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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第41局 日日杯1日目(2015年8月1日土曜)
444/686

432手目 全勝vs全敗

 ふぅ……私は大きく背伸びをした。

「次で最後ね……難波なんばさん、だいじょうぶ? つかれてない?」

「うち、これから抜け番ですねん」

 あ、そうなんだ。相方交代か。

「おつかれさま。ゆっくり休んでね」

「おおきにぃ〜」

 難波さんが退室した。入れ替わるように内木うちきさんが入室。

 内木さんは私のテーブルへ歩を進めた。

 そっか、第3局は難波・内木ペアだったから、そういう入れ替えになるのか。

裏見うらみさんと組むのは初めてですね。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしく」

 内木さんは着席して、ヘッドセットをつけた。

「どの対局がよろしいですか?」

磯前いそざきさんと大谷おおたにさんを観たいんだけど、いい?」

 こうなったら初日は最後まで追っかけちゃいましょ。

 内木さんも了承してくれた。

「大谷選手は4戦全勝です。注目度も高いと思います」

 しばらくして、対局開始の合図があった。

 初手から観ていきましょう。

 まずは大谷vs毛利もうりから。

「ここは全勝vs全敗対決なのよね」

「毛利さんも実力者とはいえ、初日の当たりがキツいところです」

 毛利さんの対戦相手は……つるぎ萩尾はぎお、磯前、鬼首おにこうべ、大谷か。

 剣っていう子は知らないけど、うしろ4人は優勝候補かな。

 とりま拝見。

 7六歩、8四歩、6八銀、3四歩、7七銀、6二銀、2六歩。

 

【先手:大谷おおたにひよこ(T島県) 後手:毛利もうり輝子てるこ(Y口県)】

挿絵(By みてみん)


 矢倉っぽい出だし。

 内木さんはタッチペンを動かしながら、

「両者、公式戦は初対戦です」

 とコメントした。

 そ、そこまで調べてあるのか。

 ここは内木さんに任せたほうがよさそう。

 7四歩、2五歩、3二金、7八金、7三銀、2四歩。

 ふつうの矢倉にはならなかった。

 もう仕掛けが始まっている。

 同歩、同飛、8五歩、3八銀、4一玉、2八飛。

 

挿絵(By みてみん)


「力戦調ね」

 大谷さんは手が早かった。試したい構想があるのかも。

 毛利さんもそれに合わせている。

 2三歩、2七銀、4四角、6六銀。

「居玉で左銀も出るのか……これってふつうにあるの?」

「いえ、あまり見ないかたちですね……後手は8六歩でしょうか」

「飛車先を交換したあと、攻めるなら8五飛かしら」

「先手の棒銀対策としても、飛車は横に利かせておきたいです」

 本譜もそのとおりに進んだ。

 8六歩、同歩、同飛、8七歩、8五飛、2六銀、2二銀、3六歩。


挿絵(By みてみん)


「3六歩は3七桂の準備?」

「あるいは銀の退路かと」

 ふむ……さすがに棒銀じゃあ攻め切れないか。

 毛利さんも先攻されるのがイヤらしい。2四歩で牽制してきた。

 6九玉、1四歩、5六歩、6四銀、3七銀。

 先手は組み換え始めた。

 2三銀、4六銀、5四歩、7九角、6二角。


挿絵(By みてみん)


 ここで大谷さんの長考。

「攻めを考えてるっぽいかな……3五歩? 飛車の横利きがあるけど」

「3五歩、同歩、7七桂と跳ねれば、飛車を退かせることができそうです」

 ふむふむ……っと、こっちを長く観すぎたかも。

「磯前vs那賀ながに切り替えるわね」


【先手:那賀すみれ(T島県) 後手:磯前いそざき好江よしえ(K知県)】

挿絵(By みてみん)


 ふわッ!?

