435手目 乱入するヒーロー
アクション系の音楽が鳴り、その少年(?)は疾走した。
華麗にジャンプして、舞台に着地する。
……………………
……………………
…………………
………………だれ?
あっけにとられる私のよこで、捨神くんは、
「しょ、将棋仮面……日日杯に来てたんだ……」
と口走った。
私は「知り合い?」とたずねた。
「将棋がすごく強いコスプレイヤーです」
んー……ようするに、将棋が強い変態さん?
いや、変態は失礼か。あれでしょ、じつはどこかの高校生強豪でしょ。
御面をかぶっているのは、正体を隠すためじゃないかしら。
私の憶測をよそに、囃子原くんの司会が始まった。
「さて、ご存知のひともいるかと思うが……彼は将棋仮面。今晩のスペシャルゲストだ。実力は折り紙つき、僕が保証しよう。これから彼とペア将棋を指してもらいたい。勝ったペアに景品を出す。どうだろうか? ちなみに10秒将棋だ」
真っ先に手を挙げたのは、早乙女さんだった。
早乙女さんは会場のすみっこにいた。
「ほう、早乙女くんが一番乗りか」
「私は彼と指し掛けの将棋があります。続きを指したいのですが」
「もうしわけない。今夜はペア将棋になる。タイマンはまたべつの機会に」
「そうですか……ではのちほど」
囃子原くんは会場を見渡した。
「さあ、だれが挑む?」
ここで陽気に挙手したのは、阿南くんだった。
「はーい、僕が指しまーす♪」
これを聞いた那賀さんが、
「阿南先輩、すみれも御面ライダーさんと指したいですじょ」
と声をかけた。
「じゃ、ペア組む?」
「頼みますじょ」
おっと、阿南−那賀ペアがトップバッターか。
この挑発に乗ったのは、阿南くんらしいかな、と思う。
ほかの選手が様子見した理由は、あきらかだ。
将棋仮面がだれとペアを組むのか、発表されていなかった。
もしかして囃子原くんなんじゃないの? だったらかなり手強いわよ。
阿南くんはそこも織り込み済みな気がする。
いっぽう囃子原くんは、不敵な笑みを浮かべた。
「さて、将棋仮面の相方は僕、囃子原礼音……というわけにはいくまい。選手同士で指すと、禍根が残る。選手以外から、将棋仮面に指名してもらおう」
将棋仮面は腕組みをして、会場を見回した。
私もつられて見回す。
うしろのほうで難波さんが、両手をふってアピールしていた。
「将棋仮面はーん、うち、めっちゃヒマしてますねん」
「ふーむ……きみとは敵対関係にあるような気がするのだが……」
難波さんはニコニコ顔で、
「いけずやわぁ、あんなんジョークに決まってますやん」
と答えた。
なにかあったのかしら? 難波さんは将棋仮面の正体を知ってるとか?
将棋仮面はしぶしぶといったようすで、
「ヒーローは寛容だ。難波の将棋少女と組むのも、悪くはない」
と承諾した。
難波さんはそそくさと舞台にあがった。
そっか、解説陣も強いから、あんまりハンデになってないわね。
阿南−那賀ペアも舞台にあがった。大盤がセットされる。
那賀さんは将棋仮面を見あげて、
「お兄さん、背が高いですじょ。お名前はなんていうんですじょ?」
とたずねた。
「ハハハ、将棋仮面だ」
「本名はなんですじょ?」
「お嬢さん、ヒーローは正体を明かさないものだ」
「なるほど、納得しましたじょ」
と、そんな会話をしているスキに、阿南くんが将棋仮面のサイドにつけた。
サッと手を伸ばし、御面を取ろうとした。
将棋仮面はみごとな手さばきで、阿南くんの腕をとめた。
阿南くんは笑って、
「お兄さん、運動神経いいですね。もしかして本職の役者さん?」
とたずねた。
「ヒーローは正体を明かさない……では、バトルタイムだ」
BGMがまた始まった。
先後を決めることに。
難波さんと那賀さんのじゃんけんで、難波・将棋仮面ペアが先手に。
指す順番は、将棋仮面→那賀さん→難波さん→阿南くんの順になった。
大盤を動かすのは内木さんと囃子原くんの担当。
10秒将棋だから、駒を動かしてるヒマがないものね。
将棋仮面はその場でいきなりハイキックのポーズをとった。
「それでは私からいかせてもらおうッ! 7六歩だッ!」
8四歩、2六歩、8五歩、7七角、3二金、2五歩、3四歩。
か、角換わりになった。
8八銀、7七角成、同銀、2二銀、4八銀、3三銀、3六歩。
将棋仮面、ここまでノータイムで指してる。
素人じゃないってことか。
阿南くんもそのことに気づいたらしく、
「うーん、有段者なのはまちがいないな。6二銀で」
と警戒し始めた。
「ハハハ、それは指してみてのお楽しみだッ! 1六歩ッ!」
「突き返しますじょ。1四歩」
「ほな3七桂で」
ん、桂跳ねがちょっと早い?
