表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
446/686

434手目 懇親会

【1日目終了:女子】

挿絵(By みてみん)


【1日目終了:男子】

挿絵(By みてみん)

 ホテルの宴会場。

 テーブルクロスのうえには、豪勢な料理と飲み物。それにおしゃれな花束。

 私は入り口近くで、ノンアルコールシャンパンを手にしていた。乾杯用だ。

 解説室を出たあと、そこそこ時間が経っていた。

 うーん、じれったい。このおあずけを食らっている感じ。

 しばらくして、内木うちきさんが登壇した。

「お待たせいたしました。ただいまから、第10回日日杯の懇親会をおこないます。まずは主催者の囃子原はやしばらグループを代表して、囃子原はやしばら礼音れおん様から、ご挨拶をたまわります」

 タキシード姿の囃子原くんが、舞台のうえにあがった。

「選手諸君、おつかれさまだ。満足のいく将棋が指せただろうか。解説者をはじめとするスタッフのかたがたにも、この場で御礼もうしあげる。初日がとどこおりなく進行したのも、諸君らの活躍のおかげだ……さて、本来ならば少々スピーチをさせてもらうところだが、諸君らとしては料理が待ちきれないだろう。対局者の僕が長話をするのも、よろしくない。というわけで、失礼ながらすぐに乾杯させていただく。乾杯!」