「もう龍ができてるの? 先手のミス?」

 私は棋譜を確認した。

「初手から……7六歩、8四歩、6八銀、3四歩、7七銀、6二銀、2六歩、4二銀、2五歩、3三銀、4八銀、3二金、5六歩、4一玉、5八金右、7四歩、6六歩、5四歩、6七金……あ、早囲いにしたのか」

 内木さんもタッチペンを動かす。

「以下、8五歩、7九角、3一角、6八玉、8六歩で即開戦ですか」


【途中図】

挿絵(By みてみん)


 これはあれ、早囲いがなんで昔は成立しないと思われてたのか、の答え。

 王様を移動しているとき、上部が弱いのだ。

 6八玉の瞬間に8六歩、同歩、同角と突っ込める。

 本譜もその順で角を切られていた。

 私はタッチペンで盤面を進める。

「途中図から8六同歩、同角、同銀、同飛、8八歩、8七歩、同歩……同歩の代わりに7八金はなかったのかしら。7八金なら8八歩成、同金で、龍はできなかったはずよ」

「かたちが悪すぎると読んだのではないでしょうか」

 うーん、どうだろう。

 例えば7八金、8八歩成、同金、8二飛と収めて、8七歩〜7八金……あ、そっか、王様の処置が難しいのか。けっきょく手損になる。

 でもなあ、手損より龍を作らせないことのほうが大事な気も。

 私は評価に困ってしまった。

 しかたがないので、これまでの勝敗を確認した。

 那賀さんが……あ、彼女も全敗か。

 磯前さんが2勝2敗。

 内木さんはさっきとおなじように、

「こちらも公式戦での対局はありませんね」

 とコメントした。

「意外とみんな当たってないのね」

「他県の生徒と公式に指すのは、全国大会くらいしかありません。どうしても機会が少なくなってしまいます。また、那賀選手が1年生、磯前選手が3年生なので、おなじ大会で戦える期間が中1・中3、高1・高3しかないのも大きいと思います」

 なるほどなるほど、システム的にしょうがないのか。

 どのみちプライベートでは指してると思う。

 でもそのあたりの成績は入手しようがない。

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 内木さんはこの手をみて、

「後手はこのまま潰す気でしょうか?」

 とたずねてきた。

 私はもういちど盤面をみる。

「……そうね、たぶんこのまま決着をつけにいくと思う」

 もちろん龍を活かしての持久戦もありだ。

 けど、磯前さんはそんなに消極的なタイプじゃない。

 それどころか、本譜は解説陣の予想よりも過激な順で進んだ。

 那賀さんの6九玉に、磯前さんは8六銀と打ったのだ。

「8四銀〜8五銀の手間すら省きましたか……裏見さん、この手はいかがでしょう?」

「さすがに急いでる感じがするわ。畳み掛けるならアリだけど……」

 一番堅実なのは、8六歩でフタをすることだったはず。

 本譜の8六銀はフタじゃなくて掘削機くっさくきだ。8七歩をみせている。

 内木さんはさらに、

「先手がこのまま崩壊する可能性はありますか?」

 とたずねてきた。

「んー……私の読みだと、途中で止まっちゃうのよね」

「どのあたりで止まりますか?」

「那賀さんがどう組むのかにもよるけど、とりあえず5七銀と仮定するわね。以下、8七歩に手抜いて6五歩、8八歩成、同金、8七銀成、同金、同龍、7八銀で龍を撤退させてから8七歩。これで小康状態になるわ」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 内木さんも納得してくれた。

「後手からの追撃は難しいようにみえます」

「で、先手は次に5三角を狙うから、後手は5二金。これで収まるんじゃないかしら」

「的確な解説、ありがとうございます。那賀選手の次の手に注目ですね」

 那賀さん、けっこう考えてる。

 心理的には先手がすこし不利かもしれない。

 外野よりも悲観的になっている可能性があった。

「……大谷vs毛利にもどる?」

「承知しました」


挿絵(By みてみん)