先手はかたちを決めたかっこうになった。
阿南くんの手がとまる。
「腰掛け銀一択、と……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7四歩」
将棋仮面も考える。
事前打ち合わせがないから、この対応は味方も困るはず。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4六歩」
この手をみて、内木さんはマイクで解説を始めた。
《角換わりになりましたが、囃子原さん、ここまでのご感想は?》
《難波くんの3七桂は、決め打ちに近い手だった。ペア将棋ならむしろ親切だ》
なるほど、そういう解釈もあるのか。
腰掛け銀、棒銀、早繰り銀。ペアで歩調を合わせるのは難しい。
だったら戦法を固定するのもあり、と。
7三銀、7八金、4二玉、4七銀、6四銀。
ふたたび内木さんの解説。
《これはおもしろい順になりました。じゃんけんの法則によれば、腰掛け銀には棒銀が強く、棒銀には早繰り銀が強く、早繰り銀には腰掛け銀が強い、という関係だと言われています。6四銀はこの法則をあえて無視しています》
《どうやら最新形のようだ。先手のお手並み拝見といこう》
「いやぁ、ようわからんですわ。4八金」
5二金、2九飛、4四歩、5六銀。
ここで阿南くんの手番。
「10秒将棋だし、攻めたほうが有利でしょ。7五歩ッ!」
後手から仕掛けた。
将棋仮面はファイティングポーズをとる。
「受けて立とう。同歩だ」
「同銀ですじょ」
「攻め返すでぇ。2四歩」
阿南くんは同銀と取った。
10秒将棋じゃなければ、同銀か同歩ですこし悩んだと思う。
以下、4五歩、8六歩、同歩、7六歩、8八銀で先手がヘコまされた。
那賀さんは3五歩で反撃する。
「後手もヘコんでやぁ。2五歩」
阿南くんは3三銀とさがった。
将棋仮面が4四歩と取り込んで、那賀さんが3六歩。
殴り合いになった。
《内木くん、どちらを持ちたい?》
《ほぼ互角だと思うのですが……若干先手でしょうか。囃子原さんは?》
《僕は後手だ。さっきの2五歩で、先に4四歩なら先手持ちだった》
「礼音はーん、対局中にダメ出しはあかんて」
《おっと、これは失礼した》
4五桂、3四銀、2四歩、同歩、3三歩、2三金。
ん? 後手陣、だいぶ崩れてきたのでは?
将棋仮面は、華麗に回し蹴りを披露した。
「3二角ッ!」
……あッ、うまい。
8一飛が入ってないから、2一の桂馬が浮いてる。
5四角で一見受かってるけど、それは2三角成と切られてしまう。
後手はそのあとの5四角がぼやけてて、勝負にならない。
「じょじょじょ、これは厳しいですじょ……」
「アハハ、すみれちゃん、マイペースマイペース」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3三桂ですじょ」
「さすがは県代表クラスやね。せやけどそれも切るわ。2三角成」
同銀、3三桂成、同玉、3五桂。
会場がざわつき始めた。
私のそばにいた吉良くんは、
「後手は反撃しないとジリ貧だな」
とつぶやいた。捨神くんは、
「難波さんが府代表っていうのもあるけど、将棋仮面の実力はほんものだね」
と評価した。
たしかに……将棋仮面って何者なのかしら。
とりあえず、後手も反撃を開始した。
4七歩と打って、同金に3八角と打ち込む。
この手をみた囃子原くんは、
《どちらかといえば入玉含みの手にみえるな》
とコメントした。
内木さんも、
《上部開拓していけば、滑り込む余地がありそうです》
と、後手の入玉方針を認めた。
3九飛、2七角成、4三金、3四玉、2三桂成。
阿南くんの手番。
さっきまでの軽口はなくなって、真剣に読んでいた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4八歩」
……あ、これもうまい。
同玉はもちろんできないし、かといって同金は上部の押さえがなくなる。
内木さんは、
《この手は機敏にみえます。将棋仮面はどうするのでしょうか》
とコメント。
将棋仮面はパチリとゆびを鳴らした。
「ヒーローを急かすもんじゃないぞ、お嬢さん」
と言って、ギリギリまで考える。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2九飛」
ほぉ、そう指しましたか。
4九歩成は許容する、と。
那賀さんはすぐに4九歩成と成った。
難波さんは9秒ぎりぎりまで考える。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「6八玉」
ようやく逃げた。
今のは仲間に考慮時間をあたえる作戦だ。
6八玉以外に指す手はなかった。
ただし阿南くんも得をしている。
「うーん、飛車が邪魔なんだよねぇ」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3八角」
飛車が詰んだ。意外と入れそう?