「かんぱーい!」

 グイッとひと口──変わった味がする。

 シャンパンって、クリスマスのときにしか飲んだことないかも。

 さてさて、それではさっそく食事を。

 まずはお肉……ゆで鳥の冷菜にするか、それともレアステーキにするか。

 ぜんぶは食べられないから、よく考えないとね。

 あるいは中華で攻めていく手もある。

 私が迷っていると、うしろから声をかけられた。

香子きょうこちゃーん」

 ふりかえると、磯前いそざきさんが立っていた。

 磯前さんはコーラを片手に、

「香子ちゃん、最後だけ観てなかったね」

 と言った。

 あ、はい。弁明しておく。

「序盤で形勢差があったから、大谷おおたにさんをメインで観てたの」

「じつはあたしのほうも、中盤は接近しちゃってたんだよね」

 ん、そうなんだ。

 残念ながら棋譜をみるチャンスがなかった。

 くわしく訊くと、どうやら8六銀のあとを急ぎすぎたらしい。

 磯前さんはコーラを飲んで、口もとをぬぐった。

「初日は不完全燃焼。スカッと勝った局がなかった。すみれのもぐだぐだになったし」

 ちょうどそのとき、那賀ながさんが通りかかった。

「あ、先輩たちが、すみれのうわさをしてますじょ」

 私はかるくあいさつをする。

「こんにちは、解説の裏見うらみよ」

「ひよこ先輩からお話は聞いてますじょ」

 那賀さんもT島出身なのよね。

 磯前さんは、

「すみれは、なんで早囲いにしたの? 手順が正式じゃなかったよね?」

 とたずねた。

 那賀さんはすこし恥ずかしそうに、

「じつはあれが成立しないのを、知らなかったんですじょ」

 と答えた。

 ああ、そういうパターンだったのか。

 わざわざ龍を作らせてたから、なにかあるのかと思っていた。

 磯前さんは、

「すみれは棋歴が短いから、定跡の細かいすっぽ抜けがあるよね」

 と、けっこう過激な発言。

「返す言葉もありませんじょ。ほかの選手からも狙われてる気がしますじょ」

「だろうね。みんなこっそり本気だし」

 それは感じた。

 お祭り気分かと思いきや、研究とかいろいろぶつけてるようにみえる。

「あ、ステーキがありますじょ」

 那賀さんはお皿にお肉をよそおった。

「あっちで1年生会をやってるので、これで失礼しますじょ」

 またねぇ、というわけで、また磯前さんと雑談。

「磯前さん、食べないの?」

「急いで食べなくてもよくない? この量だとたぶん余るよ?」

 それもそうか、と言いたいところだけど、私はお腹が空いている。

 磯前さんにはもうしわけないけど、先にいただきましょう。

 那賀さんと同じようにステーキをひと切れ……ふた切れ。

 いただきまーす。

「……ん、和牛だわ。霜降りで脂がのってる。磯前さんも、どう?」

「あ、ごめん、大会のときに生焼けレアは食べないんだ」

 ぷ、プロ意識。

 たしかにレアだけど、そんなにあたらないでしょ、たぶん。

 では、もうひと切れ……と口に運びかけたところで、大谷さんが現れた。

 大谷さんの皿には、サラダとチーズが山盛り。

「裏見さん、こちらにいらっしゃいましたか。本日はご観戦、ありがとうございました」

「こちらこそ、おもしろかったわよ」

 磯前さんがすぐにわりこんで、

「香子ちゃん、あたしの第5局観てくれないからさぁ」

 と愚痴ぐちった。どんだけ観られたがりなんですか。

 大谷さんも、

「拙僧のほうが長手数になってしまったからかもしれません」

 とフォローしてくれた。

「ひよこは全勝らしいね。トップグループじゃん」

「まだ1日目が終わったばかりなので、なんとも」

 磯前さんは、スポーツキャップを持ちあげた。

「3−2で言える立場じゃないけど、それは正論だよ。まだ3分の1も指してない」

 むむ、磯前さんも全然あきらめてないわね。

 それから私たちは、ちょっと日常的な会話に終始した。

 30分ほど経ったところで、磯前さんが、

「っと、あたしは吉良きらと話があるから、またあとで」

 と言い、その場を離れた。大谷さんも、

「拙僧も疲れましたゆえ、パーティーはお先に失礼いたします」

 と言い残して、会場から出て行った。

 ひとりになっちゃった。とりあえずテーブルを変えましょう。

 中華のコーナーへ……んー、日本食もあるのか。

 お寿司を食べたいけど、お腹がすぐいっぱいになっちゃうのよね。

 こっちの麻婆豆腐を──大きなレンゲですくっていると、また声をかけられた。

 捨神すてがみくんだった。お皿は持ってなくて、オレンジジュースを飲んでいた。

「裏見先輩、おつかれさまです」

「あ、おつかれさま。今日はどうだった?」

 捨神くんはすこし残念そうな顔で、

阿南あなんくんに負けちゃいました」

 と答えた。

 あれ、そうなんだ。てっきり全勝してるのかと思った。

 するといきなりサイドから、ひとりの少年が現れた。

 ずいぶんと髪型に凝った、生意気そうな感じの子だった。

 彼は捨神くんの肩にかるく腕を乗せて、

「僕、強かったでしょ?」

 と、したり顔で言った──もしかして阿南くん?

 捨神くんは笑って、

「強かったよ。序盤でこっちから定跡外しをしないほうがよかったね」

 と答えた。

 阿南くんは前髪をかきあげて、

「いやいや、定跡で来られても僕の勝ちさ」

 と言った。

 このひと、友だちいなさそう。

 阿南くんは捨神くんの肩から腕をどけた。

 私のほうを見てくる。

「お姉さんは、どちらのかたですか?」

「私は裏見、解説で来てるの」

「ああ、H島のひとですね。僕は阿南あなん是靖これやす、四国最強の高校生将棋指しです」

 ほんとぉ? それって吉良きらくんじゃないの?

 そういえば、吉良くんはどうなったのかしら。

 私はふたりに訊いてみた。

 すると阿南くんが答えてくれた。

「吉良は六連むつむらに負けましたよ。ただ六連も石鉄いしづちに負けちゃったんですよね。あ、石鉄はご存知です?」

温田おんださんの彼氏でしょ?」

「お姉さん、的確な表現を知ってますね。で、石鉄は礼音に負けてます」

 ここで捨神くんが、

「そうなんです。男子で全勝中なのは礼音くんだけなんです」

 と付け加えた。

「吉良くんが六連くんに負けたのは、抜け番のときに観たわ」

 そう言った途端、となりから当人が現れた。

 私はしまったと思ったけど、あとの祭り。

 吉良くんはあいかわらず晴れなさそうな顔で、

「はい、負けましたよ、負けました」

 と答えた。

 まあまあ、ねないで。

「まだ初日でしょ」

 私がなぐさめると、吉良くんは、

「男子は後半戦がキツいんですよ。俺なんか3日目と最終日は葦原あしはら今朝丸けさまる香宗我部こうそかべ→囃子原→捨神→石鉄ですからね」

 と答えた。捨神くんも、

「そうだね、僕は3日目が石鉄くん、六連くん、囃子原くん、米子よなごくんで、最終日が吉良くんと香宗我部先輩だから、全敗してもおかしくないよ」

 と言った。

 うーん、香宗我部くんには勝てるんじゃないかしら。

 あんまり強いってうわさは聞かないし。

 でもほかのメンツがキツいのは事実だった──っと。

 こういう話はやめやめ。オンとオフははっきりさせましょう。

 私は吉良くんに、

「なにか食べないの?」

 とたずねた。吉良くんは、

「1日に取るカロリーと栄養はきっちり決めてます」

 と返した。

 えぇ……ってわけでもないか。ダンサーだし。

「そうね、ダンスは体型がだいじだから」

 私は同調したつもりだった。ところが吉良くんは、これにも渋い顔をした。

「まあ、そうなんですが……俺はそういう風潮もあんまり好きじゃないんですよね」

「どうして? ダンスに見た目はだいじでしょ?」

「鑑賞する側からみれば、そうですよね。だけどダンサーは、栄養失調になるケースが多いんです。とくに女子はカルシウム不足とか。やっぱり痩せすぎなんですよ。もちろん肥満なら逆の負担がかかるんですが、やたらと細くなる必要はないはずです」

 なるほど、そうかもしれない。

 私はなんとなく納得した──瞬間、いきなり銅鑼どらのような音が鳴った。

 あたりが静まり返る。

 舞台上に、囃子原くんの姿があった。

「さて、お楽しみのところ恐縮だが、ここでひとつ余興に入らせてもらおう」

 あ、パーティーによくあるイベントタイムだ。

 ビンゴゲームかしら。景品が豪華だといいなあ。

「今回はとびきりのゲストに来ていただいた……ご紹介しよう」

 会場が暗くなった。

 天井からスポットライトが2つ出て、あたりを舞う。

 そして、ある人物のところで重なった。

「よい子のみんな、食べ過ぎはいかんぞ……と、そのまえにCM」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