 こっちも激しい。

 内木さんは、

「最後に観た局面から、3五歩、同歩、7七桂、8二飛、3五銀、7五歩、3三歩です。これはどちらで取っても3四歩があります」

 と解説した。

「まだ仕掛けの入り口だけど、先手のほうが気持ちいい進行ね」

「3四歩以下、後手が支えるのは容易でないようにみえます」

 そう、なにか工夫しないといけない。

 7六歩からの攻め合いは一手遅い。

 毛利さんは1分ほど考えて、同桂を選択した。

 当然に3四歩が打たれる。

 毛利さんはその先も含めて読んでいた。

 すぐに次の手が指された。

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 あ、切った。

「根元から治療か……同角、3四銀?」

「以下、2四角、2三歩、4六角に7六歩で速度が逆転していれば、ですか」

 本譜もその進行に入った。

 3五同角、3四銀、2四角、2三歩、4六角、7六歩。

 けど、これは逆転していない気がする。

 大谷さんは軽く6五桂と逃げた。

 5五歩、2四歩、同歩、同飛、2三銀。

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 うわぁ、斬り合いになった。

 しかも見えにくい好手だ。

 内木さんも気づいて、

「同歩に5三桂不成で駒損なしですか」

 と指摘した。

 そうそう、これは実質的に2枚換え。

 私も解説を入れる。

「5一玉と逃げたら飛車桂と金銀の交換。だけどそっちに逃げるのはすごく危険」

「おっしゃるとおりです。3一玉、6一桂成が本戦にみえます」

「そこで後手は7七銀の打ち込みかしら。同銀、同歩成、同金は7六歩の叩きが痛いし、最初から放置しそうね。そのあいだに先手は動きたいかな」


 パシリ

 

 6四同歩、5三桂不成、3一玉、6一桂成、7七銀。

 大谷さんは放置して5三角と打った。

 毛利さんは2一玉と深く逃げた。

「7一角成でしょうか?」

「んー、その馬は使いにくいような……」

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 え? 銀を取るの?

 私と内木さんは固まった。

「……角の位置がマズくない?」

「7七歩成、同金、7三飛は両取りですが……なにかあるのでしょうか?」

 大谷さんの見落とし?

 毛利さんも不審に思ったのか、手がとまった。

 長考に入る。

 ここでチャンネルを切り替え……っていうわけにもいかない。

 大谷さんがなにを考えているのか気になる。

 私と内木さんは検討を始めた。

「7七歩成、同金は必然よね?」

「はい、そこは手の変えようがありません」

「だったら7三飛も必然なわけで……あッ」

 私は手を思いついた。

 タッチペンで角を引く。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「これじゃない?」

「4六に角がいるので、飛成が詰めろにならない、というわけですか。7七飛成、8二角成以下、6八銀に同角、7八金、5八玉、6八龍は詰んでしまうので、6八銀、5八玉、5七金、同角、同銀成の2枚換え路線になります」

 私はこの順に自信があった。

 ところが、もうすこし先を読んでみると、不安な要素が出てきた。

 先手は詰まない。けど、王様が危ないのだ。

「2枚換えの時点で、先手玉が裸になっちゃうか……」

「とはいえ、後手には歩しかありません。寄せられることはないと思います」

 んー、どうだろう。

 後手陣がわりと安泰なのよね。

 ポイントは、3一歩の底歩が利くことだ。

 これがなければ5一飛で終わりなんだけど。

 私はお茶を飲んで一服。湯のみを片手に考える。

「……2四歩と打ちたいわね」

「急所ですが、6八角、4八玉、2四角成で抜かれてしまいます」

 ふーむ……初手がおかしかった?

 私は7四角成の見直しを考えた。

 

 パシリ

 

 毛利さんが動いた。

 7七歩成としている。同金、7三飛の両取りが入った。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あ、そっか。

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