなのですぅ」
《おひさしぶり。最後、複雑な終盤になったね。もっと時間を使っても良かったんじゃないかな。出雲さんも読み切れてなかったみたいだ》
「反省しまぁす」
どうも時間の使い方は苦手でぇす。
インタビューも終わったので、お食事に行くのですぅ──うにゅ?
廊下にだれかいるのですぅ。
「お花殿、待っていたぞ」
「忍ちゃん、来てたんですかぁ?」
あ、丸子ちゃんもいるのですぅ。
「して、いかがだった」
「負けちゃいましたぁ。全勝じゃなくなっちゃったのですぅ」
「ま、そういうこともありますよ。1敗したくらいじゃトップ争いは脱落しません」
丸子ちゃんの言うとおりなのですぅ──って、あれぇ?
「ここって関係者以外立ち入り禁止じゃないんですかぁ?」
「忍者にとって、この程度の警備はないも同然」
「私は神崎さんにおんぶしてもらいましたが、途中で外壁を登り始めたときは死ぬかと思いましたよ。落第どころか落命するところでした」
かっこいいのですぅ。
「お花、お食事券もらってるのですぅ。3人分あるからみんなで食べるのですぅ」
「さすがは囃子原、太っ腹だな。ご相伴つかまつろう」
「ホテル内の飲食店ってことですよね? フレンチにしません?」
「ふぅむ、南蛮料理か……一階の和食はどうだ」
「お花は鉄板焼きがいいのですぅ」
意見はバラバラだけど、持つべきものは友だちなのですぅ。
午後もがんばりまぁす。
場所:第10回日日杯 2日目 女子の部 7回戦
先手:出雲 美伽
後手:桐野 花
戦型:先手銀冠vs後手向かい飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △9四歩
▲9六歩 △3二銀 ▲6八玉 △4三銀 ▲3六歩 △4二飛
▲7八玉 △6二玉 ▲5六歩 △7二玉 ▲5七銀 △8二玉
▲2五歩 △3三角 ▲5八金右 △7二銀 ▲8六歩 △5四歩
▲8七玉 △8四歩 ▲7八銀 △8三銀 ▲6六銀 △7二金
▲7九角 △2二飛 ▲7七銀引 △4二角 ▲6六歩 △6四角
▲1八飛 △7四歩 ▲6五歩 △7三角 ▲6七金 △5二金
▲8八玉 △4五歩 ▲5七角 △4四銀 ▲7五歩 △同 歩
▲同 角 △5三金 ▲7六銀 △7四歩 ▲6六角 △2四歩
▲8五歩 △2五歩 ▲8四歩 △同 角 ▲同 角 △同 銀
▲5五歩 △同 銀 ▲3七桂 △4四銀 ▲5八飛 △8三歩
▲7七桂 △4九角 ▲3一角 △3二飛 ▲5三角成 △同 銀
▲4三金 △5八角成 ▲同 金 △3三飛 ▲同 金 △同 桂
▲5一飛 △2六角 ▲1一飛成 △3七角成 ▲8七香 △7三馬
▲8四香 △同 歩 ▲5一角 △6二銀 ▲3三角成 △3八飛
▲5九歩 △5五香 ▲8六桂 △8三金打 ▲6一銀 △5八香成
▲7二銀成 △同 馬 ▲5八歩 △5五桂 ▲8五歩 △6七桂成
▲同銀上 △8五歩 ▲同 桂 △3九飛成 ▲6六馬 △8九金
▲8七玉 △7九龍 ▲7三歩 △同 金 ▲同桂成 △同 銀
▲8五香 △8四歩 ▲同 香 △8三歩 ▲9四桂 △同 香
▲8三香成 △同 玉 ▲9五桂
まで123手で出雲の勝ち