10秒将棋だから、私の思考も追いつかない。
将棋仮面は仁王立ちした。
「……地味だがこうするか。3三金」
「このヒーローさん、指し方がカラいじょ……2五玉」
難波さんは2六歩と打った。
これが3手1組だ。同馬は同飛、同玉、1七角、2七玉、2八歩以下で詰む。
阿南くんは同玉。将棋仮面は1七銀。
「じょ〜、入玉できないですじょ……2五玉」
「もういっぺん2六歩や」
3五玉で、入玉の見込みがなくなった。
しかも先手から致命的な詰めろがある。
将棋仮面はいきなり飛びあがり、くるっと後方宙返りをしてみせた。
見てるこちらがヒヤッとした。
「これが決め手だッ! 2七飛ッ!」
4六角までの詰めろ。同角成とはできない。
那賀さんの手がとまった。
「じょ〜……阿南先輩、これは投了ですかじょ?」
「アハハ……助からないっぽいね」
「負けましたじょ」
歓声があがった。
内木さんは、
《白熱した戦いでした。先手の寄せがみごとだったと思います》
とコメントした。
囃子原くんも満足げで、
《阿南くん、那賀くん、楽しませてもらった。お礼に粗品をさしあげよう》
と言い、スタッフのひとを呼んだ。
負けてももらえるのか。けっこういいかも。
囃子原くんはふたたび会場を見渡した。
《さて、ちょうど81手で縁起のいい対局だった。次の挑戦者は?》
みんな見合いになる。
今の勝負を見せられちゃうと、志願しにくい。
わりと大差だったし。
私も控えていると、となりにいた捨神くんが、吉良くんのそでを引いた。
「ねえ、僕と吉良くんでエントリーしない?」
吉良くんはびっくりして、
「なんだ? 御面ライダーのファンなのか?」
とたずねた。
捨神くんは口もとを手で隠して、吉良くんになにかをささやいた。
吉良くんは眉をひそめた。
「……あいつは亡くなったって聞いたぞ?」
「調べてみたら、そういう事故はなかったみたいなんだ」
吉良くんはすこし躊躇した。
私は会話の中身がわからない。
「……ほんとにあいつなのか?」
「それを確かめたいんだよね」
吉良くんは虚空をみつめた。
どこか鬼気迫るものがあった。
「……わかった。これで貸しひとつ……いや、貸し借りはなしだ。あいつとはもう一度指したいと思ってたからな。仮にその話がほんとなら、だが……本気でいくぜ」
場所:第10回日日杯 初日懇親会
先手:将棋仮面・難波ペア
後手:那賀・阿南ペア
戦型:角換わり
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3二金
▲2五歩 △3四歩 ▲8八銀 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀
▲4八銀 △3三銀 ▲3六歩 △6二銀 ▲1六歩 △1四歩
▲3七桂 △7四歩 ▲4六歩 △7三銀 ▲7八金 △4二玉
▲4七銀 △6四銀 ▲4八金 △5二金 ▲2九飛 △4四歩
▲5六銀 △7五歩 ▲同 歩 △同 銀 ▲2四歩 △同 銀
▲4五歩 △8六歩 ▲同 歩 △7六歩 ▲8八銀 △3五歩
▲2五歩 △3三銀 ▲4四歩 △3六歩 ▲4五桂 △3四銀
▲2四歩 △同 歩 ▲3三歩 △2三金 ▲3二角 △3三桂
▲2三角成 △同 銀 ▲3三桂成 △同 玉 ▲3五桂 △4七歩
▲同 金 △3八角 ▲3九飛 △2七角成 ▲4三金 △3四玉
▲2三桂成 △4八歩 ▲2九飛 △4九歩成 ▲6八玉 △3八角
▲3三金 △2五玉 ▲2六歩 △同 玉 ▲1七銀 △2五玉
▲2六歩 △3五玉 ▲2七飛
まで81手で将棋仮面・難波ペアの勝ち




